33. 食い違う二人
ミーシャとクーファの案内で、俺たちは母屋の奥の一室に足を踏み入れた。
部屋の中央には水が溜まった大きな桶が陣取り、壁際には体を拭くためと思しき布が紐で吊るされている。
大きな桶の近くには、水を汲む用の小さな桶が重ねてある。
おそらく、普段から体を洗う場所として使われている部屋なのだろう。
俺が室内を観察していると、クーファは相変わらずの無表情でこちらを振り返った。
「セツナ様。もしかして、ここで裸になって体を洗ってるクーファたちを想像してた?」
「アホか」
「ん。勇者様といえど一人の男。美少女たちに囲まれて劣情を催すのは仕方のないこと。クーファは理解のある女」
わかったようなことを言いながらドヤ顔するクーファを放置して、俺はミーシャに視線を向ける。
居間での会話の衝撃からまだ立ち直っていないのか、ミーシャはどこかこわばった様子で視線を床に落としていた。
……厄介事を起こさないならそれに越したことはないが、こうもおとなしくなられるとそれはそれで不気味だな。
硬直した姉をフォローするように、クーファは壁にかかった布を持ってくる。
「セツナ様、アトリ様、服を脱ぐ」
「は?」
「クーファたちが、お二人の体を洗うのを手伝う。だからはやく服を脱ぐ」
……こいつらの前で武装解除しろってか? 冗談じゃない。
仮に勇者だと認められたところで、人間を信用して無防備になるなんて考えられない。
俺が視線を鋭くしたのを見て、クーファは無表情のまま自分の体をかばうように抱きしめた。
「ん。セツナ様はとんでもないスケベ。そんな真剣な目で見つめられたら仕方がない。クーファも裸になってご奉仕する」
「…………お前な」
奇想天外すぎるリアクションに、俺は思わず頭を抱えた。
こいつと会話していると、真面目に考えている自分がとてつもない間抜けに思えてくる。
「……とにかく、手伝いなんていらない。俺とアトリだけでなんとかなる。着替えだけ置いて居間で待ってろ」
「え……」
追い払うように手を振ると、なぜかミーシャのほうが顔を真っ青にしていた。
妙にぎこちない様子で、追いすがるように口を開く。
「あ、あの……でも…………」
「ん。ミーシャ姉、空気読む」
なにか言おうとしたミーシャを、クーファが横からそっと押さえた。
不服そうな姉に向かって、クーファは再びドヤ顔で口を開く。
「密室の中、裸の男女が二人きり……セツナ様がなにを考えてるかは明白」
「え……? …………あっ!」
「ん。やはりセツナ様はスケベ。英雄、色を好むとはこのこと。ここは若い二人に任せるべき」
ドヤ顔でうなずいてるんじゃねえ。
……思わずツッコミそうになったが、いちいち誤解を解くのも面倒くさい。それで納得するんだったらしてもらって、とっとと部屋から出ていって欲しかった。
顔を真っ赤にしたミーシャとドヤ顔のクーファが出ていくのを見届け、『魔力感知』で気配が遠ざかるのを確認してから――俺はようやく、アトリを振り返った。
アトリは俺の視線から逃れるように、部屋の奥をぼんやりした目で見つめている。
……ラグナルがあそこで話を中断したのは、間違いなく俺たちに時間を与えるためだ。
俺とアトリが意見を違えていることを、あの強かな老人が見逃すはずがない。
これからのこと話し合う前に、そちらの意見をすり合わせておけ――と、そういう意図だろう。
まったく、腹の立つほど頭の回るジジイだ。
俺はため息をついてから、アトリに呼びかけた。
「…………どういうつもりだ、アトリ」
「なんのことでしょう?」
「とぼけるな」
強い口調で言うと、アトリはようやくこちらを向いた。
悪びれた様子もなく真っ直ぐ視線を合わせてくると、澄ました顔で頭を下げてくる。
「セツナの正体を明かしてしまったことでしょうか? それについては申し訳ありません。あの場合、ああするしかなかったと――」
「違う。そんなことはどうでもいい」
素早く否定してから、俺は追及する。
「どうして自分の正体を明かしたんだ? お前の正体がバレちまったら、お前の立場が危うくなるだろうが」
「……それについては、それほど心配する必要はないと思いますよ? ラグナルさんもとっくに察していたみたいですし、そもそも一介の村長が『虚無の因子』をどうするっていうんです?」
「領主や上の連中に報告されたらどうする? また監禁生活に逆戻りするかもしれないだろ」
「そのつもりなら、わたしたちの正体を暴く前にそうしていたでしょう。そのほうが油断していたところをつけますし」
「それは、そうかもしれんが……」
アトリの言うことは、確かに理にかなっている。
だが、俺はどうしても胸の中のもやもやを晴らすことができずにいた。
「……お前、森を抜けたあたりからなんかおかしいぞ?」
「なんかって、具体的になにがです?」
「それは……捨て鉢になってるっていうか、やたら自分を不利にしようとしてないか?」
俺に黙って魔力欠乏になったり、俺だけ寝かせて徹夜で不寝番をしたり、俺が勇者だと証明するために自分の正体を明かしたり……森を出てからのアトリの行動は、自分を傷つけたがってるようにすら見える。
やはりそこが急所だったのか、アトリはわずかに動揺したように目線をそらした。
だがすぐに持ち直すと、視線を合わせて困ったように笑った。
「そんな風に見えていたんですか? 心配症ですね、セツナは。わたしはただ、その都度すべきことをしてきただけです」
「……本当にそれだけか?」
「もちろんです。第一、無茶をするのはセツナも一緒じゃないですか。わたしだけこんなに責められるのは、ちょっと納得いかないです」
言って、アトリはすねたように唇を尖らせる。
…………このまま追及しても、口を割らなそうだな。
あまり時間もないことだし、この点を掘り下げるのはまた次の機会にするしかないか。
「……わかったよ。とりあえず、そろそろ体を洗うか」
嘆息混じりに言ってから、俺は桶から水を汲んで体を洗う準備を始めた。
だがアトリはその場に突っ立ったまま、俺の行動をぼんやり眺めていた。
「? アトリもはやく準備しろよ。心配しなくても、体を洗ってる時にそっち見たりはしねえよ」
「いえ、それは別にいいんですが」
よくはないだろとツッコむ前に、ふと気づく。
砦に監禁されてたとはいえ、アトリはれっきとした王族だ。
しかも『虚無の因子』だけあって、常に侍女たちによってかしずかれ、監視されながら生活をしていた。
つまり――
俺の推測を裏付けるように、アトリは純粋な疑問をぶつけるように尋ねてくる。
「……あの、体ってどうやって洗えばいいんですか?」




