第十七章 さらばベール村
クラウスは呆気にとられ、自分の体が傷つけられたことに信じられずにいた。
「いまだ逃げるぞ!」
エニスはそう言って、懐から煙玉を投げた。
俺達は全力で走り、ウォルフ樹海から抜け出した。
「はぁはぁ。これでどうにか撒けたんですかね?」
「・・・ああ、なんとかな。」
「魔法も使えるようになったみたいよ!」師匠が魔法を発現して見せた。
「魔法が使えるようになっている!? じゃあこれで一安心ですね!」
「いいや、安心していられる場合じゃねー。これからやばいことになるぜ!」
・・・確かにそうだ。あの魔人達から逃げれたのは良かったかもしれないが、確実に目をつけられたはずだ。
この状況で村に戻れば、村人にまで手を出され兼ねない。
「・・・やはり村には戻れないのでしょうか?」
「・・・そうだな。このまま戻れば間違いなく、皆を危険にさらす」
「しかし、このままではいずれ追い付かれてしまいますよ!」
「・・・選択肢は二つあります。一つ目は私達であの魔人二人を倒すこと。」
「二つ目は、村に戻らずこのまま北西の方角に逃げること。北西には『ファルマン』があります。そこまで逃げきれれば、さすがに魔人とはいえ諦めると思います」
アリスが俺達に説明してくれた。
「・・・うちらじゃあの魔人はさすがに厳しい」
「では北西の方角の『ファルマン』ですか?」
「そうするしかないか・・・」
「けど、私達が北西の方角に逃げても追ってくるとは限らないわ! このままベール村に行く可能性もあるわよ!」
うーん難しいな。師匠が言っていることは分かる。ただ俺達が村に戻れば確実に全員やられる。
ここは俺が決めることじゃない。あの村に生まれ育ったこの子らが決めることだ。
・・・だけどなんか役には立ちたいな・・・
俺は自分の不甲斐なさに落ち込んでいた。
「よし、決まったぞ!」
「ええ、そうですね!」
「そうね!それで決まりね!」
「えっ、もう決まったんですか?」
「ああ。うちらが次に行くのは、ここから北西ーつまりベール村の北側にある王都『ファルマン』だ!」
「・・・しかし、いいんですか?」
「ああ。うちらはこういう時の為にもう話合っていたんだ。村の皆もうちらが二、三日帰ってこなければ、死んだと判断するように伝えてある」
「死んだって・・・? まだ俺達生きているんですよ! 最後に挨拶とか・・・」
・・・そっか、そうだよな。村の皆に一番顔を合わせたいのはこの子らだよな。
生まれ育った故郷を心配しない人間が何処にいるってんだよ。
何言ってんだ俺は・・・
俺は気持ちを切り替えて皆に言った。
「分かりました。では『ファルマン』を目指しましょう!」
「そうと決まれば急ぎましょう。魔人に追い付かれては話になりません」
「そうね!あんなやつら、本来の私の力があれば大したこと無いけど、今は見逃してあげるわ!」
師匠相変わらずだな~。きっと皆が落ち込んでいるからああやって励ましてるんだよな。
俺も負けてらんないな!
ーこうして俺達は「『ファルマン』」を目指して北西の方角に歩み始めた。
「それにしても、俺達が居なくなって村は大丈夫なのでしょうか?」
「はい、問題はないかと」
ええ!? 問題ないんですかアリスさん!
「魔物がきたりとかしたら、どうするんですか?」
「その場合、付近の村に協力を仰ぎます。もしそれでも手が回らなかったり、自分達では手に負えない状況であれば、ギルドや国の方に討伐依頼を申請します」
「なるほど、そういうことですね。」
「そうよ!私達もよく他の村に駆り出されていたわ!」
「そうなんですね!さすが師匠!」
「駆り出されてたって言っても、畑仕事だったり蜂退治だったり殆どだったけどな」
エニスが呆れた顔でいった。
「そ、そうなんですか師匠!?」
「そ、そんなこともあったわね!」
師匠がまた慌てた様子だった。
「師匠もしかして『インフェルノ・ベア』のときみたいに何かヘマしたんですか?」
「そ、そんなことないわ! 私はいつも完璧よ!」
「確か蜂退治の時は、『私の力見せてやるわ!』って言って隣村の村長のこと燃やしてしまったんですよ」
アリスは笑いながら言った。
「えええ!? 師匠さすがに人を燃やすのはまずいですよ!」
「お、覚えていないわ! 大方その村長が勝手に射程内に入ってきたのね!」
「あのときは蜂が村長の家の方に飛んで行って、それを追いかけるようにジーナが魔法を放ったから、家を燃やされたくなくて、村長が自分の身を犠牲にして家を守ったんじゃなかったかしら?」
「え!? どう見ても師匠が悪いじゃないですか!?」
「蜂退治を依頼しておいて、邪魔するなんて仕方のない村長ね!」
「隣村の村長がかわいそうです。大丈夫だったのでしょうか?」
「そのあと、私の水魔法で冷やしたので事なきを得ました。」
「さすがアリスさん!隣村の村長良かったですね!」
「いや、その村長アリスの魔法で溺れかけていたぞ」
「えええ!? アリスさんも村長殺しかけてんじゃん!!」
「あの時はまだ水魔法をコントロール出来ていませんでしたので・・・」
ーそうこうしている内に町が見えてきた。
「町が見えてきましたよ」
「ああ。あれベール村から丁度北にある町『ヴィオレ』だ」
「ヴィオレですか?」
「丁度いい。あの町で旅の道具を揃えるか」
「旅って、そんなに『ファルマン』は遠いんですか? 」
「ああ。ここからだとまだまだ掛かる。早くても二週間ってところか?」
「えっ? そんなに遠いんですか? てっきり二、三日で着くと思ってました。」
「馬鹿言ってんじゃねー! 王国のそんな近くに、あんな小せぇ村なんかがあるわけねぇだろうが!」
「た、確かに言われてみればそうですね。あんだけ小さい村の近くに王国があれば、魔物狩りなんて必要ありませんよね」
「あぁん? 誰の村が小せぇって!?」
ええええ!? 今自分で言ってたじゃん!! なんで喧嘩売ってくんのこの人は!?
「着きましたよ」アリスが言った。
気が付くと町の入口付近まで来ていたみたいだった。
町の看板には「ヴィオレ」と書いてあった。
「んじゃまぁ、入りますか」
こうして俺達は故郷ベール村に別れを告げ『ヴィオレ』の町に入るのであった