50. ギャングたちの夜(2)
戦いの火蓋を切ったのは、ラゴスだった。
両手に剣を構えながら、奴は俺に向かってじりじりと距離を詰め始める。
毒と闇魔法による奇襲を警戒しているのか、朝と比べるとかなり冷静な対応だ。
俺も武器を構えながら、アトリたちから離れるようにラゴスのほうへゆっくりと距離を詰める。
さすがにアトリの近くでラゴスと戦うのは危険すぎるし、最悪ラゴスがアトリのほうに攻撃をしかけようとした時に、シャドウ・パスでなんとか割って入れるくらいの距離は取っておきたい。
静かに間合いを計っている俺たちをよそに、ラグナルは『俊敏』の速度で、ラゴスの後ろに控えるギャングの集団に突っ込んでいく。
同時に――
「スリープ・クラウド!」
アトリの放った風魔法が、ギャングたちのど真ん中で炸裂した。
眠気を誘う強烈なガスに包まれ、直撃を受けたギャングの半数が眠りに落ちる。
いきなりの魔法攻撃に混乱した彼らの中に、問答無用でラグナルが突っ込んでいく。
ギャングたちは慌てて抗戦するが、ラグナルの攻撃は容赦がない。
短槍で敵の手を貫き、逆の手で短剣を投げて敵の目を潰す。更に手近な敵を盾にして、弓矢による攻撃を防いでいる。
敵の斬撃をかわしざまに腕をつかみ、別方向から襲いかかろうとした集団に全力で投げつける。
決まりきった型のように、事もなげに襲ってくる敵をなぎ倒していく。
……もう、全部あいつ一人でいいんじゃないかな。
見てるとそんな気すらしてくるが、ひっそりとアトリもフォローしているようだ。
死角からラグナルを射ようとした射手が突然の暴風で狙いを外されたり、ラグナルの背後を取ろうとしたやつがシャドウ・バインドで身動きが取れなくなっている。
夜闇の中でも正確に戦況を判断できているのは、ミーシャの『夜目』と『視力強化』スキルのおかげだろう。
アトリを潰そうと迫ってくる敵も、大概はクーファに足止めされてる間にミーシャかアトリによって戦闘不能にされている。
そんな阿鼻叫喚の戦況をよそに、ラゴスはあくまで冷静に間合いを詰め続けている。
だいたい10メートルほどまで距離が縮まった瞬間――ラゴスがいきなり、左手の剣を投げつけてきた。
ブーメランのように回転しながら飛んでくるそれを、俺はとっさに横に飛んでかわす。
だが、その回避は当然読まれている。
ラゴスは俺の数段上の『俊敏』スキルによって一瞬で間合いを詰めると、もう片方の剣で袈裟斬りに斬りかかってくる。
――こいつ、殺す気満々じゃねえかっ!
とっさに左手の短剣を捨て、両手で剣鉈を構えて斬撃を受け止める。
なんとか斬撃を止めることには成功したが、今度はがら空きの腹にラゴスの蹴りが飛んでくる。
鋭い蹴りを脇腹にもろに食らい、俺は思い切り地面を転がる。脇腹を走る激痛から察するに、たぶん肋骨がイッてるな。
その上、地面を転がりながら『魔力感知』でラゴスが接近してくるのを察知する。
……このまま追い打ちをかけられたら、確実に死ぬ。
俺はとっさに魔力を練り、ラゴスが追いつく前に闇魔法を発動させる。
「シャドウ・パス」
俺の体が夜闇の中に沈み、ラゴスから20メートルほど離れた場所に転移する。
ラゴスはいきなり標的を見失ったことに驚いたようだったが、すぐにこちらの気配を察知して振り返った。
「ハッ。奇襲じゃなけりゃこんなもんか。用心棒の割りにはしょぼい腕だな」
「……勝手に期待されてもな」
剣鉈を杖にして立ち上がりつつ、俺は疑問をぶつける。
「お前、こんなことに本当に意味があると思ってんのか?」
「あ? この期に及んで命乞いかよ」
「違えよ。お前がどういうつもりでこんなことしてんのか、一応確認しておきたいってだけだ」
ラゴスは胡乱げに眉をひそめつつ、俺の疑問に答えてくる。
「てめえがどこのどいつか知らねえが、こっちは種族の尊厳を賭けて戦ってんだ。ハンパな覚悟でここに立ってんなら、さっさと消えるこったな」
「尊厳? 三〇人も仲間を引き連れて、たった五人をリンチするやつらに尊厳なんかあるのか?」
「……てめえ、よほど死にたいらしいな」
ラゴスの声に怒気が混ざるが、構わず俺は続ける。
「お前に尊厳ってもんがあるなら、正々堂々ラグナルと戦って族長の座を取り返せばいいんじゃねえのか?」
「取り返すもクソもねえ。そもそも、あのジジイが兎耳種の族長ヅラしてること自体がおかしいんだ。今までは他種族ともうまいことやってたから、俺たちも大人しくしてやってたが……よりにもよって、よその種族に刃傷沙汰を起こしやがった上に、俺のせいにしようとしやがって。あいつが兎耳種を切って自分だけ助かろうとしてるんなら、さすがに黙っちゃいられねえ」
改めて聞くと、完全に俺のせいだよな。
しかも、今朝の遭遇時にクーファが下手人をごまかしたことを、だいぶ曲解しちまってるみたいだ。
「言い分はわかったが、ラグナルから族長の座を取り戻してどうするつもりだ? 猫目種を見下して、今まで兎耳種を虐げてきた他の獣人種どもにすり寄ろうってのか? それこそ、尊厳があるとは思えねえけどな」
「……うるせえ、余所者が。この国じゃ、力こそが正義なんだ。弱いやつは食い物にされ、強いものだけが欲しい物を手にできる。兎耳種全体を守るためには、もうそれしかねえんだよ」
ラゴスは悲壮感すら漂う目で、俺を真っ向から見返してくる。
…………なるほど。こいつはこいつなりに、色々考えてはいるようだ。
だが、強者の論理に従おうとする姿勢は、やはり俺には相容れないものだった。
俺は剣鉈を肩に担ぐように構え直し、左手で煽るようにラゴスに手招きする。
「ハッ。今まで散々踏みつけにされてきた相手に、媚を売ってまで生き残りたいのかよ。そんな恥知らずに、俺を殺せるかよ」
「――――ッ!!」
ラゴスの顔に激しい怒りが浮かぶ。
同時に、やつは全力の『俊敏』で真っ直ぐに俺に突っ込んでくる。
怒りに我を忘れているようだが、その移動速度は今までの比ではない。
はっきり言って、まともにぶつかって俺が勝つ見込みはない。
接近戦のスキルでも、『俊敏』による加速でも、俺がラゴスに勝っている要素はない。
だが――俺のスキルセットであれば、やつの裏をかけさえすれば、ただ一撃でやつを倒すことができる。
そのために必要なことのひとつは、やつが警戒心を忘れるほどに怒りで我を忘れることだった。
射程範囲まで接近したラゴスに対して、俺は準備していた魔法を解き放つ。
「ブラインド」
目潰しの闇魔法が放たれ、正確にラゴスの両目に襲いかかる。
だが、やつは凄まじい反射神経で闇魔法を察知しやがった。前進する勢いを殺さないまま体勢を低くし、ブラインドを回避する。
無理に体勢を低くしたことでややバランスを崩したようだが、そのまま強引にこちらに突き進んでくる。
ラゴスはほとばしるような殺気とともに、俺の胴体めがけて斬撃を繰り出してくる。
当然、俺の反射神経と剣術スキルでは、とてもではないが防御が間に合わない。
ラゴスの剣が正確に俺の腹に吸い込まれ――そのまま、音もなく飲み込まれる。
「――――ッ!?」
期待した手応えがなかったことに、ラゴスはぎょっとして目を丸くする。
その反応に、俺はにやりと嗤った。
ブラインドと同時に、俺は自分自身の腹部にシャドウ・パスの魔法をかけていた。
俺の腹部の影は数メートル先の地面に繋がっており、ラゴスの斬撃はまんまと空振りした形になったわけだ。
そして――やつの一瞬の動揺を見逃すほど、俺は間抜けじゃない。
事前に『毒物生成』で麻痺毒を塗布した剣鉈を振り下ろし、ラゴスの肩を切り裂く。
痛みで冷静さを取り戻したのか、ラゴスは俺の腹から剣を引き抜いて距離を取った。
体の痺れを自覚しているのか、剣を取り落とさないよう一層固く握りながら、俺を睨みつけてくる。
「……イカれてやがるな、てめえ。俺が脚を狙ってたら、どうするつもりだったんだ?」
「脚一本でお前に勝てるなら、十分すぎるだろ」
アトリの治癒魔法もあるし、欠損くらいなら治せるとラグナルも言ってたしな。
むしろ、俺としてはラゴスの判断力のほうが驚きだった。
ブラインドを避けた時、やつは上でも横でもなく下に避けた。上か横に避けてくれれば、俺との距離が離れてアトリの援護を期待することもできたのだが……頭に血がのぼっていたはずなのに、まさかあの一瞬でこっちが一番嫌な選択肢を選ぶとはな。
予備の策を仕込んでなければ、今頃俺はお陀仏だったな。
ラゴスは体の痺れに抗いながら、剣を構え直す。
「……ふざけんな。まだ、こっちは負けたわけじゃねえぞ」
「お前、さてはアホか? その状態で俺に勝てたとしても、ラグナルに勝てるわけないだろうが」
「だとしても、俺は兎耳種の運命を背負ってんだ。このまま、おめおめ逃げ帰れるかよ」
…………なんつーか。ヤンキーってのは、どこの世界でもでかいことを言いたがるもんなんだな。
勝手に兎耳種全体を背負った気になってるらしいが、そもそも揉め事を起こして兎耳種の立場を危うくしてるのはこいつなんだがな。
まぁ根は悪いやつじゃないんだろうが、思い込みが激しすぎるのが難点だな。
こいつの誤解が解けない限り、結局ギャングとラグナルの小競り合いは終わらないし、その度にアトリの身が危うくなる。
そんな面倒はまっぴらごめんだ。
ひとつだけ、この状況を打破できる切り札があるんだが……できれば、それも切りたくないんだよなぁ。
俺が悩んでいる間にも、ラゴスはじりじりとこちらに距離を詰めてくる。
その目には本物の殺気が宿っており、正直放置してたらいつか寝首をかかれそうな雰囲気だ。
…………仕方ない。諦めるか。
俺は深く嘆息してから、ラゴスに言った。
「……わかったよ。もう止めにしよう」
「あ? ブルってんのか、てめえ」
「お前とラグナルが戦う理由なんて、もうねえんだよ」
吐き捨ててから、俺は顔を隠していたフードを跳ね上げた。
獣人種らしき特徴がない俺の顔を見て、ラゴスは驚いたように目を丸めた。
そして、俺は声を張り上げる。
「お前らの勝負、この俺――勇者セツナ・クロサキが預かった!」




