42. だんらん
日が暮れるまで『闇魔法』の練習をしたところで、ミーシャたちに食事に呼ばれた。
母屋のテーブルには、思いの外豪勢なメニューが並んでいた。
生野菜を盛ったサラダに、肉と根菜を煮込んだスープ、ローストしたと思しきブロック肉、昼にも出た固いパン、ひとくちサイズに切った果物の盛り合わせ……朝と昼に比べれば、格段に豪華になっている。
ラグナルはテーブルの向こうに立ったまま、俺たちを出迎えた。
「ご足労いただき、あいすみません。どうぞお座りください」
「いえ、むしろ食事をご用意いただきありがとうございます。ラグナルさん」
「なに。そんなこと気にせんでください。お二人を正式に歓迎したかっただけですから」
「……にしても、ちょっと豪華すぎないか? そんな気をつかう必要ないぞ」
「いえいえ。貴族のお屋敷で出るものと比べれば劣ってしまうので、申し訳ないくらいです」
ラグナルはあくまで好々爺然とした顔で応じる。
……しかし、このご馳走は完全に恩を売りにきてるな。
ラグナルのことだから、 なんの打算もなしにこんな食事を用意したわけではあるまい。
朝昼の食事が普通だったことを考えると、このご馳走は今回限りと考えて間違いないだろうし、合理的に考えて一回だけ食事を豪勢にしても意味がないことはわかっているはずだ。
こうして貸しを作っておくことで、のちのち俺たちが心理的に裏切りにくくなるように仕向けているのだろう。
俺とアトリが席につき、ミーシャたちも対面に座ると、ようやく食事が始まる。
料理はどれも美味く、疲れた体に栄養がしみる。
ミーシャたちにとってもご馳走なのか、姉妹そろって美味そうに料理を食べている。
当たり前だが、食事の前にすべての食器や料理に『鑑定』をかけて、毒がないことは確認済みだ。
俺の視線に気づいたらしく、クーファが料理から顔を上げた。
「セツナ兄、料理の味はどう?」
「ん? どれも美味いぞ」
「ん。よかった。腕によりをかけた甲斐があった。ね、ミーシャ姉」
「えっ!? う、うん。そうね」
そうか。当たり前だが、料理はミーシャたちが準備してるのか。
「アトリ姉はどう? やっぱり王族の料理より美味しくない?」
「いえ、そんなことはないですよ。とても美味しいです」
「気をつかう必要ないわよ。味付けの参考にしたいし、気になることがあったら遠慮せずに言って」
「本当に美味しいですよ。それに……バルディアにいた頃に食べていた食事は、毒味されたあとの冷めた料理ばかりでしたから」
毒味は食ってから時間をかけるらしいと聞いたこともあるし、あながちお世辞ってわけでもなさそうだ。
というか、俺の場合は『鑑定』で毒の有無を見分けられるが……これって本来異常なことで、『鑑定』レベルが相当高くないと毒の有無までは見分けられなかったりするんだろうか。
今のところ確かめようがないことではあるが、懸念事項として頭に積んでおこう。
アトリの答えに満足したのか、クーファはドヤ顔を浮かべた。
「よかった。命がけで食材を買いに行った甲斐があった」
「……あー。昼間の買い物、晩飯の食材を買うためだったのか」
「ん。いい食材も手に入ったし、ヒロイン気分を味わえたし、クーファ的には大満足」
どうりで、朝昼と比べて豪華になってるわけだ。
しかし、ちょっといい食材買っただけで街のチンピラに絡まれるなんて……獣人の文化は相当面倒くさいんだな。
俺が考えごとをしていると、ラグナルが姿勢を正して頭を下げてきた。
「二人から聞きましたが、セツナ様、アトリーシア様、クーファを助けていただきありがとうございました。お礼を申し上げるのが遅くなってしまい、誠に申し訳ございません」
「お気になさらないでください。ラグナルさんはお仕事でお忙しかったでしょうし……それに、わたしはセツナを支援しただけですから」
「ま、家賃代わりってことにしといてくれ」
「ハハハ! 大事な孫娘の命ですから、家賃としてはいささかもらい過ぎですな。このご恩はきちんと返させていただきます」
「恩返しは期待しておくが……そんなにへりくだらなくていいぞ。っていうか、あんまり露骨にへりくだられると、俺達の素性がバレちまう。ミーシャたちと同じで、様付けも敬語もなしでいい」
「いえ。孫娘たちは切り替えが未熟なのでお言葉に甘えさせていただきますが、わたしはそれなりに年輪を重ねておりますので」
「……だとしても、様付けとアトリの本名呼びはやめてくれ。どこで誰が聞いてるかもわからんからな」
「わかりました。では、セツナ殿、アトリ殿と」
呼び方を強引に訂正してから、俺は気になってることを追及してみる。
「しかし、この街は意外と物騒なんだな。いい食材買っただけであんな揉め事になるのが普通なのか?」
「常にああ、というわけではないのですが……冒険者のような血の気の多いものは、猫目種や兎耳種への差別意識が強いですからな。見つかると時たまそういったこともおきます」
「差別意識、か……」
当たり前だが、どこの世界にもそういうやつはいるもんだな。
弱者から奪い取ることになにも感じない、クズのような強者ども。
……おかげでクーファの前で手札を見せてしまったし、街の奴らから恨みを買った可能性がある。
というか、そもそも街中で人を切りつけてるわけだから、普通に官憲に目をつけられてる可能性もある。
まったく、頭痛のタネは増える一方だ。
内心で頭を抱えてる俺をよそに、アトリがラグナルに問いかける。
「でも、買い物ひとつであんなことになるなんて、大変なのではないですか?」
「ご心配には及びません。普段はこの地区まで来る行商を頼りにしてるので、こんなことはめったにないのです。住み分けというやつですな」
なるほど。それで猫目種と兎耳種だけの居住区が出来上がったというわけか。
差別された人は他人の痛みがわかる……なんて綺麗事を言うつもりはないが、実際に助け合わなければ生きていけない状況になれば、嫌でも助け合って生活するようになるってことだろう。
…………そう言えば、猫目種と兎耳種のことでもうひとつ気になることがあったな。
なんとはなしに、ミーシャとクーファに視線を向ける。
獣人は種族間の揉め事が多いと言っていたが、こいつらは種族が違うのに普通に姉妹として仲がいいように思える。
ラグナルとクーファも、種族は異なるが祖父と孫娘としての確かな絆が結ばれているように見える。
もしかして、ミーシャたちの親は猫目種と兎耳種同士で結婚したのだろうか……?
「? セツナ兄、どうかした?」
「……いや、なんでもない」
俺の視線に気づいたクーファが首を傾げるが、俺はとっさにごまかした。
ミーシャたちの事情は気になるが、会って一日そこらの他人に聞かれて嬉しい質問じゃないだろう。
そもそも俺も完全な興味本位だし、勇者の立場を使ってずけずけと他人の事情に首を突っ込むつもりはない。
ささいな疑問を振り払うと、俺は食事を再開した。




