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聖獣の庭、あるいは忘却曲線  作者: 蒼乃モネ
第七章 聖女の祈り、楽園神話の黄昏
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第12話 vanitas

 王都内は動乱にのみこまれた。

 各所で煙が上がり、武器を手にした民衆が王宮の周りへ押し寄せ、取り囲んだ。

 人々の叫びは広場にこだまし、その輪はみるみるうちに大きくなった。

「セシリア様はどこにいるんだ!」

「次期国王は、どうなる!」

「大臣はどこだ!説明しろ!」

 民から口々に発せられた言葉は、しだいにシュプレヒコールとなった。

 警備にあたっていた騎士団員だけでは収拾がつかなくなり、応援要請を受けたさらなる数の騎兵が駆け付け、抵抗する民を蹴散らした。

 事態を静かに見守っていた族長クジャールを筆頭とする獣使いの里の民もこれには立腹し、騎士団への抵抗を始めた。

 騎士団員たちもこれ以上の判断はつきかねていた。武装した騎兵らも命令が下らない限り、下手な手出しはできなかった。

「参ったな。隊長はどこにおられるのだ」

「先ほども本部を探したのですが、事態が事態だけに席を外しておられるようで」

「ダリアも見えないが」

「あのひとは、実戦以外でアテになりませんよ。きっと、さらに騒ぎを大きくしてしまうかと」

 馬の手綱を握ったままで顔を見合わせた二人の騎兵は、そろってため息をついた。



 当の騎士団隊長ライセントとその側近ダリアは、騎士団の裏手に広がる閑散とした場所で私怨による戦闘を繰り広げていた。

 ハークは、そのダリアの双剣から放たれる怒涛の斬撃を刃で受け、しかし難なく打ち返せることを自覚した。

 ダリアの身のこなしは確かに素早く、隙がなかった。しかし、ハークにとって彼女の攻撃は断然ユノのそれより軽く、そして反応はアルフレッドよりも遅い。

 徐々にハークの優勢になってきたことには、さすがのダリアでも気づいていた。

 ダリアは勢いづいたハークの攻撃を一度受けると、とうとうそれ以上踏み込めず防戦一方となった。

 しかし、ダリアはまだ笑っていた。一度後方にとびのき、大きく間合いをあけると息を整えた。

「ハーク。きみって、ほんとに強いんだね」

「ダリア、もう勝負はついてる。無駄な争いはやめよう。セシリア王子を助けるんだ」

「だからぁ、言ってんじゃん。どうでもいいよ。そんな不利な賭けみたいなの。あたし、政治なんてキョーミないし、それに」

 ダリアはふいに言葉を止め、静かに瞑想を始めた。

 ハークは周辺の空気がざわつくのを察知し、一心不乱に駆け出す。

「やめろ、ダリア!!」

 彼女の召喚をやめさせるべく手を伸ばしたが、間に合わなかった。

 何度も目にしたことのある忌々しい猛禽の魔獣が輪郭を現し、次の瞬間には赤く光る鋭い瞳がハークを獲物として襲いかかった。

 ダリアは、顔をゆがめながら高笑いをした。二つに束ねた緑青の長い髪はおおいに乱れ、風に踊っていた。

「あはははは!甘いね、おまえは。言ったでしょ。あたしは騎士の誇りなんて持ち合わせちゃいないの!目の前の敵を血祭りにあげられれば手段は選ばないわけ!」

 休む暇もなく魔獣と睨みあった。しかし、これまでの何時よりも冷静でいられた。羽根に魔獣の弱点である契約の紋章が刻まれているのも確認した。

 ―問題ない。俺は、これまでにも魔獣を倒している。ダリアの召喚もそう長くはもたないはずだ。今はそれよりも。

 ハークは、今このときにもライセントと剣を交えているケイトの方に視線をやろうとしたが、眼前の魔獣の飛翔がそれを許さなかった。



 ケイトはかねてから剣の扱いに特別秀でているわけではなかった。軍学校在籍時も直接手合わせしたことはなかったが、おそらく実技で主席のライセントにはかなわないことを知っていた。

 諸国を巡る旅に出てからは、野生の獣や賊の類をやり過ごすためのしたたかさを学んだ。幸い集中力を要する弓の扱いは得意だった。さらには、魔獣使いとしての適性があったことが自分の弱みを助けた。

 それでも、今は剣をとることを選んだ。ケイトは、ライセントの求めに応えなければならないと思った。

 そうでもしなければ、この目の前に立ち塞がっている相手は、梃子でも動かないだろうと思った。質実剛健さを評価されるこの男には、彼なりの強い信念があったのだ。それを踏みにじっていたのは、いつも自分たち王族だったことが思い返された。

 ライセントの刃は空を切り、風のうなる音がした。遠くの空では稲光が走った。

 ケイトはとにかく冷静に応戦しようと努めた。間合いを見切ることに専念する。

 しかし、相手はそれが気に食わないようだった。ライセントの攻撃はさらに性急になる。

「ハイネルよ、貴様はいつもそうだ。いつも距離を置いて、肝心なことからは逃げてばかり。今日こそ決着をつけさせてもらう!」

 鬼神のごとき攻勢だった。しかし、決して勢いで押し切るだけではない。とっさの判断力と反射神経では、一騎打ちにおいて彼の右に出る者はそういないように思われた。

 対等に張り合えるのは、おそらく軍の異端児であるユノくらいだったのではないかとも。

 すぐに勝負はついた。ライセントの鍛えぬいた剣さばきを前に、ケイトの剣は手本としての型でしかなかったことが、ここに証明された。

 叩ききらんとするライセントの渾身の一撃により、ケイトの手から剣は宙を舞った。ずっと背後で鉄が地面に打ち付けられる音を聞いた。

 ライセントは間髪入れずに、重心を崩したケイトを引き倒した。

「そう、やすやすと殺してたまるものか。貴様は、即刻王宮に引き渡してやる。これまで雲隠れしてきた責任を取ってもらおうか」

 ケイトは、石畳に全身を打ちつけた衝撃で、咳き込んだ。ややあって、身動きのとれない体勢で、小さくうめいた。

「降参だ。俺は、昔からおまえにはかなわない」

「軟弱な奴め。どうして貴様のようなのが、セシリア様の寵愛を受けた!どうして今なお、王都の命運を握るのだ!」

 そのとき、少し離れたところから、ハークの声が聞こえた。

「やめろ、ダリア!!」

 続いて、耳をつんざくような不気味きわまりない猛禽の鳴き声が響く。敵を前にした時の魔獣のほえ叫ぶ声だった。

「ライセント、あの女を止めろ。あいつでは制御できない。今に暴走するぞ」

「黙れ!貴様、まだ自分の立場がわからないようだな」

 ライセントは腕だけでは飽き足らず、ケイトの首に手をかけ、ぎりぎりと締め上げた。

 しかし、魔獣はあっけなくハークの剣によって灰となり、風に巻かれたのが見えた。ライセントは己が目を疑い、愕然とした。

「嘘だろう…あの凶暴な魔獣を。あいつは、何者なんだ」

 すぐにハークが駆け寄ってくる。

「隊長!ケイトを放してくれ!ダリアがまずい!」

 ライセントは、痛めつけられてもはや動けそうもないケイトの上から退いた。ケイトは、ようやくまともに息をすることができた。

 ハークにつれられたライセントは、倒れ伏して苦痛に顔をゆがめるダリアの姿を見た。

「ダリア、どうした!」

「さっきの魔獣を無理に召喚してから、様子がおかしいんだ」

「魔獣召喚が、こんなに身体の負荷になるというのか…?」

 ハークが手を貸し、ダリアを起こそうとするが激しく振り払われた。彼女は、錯乱しているようだった。

「ああぁあ!痛い辛い怖い気持ち悪い!」

 地に伏したまま頭を抱えて、もがき苦しんでいた。ライセントは必死に叫んでいた。

「ダリア!しっかりしろ、気を確かにもて!」

 ダリアはその声に、今度はぐったりと動きを止めた。目を見開いたまま、その頬には涙が伝っていた。

「助けて。隊長…」

「ダリア」

 立ち尽くす一同のもとに、ケイトが足を引きずりながら寄ってきた。

「魔毒の摂取で気がふれているんだ」

「どうすればいい」

 ライセントは、ダリアの傍らからケイトを仰ぎ見た。ダリアは脱力し、もう指一本動かさなかった。

「解毒方法はある」

 ケイトの言葉に続き、ハークがライセントを叱咤した。

「早く安全なところへ!急がないと、手遅れになるぞ!」

 ライセントは膝をついたまま、茫然としていた。ややあって、うつろな表情のまま口をゆがめた。

「貴様は、いつもそうやって上から俺を見る」

 一瞬、沈黙が支配した。それをすぐに破ったのはケイトだった。

「俺は、信念を貫くお前を恐れている。今も昔も。やはり空っぽの俺では到底敵わなかった」

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