第一章6 闇夜に光る少女、再び
酷く雨が降り続けるド田舎のバス停小屋。
そこで、オレと静奈、火織の三人は二メートルほどある長身の首無し男と出会う。いや、首はあるだろうが顔が見えない男。
その男は浮いている静奈を見て、こう尋ねた。
『異世界を見たことがあるかな?』
おかしい。
おかしさを通り越して怪しい。なぜそんなことを訊いたのか逆に訊きたい。そして、その怪しさ爆発の薄暗い毒沼色の白衣は何なのかもオマケ付きで訊きたい。
長身の男にとって静奈の答えは、あまりにも残念で思えない程「そうか……」と落胆と溜息を吐いた。
オレには何がそんなに残念そうに、尚且つ不服そうに答えたのか疑問に思えてならなかった。
その後、長身の男はそれだけ訊いて去って行ってしまった。
結局、顔も見れずに。
去ったあとの後ろ姿で顔を見ようとしたが、その男は目を離したほんの一瞬の隙に居なくなってしまっていた――。
まるで風のように飛び去ったのか。
もしくは本物の幽霊のように消えたのか、オレには分からなかった。
*** *** ***
家に帰宅し夕飯と先に宿題を片付け。
それが終わると風呂から上がり、オレはゲームをし始める。
大体、夜十時から十一時半あたりぐらいまでやり続け、さすがに眠くなってきたのでベッドに入り込み寝ることにした。
――あれ?
暗い部屋の天井を見て瞬きを一度すると、オレは外に出ていた。
何を言ってるか解らないと思うが、ほんの一瞬で瞬間移動したかのような出来事なのでオレ自身も訳が解らなかった。
そこはいつもの北佐世保高校の前庭で、しかもご丁寧にジャージに『終わらない夢』と書かれたTシャツ姿だったはずなのに学校の制服まで着衣済みである。
夜の学校に静まり返った校舎、人気のない校門から見える道路と周囲の明かりが点いていない。そこは昨夜見た夢のような感じだった。
バチッ!
そして、聞き覚えのある電気機器をショートさせたあの音。
その音が背後で鳴ったのだ。
――おいおい……、またかよ……。
振り向きたくはなかったが、「こっちを向け」と言わんばかりの視線と雰囲気を感じたので、不本意ながら振り向くことにした。
ゆっくりと振り向くと、オレの背後は校舎の正面入り口であり、その中から現れたのは、やはりあの金髪碧眼の小学高学年ほどの可愛らしい少女だった。
夢の中でとはいえ、これで通算二回目の遭遇となる。
もう偶然ではない。
必然にしか思えない。
しかも何故か、この夢を視て今朝忘れていたことを思い出すかのようにオレの脳にそのときの記憶が駆け巡る。
群青のブレザーに白リボン、灰色と黒のチェックスカートの外国人少女。腰下まである長く金色に光るプラチナブロンドを美しく風で靡かせながらオレに敵意を向ける。
間違いない、昨夜の少女だ。
少女の小さい手は、バチバチと電流が迸る音を立てて光らせている。
何で――というか、どうやって手に電気を帯電させているのか全く分からないが、一つだけ少女の手が光る可能性があるとすれば『百奇病』だ。
あらゆる事象と法則、自然現象を狂わすあの奇病なら手に電気を集めることくらいは余裕で出来そうではあるが、自分の中では、そんな百奇病は聞いたことがなかったし、ましてや、あれは病気などと呼ぶより能力や魔法に近い存在な気がしてならない。
とりあえず、無駄だと分かってはいるが、一応やるか。
何も言わず逃げるの癪だ。
「ま、まってくれ。頼む。何もしないでくれ! は、話し合おう! 話し合えばわかる! ジャンケンじゃなくてもいいから聞いてくれっ! もしくは要求があれば何か言ってくれ! 何でも言ってくれ!」
定番中の定番、命乞いのセリフを三下らしく吐いたは良いが、オレの考えはその第一段階ですら通らない。
「――――――――、―――――――?」
「あぁ……わりぃ……、何を言っているかわっかんねぇわ~」
前回の夢と同じく綺麗な青い瞳には、意思を感じられない。それでいて死人のような目でオレを見ながら何を言っているのかわからない言語を発する。
――ダメか。やっぱ言葉が通じねぇ。
こうなったら……。
何かで誤魔化そう。
えーと……。
「ファ……ファ〇チキが欲しいのかな?」
「…………?」
「…………?」
二人共首を捻る。
そして次の瞬間、容赦なく少女の指から電気光線が放たれた。
直線状に放たれた光線は電気を帯び、一直線にオレの耳元を通りイチョウの樹に直撃すると樹の真ん中に小さな穴が開いた。
――やべぇ。
「ザ、ザケ〇ガじゃなくて光線はやめて! それ当たったら痺れるからっ! っていうか死ぬからっ!!」
現実だろうと夢だろうと、死ぬような痛い目に合うのはごめんだ。
左右ジグサグに走りながら間一髪で光線をかわす、更にかわす。
次に思いついた作戦がある。
言葉が通じないなら、念を飛ばせ。
向こうは電気光線を放つことが出来るぐらいだ。テレパシーくらい持っていてもおかしくはないっ!
「――――っ!!」
オレは立ち止まり、額に指を二本にして当てる。
そして、精一杯『撃つな撃つな!』と念じてみる。
「どうだ! 届いたか!?」
「…………?」
「…………?」
ダメだった。
そして、またオレは逃げる。
「――――――。――――――――、――――?」
「だから何を言ってるのか分からないから、日本語でオーケーだよっ!」
何発も何発も手から光線を放つ少女を背に、オレは必死に逃げ回りながら追って来る少女に訴えかける。
真っ暗な夜の学校で幼気な少女に、追いまわされている男子高校生がここにいた。
――それは紛れもなくオレだった。
「お、おまわりさんー! この子ですっ! いや、誰でもいい! 助けてくれぇ!!」
体感的に前回と同じく一時間は経っただろうか。
その時間は逃げ回って逃げ回って、校内中を駆け回って逃げた時間だ。しかし少女は諦めず、まだ追いかける。端から見れば仲良く鬼ごっこをして遊んでいるかのように見えるだろう。それがまさか、オレが殺されそうになっているとは夢にも思うまい。
――まぁ、夢なんだが……。
そういえば、いつの間にか昨日の夢――前回も追いかけらたことを今頃になって思い出したな。いや、どうでもいいが今日も幼女と夢の中で鬼ごっこかよ……。
一体いつまで続くんだよ。この鬼ごっこ!
だが、その鬼ごっこは唐突に意外な結末で終わりを迎えたのだった。
「――っ! ――、――――。――っ!?」
「はぁはぁ……、もう疲れた。駄目だ……。子供の足とはいえ、はぁはぁ……こう追いかけまわされちゃ体力がもう……持たないっ。また身体も痺れてきたし……こうなったら……」
フラフラになりながらオレはついに決心する。
ゴクリと唾を飲み干し叫ぶ。
「オラァ! 来るならかかってこいやぁ!! 殺される前に、おまえの胸とか足とか、あそことかをペロペロしてやるわっ! 窮鼠猫を噛む(傷が残らないように甘噛み)の恐ろしさを味わうが良いっ!!」
幼女に殺されようが、警察に捕まろうが夢の中だと分かっている。
もうヤケクソだ。『どんと来やがれ!』という勢いで少女に向って、振り向きながら叫ぶと少女は――、
――追いかけて来なかった。
「…………」
正式にいえば、追いかけることは出来なかったのだ。
なぜなら金髪の少女は、オレのすぐ後ろの砂利道の上でうつ伏せになって倒れているのが見えたからだ。
「ど、どったの……?」
死んではいない――はずだ。
疲れてもいないはず、オレと違い疲れていた様子がなかったし、それは無いと思える。だが、前回の夢では少女が倒れたことなど一度も無かった。
その姿がとても気になり、オレは恐る恐る倒れている金髪の少女に近づいて、小さな声で囁くように訊くと……。
「うおっ!?」
いきなりむくりと起き上がり、青い瞳に涙が出そうなのに敢えて我慢する顔をオレに見せる。
いきなり起き上がったので、オレは少しビクッと身体が震え身構えたが、少女の膝を見てみると擦りむいて皮膚から赤黒い血が流れていた。
「お? お? あっ、あぁ……、転んだのか?」
金髪の少女は泣きたいのにグッと下唇を噛んで我慢をしている。
どうやら相当痛かったらしい。
ロボットだと思っていたのに、普通の子供のように涙を流しそうに我慢して、痛いのを堪えている。
「お、おい。大丈夫かよ? 無理に立ち上がらなくても……」
「――――――、――――!」
金髪の少女は、ヨロヨロと足を震わせ立ち上がろうとしていた。
「幼女のくせに、すげぇ精神力だっ!」
「――っ、――――――」
「おぉ、すごい。すごい痛そうに我慢して立ち上がろうとしている! あんなに血が出て痛そうなのに! ……がんばれ! がんばれぇぇぇ!! もうちょっとだぁぁ! おまえは強い子だぁ!!」
なぜかオレは襲い掛かる金髪の少女を応援していた。
そして、ついにオレの『がんばれ!』コールの中、金髪の少女は……。
――見事立ち上がったのだ!
『ク〇ラが立った!』的な感動が、暗い学校の庭で巻き起こっていた。まあ――感動したのはオレだけだが。
「立った! 立ったぞ! すごい! よく頑張った! おまえ偉いよっ!」
――とオレは金髪の少女を褒め称えたが、
「――! ――っ!」
歩こうとしたら、やはり痛いのか。
膝を痛そうにしながら蹲っている。
「あぁ、ダメか。おまえ光線撃つのに治癒魔法とか覚えてないのかよ……あぁ、ほらほら。痛いの痛いの飛んでけ~、痛い子も飛んでけ~!」
――とは言っても、そんな呪文、効果も何も無いことは百も承知だ。
ビームやレーザー光線という近代兵器顔敗けの攻撃力を誇るのに、こんなときは子供みたいになりやがって卑怯過ぎるだろう……。
その上、我慢強いとかどんだけだよ。
見ているこっちの心が痛いわ。
「あぁ、ほら。早く背中に乗れ」
「――――――――?」
「おんぶも知らないのか? はぁ……少し恥ずかしいが――」
仕方がないからオレは、金髪の少女をお姫様抱っこして、保健室に駆け込んだ。
「――!?」
「じっとしてろよ」
「――、――!?」
窓もドアも何故か鍵は開いており、簡単に校舎内に入れた。いつもなら非常灯くらいは点いているはずなのに、それすら点いておらず真っ暗だった。
「参ったなぁ。真っ暗だ。ケータイの明かり点けたいが……。手を離せねぇか」
するとオレは一旦、金髪の少女を下ろしポケットからスマフォを取り出し、スマフォのLEDライト機能を使って辺りを照らし出す。オレのスマフォを少女に無理やり渡して再び抱きかかえると保健室へと走り出す。
「――――?」
「あんまりオレのスマフォをいじらないでくれよ」
金髪の少女は、オレが渡したスマフォをクルクル回して物珍しく見ている。
保健室の戸にも鍵が掛かっておらず、簡単に足で開けるとオレは急いで、金髪の少女を丸椅子に座らせ、救急箱を戸棚から取り出しタオルを水で濡らして少女の血や汚れを拭い綺麗にする。
「――っ」
「良し綺麗になった。よく我慢出来たな。偉いぞ」
あとは消毒液をかけて絆創膏をつけてあげた。
「ふぃ~、これで大丈夫だ」
――というか、何でオレは自分を殺そうとする女の子の手当てをしているんだ?
年下好きだが、ロリコンではないはずなのに無我夢中で助けてあげてしまった。
「――――――――……」
「……え?」
少女がボソリと呟くと、指をオレに向け光線で左胸を――撃った。
血反吐を吐きながら、オレは保健室の床に崩れるようにして倒れる。撃たれた胸からは赤黒い血がドクドクと流れてくるのが見える。
痛みはない。
血だけが流れ体はビリビリと痺れている。
『少女が転ぶ』という異常事態が起きオレの身体が徐々に麻痺していることを忘れていたのだ。
心臓はかろうじて外れたらしいが(勘)、血が大量に出れば失血死するだろう(ドラマで得た知識)。脳や心臓はまだ動いていて意識もかろうじて残っている。こういうときってショック死もありえるってテレビで見たことがある。というか寒い。すごい寒い。雪山の中にいるみたいに寒い。これ本当に夢の中だよな。リアルに感じるのは何でだ? マジで死んだりして? だったら走馬燈が見えるはずなのに何で見えない。夢だからか? だけど、時間の感覚がゆっくりになっているような気がする。スローモーションでオレの血が床に流れているように見えるし。いやいや、それよりもオレは撃たれた。撃たれてしまった。誰にだっけ? そうだ、助けてあげた少女に。いとも簡単に容易に容易く。どうして助けてあげたのに撃たれたんだ? オレが甘かったのか? 既に泣き止み絆創膏を膝につけた金髪の少女は、再び冷たい目をしてオレを見下ろしているし、何を思って俺を見るんだ。この惨状を見て、何も思わないのか? 何も言わないのか? 恩を仇で返しやがって!なぁなぁ! そうだ。最後の最後に声を上げたい。どうして撃ったのか。どうして殺さなければいけなかったのか。言葉は通じなくて良い。それでも何でも良い。何か言ってくれると信じている。
ゴクリと自分の吐き出した血や唾液やらを飲むと、変な味がしてゲロを吐きたくなるが、無理やり我慢をした。
飲み込んでも飲み込んでも血が喉から溢れて来るから、もうそのまま喋った。
『何でオレを撃ったんだ!』と叫びたい。
だけど、オレは――。
「か……、がわい゛いぱんヅう……、げほぉ! 履い……でる゛ね」
「――――、――――?」
振り絞って出た最後の言葉は、これだった。
灰色と黒のチェックスカートから、薄っすらと覗き見えた白いコットン製の紐パンツの感想を言っただけだ。
これを聞いた人は最後に『見事』と言って欲しいくらいだ。――というか、我ながら最後に何を言ってんだか。つい目の前に映った光景を口走ってしまった。
こんなバカなオレが、ダイイングメッセージを残すとしたら『白パンツ』と書くだろうな。
犯人の名前を書けよな。
まったく笑ってしまう。
――まあ、この子の名前なんて知らないがな。
時が遅く流れる感覚とパンツのおかげで、走馬燈は見れなかったが色々考える事が出来た。まあ――悔いはないといえばウソだが。
最後の最後で、オレを殺した幼女に一矢報いた。
最後に恥ずかしめてやったぜ。
ざまぁみろ!
ぷぎゃー!
まぁ――、もっとも言葉は通じないだろうしパンツを見られていることに気づかないだろうが……。
その証拠に何を言ってるのか分からず、オレを撃った金髪幼女は首を傾げているし。
そして――。
――もう一発、光線を撃たれた。
どこを撃たれたのかは分からないが、今度こそ即死するほどなのだから、頭か心臓だろう。まあ、どうであれ事実上『トドメの一発』であるのは確かだ。
宣言どおり、(おそらく)意外な展開で二夜続いたオレと金髪幼女の鬼ごっこはこうして幕を閉じた。
これで終わって欲しいと思いたい。
良い最終回だったとか言って、黒幕が垂れて『完』ということで、この悪夢よ終われ~。次回からはいつもの日常が始まるんだ。きっとそうだ――っていうか。
「――トドメ差すんかいっ!!」
勢いよく叫んで、オレはベッドから起き上がる。
そこはいつもの風景というか――漫画本が散らかったオレの部屋だった。
――またしても夢オチである。