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百鬼絢爛 異聞(骨組み版)  作者: 赤良狐 詠
妖狸の娘と九尾の姉妹
16/16

美濃の来た朝

 美濃は「よいしょっと」っと言って二人の目の前に腰を下ろして真宵の食べかけの飯を口に含み始めた。


「こいつはうめぇなぁ! あの真宵ってやつが――はむはむ――いれば――あたいが飯を作る必要ないねぇ」


 食べながらそう言った美濃に千狐が京狐を見ながら声に出した。


「姉上ぇ、美濃はんは、ウチらと一緒にここに住むん?」


「解らんけど、どうなんやろう? 悪い方ちゃうと思うけどなぁ」


 二人の会話を聞いた美濃は飯を一気にかっ込んで、ひょうたんの蓋を歯で噛み、スポッと音を立たせグビグビと飲んだ。


 美濃の一審一挙同に真宵の管狐が魚の群れのようにきちんと整列して小刻みに動いているのを見た千狐は「かわえぇなぁ」っと思わず口にした。

 

 豪快にひょうたんを飲む姿に京狐と千狐は呆気にとられ、そんな二人を余所に美濃は「ぷはーっ」っと息を吐くと、目の前にいた二人は酒気の嫌な臭いを嗅いで鼻を摘んだ。


「はぁー食った食ったぁ。じゃあ、ちょいと横になるから、真宵って奴が帰ってきたら起こしておくれよ」


 美濃は二人を背にして肘枕で寝そべってしまい、二人はまたも顔を見合わせて目をぱちくりさせた。するとすぐに心地良い寝息が聞こえてきて千狐がポカンっと口を開けながら


「姉上ぇ、美濃はん寝てもうた」


 っと驚いていた。京狐はどことなく、以前逢ったあの鬼と同じような雰囲気を感じ取っていたが、それでも傍若無人という言葉が似合いすぎると思ったのは言うまでもない。


「そやなぁ」


「どうないする?」


「さぁ? とりあえず、ウチらもご飯食べよか?」


「うん」


 っとして、二人は「いただきます」っと言って合掌してからまた箸を持って朝食を食べ始めた。食べ終えてから、桶に入れた水で美濃が食べた分まで茶碗を洗っていると真宵が尻尾をしおれた花のように下げた状態で帰ってきた。首も項垂れて、もし椿の花であったら落ちてしまいそうになっていた。千狐は手を止めて


「真宵はん、お帰りなさい。どないしたん?」


 っと声を掛けた。真宵は千狐の方を見てから、ふてぶてしく寝息を立てて寝ている美濃を見て深すぎるほどの溜息を吐いた。


「あなた達、管へお戻り」


 そう言って管狐達は真宵の管へと戻り、真宵は茶碗を洗っている二人の目線に合わせてしゃがんだ。


「良いですか? これからは京狐ちゃん、千狐ちゃん、真宵と――認めたくないですが――美濃狐と一緒に暮らします……」


 眉をひそめ、まるで苦痛に喘いでいるような真宵の言葉を一瞬二人は理解することができなかったが、京狐がハッとなり


「ほんまに?」


 っと真宵に尋ねた。


「えぇ、本当のことですよ。百合様に確認を取りました。今日から私達と美濃狐の四人で暮らすことになりました」


 千狐はまたしても口を大きく開いたまま呆気にとられていたが、ようやく状況を飲み込んで


「真宵はん、なんでウチら、美濃はんと一緒に暮らさなあかんの?」


 っと真宵に聞いてきた。彼女は千狐の問いかけに額へ右手を当てると、パンッと軽快な音が響いた。


「お二人のことを思ってのことだと……仰られました……」


 それに京狐が反応して


「ウチらのことを思ってって、何をどすぅ?」


 っと尋ねたが


「私もこれ以上の詳しいことは百合様も、美甘様も口にしてはくれませんでした。ただ、私に……お二人と一緒に……美濃狐を宜しくと……はぁぁぁぁー!」


 っとまたしても深い溜息を吐いて美濃を見た。そんな真宵に千狐は


「真宵はん、きばってな! ウチらも一緒にきばるさかい!」


 っと屈託ない笑顔で言ったので彼女も覚悟を決めたのか、袴を捲って「良しっ」っと声に出し


「私は頑張りますよぉ! お二人の女房を全うしてみせます! 美濃狐も一緒に面倒を見てあげましょう! 私は妖狐の里、一番の女房ですから!」


「「はぁ」」


 っという二人が気の抜けた返事をして幕を閉じた具合になった。そのすぐ後、食事を美濃に盗られてしまった真宵は、京狐が彼女のために残しておいた焼き魚と塩汁を「ありがとう京狐ちゃん」っと涙を流しながら食べたのだった。


 千狐は食べている真宵の姿を見て「あっ!」っと言って美濃に近づき身体を揺すった。


「美濃はん、真宵はん帰って来たでぇ。起きとぉくれやす」


「んん?」


 美濃は目を擦りながら口を大きく開けて欠伸をし、身体と尻尾を伸ばして


「一体全体何だよ? 良い気分で寝てたのによぉ?」


「だって美濃はん、真宵はん帰ってきたら起こしてって言うたやん」


 物腰の座った千狐の言い草に「あぁ?」っと睨み付けた美濃であったが、円らな瞳で自分を見る可愛い千狐に面食らい、頭を掻きながら「面倒だねぇ」っと口にし、目で真宵を探すと、何故か泣きながら食べている姿に首を傾げた。


「あんた、どうして泣いてんだ?」


「五月蠅いわね美濃狐! 私は京狐ちゃんの優しさに心が潤されているのよ!」


「何言ってんだおめぇ?」


「あぁー! あなたと話しても埒が明かないわ!」


「それで? 聞いてきたのかい?」


 美濃がそう言った時には真宵は食べ終えて「ご馳走様でした」っと合掌してから美濃の方を見た。


「えぇ拝聴してきました。とりあえず、二人っきりでお話したいのですけれど?」


「別に良いけど?」


「ではそのように。ごめんね京狐ちゃん、千狐ちゃん、真宵は美濃狐と大事な話がありますので、お天道様が高く上る頃まで遊びに出かけてくれませんか?」


 真宵の言葉に京狐はにっこりと微笑んで


「うん、えぇよ。ほな、千狐、ねぇねと森に行こか?」


 っと千狐に言った。


「うん! でも、今日、畑仕事手伝わんでえぇの?」


 そう言った千狐の言葉で、京狐は真宵を見れば


「今日は大丈夫ですよ。お二人で思いっきり遊んできてください」


 っと口にしたので、二人は顔を見合わせて


「「ほな行ってくる!」」


 っと声を重ね、駆け足で住居から出て行ったのだった。掛けて行く二人の背中に真宵は大声で


「遅くなっても夕刻には戻ってきてくださいねぇー」


 っと口にし、それに京狐が普段あまり見せない年相応な無邪気な笑顔で


「はーい! 解ってるさかい! 心配いーひんよー! 千狐! 森まで競争しよか?」


 っとはしゃいでいた。その姉の姿に千狐も尻尾を振りながら嬉しがっていた。


「うん! 姉上に負けへんよ!」


 っと言うと狐の姿になり瞬く間に走り去っていった。京狐も「負けへんでぇ」っと言って狐の姿に変化して千狐を追いかけて行ったのだった。

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