37. 獣人の街(1)
「――逃げるんじゃねえ、このガキ!」
大通りから響いてきた怒声に、俺たちは一斉に振り返った。
視線を向けた先では、ちょうど雑踏から人影から飛び出してきたところだった。
小柄な体躯を包む外套、白髪に赤い瞳、頭頂から伸びた兎耳――なぜかフードを上げているが、飛び出してきた人影は間違いなくクーファだ。
胸元でなにかの包みを抱えながら、人混みをかき分けて全力で大通りを走り去っていく。
その数秒後に、二人組の大男ががなり立てながらクーファの後を追いかけていく。
一人は熊のような丸い耳を生やした髭面のむさい男で、もう一人は頭から二本の角を生やした気性の荒そうな男だ。
熊男は殴打用のナックルを、角男は背中に長い斧槍を背負っている。
二人とも、見るからにカタギではなさそうな雰囲気だ。
念のため、その男たちを『鑑定』で鑑てみる。
オルサ
種族:熊爪種
クラス:戦士
状態:正常
レベル:12
魔力:50/50
スキル:
体術(レベル:3)
剛力(レベル:3)
嗅覚強化(レベル:3)
ボヴァン
種族:角牛種
クラス:戦士
状態:正常
レベル:13
魔力:48/48
スキル:
斧術(レベル:2)
棒術(レベル:2)
剛力(レベル:3)
嗅覚強化(レベル:3)
…………ラグナルほどじゃないが、なかなか面倒そうな連中だな。
「クーファのやつ、盗みでもやったのか……?」
「そ、そんなわけないじゃないっ!」
俺の呟きを、ミーシャが鋭く否定してきた。
反射的に大声を出してしまったことに驚いたのか、ミーシャは数瞬だけ戸惑ったようだったが、ちゃんと俺の目を見て続けてくる。
「いつもふざけてるように見えるかもしれないけど、クーファは絶対に犯罪に手を染めたりはしないわ」
「なら、なんであいつは追われてるんだ?」
「それは……」
「さっさと言え。追いかけられなくなるぞ」
追われているクーファはこちらのほうに逃げてくるのではなく、むしろ遠ざかるようなルートで大通りをかき分けていく。
俺たちを面倒事に巻き込まないために、そういう逃走ルートを選んでいるのだろう。
人混みのせいでクーファは『俊敏』が使えないのか、追手の男たちと徐々に距離が詰められ始めている。
ミーシャは今にもクーファを助けに行きたくてしょうがないようだったが、なんとか自制して俺に答えた。
「この街――城塞都市ヴェラードは獣人中心の街よ。獣人はそれぞれの種族内での結束は固いんだけど、種族間では揉め事が耐えなくて……とりわけ、戦闘能力が低い猫目種や兎耳種は、他の種族から蔑まれていて、些細な理由でも攻撃されることが多いの」
「…………なるほど」
つまり、よくある強者による搾取ってやつか。
取り立てて珍しいことではないし、俺も元の世界では散々理不尽な仕打ちを受けてきたもんだ。
ミーシャの言うことが本当なら、彼女たちにとってもこんなことは日常茶飯事なんだろう。
よそ者の俺が、いちいち口を出すことじゃない。
…………そう思うのだが、俺は胸がもやもやするのを抑えられなかった。
別にクーファに同情して、助けてやりたいと思っているわけではない。
ただ――抵抗できない弱者を一方的に嬲る強者どもが、我慢ならないってだけだ。
俺が悶々としていると、ミーシャは唐突に俺たちに頭を下げてきた。
「二人とも、ごめんなさいっ! あたし、クーファを助けに行かないと……っ。悪いんだけど、二人は先に家に戻ってて!」
「待て」
今にも大通りに走り出しそうなミーシャの腕を、俺は反射的に掴んでいた。
ミーシャがムッとしたような顔を向けてくるが、構わず続ける。
「無駄だ。お前が行っても戦力にはならない」
「だ、だとしても、妹の危機を黙って見過ごせるわけないじゃないっ!」
ミーシャが俺の制止を振り切ろうともがくが、俺はそれを全力で押さえつけた。
昨日『鑑定』で鑑たミーシャのクラスは狩人で、完全に後方支援寄りの戦闘能力だった。
弓も持っていないミーシャではまともな戦力にならないし、『鑑定』結果から察するに、仮に武器を持ってたとしても勝負にならないだろう。
……クソっ。面倒くさいことになりやがったな。
胸中で悪態をつきながら、俺はアトリを『鑑定』で鑑る。
アトリーシア・エル・ディード・バルディア
種族:ハーフエルフ
クラス:賢者
状態:正常
レベル:20
魔力:112/1500
スキル:
全属性魔法(レベル:4)
虚無の因子(レベル:9)
今のアトリなら、一人にしても大丈夫か……?
戦闘能力の面では問題なさそうだが、今のアトリは危ういところがある。正直、できるなら一瞬たりとも目を離したくない。
だがアトリは真っ直ぐに俺の視線を受け止め、俺の背中を押してきやがる。
「わたしのことは心配いりませんよ。魔力も戻ってきてますし、少しの間なら自分でなんとかできます」
…………ったく、こいつは俺の心でも読めるってのかよ。
苦笑を漏らしそうになるのをなんとかこらえて、俺はミーシャに言った。
「クーファは俺がなんとかする。お前はここでアトリを守れ」
「で、でもっ……」
「でもじゃねえ。言っとくが、アトリに傷一つでもつけてみろ。お前もクーファもただじゃ済まさねえぞ」
本気で殺意を込めて言うと、ミーシャは怯えた顔でうなずいた。
俺の本気がミーシャに伝わったのを確認してから、改めてアトリに視線を向けると、俺がなにか言う前アトリが尋ねてくる。
「インヴィジブル、ですよね? 何分ですか?」
「話が早いな。一分で十分だ」
「了解です。――インヴィジブル」
アトリの魔法が俺にかかったのを確認してから、俺は『魔力感知』と『隠密』をフル稼働させて大通りの雑踏へと飛び出した。




