迷子は人生必要
「あはは、これは……」
思わず立ち止まり、私は涼しい風と共に、高くないビルたちを一つ一つじっくりと観察し、ため息をつく。
周囲の環境は当たり前のように初見しすぎて、自分は少し黄色ぽい空から目を逸らし、足元の馬鹿でかい木製箱を見つめ始める。
「まさか、この年になっても、まだそういうドジをするとはね……」
それに、こんな最悪の状況で……
周囲を見渡す、自分は今広い広場のような空間にいることは分かる。鳥と森の組み合わせのような、そういう雰囲気が私を取り込んでいる。
まるで、一人で無人島にいるみたいだ。
「迷子が……」
自分の馬鹿さを嘆いて、私は解決策を考え始める。
しかし解決策と言ってもね……魔法はもちろん使えないとして、携帯も持っていないこの状況で、解決策と言っていいのは、ただ元に戻ることしかないと思うなあ……
……そうな時だ。
私をなすすべもない泥沼から引っ張り出したのは、どこかの遠くて美しい……
———ピアノの音色だった。
すごい……
周りの空気が……一瞬で変わった。
柔くて鮮明に、それと僅かな悲しみが少しづつ湧いてくる、まるでお互い理解を求めあってるかのように、声に秘められた様々な感情が流れてくる。
なんだこれ……
あの教会から?
少しづつ教会に近づいていく、距離を縮めば縮むほど、その抑揚感が強くなる。
一分一秒、その素晴らしき芸術は空間の隅々まで辿り着いている。心を優しく撫でるような音色は周囲の環境と一緒に、奇跡を起こしている。
その奇跡と共に、私は教会の扉を開いた。
そしてそこには、ある少女の姿が……
「……うん?」
「君は……」
思わず見惚れてしまった、私はぼーっとしたまま彼女を見つめた。
精巧極まりないほど綺麗な顔、可愛らしさを失わずに彼女はじっと座っている、うさぎ模様のヘアピンは彼女のバラ色の髪に飾り付いて、ピカピカに輝いた目が私を引き込ませる。
なんか貴族のような雰囲気だな、見たところ12歳くらいか……
「あの……申し訳ございません、お祈りの邪魔をなりましたみたいで…… 只今退散するので、どうかお許しください」
そう言って、彼女は速やかに立ち上がり、 言った通りに立ち去ろうとしている。
「あっいや、ちょっと……!」
慌てて呼び止めて、私は一歩前へと進んだ。
「あの……違います、祈りじゃないです、えーとなんつーか、たまたまというか、単に気のままの方が正解がな……」
美しい音色を聞いて、そのまま何も考えずに来たなんて、流石に少し恥ずかしくて言えないね。
「……?」
思った通り、彼女は不理解そうな顔をして、少し頭を傾いた。
「あ……まあ、それより、お嬢じゃんはいつもここでピアノをするのですか?」
少し恥ずかしげに、私は話を切り替える。彼女は自身に対する質問が急に振られることに少し驚きの後、すぐに可愛い笑顔に戻ってしまい、話を続けた。
「はい、時々今のようにここでピアノの練習をしておりますよ。普段は人の迷惑にならないよう気をつけているんですけど、どうやら今回は少し夢中になって……本当、申し訳ございません」
「あ、いや、迷惑なんて……むしろ……」
「むしろあまりにも綺麗な音で、感動したよ、本当に……素晴らしかった、そんなピアノ、初めて聞いた」
彼女の隣のピアノに視線を向けて、私は賛美の言葉をなんの保留もなく打ち込んだ。
「え……っえ!わ、私の……ピアノですか……」
「そんな……そこまでではありません。ただ、昔から好きだったもので、それで少しだけ弾けるようになりました……レベルはまだまだ誇れるようなものではありません」
彼女は平然に語った後、手でピアノの上を流し通る、口の中から何かを呟いて、僅か自嘲な笑顔を示した。
「……」
何を言えばいいのかはわからなくて、沈黙だけが溢れていた。
「っあ、すみません、お困りのようですね、どうやら機嫌を損ねてしまいましたみたいで……」
彼女は気まずそうな笑顔を晒して、椅子から立ち上がった。
「で、では……日もだんだん暗くなりましたので、そろそろ退散させていただきますね、本日は本当にご迷惑を掛けしました」
まるで私の感情が悟ったように、彼女は適度なタイミングで沈黙を終えた。
そうだ、全ては都合よくすぎるんだ……
彼女の行動は、まるで経験豊富な大人のように完璧だった。
だから、違和感があった。
それと伴って、ある知らぬ感情が私の心から芽吹いた。
「あの……よかったら……」
「次も聞かせてくれないかな」
「……っえ?」
「しょっちゅうここに来るでしょう、だから……次来るとき、私に知らせたいの」
「そうすれば、次も聞けるから」
彼女はつぶらな瞳をもっと丸くさせて、その驚きさは隠れようもしなかった。私がそんなこと言うなんて思ってもいなかっただろう。
私も同じだ。
自分がそんな感情を持っているなんて、本当に思いもつかなかった。
「私、カルートフランクです、よかったら、連絡先、交換しません?」
まるでナンパみたいなセリフで、私は笑って彼女へ一歩近づいた。
普段なら絶対に言えない言葉を、今はっきり言えるのは相手がただの子供だからでしょうか。
「……あ、こ……どし……」
「どうして……」
呟いて、彼女は少し困ったような、いや、むしろ切なそうな顔で私を問い詰めた。
そんな顔もできること、それも私が彼女を引き止める理由の一つなのでしょう。
「さっき言っただろう……」
おそらく、彼女は重すぎる期待を背負っているのでしょう。
その年とふさわしくない言動、使いこなしている敬語、それとその華麗に飾っていたワンピース……
貴族のお嬢さんとして、いろんな制限を重なっているのでしょう。
だから、そんなろくでもない笑顔ができる。
先生になって、教育者ふりをしたかったかもしれません。
それとも彼女の同情なのかな……
まあどちらにせよ、私はもう一歩を踏み出したんだ。
だから、今はこう言うしかなかった———
「あなたのピアノ、綺麗だから」
———ってそう言った後しか、気付く事ができた。
彼女の手が、いつの間にか、震えていた。
はーーって小さく、気付けないくらいため息の後、彼女は震えを止まる。
そして彼女は笑う———
「初めてあった私に、そうなこと言うなんて、あなたが初めて……」
笑った顔で、子供らしき幼い声で、彼女は言った。
「ありがとうございます」
「でも、ランパなら、私じゃ少し物足りないと思いませんか?」
ランパだと誤解された?
いや、それは違うんだ。
おそらく彼女はただ———
「冗談です」
そう……ただ……
冗談を言っているだけだ。