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 我輩はドラゴンである。名前はまだない。何処で生まれたかといえば正確な座標は分からないが、全知全能の存在――神の仕事現場である。生まれたときにはきょとん、と目を丸くしたものだ。吾輩の目は元々、爬虫類じみた真ん丸のお目目ではあるが。


 我輩を創造した神は人間でいう係長レベルの役職で、偉いか偉くないかと言えば少し偉い、という程度なのだが、どちらかと言えば神というよりも気さくな人間(無論我輩は人間など見たことがないので、与えられた知識の中の人間像と神像だが)といった印象で、ポカもすればミスもする。その上リスクマネジメントもなってないので、いつも上司に怒られてばかりである。何故かドラゴンでありながらこの神の補佐をしている我輩としては、もうちょっとどうにかして欲しいと思わなくもない。しかし、威厳のある神であれば我輩の息が詰まってしまうので、そこまで悪いことでもないのかもしらん。

 ドラゴンというのは伝え聞くに、人に崇められたり退治されたり、何かしら神聖だったり力を持った存在であるらしいし、無論我輩もそこそこの力を持っているのだが、何故か神はそんな我輩に秘書をさせている。鉤爪で印鑑を手にして書類整理したり、神のスケジュールをメモ帳で管理したり、飲み会の酌をさせたりする。はっきり言って大変迷惑である。人にそれぞれ向き不向きがあるように、龍にだって無論、向き不向きがある。というか種族的問題で、大方の人間的作業は向かないに決まっている。印鑑なんか掴みにくい上に掴んだ側から砕け散るし、徳利を持てば滑り落として割ってしまう。控えめに言って我が神は阿呆である。以前、何故我輩なんぞを秘書にしたのか聞いてみたところ、龍を秘書にしてるって、神の間で自慢出来る上になんかこう、格好よくない? という大変頭の悪そうな回答が返ってきた。神というのはよくわからない存在だと思う。


 我が神の担当する仕事は人間の生命管理である。人間にも寿命というものがあり、死のタイミングなどは予め、ある程度決められてしまっているらしい。しかし稀に、神にも推し量れぬ運命というヤツの悪戯で寿命に関係なく人が死んでしまうことがある。そのへんは神の力でどうにかすればいいのでは、なんて思うが、運命というヤツは神の力も及びづらい部分かあるらしい。全知全能ではないのか。まあ兎に角、寿命通り死ねるように周りの環境を調整したり、気まぐれで寿命を伸ばしてあげたりするのが我輩の神の仕事である。


 しかし、そこは前述の通りのミスもすればポカもして、リスクマネジメントのなってない神である。稀にうっかりで人を殺してしまったり、逆にうっかりで人を殺し損ねちゃったりする。後者の場合は、まあ後の犯罪者を生かすとかそういう余程じゃない限りそこまで大きな問題ではないのだが、前者の場合は割と大問題である。何せ本来はもっと生きて、幸せな人生を送ることが出来たはずの人間が手違いで死んでしまったわけだ。神と言えど許されることではない。我輩の神の身分では、更に上の神にどやされ怒られてしまう。そういった場合にどういう処理をするかと言えば、魂に身体を肉付して、別の世界に生まれ変わらせる。俗に言う、"転生"という奴をさせるのだ。

 転生者の希望に依るが、魔法やら謎のテクノロジーやらが発達しているファンタジー世界に行く場合と、特にぶっ飛んではいない普通の世界に旅立つ場合がある。記憶を保持するかどうかは自由で、この辺は個人次第である。ただし、そのままただ転生するだけでは生きづらいので、神からの特典――特殊な異能力や、強力な魔法等を貰う場合が多い。しかし我輩に言わせればこの制度は、大変愚かである。例え猫をトラックから助ける為に轢かれて死んでしまった転生者であっても、強大な力を手に入れてしまえば少しくらい性格は変わる。良い方に変わることもあるかもしれないが大抵は悪い方向に向かっていく。傲慢、助長、迷走。力を持っている人間よりも、力を持ちたての赤子の方が遥かに恐ろしい。二重の意味で。そんなわけで最近は、転生者の性質に合わせた能力をこちらで押し付ける形にしていたのだが、実に二千七百三十二人振りに、純粋な心を持った少年がこの転生の間にやってきた。


 それだけの人数を経てやっと純粋な心の持ち主が現れた事よりも、神がうっかりで少なくとも二千七百三十六人も殺してしまってることの方が驚きかもしれないが、これは致し方ないことといえば致し方ないことである。猿人などの時期は別の神が担当していたが、新人類が誕生してからずーっと、この神は人を見続けてきたのだ。そりゃあ偶には失敗もする。無論それだけの失敗をしてきていれば担当替えされててもおかしくはないと思うが。

 二千七百三十六人振りの純粋な心の持ち主は、少年というか幼子だった。齢七歳。死因は信号無視したトラックに撥ねられての死亡。本来死ぬべきだったのは幼子のすぐ後ろにいたテロリストだったのだが、大変不運な運命の悪戯により、死ぬはずもなかった幼子が死んでしまったらしい。テロリストの代わりに幼子を殺してしまうとか減給じゃ済まないレベルの大ミスだろう。まだやりたいことも沢山あっただろうに、可哀想に。



「……さて、君が田中頼斗くんだね?」


「………………」


 幼子――頼斗は、腰を曲げて優しそうな声音で語りかける神に不安そうな目を向け、おどおどと辺りを見渡す。自分の置かれた状況がわかっているのだろうか。そこそこ広い部屋を、壁を埋め尽くす、長く大きな本棚や優しそうな長白髭のお爺さんを見て、図書館か何かだと何かだと思っているかもしれない。


「怖がらなくていいよ、お爺さんはね……実は神様なんだ」


「かみさま……?」


「そうだよ。何でもできるんだよ。例えばね……ほら、こんな魔法を使うこともできるんだ」


 そう言って神は掌から炎を出してみせる。何もないのに空中でゆらゆらと燃えるソレに少年は手を伸ばし、実際に熱量を持っているとは思っていなかったのか、「あつっ!」と距離を取ってのたうち回り、先程とは打って変わったキラキラとした瞳で神を見始めた。


「かみさまってすごいねー! ほかにもなにかできるの?」


「色んなことが出来るよ。この格好いいドラゴンだって、私が作ったんだよ」


 そういってちょこん、と()()()()()()()()()()()()()()()()()()。図体の大きい我輩がそのままの姿でいたら動きづらいし、転生者を威圧させてしまう恐れがある為、こういった場合は神の力で小さいサイズになるのだ。

 幼子は私を見るとキラキラと目を輝かせて、一瞬我輩に手を伸ばしかけて、しかしそれをすぐさま引っ込め、期待するような表情を神に向けた。



「触ってもいいよ」


「いいの? やったー!」


 嬉しそうに我輩を持ち上げ、顔の近くに寄せてジロジロと観察し始める少年。それを見た神は、「もうちょっと大きくしてあげよう」と言って魔法を使い、我輩の体を少し大きくした。重さはそのままに、少し大きなぬいぐるみサイズに。


「かわいー……!かっこいー……!」


 子供らしく無作法にベタベタと触ってくるかと思ったが、心が綺麗な少年だけあって丁寧に、優しく頭を撫でてくる。なかなか悪くないではないか。目を細めてグルルと小さく喉を鳴らす。


「……さて、頼斗くん。君は実は、不慮の事故で死んでしまったんだ」


「え……? しんじゃった、ってことはぼくはもうパパとママに会えないの……?」


「……うん……」


「ぼくは……てんごくにいくの……?」


「ううん。頼斗くんがそうしたければそれでもいいけど、他の世界に生まれ変わって生きていくことも出来るよ。今の記憶はそのままにしてね」


「ほかのせかい……?」


「世界っていうのは一つだけじゃないんだ。頼斗くんのいた世界より魔術が発展した世界もあれば、科学が発展した世界もある。えーと、分かりやすく言うなら……漫画とかアニメとか、ゲームみたいな世界だってあるってことなんだよ」


「げーむ!? ドラドべみたいなせかいって、ある!?」


「ど、どらどべ……!?」


 助けを求めるような視線を、神はこちらへ向けてきた。渋々念話でドラドべについて教えてやる。




『ドラゴンアドベンチャー』、通称『ドラドべ』。今までに数多くのヒット作品を出している大人気ゲームシリーズである。簡単に説明すると、敵をバンバン倒していくロールプレイングゲームだ。アクション要素もあり、子供向けながらなかなかに奥深い。


『き、君やけに詳しいね……』と、神が驚いた様子。面白そうだったので我輩もプレイ済みである。


「そ、そうか。じゃあそのドラドべっぽい世界に行ければいいのかな?」


「うん!」


『で、どんな世界だっけ?』と我輩にアイコンタクトする神。魔法やらが存在する、中世ヨーロッパっぽい世界である。


「なら転生特典は魔法でいいのかな?」


「とくてん? てすと?」


「ああいや、得点じゃなくて……プレゼントかな? 何でも君の好きな能力や力を、一つプレゼント出来るんだ。流石に今のままじゃ、ドラドべ……っぽい世界を生き抜くのは難しいからね」


「……ものとかでもいいの?」


「ん、問題ないよ。天地を切り裂く開闢の聖剣だろうと、神すら刺し穿てる魔槍だろうと、一つだけならあげられる」


「やったー! じゃあぼく、このドラゴンさんがいい!」


「えっ」


 えっ。


「ダメなの……? でもいま、いきものでもいいって……」


「ごめんね、聞き間違えてた……」


「しゅん……」


 落ち込んだ様子の頼斗少年。よくよく考えればそれも道理である。

 ドラドべ最大の特徴は、主人公が龍と心を通わせて冒険するところにある。ドラドべが好きだというのなら、特典には龍を選ぶに決まっている。


「だめ、ですか……」


「うん……この子、卵から育てた最愛のドラゴンだから……」


 キッ、とクリクリのお目目で神を睨んでみる。嘘を吐くな、育てるのはめんどくさいからと成体の状態で創造したのは何処のどいつだ。ひい、と竦んだ様子の神は、威厳を取り戻すように咳払いした。


「いやあ、あげてもいいんだけど……頼斗くん自身のステータスを上げるとか、何か強い武器を身につけとかないともしもの時が怖いっていうか……」


「いいの!」


「……何かで分断されてる時とかに頼斗くんが狙われたりなんかしたら一溜りもないし……」


「いいの!」


「……いいの?」


「いいの!」


 頼斗少年が引かないことを察した神は、嘆息して"奥の手"を持ち出す。


「……この子がいないと僕、書類整理にめちゃくちゃ困るんだけど……」


「いいの!」


 それに関しては本当にいいの。少しは貴方にも我輩の仕事の苦労を思い知って頂きたい。


 「果たしてそれは創造主に対する態度なのか……? あ、っていうかそうだよ! 僕の力で君好みのドラゴンを生み出すことも出来るが、本当にこの子でいいのかい!?」


「いいの!」


「そ、そっかあ……」


 決意は揺らがないようだ。というか、それなら神が大人しく新たなドラゴンを創ればいいのでは。


「でもほら、長年一緒にいたから愛着が……」


「いいの!」


「それはよくないのでは……?」


 頼人少年の意思は固いらしい。神は彼の澄んだ瞳を見つめ数秒、観念したように嘆息して「わかったよ」と頷いた。


「この子は君に連れて行ってもらおう。知識でしか世界を知らないというのは中々に可哀想だったし、そういう意味では丁度いい」


「わあい! わあい!」


 抱えた私を振り回しながら、無邪気に狂喜乱舞する頼人少年。嬉しそうで何よりである。だが我輩としては、あまり喜ばしくもない。

 というか神よ、我輩の意思を無視して勝手に決めるんじゃない。


「ええ、じゃあ君は行きたくないのかい?」


「え、ドラゴンさん……ぼくといくの、や……?」


 別に外への関心も何もないので、それに関しては肯定も否定もしづらい。が、神の雑務の手伝いをしなくて済むようになるというのは、中々に魅力を感じさせるのであった。


 詰まるところ、別に構わないという心境である。


「意訳すると、『わたしもきみといきたいです』だって」


「ほんと!? ありがとうドラゴンさんー!」


 またも我輩を振り回す頼人少年。我輩は別に構わないのだが、彼が酔ってしまわないか心配である。

 神がコホン、と咳払いすると、頼人少年は我に返ったのか大人しくなった。


「それじゃあ君を、冒険の世界に送り出そう」


「わあ、たのしみ……!」


「その子を地面に下ろしてあげてくれ」


 こくりと首を振り、頼人少年は我輩を優しく下ろす。神がパチン! と指を鳴らすと、小さかった我輩の腕が、足が、体が元の大きさへと戻っていく。


「おー……! ひゃっ!?」


 前足の間で、頼人少年が我輩を見上げる。何となく何を考えていたのか伝わってきたので、彼をつまみ上げ、ひょいと背中の上に乗せてやる。


「すごいー!おっきー……!!」


「いいなー、私も一度くらい乗せてもらえばよかった……」


 年甲斐もなくそんなことをボヤく神だった。妙に人間臭いその姿がシュールで、クルルと喉を鳴らして苦笑した。


「かみさまものせてもらえばいいのに」


「え……いいの!? うわっ!?」


 神を乱雑に掴んで、頼人少年の後ろに乗せてやる。「おお……!」と喜び、背中の上で暴れ始めたので尻尾をブン! と一薙して吹き飛ばした。


「ひ、酷い……腰を痛めてしまった……」


「かみさま、だいじょうぶ……? いたいの……?」


「ああ、すぐ治るから心配はいらないよ……それじゃあ今度こそ、旅立ちの時だ」


 パチン、と指を鳴らす音が響く。神の背後、上空の空間に裂け目のようなものが開く。


「ここを通ると新たな世界に行ける。頼人くん、この子をよろしく頼むよ」


「わかった!」


 そこは逆だろう。そう思ったが、最後くらいは何も言わないことにした。クー……と少し震えた声で、神に別れの言葉を告げる。


「ああ。いつもすまなかったね……これからは彼のことを助けながら、自由に生きてくれ。仕事は……まあ、何とかしてみせるよ」


 顎髭を撫で、神は何かを誤魔化すように笑った。小さく会釈して、長らく使われていなかった翼を、天へと大きく広げる。


「つばさカッコイイ……!!」


 まずは一度、地面を叩くように翼を動かし、久方ぶりに体を浮き上がらせる。続いて二度。少しも傾くことなく、水平に上昇。まだまだ鈍っていないな、と一安心する。


「と、と、とんでる……! いまぼく、とんでるんだ……! ありがとうドラゴンさん、ありがとうかみさま!」


「ふふ、どういたしまして。本来はこちらが謝らなくてはいけないのだから、このくらいはさせてもらわないと」


 ホバリングも安定して行えるということを確認し、背中の頼人少年に無理のないペースを心がけて前進を始める。


「じゃあねー! かみさまー!」


「ああ! 二人とも、幸せになー!」


 裂け目は既に、目前となっていた。こことは違う、まだ見ぬ世界に少し心を踊らせながら、勢いよく飛び込んだ。


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