「古代の鏡」
小野寺章は休暇を使って、友人と沖縄にスキュバーダイビングを楽しみに来て
いたのだが、その友人が土壇場で急用が出来て帰ってしまった。
仕方なく一人で潜ることにした。もう今年で32歳になる。最近はまだ結婚しない
のかと、ことある事に親から見合いを勧められる昨今だった。
だから今年で、こんなバカンスは最後になるかも知れない。
今まで女に縁がない訳ではないが、特に熱くなるような恋とかは関心がなかった。
今は、この沖縄離島にある、海底の魅力に魅入られ虜になっていた。
そして今、小野寺は竜宮城に居るのではないかと、思うほどの錯覚を覚えた。
それ程までに沖縄の離島付近の海底は、珊瑚と太陽の光を帯びて夢の世界だ。
決して地上では体験出来ない、海の楽園に小野寺は興奮していた。
フィンブーツを揺らせながら、更に海底のへと体を進めた。
ウェットスーツが、深く潜るにつれて、やや締め付けられるような感覚がしてくる。
その海底には珊瑚とは違った何か光る物があった。
灯りに照らされて光ったものではなく、自ら発光しているような感じだ。
小野寺はダイバーズナイフでそれを小突いてみた。ほとんど珊瑚と同化していて
古い鏡のような物だった。周りには珊瑚がビッシリと張り付いている。
その大きさは、掌サイズほどの小さな物だった。
その鏡のような物を取って、自分の住家に戻って来た。
小野寺が一週間の予定で借りている、バンガローのような小屋で、その鏡に
張り付いた珊瑚と砂を取り除いた。やはり鏡のようでかなり古い物のようだが
綺麗に磨いて驚いた。鏡を覆った部分は純金で出来ていた。
たぶん高貴な人間が使っていた物に違いない。
この金だけでも、かなり価値があるのではないかと小野寺は思った。
その鏡を掌に乗せてジッと眺めていると、鏡の中から青白い光が出たかと思ったら
鏡には自分の顔ではなく、一人の古代の女性と思われる人物が映っている。
「な! なんだ。こりゃあ?」
その女性はかなり高貴な身なりをしていて、こともあろうにニコッと微笑むではないか。
なにかの呪いか、これはたぶん幻覚だ。そうに違いないと言い聞かせる。頭を振って
もう一度見るが、やはり幻覚ではない。慌てた小野寺は、その鏡を落としてしまった。
だが鏡は生きているかのように、回転しながら小野寺の方を向いて再び小野寺の
視線と鏡の中の女の眼が合った。
「ヒ〜〜なっなんだ? お前は・・・幽霊か」
すると鏡の中の女が喋った。いや正確には自分の脳に語りかけている。
「幽霊? 何を言うか私は古代、邪馬台国の女王、卑弥呼なのだ」
「ば! 馬鹿な。そんな事があってたまるか」
「だが現実にこうして、お前と話をしているではないか」
「そ! それは・・・夢か幻に決まっている」
「どう取ろうが、お前の自由だ。が、お前がこの鏡を手にした時から運命は決まって
いたのだ。お前の子供が欲しい。そして再び邪馬台国を作るのだ。そしてその子は
いずれ邪馬台国の国王になるのだ。喜べ」
「嫌だ! そんな古代の人間と・・・嫌だぁ〜〜〜〜〜」
「貴方?・・・どうしたの、起きて。何をうなされていたの?」
「えっ君は誰?」
「何を言ってるの、貴方の妻でしょう。妃美子よ」
「えっヒミコ〜〜俺は独身の筈じゃあ?・・・じゃそこに居る子は? その子は誰」
「もうボケたの、孫のヤマトでしょう。もう小学生ですよ。貴方いったいどうしたの?」
「孫だって!? もしそうなら俺の子供は何処にいるんだ」
「もう〜ある国王に見初められ今では女王様でしょう。しっかりして下さいよ」
「じゃあ此処はどこなんだ。随分と豪華な部屋だな、ホテルか?」
「宮殿に決まっているじゃないの、ねえヤマト。お爺様は目覚めが悪いみたい」
俺はドレッサーの鏡を見た。そしてその顔を見て。 あっと叫んだ。
それは自分かと思うほど老けていた。 いや老けたどころか老人ではないか。
髪は白髪となって顔は皺だらけ。それならあの古代の鏡は、何処にあるのか?
妻と名乗る妃美子に聞いた。
「ああ、あの不思議な鏡ね。今は役目を終えて海底に沈んでいるわ」
妻の妃美子はニヤッと不気味に笑った。
了
古代の鏡、いかがでしたでしょうか。