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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第五章 砂漠の薔薇、昔噺は砂に眠る
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第4話 詩人の脱走

 詩人の男が宮殿に向かう道中で脱走した。その恐るべき事実に気づいたのは、一行が宮殿に着いてからのことだった。

 ローヴェラス騎士団員たちは頭を抱えた。責任の所在を問うものはいなかった。ひどい話だが、皆慣れない地の巡行にまいっていたのだ。誰しもに職務怠慢の自覚があった。

 あの吟遊詩人の自由気ままな性質は本国でも有名だったのだ。セインベルクの王室からはあれほど、監視しておけと言われていたのに。なぜ防げなかったのか。すべてが後の祭りである。

 その事実をサルビヤ国の女官長に伝えると真っ青になり、これは内密でということになった。

 幸いにも、女王との謁見は夜。盛大な宴が催されるために、それまでに連れ帰れば問題はない。できなければ、外交問題にまで発展しかねない事態である。


 黒髪を硬派になでつけた男は、張り付いたような笑みを浮かべながらも、ぎりりと歯を食いしばっていた。詩人のお付きとして、ここに派遣された数名のうちの一人。

 なかでもこの男、今回は外交官としての役割を担っていた。本来は軍で指揮をとるのが性に合うにも関わらずこのような任務に就くのは、王都の人手不足のためであった。

「あーあ、だから首輪でもしておきますかって話してたじゃないですか」

 騎士団唯一の女騎士。戦闘民族の末裔であった。銅が酸化したような緑青色の髪がその証。ローヴェラス騎士団に雇われるかたちで、代々服従の形をとっていた。

 歴史のなかで積み上げられた先祖代々の功績ゆえ、ほぼ対等の立場として騎士団員にも大きい顔ができるのだ。

「鎖に繋がれた宮廷人がどこにいる。我が国に奴隷制の疑いがかかる」

 女は、すいませんと舌を出した。2つに束ねた髪が兎の耳のようにぴょんとはねる。

「そもそもあいつの役割だろう、この仕事は!あの裏切り者め。見つけ次第、即刻斬り殺してやる」

「あの髪が綺麗なおにーさんね。魔獣連れて任務サボって、今頃どこで何してんですかね。行くあてもないっしょ、あれ」


「ライセント君、ダリア君」

 ひらひらと手を振ってやってきたのは金髪の騎士。今回の任務で初めて関わる人物だった。ユノ、と名乗った。ライセントにとってその名にはどこか違和感があり、どうも本名ではないように思われてならなかった。

 この人物は、いつも馴れ馴れしい。そのくせ、斜めに分けた前髪から覗く瞳はいつも何を映しているのかわからないものだから、はなから信用していない。

 この男が組織にいつからいたのか、誰に聞いても要領を得なかった。家柄を調べさせても、雲をつかむようではっきりとしたためしがない。しかし、常に確かな後ろ盾を持っているのだ。さらに、疑いようのない模範的そのものの経歴は、むしろ気味が悪かった。

「大変な状況みたいだね」

「まるで他人事のように話すのだな、貴殿は」

 ライセントは、こみ上げる怒りを懸命に抑えた。

「先輩、こめかみに青筋立てちゃって」

「うるさい!貴様は黙っていろ!」

「大変なところ悪いんだけど、私はこれから大事な用事があるからさ。あとは任せてもいいかい?」

 ユノはよほど急いでいるようで、二人の話を遮って謝罪の格好をとった。

「貴殿は本気で言っているのか?クビどころか、結果によってはこの国で処刑だぞ」

「大丈夫さ。詩人君なら、すぐにお腹がすいて帰ってくるよ」

 ユノはそう言うなり、宮殿の窓に足をかけた。流れるように白い翼の巨鳥を召喚し、瞬く間に城下へと飛び去ってしまう。彼は、純白の大鷲のごとき聖獣と契約を交わす獣使いだ。いつもふと気づいたときには、無数の白い羽根を残して消えてしまうのだった。

 聖獣の存在はいかなる者も越えられない。

 どれだけ科学が発展しようと、獣使いという存在が時代遅れになろうと、これだけは太古から皆同じく植え付けられた揺るがぬ共通意識だ。

 例え、魔獣の方が兵器として、より優れていようとも。

 ライセントは、いかなる獣使いの力も、等しく国のものであって然るべきだと固く信じていた。


 この場にいるライセントやダリアをはじめとする騎士団員たちは、肉体の鍛錬に加え、さらなる力を求めて魔獣使いとなる道を選んだ。近年、獣博士の精鋭たちにより、魔獣の交配は進んでいる。今や、志願さえすれば誰でも魔獣使いになれる状況だった。契約主が、魔毒を体内に取り込む苦痛に耐えうるかは別だが。


 王都の要職たちには、ケイト・ハイネルは職務を放棄したと伝えた。魔毒を制するのはこのローヴェラス騎士団だ。組織を離れて生きてゆけるわけがない。

 ライセントにとって、もともと気に食わない男だった。正統な血を引いていないというのに王家に仕え、王位継承争いに関わっては、騎士団内をもうろついているというのが。

 さらには、一番最初に魔毒を飲んだというだけで、軍のなかでも特別揺るがぬ地位を獲得した。上層部にとって利用価値があったにすぎないのだが。

 そんななか、国に反抗的な獣使いたちを庇ったのだから、当然の報いだと思った。あの反逆者は、違法にのさばる獣使いたちに情が移ったのだと思うと、憤りを隠せない。

 ―王都に仕えてこその獣使いではなかったのか。あれは契約違反だ。死に値する。


「行ってこい、ダリア。何としてでもあの馬鹿詩人を探し出せ。魔獣の力も最大限に使え」

 ライセントは、魔毒入りの小瓶を手渡し、ユノが脱出した両開きの窓を指さした。

「ああ、ずるいんだ先輩」

「阿呆。俺が時間を稼ぐ。間に合わなかったら、この俺はさらし首になって城壁に飾られると思え」

「それ嫌だなぁ。恨み殺されそう」

 ダリアは仕方なく、窓枠に足をかけた。肩から十字に背負った双剣ががちゃりと音をたてる。

「任せてください。ついでにユノ先輩のほうも、ばっちし連れ帰ってきますよ」

「それはやめておけ。あいつの邪魔をしたら、返り討ちにされるぞ」

 ライセントはダリアの着地を見届けると踵を返し、待機室へと舞い戻った。

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