vol.5 見えてしまったその光は
「俺、なんで高校教師辞めたんだっけ、、」
以前よりも高級な食パンを朝ごはんに頬張りながら、セナはそんな事を考えた。
「何で生徒が一人も居ないオフィスに向かってるんだろう。」
朝日に照らされた吊り革を掴みながらそう考えた。
「俺、どうして先生になりたかったんだっけ、、」
ー
以前よりもかなり多くの給料を貰えるようになった。
悩み事も減って時間に余裕が出来、趣味に費やす時間も出来た。
けれど、セナの心は空っぽだった。
大手予備校に就職し、映像授業の講師になって約一年。
日に日に増える通帳に記される数字を眺める毎日。
貯金も七桁の大台にいつの間にか乗っていた。
「こんなにあってもなぁ。」
セナはそう呟いた。
あれから一年が経った。
「あいつらも今年で卒業か。」
セナは彼の頭の片隅にかろうじて残っていた高校の生徒達の事を少しだけ思い出した。
しかしそれ以上の事は深く考えず、セナは就寝の準備に入った。
そんな時、部屋の隅に貼られていた小さなメモが目に映った。
「なんだっけこれ、」
特に何も考えず、セナはそのメモをくちゃくちゃに丸め、ゴミ箱に放り投げた。
就寝の為に部屋の電気を消していたセナの目には入らなかった。
"ギランバレー症候群"。
メモにはそう書かれていた。
ー
「今日は授業の撮影日だ。」
撮影に必要な小道具をバッグに詰め、セナは家を出た。
いつも同じこの景色。
目の前にあるのは二台のカメラと、数々の照明器具。
そこから発せられる光に照らされ、セナは授業を始めた。
決して褪せることのない黒ずんだ鉛色の光。
セナの視界を占領していたのは、目を輝かせる生徒達ではなく、そんな光だった。
ー
「それでは今日の授業を始めます。
皆さん、前回の復習はしてきましたか?」
カメラの向こうの生徒達に向かって気丈に授業を行うセナの目には、カメラでは捉えられない程、至極透明な涙が流れていた。