36. 城塞都市ヴェラード
城塞都市ヴェラードの繁華街は、思った以上に活気にあふれていた。
石造りの建物が並ぶ大通りには、所狭しと露店がひしめいている。
喧騒と熱気を生み出す人々の内、三割ほどが普通の人間で、残りの七割は獣人種のようだ。
獣人と一口に言っても細かい種族は様々で、尻尾や角から察するに、犬や虎、熊に牛、猪や馬など多種多様な獣人が見受けられる。
肌に鱗が浮いてるものもいるが、彼らはトカゲかドラゴン系の亜人といったところだろうか。
どの獣人もベースが人間なのは同じらしく、耳や角や尻尾などを除けば、ぱっと見では普通の人間と変わらないように見えた。
ただ、ひとつ意外だったのが――ミーシャやクーファのような猫、兎の獣人が少ないことだった。
まぁ、それはそれとして……
「…………なんで俺たちはこんなところにいるんだ?」
狭い裏路地に身を隠して大通りの様子をうかがいながら、俺は前に立つクーファたちに尋ねた。
クーファとミーシャは揃って目深にフードをかぶり、背中を外套で隠している。
ちょうど耳と尻尾がすっぽり隠れる形になり、そうして見るとほとんど普通の人間にしか見えなかった。
昼の日差しでクソ暑い中、俺自身もフードと外套を着せられている。
クーファ曰く、「木を隠すなら森の中」とのことで、アトリ一人を目立たせるよりも『そういう集団』だと思わせたほうが安全ということらしいが……正直、余計に怪しくなっただけのような気もする。
クーファはほとんど服に着られてるようなぶかぶかの格好で、妙に自信ありげに胸を張ってきやがった。
「市場は戦場。すなわち買い物は戦争。油断したやつから先に死んでいく」
「まったく意味がわからん」
俺のツッコミを完全に無視して、クーファはミーシャに視線を向けた。
「ミーシャ姉は二人とここで待ってて」
「なっ、なに言ってんのよっ! あたしが行くから、あんたのほうこそ大人しくここで待ってなさい!」
「それはダメ。買い物とセツナ様たちの安全、どちらにいいリソースを割くべきかは明白。それに、ミーシャ姉はすべきことがあるはず」
「そ、それは……でもっ……!」
なにやら言い争っているようだが、たかが買い物でなにをそんなに揉めてるんだ……?
俺が首をひねっていると、ようやく話がついたらしい。
「ん。それじゃ、買い物に行ってくる。もし聞けたらバルディアのことも聞いてくるから、そこで大人しくしててね」
クーファは気楽そうに言ってから、目深にフードを下ろして大通りの人混みに紛れていった。
それを見送ってから、俺はミーシャに視線を向けた。
「で、すべきことってなんなんだ?」
「えっ!? あっ、いえ…………」
俺に話しかけられたことで動揺したのか、ミーシャは一瞬でしどろもどろになってしまった。
あたふたと手を動かしていたが、一度深呼吸をしてから、おずおずと目を合わせてくる。
「あ、あの……勇者様、姫様。今朝は失礼なことを言ってしまい、申し訳ございませんでした!」
「? なんのことだ?」
「えっ…………あ、あの……お二人が偽物だって疑って、色々失礼なことを……」
なんだ、そんなことか。
俺が拍子抜けしていると、ミーシャは地面に膝をついて懇願してくる。
「あ、あたしのことはいくらでも罰していただいてかまいません……でもどうか、お爺さまとクーファだけはご容赦いただけないでしょうか……?」
「ミ、ミーシャさん! 顔を上げてくださいっ」
アトリが慌てて静止に入るが、ミーシャは頑なに頭を上げない。
「いえ! あれだけのことをしたんですから、きちんとけじめを付けさせてくださいっ! 死罪でもどんな罰でも受けますから……っ」
…………まともなやつかと思ってたが、こいつも意外とこじらせてんな。
だが、罰の件は好都合だな。
今つまらんことで罰の権利を振り回すより、もっと後で無理難題を押し付ける時に交渉のカードとして使えそうだ。
ここは保留にしておくのがベストだろう。
「……セツナ?」
内心でほくそ笑んでると、アトリが横で呆れたジト目を向けてきやがった。
こいつ、たった数日で俺の思考パターンを完全に読んでやがるな……
俺は小さく咳払いしてから、ミーシャに声をかけた。
「こっちは別になんとも思ってねえよ。いいから頭を上げろ」
「で、ですが……っ」
「罰のことは後で考えておくから。とりあえず今は、立って頭を上げろ」
「は、はいっ」
命令調で繰り返した甲斐あってか、ミーシャは素直に従って立ち上がった。
まだ怯えたような目をするミーシャに対して、俺は続ける。
「それから、その堅苦しい話し方はやめてくれ。もっと素で、クーファに話す感じで喋ってくれ」
「えっ……さ、さすがにそれは……」
「人前に出た時にその感じで話されると困るんだよ。わかるだろ?」
人前でアトリのことを姫様などと呼ばれたら、『虚無の因子』であることを宣伝して回ってるに等しい。
ミーシャもすぐに察したらしく、ためらいがちに口を開く。
「で、では……セツナ様、アトリーシア様と……」
「敬語も様もやめろ。あとアトリはフルネームで呼ぶな。一発でバレる」
「じゃ、じゃあ……セツナさん、アトリさん……?」
…………まぁ、そんなところで妥協しておくか。
念のためアトリに視線を向けるが、彼女も満足げに顔を緩めている。
元ぼっちの王女様としては、あだ名で呼んでくれる相手が増えて嬉しいらしい。
あまり油断されると困るが、多少心を許す程度なら、逆に相手の油断を誘えるかもしれないので有益かもしれない。
そんなことをぼんやり考えてから、俺はミーシャに視線を戻した。
「それで……なんかやたらクーファのこと心配してたが、この街はそんなに治安が悪いのか?」
「えっと、そんなことはないんだけど……」
ミーシャが言い終える前に。
「――逃げるんじゃねえ、このガキ!」
大通りから響いてきた怒声に、俺たちは一斉に振り返った。




