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38. 獣人の街(2)

 大通りに飛び出すと、俺はすぐにクーファの魔力反応を探った。


 アトリと違って魔力反応が微弱なため若干わかりにくいが、明らかに人の流れに逆らう形で移動している魔力反応が三つ見つかる。

 おそらく、先頭で移動しているのがクーファだろう。

 もうだいぶ追手おってに距離を詰められているらしく、俺が追いつく前にクーファのほうが追手に捕まりそうだ。


 俺はインヴィジブルの効果を当てにして、『俊敏』の力で石畳いしだたみった。

 助走をつけて建物の壁に突っ込み、その勢いのまま壁を駆け上がって壁走りでクーファのもとへ駆ける。


 ものの数秒でクーファの近くまで肉薄するが、俺が接触する前にクーファがいきなり軌道を変えた。

 裏路地に逃げようと急に方向転換をしたため、通行人の足に引っかかってクーファがその場に倒れてしまう。

 いや――クーファが倒れた瞬間、通行人の男はさげすむような視線をクーファに向けていた。


 ……こいつ、わざと足を引っ掛けやがったな。

 だが追手とはグルではないらしく、通行人はクーファが転んだのを見ると、そのまま歩き去っていく。

 腹は立つが、構っている場合じゃないな。


 追手はすでにクーファの元にたどり着き、腕を押さえて裏路地に連れ込もうとしている。

 クーファは必死にもがいて抵抗しているが、熊爪種ベアリス角牛種ブルズの怪力には勝てないようだ。


 俺は『俊敏』の力で壁を蹴り、クーファのほうへ思い切り跳躍した。

 高い跳躍で雑踏の上を飛び越え、横幅20メートルはある大通りを横断する。

 同時に、ふところからナイフを二本取り出し、それぞれの刀身に『毒物生成』で毒物を塗布とふしてから両手に握った。

 そのまま跳躍の勢いを殺さずに裏路地に飛び込み、クーファを押さえつけている二人組の腕を切りつける。


「ーーっ!」


 熊爪種と角牛種の二人組は声なき悲鳴を上げ、瞬時にクーファから飛び退すさる。

 ちょうどそのタイミングでインヴィジブルが解けたらしく、やつらの焦点が俺に合う。

 クーファを背中にかばうようにナイフを構えた俺を見て、連中は即座に状況を察したようだった。


「なんだてめえ! そのガキの仲間かっ!?」

「こんなことしてただで済むと思ってんじゃねえだろうなっ!?」


 こちらを警戒しながらがなり立てる二人とは裏腹に、クーファは震える手でこちらの外套がいとうつかみ、弱々しい声で抗議してくる。


「お姉……? なんでここに……二人の安全が優先って言ったはず……」

「アホ。俺だ」


 クーファの手が驚いたようにびくんと跳ねたが、俺には彼女の表情を確かめている余裕などなかった。

 じりじりとにじり寄ってくる熊爪種と角牛種の動きを注視しながら、油断なくナイフを構えてクーファに尋ねる。


「さっさと逃げるぞ。立てるか?」

「……ん。大丈夫」


 早くも混乱と恐怖から立ち直ったのか、クーファは冷静な声音で応じて立ち上がった。

 クーファを後ろに押しのけながら、俺は二人組に問う。


「一応聞くが、あんたらこのガキに一体どんな用があったんだ?」

「あァ? それがてめえに何の関係があるってんだ?」

「理由によっちゃ、このガキをあんたらに差し出してもいいぜ?」


 もちろんそんな気はさらさらないが、時間を稼ぐつもりで軽口を叩く。

 二人組は不愉快そうに鼻を鳴らし、攻撃の姿勢を崩さないまま答えてきた。


「ハッ。そんなに知りたきゃ教えてやるよ。兎耳種ラビリスのクソガキが、生意気にも身の丈に合わねえもんを買ってやがったから、教育してから授業料をぶんどってやろうとしただけだ」

「身の程ってものを教えてやるのが大人の務めだからな。おめえも獣人種セリオンならわかるだろうが?」


 どうやら、本当にクーファが盗みを働いたわけではないようだ。

 それだけ聞ければ、もうこいつらは用なしだ。


「いや、さっぱりわからんね」


 吐き捨てるように言って――

 俺はクーファを小脇に抱え、『俊敏』で裏路地を駆け出した。


「てめえ、待ちやがれ!」


 後ろから罵声が聞こえてくるが、構わず全力で裏路地を駆ける。

 クーファを抱えているとはいえ、こちらは『俊敏』で超加速がついている状態だ。

 障害物の少ない裏路地で、『俊敏』もなく体重も重そうな大男たちに捕まるわけがない。

 事実、彼らとの距離が離れていくのを『魔力感知』で感じ――


「セツナ様、伏せて!」


 クーファの声に、俺はとっさに地面に倒れ込んだ。

 同時に、凄まじい風切り音を立てながら、頭上をなにかが飛び去っていく。


「チッ! 外したかっ」


 牛男の悪態が聞こえてきて、ようやく飛んできたのが斧槍ハルバードだったと察する。

『剛力』の力でぶん投げられただけのただの斧槍だったため、『魔力感知』では接近に気づけなかったようだ。


 …………クーファの声がなかったら、胴から真っ二つになってるところだったな。

 だが、まだのんきに感謝してる場合ではない。


 俺はすぐに立ち上がり、二人組のほうに向き直った。

 連中は一層怒りのこもった形相を浮かべながら、こちらに駆け寄ってくる。

 先程の一撃からしても殺す気満々って感じだったし、獣人ってのはコケにされるのが本当に嫌いな人種らしい。


 俺が武器を構えようとすると、クーファが俺をかばうように前に出た。


「セツナ様は逃げて」

「は? それじゃ、わざわざお前を助けに来た意味がないだろうが」

「でも、クーファは弱いから足手まとい。たぶん、セツナ様でも二人相手じゃ分が悪い」

「だから、弱いやつを見捨てて逃げろってか? そんな理屈クソくらえだ」


 俺が乱暴に吐き捨てると、クーファが焦ったような顔でこちらを振り返ってくる。


「でも、このままじゃ二人とも死ぬ。それが一番最悪の事態。セツナ様が死んだら、おじいに会わせる顔がない」

「お前の事情は知らねえよ。それに……俺たちが死ぬって決まったわけじゃない」

「そんなの……っ!」

「ほら。お前も前を見てみろ」


 俺がうながすと、クーファが恐る恐る二人組のいるほうへ視線を向ける。

 視線の先では、すでに二人組が地面に突っ伏して倒れていた。

 どうやら、俺の仕込・・()がようやく効いてくれたらしい。


 ナイフの刀身に仕込んでおいたのは、強烈な麻酔薬だ。

 こっちの世界の人間の麻酔耐性がわからんのでかなり強めにしておいたが、『鑑定』で二人組の状態をた感じ、ただの気絶状態で済んだようだ。

 連中が死んでも心が痛むわけでもないが、官憲に追いかけられるのは面倒だからな……

 ただでさえ不法入国で危ない橋渡ってるってのに、これ以上お尋ね者になるリスクを負いたくない。


 クーファは明らかに困惑している様子だったが、ほうけたような赤い瞳を俺に向けてくる。


「セツナ様、なにかした……?」

「さあな。それより、今がチャンスだ。とっとと逃げるぞ」

「…………ん。了解」


 クーファは明らかに釈然しゃくぜんとしていない様子だったが、今は追及している場合ではないと察したのだろう。

 アトリたちが待つ場所に戻るため、俺たちは『俊敏』で裏路地を駆け出した。


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