39. 獣人の街(3)
元いた裏路地まで戻ると、アトリとミーシャが安堵した顔で待っていた。
ミーシャはすぐに駆け寄ってくると、泣きながらクーファを抱きしめる。
「クーファ、無事でよかったっ!」
「ありがと、ミーシャ姉。セツナ様のおかげで助かった」
「そ、そうだった! セツナ様、クーファを助けてくださってありがとうございますっ!」
ミーシャが凄まじい勢いで頭を下げてくるが、俺は鬱陶しげに手を振って応じた。
「世話役が減ったら面倒だっただけだ。礼はいらん。それから、様も敬語もやめろって言っただろ」
「ですが、セツナ様はもう妹の恩人です! さすがに敬語を使わないのは……」
「何度も言ってるが、こっちは身分がバレたら困るんだよ。それとも、お前は俺たちを困らせたいのか?」
「も、申し訳……じゃなくて、ご、ごめん、セツナさん。気をつける……」
恐縮したミーシャとは裏腹に、クーファはいつものぼんやりとした目つきで見上げてくる。
「セツナ様、クーファも敬語なしでいい?」
「お前は元々敬語じゃねえだろ」
「ん。じゃあセツナ兄って呼ぶ」
「……兄はつける必要ねえだろ」
「細かいことは気にしない、セツナ兄」
…………会話がドッジボールじみてるな。
クーファとの話を切り上げて、俺はアトリに聞きたかったことを確認する。
「アトリ、そっちは大丈夫だったか?」
「ええ。もちろんです」
尋ねつつも、俺は『鑑定』でアトリを鑑る。
アトリーシア・エル・ディード・バルディア
種族:ハーフエルフ
クラス:賢者
状態:正常
レベル:20
魔力:107/1500
スキル:
全属性魔法(レベル:4)
虚無の因子(レベル:9)
魔力量もほとんど減っていないし、ステータス異常もなさそうだ。
どうやら、何事もなかったというのは本当らしい。
ようやくほっとしたところで、俺はクーファに視線を戻した。
「で、一体なにを買ってたんだ? それが原因で絡まれてたっぽいが……」
「ん。まだ秘密」
「……やばいもんじゃねえだろうな?」
この国の法律がどうなってるのか知らんが、重罪になるようなことに加担したくはない。
……まぁ、すでに路上で刃物を抜いて二人に暴行を働いているので、今更な気もするが。
「当然。そんな変なものは買ってない」
「ならいいが……じゃあ、マジで難癖つけられてただけなんだな」
「ん。この街ではよくあること」
「よくそんな街で生活できるな……」
半ば呆れを込めて言うと、ミーシャが律儀に説明してくる。
「他の街では、そもそも獣人差別が強かったりするからね。この街を出ていった子も、色々あって結局戻ってきたりすることが多いわ」
「……そういや、エルフやハーフエルフも差別があるみたいだしな。それがこの世界の普通ってことか」
「それもそうなんだけど、獣人の場合はそれだけじゃなくて……」
ミーシャはそこで言い淀んだようだったが、俺が興味津々なのを察して先を続けた。
「獣人っていうのは、三百年前……伝承にある破壊神『虚無の波動』シェイファが封印されたあとに、創造神が生み出した種族とされてるの」
「それが差別と関係あるのか?」
「えっと、つまり……破壊神封印後に創造神が生み出したものって、九割くらいが破壊神を倒すための生物――つまり、魔物だったとされてるから……」
「…………獣人全体も魔物扱いされてるってわけか」
俺の推測に、ミーシャは無言でうなずいた。
なるほど。そういう経緯なら、獣人差別が特別ひどいというのもわかるし、獣人の気性が荒いとされるのも納得だった。
だからといって、この世界の常識に合わせてやる義理などないが。
ミーシャは少し怯えたように伏し目がちになる。
俺を勇者だと信じているせいで、おおかた、魔物扱いされて退治されるんじゃないかと心配しているのだろう。
俺は嘆息してから、ミーシャの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
案の定、ミーシャは驚いたように顔を跳ね上げる。
「な、なにっ!?」
「暗い顔すんな。辛気臭い」
ミーシャの抗議を一蹴してから、俺は全員の顔を見渡す。
「とりあえず事情はわかった。もうここに突っ立ってても仕方がないし、用事が済んだなら家に戻るぞ」
「わたしも賛成です」
「ん。クーファも同意」
「……もうっ、わかってるわよっ」
すねたように言いながら、ミーシャが先導するように歩き出す。
その背中を追いかけながら、右隣を歩くクーファがぽつりとつぶやいた。
「ミーシャ姉、ちょっと嬉しそう」
「そうなのか? まったく違いがわからんが」
「クーファが言うんだから、間違いない。さすがセツナ兄、すけこましの才能がある」
「…………バカにしてんのか?」
乾いた笑いを浮かべつつ、左隣を歩くアトリに視線を向ける。
彼女は少し寂しげな笑みを浮かべながら、俺とクーファのやり取りを眺めていた。
「どうかしたか?」
「……なにがですか?」
「いや……なんでもないならいいんだが」
それ以上なにも聞けず、俺はミーシャの後ろを黙って歩くことにした。




