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35. これからのこと(2)

 汚れを落として服を着替えてから、俺たちは居間に戻った。


 着替えに用意されていたのは、ラグナルやミーシャたちと同じ服だった。

 服は亜麻リネン製で、上は半袖だが下は七分丈といったところだろうか。簡素な服だが意外に着心地は悪くなく、動きやすくもある。

 重すぎて腰紐に提げられなかった剣鉈マチェットは、左手にぶら下げていつでも抜けるようにしている。

 革製の靴はサイズが若干合っていなかったが、布を詰め込んで強引に靴ずれを防止した。


 俺たちの格好を見て、ラグナルは満足げに一度うなずいた。


「ふむ。これなら街の人間に見られても、怪しまれることはなさそうですな」

「着替えまで貸していただいてありがとうございます、ラグナルさん」

「いえいえ。むしろ、汚れたままの格好で老人の話に付き合わせてしまって申し訳ない限りです」


 ラグナルの白々しいセリフを無視して、俺はさっさと本題を切り出した。


「早速だが、これからのことを話してもいいか?」

「ええ、無論です」


 待ち構えていたみたいに、ラグナルは即座にうなずいた。


 話を始める前に、テーブルについている連中の顔をもう一度確認する。

 クーファは相変わらずなにを考えてるのかわからない無表情だし、ミーシャはどこか怯えた様子でちらちらとこちらの様子を伺っている。

 ラグナルは好々爺然とした顔に、どこか面白がるような笑みを浮かべている。

 そして――アトリは真っ向から俺の顔を見返し、小さくうなずきを返してくれた。

 信頼して、この先の話を俺に任せてくれるということだろう。


 俺は一度だけ深呼吸をしてから、話を切り出した。


「正直、俺たちはこれからどうすべきか決めきれていない。勇者としてなにをなすべきかを判断するためにも、まずは情報収集して、今後の方針を考える時間を作りたい。そのために、できればあの離れをしばらく貸して欲しいんだが……」

「もちろん、セツナ様が望むのならいくらでもお貸ししますよ」

「…………ただし?」


 威嚇いかくするように口の端を吊り上げ、ラグナルに促す。

 直球をぶつけられても驚きもせず、やつは愉快そうに目を細めただけだった。


「……条件というわけではないですが、もしよければお願いしたいことがございます」

「内容次第だな」

「もちろん、無理難題は申しませんとも。もしご不快でなければ、ミーシャとクーファの二人を世話役としてセツナ様たちにおつけしたいと思っているのですが、構いませんでしょうか?」

「…………それだけか?」

「はい。いかがでしょうか?」


 ラグナルの提案に、俺はすぐにうなずくことはしなかった。


 はっきり言って、この提案は俺たちにとってもメリットがある。

 味方をつくるという方針にも合致するし、ミーシャたちを相手に実戦訓練も積めるはずだ。

 居住区内をむやみに歩き回って注目を浴びる危険も減るし、面倒なことを二人に押し付けられるなら願ったり叶ったりだ。


 だが……そんなことをして、一体ラグナルに何のメリットがある?

 そこがどうにも釈然としない。


 ミーシャたちを使って俺たちを監視したい、というのは当然あるだろう。

 だが、したたかなラグナルのことだ。本当の要求はそれだけではないはずだ。

 俺たちがミーシャたちと親しくなって、油断したところで何らかのアクションに出るつもりか?

 それとも、俺たち――勇者と『虚無の因子』にミーシャたちをつけること自体に、何かメリットがあるのか?


「いかがですかな? やはり、出過ぎた提案でしたでしょうか?」


 俺が熟考していると、ラグナルが回答をせっついてきやがった。


 考えがまとまりきらず、俺は意見を仰ぐためにアトリに視線をやる。

 それだけでこちらの意図を察してくれたらしく、アトリは即座に行動を起こした。


「ラグナルさん。これはあくまで例え話なのですが……もし、別の方に世話役を頼みたいと言ったら?」

「…………そうですな。無論、別の者を世話役としてあてがいましょう。ただ、その者にお二人の事情を話すわけには参りませんので、お世話できる範囲は限られてしまうかもしれません。それに、身内以外のものを使うとなると、確実に口に戸を立てられるかどうかも難しいところでして……」

「なるほど。承知いたしました」


 弁解するように答えるラグナルを見て、確信する。

 どうやら、『俺たちの世話役としてミーシャ(・・・・)たち(・・)をつける』こと自体に、ラグナルのメリットがあるのは間違いないようだ。


 それにしても、あんな単純な質問で相手の動揺を引き出すとは……アトリのやつ、やっぱ恐ろしく頭の回転が速いな。


 アトリがあごを引いて小さくうなずくのを確認してから、俺はラグナルに向き直った。


「正直、その提案はこっちとしても助かるが……本人たちの意思を無視して決めたくはない。二人の意見を聞いてみてもいいか?」


 俺の問いかけに、ラグナルは見るからに相好そうごうを崩した。


「ええ、もちろんです。ミーシャ、クーファ、どうだ?」

「は、はいっ! あ、あたしは大丈夫ですっ」

「ん。クーファも問題なし。勇者様のお世話係、ワンチャンたま輿こしもありうる……」


 ねえよ。……とツッコミたいところだったが、話の腰を折りそうだったのでやめておく。


「わかった。それなら、その提案をありがたく飲ませてもらおう」

「そう言っていただけると、差し出口を叩いた甲斐があったというものです」


 俺の返事に、ラグナルは大げさに胸を撫で下ろして見せた。


「さて。随分と長話になってしまいましたが、一旦このあたりでお開きにしましょう。お二人もゆっくりしたいでしょうし、わたしもこれから長としての仕事がありますので」

「色々悪いな」

「いえいえ、お気になさらないでください。もしなにか不便なことがございましたら、ミーシャかクーファに何なりとお申し付けください」


 それだけ言い残すと、ラグナルは部屋の奥へと引っ込んでいった。


 居間に取り残された俺たちは、互いの顔を見合わせて互いの様子をうかがっている。

 ミーシャは相変わらず緊張した様子で、クーファはいつものぼんやりとした様子で、そしてアトリは……黙って俺に視線を向け、主導権を明け渡してきている。


 ミーシャはまだ、俺たちの正体を知った動揺から立ち直ってないみたいだし……話しかけるなら、クーファのほうが無難だろうな。


「クーファ。聞きたいんだがいいか?」

「ん。スリーサイズは上から……」

「んなこと聞いてねえから。……普段、お前らはこの時間なにしてるんだ?」

「いつもは家事したり、鍛錬したり、冒険者ギルドの依頼を受けたりしてる。今日はちょっと買い出しが必要だから、ミーシャ姉かクーファのどっちかが市場にいく予定」


 …………市場、か。

 正直、ついて行きたい気持ちはある。この世界の繁華街の雰囲気というものを見ておきたいし、ある程度街の常識を知っておきたい。

 素性がバレるので、冒険者ギルドには近寄りたくないが……食材の買い出し程度ならさすがに大丈夫だろう。


 それに……市場のように商人の出入りが激しい場所なら、アトリの故郷――バルディア王国の現状についても情報が得られるかもしれない。

 人が多いということは、それだけリスクも多いということだが……いずれにしても、いつかは挑まねばならない問題だ。


 俺はアトリとアイコンタクトを交わしてから、クーファに提案する。


「その買い出し、俺たちもついてっていいか?」

「えっ」


 ミーシャとクーファが、ぎょっとしたように目を丸くしたあと、気まずげに視線をかわした。


「あっ、あの、それはその、あまりおすすめできないというか……」

「ん。悪いことは言わない。やめておいたほうがいい」

「なんかまずいことでもあるのか?」

「むしろまずいことしかない。離れでおとなしくしてたほうがいい」


 ……そこまで言われると、むしろ無理矢理にでもついて行きたくなるな。

 俺一人なら問答無用でそうするんだが、アトリを離れに一人にするわけにもいかない。

 なにか危険があるのなら、アトリには安全地帯にいてほしいが……


「言っておきますが、わたしもついていきますからね?」


 こちらからなにか言う前に、アトリはジト目で睨みながら釘を差してきやがった。

 俺は苦笑してから、クーファに肩をすくめてみせた。


「お前の言う『まずいこと』ってのがなにかは知らんが、もし危険があっても俺たちは自力で逃げられる。それに……正直、まだお前たちのことを信用してるわけじゃない。俺たちを街から遠ざける理由があるっていうなら、ちゃんとこの目で確かめなきゃ納得できん」

「…………仕方ない。そこまで言うなら、自己責任」


 白い兎耳を垂らして大げさにため息をつくと、クーファは居間の奥のほうへきびすを返した。


「お、おいっ。どこに――」

「変装」


 静止の声に足を止めると、クーファは物憂げな調子で肩越しに振り返った。


「アトリ様の――ハーフエルフの耳、隠さないと目立つ。変装道具、取ってくる」


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