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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第四章 聖獣の庭、追憶のしらべ
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第11話 希望の足音

 アルフレッドは木々の向こうに人間の気配を感じた。鼓動が早まる。まるで、いつぞやのようだった。凍てついた悠久の時間が溶け出すような。

 慎重に近づいていくと、その人物は慣れ親しんだ匂いをしていることに気づいた。

 その人物は、こちらに気づくと大声をあげる。

「おーい!アルフレッド!!」

 漆黒の髪と瞳。アルフレッドが勝手に彼の目印としている、赤いスカーフが胸元で揺れていた。ぶんぶんと手を振りながら走り寄ってくる。

「なんだ、ハーク殿か」

 聖獣アルフレッドの人間じみた落胆の声に、ハークは憤慨した。

「なんだとは、なんだ!ここまで来るの大変だったんだぞ!」

 アルフレッドは、それもそうかと思った。この地に立ち入れる人間というのも珍しいと。

「よく聖獣使いでもない凡人のあなたが、ここまで来れましたね」

「お前はいつも一言多いんだよ!もっと素直に褒めろ!」

 ハークはそこまで言って、一気に気が抜けた。先ほどまで長らく幻覚を見ていたせいで、すっかり参っていたのだ。

「迎えに来たんだよ。ロゼも心配してた。一緒にここを出よう!」

「肝心のロゼはどこにいるんですか」

 視線を合わせようとしないハークに、アルフレッドはやれやれと首を振った。

「…途中ではぐれた。さっきまで一緒にいたんだけど」

「ロゼが居ないのでは意味がありません。僕たちは主に呼ばれてはじめてこの地を出られるんです」

「そんなことってあるかよ」

「残念ながらあるんですよ」

 アルフレッドはひとまず近くにある湖へ案内した。

 何もかもが神秘的な場所だった。オーラヘヴンの裏手より続いていた森の景色よりも、ずっと現実離れしていた。空はずっと夜のような藍色。月も星も出ていない。ときおり巨大な七色のベールがその空にゆらめいていた。


 ―確かに師匠が言ってたとかいう言葉通り、『聖獣の庭』は『七色の光が差しこむ、湖のほとり』だったんだな。

 ハークは湖の水をすくって飲んだ。透明度が高すぎるその水は、何も味がしなかった。

 アルフレッドはハークの横に座り込んだ。艶やかな蒼白い毛をまとった獣の姿だと、ハークの背よりもずっと大きい。いつもアルフレッドからは獣の匂いは感じられなかった。

「あのときロゼは無事だったのですね?」

 アルフレッドの問いに、ハークはこれまでのことを手短に説明した。アルフレッドは黙って聞いていた。聖獣の姿で黙られると、表情からあまり感情が読み取れずハークは何度か不安になった。

「うまくいえないんだけど、ここに来るまでになんだか霧の中で酔ったみたいになって。歩いたまま、昔の夢を見てたみたいなんだ」

「ここに来る人間はたいていそう言います。あの騎士殿は平気そうに出入りなさってましたが」

「師匠もここに来てたのか。さっき久しぶりに夢で逢ったよ」

 ハークは、元は師匠の持ち物だった剣に手をやった。

「もしかして、師匠の剣が導いてくれたのかな」

「聖獣の加護とやらがあるみたいですからね」

 アルフレッドは今までたびたび皮肉交じりに言っていたのだが、どうもいよいよ真実味を帯びてきたように思われた。

 ―どうしてこんな聖獣使いでもない少年が、ここに迷わず来れたのだろう。

 先ほどハークの姿を認めたとき、何故か以前ここから連れ出してくれた騎士の姿に錯覚したのだ。姿かたちは全然違う。だが、どこか希望の象徴のように思われたのだ。すぐに気のせいだと思った。


 ハークは休憩終わりと言い、立ち上がった。

「今度はロゼを迎えに行かなきゃ」

「それは無理です。ロゼが自分自身で来る必要があります。この地は来るものを試すのです」

 アルフレッドの即答ぶりに、ハークは意外そうな顔をした。

「ここで大人しく待ってろって?お前、心配じゃないのかよ」

「居ても立っても居られない気持ちは同じです。しかし、それがこの地の理です」

 ハークは、しばらく考えてから思い直したように腰を下ろした。

「俺だって来れたんだから、聖獣使いのロゼ様なら大丈夫か」

「はい、その通りです」

「アルフレッドは、ロゼが今見てるかもしれない過去のことを知ってるのか?」

「知りません」

「昔のことを聞いたりしなかったのか?」

「しません。あなたの師が僕らを引き合わせてくれたのです。それ以前のことは何も」

「俺ら、知らないことばっかじゃん」

「知る必要のないこともあります。今大事な問題は、これからのことです」

 アルフレッドの声は、どこか寂しげに響いた。ハークは、アルフレッドも孤独を感じていたのかもしれないと思った。

「何でも知っていないと気が済まないお子様のハーク殿には、わからないかもしれませんがね」

 アルフレッドの言葉に、またハークは「いつもお前は一言多い」と叫びそうになった。

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