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24. 接触

「…………ちょっと。そこに、誰かいるの?」


 闇の向こうから投げかけられた声に、俺は動きを止めた。

 街灯も家の灯りもないため、闇の向こうにいる何者・・()の姿はまったく視認できない。

 俺は即座に『隠密』と『魔力感知』を発動し、声の主の動向に意識を集中する。


 周囲に存在する魔力は、ふたつ。

 魔力の大きさはそれなりで、少なくとも森で戦ったゴブリンよりは遥かに強そうだ。

 寄り添うように密着したふたつの魔力は、俺たちのほうへ恐る恐る近づいてくる。


 俺は腰の得物ーー剣鉈マチェットに手を伸ばした。

 森を脱出する際、ドッペルゲンガーの死骸から回収してきたものだ。

 マイラの形見だからというのもあるが、単純に得物がナイフだけでは心許こころもとなかったからでもある。


 いつでも剣鉈を抜けるように身構えながら、ふたつの魔力の動きを警戒する。

 こちらの姿が見えているのか、ふたつの魔力はその場で足を止めたようだった。


 …………まずいな。

 相手は夜目が利き、こちらの動きを正確に視認できている。

 対して、俺は相手の姿すら確認できていないし、魔力欠乏状態のアトリを抱えている。

 その上、二対一とあっては勝機は薄い。


 俺が分析している内に、闇の向こうから再び少女の声が投げかけられてきた。


「ね、ねえ……そっちの女の子、大丈夫なの? 具合が悪そうだけど……」


 呼びかけてくる声はぶっきらぼうだが、こちらを案じているようにも聞こえる。


 正直、後先考えずに助けを求めたい気持ちはあった。

 多少のリスクを背負ってでも、アトリの回復を最優先させるべきだという思いが身体を突き動かしそうになる。

 だいたい、やつらの狙いがアトリを殺すことなら、声をかける前に奇襲しているはずだ。


 ……信じてしまってもいいのではないか。

 ここはもう、魔物がはびこる森の中ではない。こんなに張り詰めている意味があるのだろうか?


 弱気が思考をむしばむ前に、俺は唇を噛んだ。


 この(・・)()()らずの(・・・)他人・・()じるだと(・・・・)


 冗談じゃない。俺とアトリが、今までどれだけ人間に虐げられてきたかを思い出せ。

 顔も知らない相手を信じるような甘ったれた考えでは、アトリを巻き込んで共倒れになるだけだ。

 俺が傷つこうが死のうがどうでもいいが、アトリだけは守り抜かなければならない。


 剣鉈をつかんで威圧したまま、俺は闇の向こうへいらえを返す。


「何者だ。なぜ俺たちに構う」

「何者って……そっちこそ何者よ? あたしたち、この辺には長く住んでるけど、あんたみたいな変なやつ見たことないわよ?」

「俺たちの世話を焼いて、あんたにメリットがあるのか?」

「な、なによその言い草……困ってる人がいたら、声をかけるのが普通でしょ?」

「……普通?」


 ーー弱っている人間から根こそぎむしり取っていくことのほうが、人間にとっての普通じゃないのか?

 よほどそう返してしまおうかと思ったが、不毛な議論になりそうだったのでやめておいた。

 こちらが答えあぐねていると、先方はしびれを切らしたらしい。苛立った声で投げかけてきた。


「まぁ、確かに余計なお節介だったかもね。勝手にしたら」


 吐き捨てると同時に、闇の向こうできびすを返す音が聞こえる。

 が。


「…………ダメ、ミーシャねえ


 闇の向こうから、別の少女の声が聞こえた。

 先ほどまで話していた声より、わずかに幼さを感じる声。

 淡々とした声音だが、話し相手に対する確かな親愛の情が滲んでいるような気がした。

 思わぬところからの抵抗に、もうひとりの少女ーーミーシャは驚いたようだった。


「ちょっ、ちょっとクーファ! 急にどうしたのよっ?」

「ミーシャ姉、困ってる人は助けるって言った。目の前の人、困ってる。助けなきゃダメ」

「そ、それはそうだけど……あっちが助けなんかいらないって言ってるんだから、ほっとけばいいのよ!」

「初対面の他人を警戒するのは、当然」

「だ、だからって、あんな失礼なこと言われる筋合いないでしょ!」

「ミーシャ姉も、変なやつって言ってた。結構失礼。おあいこ」

「う、うぐ……っ!」


 …………騒がしい連中だな。

 こんな夜更けにそうそう人が出歩いているとは思えないが、これだけ騒いでいたら人が集まって来かねない。

 それは正直、困る。


 アトリはハーフエルフの上、邪神の魂を身に宿す存在だ。

 もしバルディア王国の『虚無の因子』がハーフエルフだと知られていたら、アトリの容姿を見られただけでかなり面倒なことになる。

 そして俺も……学ランなんて珍妙な服、この世界ではかなり異質だろう。

 その上、城壁を登攀とうはんして違法に街に入っているわけだから、衆目にさらされれば一巻の終わりだ。


 ここで取りうる選択肢は二つだ。

 彼女たちを無視して別の場所に移動するか、彼女たちを信じて頼ってみるか。

 前者を選んだ場合、アトリの体調については解決しないし、朝までに自分の身なりをなんとかしなければならないという問題も浮上してくる。

 後者を選べば……うまくすれば両方の問題が解決するかもしれないし、逆にもっと悪い状況におちいるかもしれない。


 どうせいちばちなら……


 俺は剣鉈から手を離すと、闇の向こうに落ち着いた声を投げかけた。


「…………悪かった。連れが倒れて、少し動転してたみたいだ。できれば、あんたたちの力を貸して欲しい」


 俺の態度の変化を怪しく思ったのか、探るような沈黙が下りる。

 一時間にも感じる沈黙のあと、ミーシャとかいう少女の声が答えを返す。


「……わかったわ。こっちも放っといたら寝覚めが悪いし、手を貸してやるわよ」

「頼む」


 俺が応じると、二人分の足音がゆっくりとこちらに近づいてきた。

 彼女たちも彼女たちで、こちらのことを警戒しているのだろう。それはそれで当然のことだし、こちらも完全に警戒を解いたわけではない。

 正直なところ、彼女たちが敵に回ったとしても、少女二人なら俺ひとりでも対処・・できるだろう、という見込みもある。

 無論、そうならないことを祈っているが、最悪のシチュエーションは常に想定しておくべきだろう。


 魔力が接近してくるのを『魔力感知』で確かめながら、俺は闇の向こうに目を凝らす。

 闇の向こうから、徐々に少女たちの輪郭が浮かび上がりーー


「……………………は?」


 彼女たちの姿を見て、俺は間の抜けた声を上げてしまった。


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