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君が何を言っているのか解らなくて痺れてしまいそうです  作者: ゼロステ
第一章 言葉が通じない少女
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第一章4  生徒会の書記と雑務

 その日の放課後。

 オレは副生徒会長である火織ひおりと共に生徒会室へと行くことになっていた。その為の合図が先程のアレである。


 他の奴らから見ればデートをしているんだっとか、実は裏でイチャイチャしているんだっとかクラスで思われているかもしれないが、まさか生徒会で雑用をさせられているなんて、微塵も思わないだろうな。

 いや、案外思っているやつがいるかもしれない。


「あれとそれを生徒会室まで持って行って」


 生徒会室へ行く前に荷物を持って行くため、オレと火織は資料室へ来ていた。

 火織が指さして言った出入り口のすぐ傍に置いてあった二つのダンボール箱は、上の部分が卍型に封をされていた。


 面倒だし積み重ねて、一番を下を一気に持てば良いかと思い軽そうな箱を持ち上げ――、


「――うぉ」


 軽そうな、ではなかった――かなり重かった。

 一箱だけでも結構重い……。


「落としたら面倒だから無理して運ばない様に」


 二箱持とうとしているオレを見て火織が注意する。


「あんたが怪我をしたら、あたしのせいにされるし」

「へ、へい」


 重い箱を慎重に生徒会室へ運ぶと次の仕事を指示して、火織はどこかへと行ってしまった。


 火織が指示した仕事内容は『帆船祭り』のお知らせであるプリントを二枚に重ねてホッチキスで留める、という猿でも出来る簡単かつ地味な作業だった。

 確かに簡単ではあるが、枚数は全校生徒の分なので軽く三百枚くらいはあるだろう紙の束がオレの前に置かれる。

 単純計算で六百枚もあると思うと下校時刻まで終われるのかと心配になる。


 ちなみに言っておくが、オレは生徒会役員ではない。

 雑務係ですらない。

 クラス委員長だ。

 クラス委員長が生徒会の手伝いをして、副生徒会長の火織に従っているのには理由があった。それは今現在、外で雨が降って水溜りが出来ているように深いようで実は浅い。


 ――そう、あれはオレが中学のころだった。

「ゆうくん……ありがとう」

「…………」

「どうした……の?」

「いたのか」

「うん……ずっと」


 回想に入ろうとしていたオレに声を掛けたのは、書記の腕章をつけた女子生徒だった。


 背中半分まである髪をおさげにして前方に垂らしている。前髪は左斜めにカットにしてあるため顔の半分が隠れていて片目だけしかないように見える。

 どっかの一流足蹴りコックや鬼〇郎のような髪型だ。

 女子生徒の名は――萌葱静奈もえぎしずなである。

 オレの幼馴染みの一人であり最初の幼馴染みと言うか、一番最初の友達になった女子だ。


「……今日は“発作”はまだ起きていないんだな」

「今のところは……」


 表情や感情、存在感は薄く。そんな某漫画に出てきそうなクラスでは目立たず、地味系女子というキャラ位置なのだが、意外と茶目っ気な部分もあったりする。


 初めて静奈を見た時、その儚いほど薄い存在に――本来いるはずなのに、気づかないほどの存在感が逆にオレは気になってしまったのだ。それはまるで幽霊のようだったからだ。

 その頃のオレは何故か、幽霊と友達になってみたいと変な夢を持っていた。

 これが小二病というやつだろうか。

 今思えば、子供は何を考えているのか本当にわからない。


 そんな大人しく目立たない地味系キャラの静奈が、我が校の書記になったというから当時は思わず驚いてしまった。


「なんか……、今、すごい……失礼なこと思われた気が……」

「いや、ただよく生徒会に入ろうと決心したよなっと思っただけだ」


 それは幼馴染みのオレとして誇らしく、そして立派だと思えていた。

 オレだったら面倒くさいし大変だし変に目立つしの三つの理由で立候補する勇気など持てなかった。

 それを見事、成し遂げている静奈はすごいと思えてならなかった。


「そ……う? みんなの役に立つ……やりたかっただけ」


 しかし、声が若干低く聞こえにくいわけじゃないが、もうちょっと声のボリュームを上げてくれれば、尚良いのだが。

 そこも含めて『幽霊のようだ』と思ったんわけだ。


「ひーちゃん(火織)も……、その……そう言ってた」

「……そ、そうか」


 同じ幼馴染みではあり、生徒会副会長である火織の場合は素直に喜べなかった。

 あいつが特殊な方法で生徒会へ入ったからだ。いやいや、賄賂とかズルとかしたわけではないが、特殊というより特別と言ったほうが適切か。

 他校は知らないが、この学校ならではの方法で生徒会へと入ったのだ。

 それを知っているオレから見れば、静奈と比べて素直に喜べないわけである。


「そういや火織は――って、あれ? 静奈?」


 目を離した一瞬で消えてしまった静奈。

 その瞬間、ゾワッとするほど寒気と悪寒が背後から首筋に伝わり、ゆっくりと何かが近づいている。

 オレの首筋に誰かの息が吹きかける。


「う~ら~め~し~や~……」

「…………」

「どう……? 失礼なこと……思ったお返し」

「あぁ、ぞっとした。おかげで蒸し暑さが吹き飛んだよ……。だけど心臓に悪いから止めような?」


 静奈は、気配を消して背後に回り込むのが得意である。

 不気味な声をプラスされれば、本物と間違えそうになるくらいリアリティが高くなるだろう。

 オレを脅かして楽しんでいるし、そんなことばかりするからクラスメイトの女子から『幽霊さん』と呼ばれているが気にもしない。


「それで……、……なに?」

「あ、ああ。火織はどこへいったんだ?」


 そう言うと静奈がオレのことを黙って見つめていることに気が付いた。片目で何かを語っている――じゃなくて、目は語らないが何かを伝えている。


「あの? どうかしたか……、静奈……さん?」

「別に……。ひーちゃんなら……釘崎くぎざき先生の……ところ」

「ああ、そういえば釘崎先生は生徒会の顧問だったな。そこへ行ったのか」

「気に……なるの……?」

「え……、そりゃ……」


 生徒会の顧問の先生なら職員室にいるかもしれない。

 もし違ったら、オレに仕事を押し付けて先生と喋りサボっているかもしれないし、そうだとしたら何だかムカつくので確かめに行きたかったからだ。


「まぁ、そりゃあな?」

「ふーん……」


 そのときの静奈の目は『見つめている』じゃなく睨まれている。

 さっきよりも寒気がしてきた。


「ちょっと、職員室へ――」

「……誰に会いに……?」

「へ? ぐへっ」


 生徒会室の戸を開けようとしたら静奈に後ろ襟首を掴まれて、首が少し絞められた。

 またしても気配なく後ろにいる。


「…………いに行くの……?」

「げほっ、あ、ああ」


 自分の咳で、静奈が何を言っているのか聞き取れなかったが、おそらく『職員室へ行くの?』と聞いたのだろうと推測する。


「…………」


 静奈は、それ以上何も言わず黙ったままだ。

 何だろうか、これは。

 職員室へ行ってはいけない気配というべきか空気というか。

 まさに『無言の静圧』

 ここは空気を読んで、


「いや、やっぱ止めて作業に戻るか。まだ終わってないしな」


 そう言ってオレは椅子に座ると、静奈も何も言わず黙って席に戻る。それからというと、その後の静奈の表情をチラっと見ると少し喜んでいた。

 静奈がオレを見ようとしていることに気づき、視線が合う前にプリントへと目を向け作業に戻る。


 ――プリントを二枚重ねてホッチキスで留める。


 静奈の視線が気になる。


 ――プリントを二枚重ねてホッチキスで留める。


 まだ見ている。


 ――プリントを二枚重ねてホッチキスで留める。


 会話がないまま沈黙が続く。

 その間、ホッチキスを留める音だけが室内に響くだけだった。


 それに未だに静奈はオレを見ている。

 何なん?

 一体何なん!?


 そこでオレは何か話題を振ろうと思ったのが、このプリントの内容だった。


「『帆船はんせん祭り』か。今年もやっぱり募集するのか」

「うん……、長崎県民なら……絶対いく」

「絶対、ということは無いと思うが……」


 長崎市が町興しで行う行事で、毎年四月下旬に行われるイベントだ。今年はどうやら予定が遅れて、ゴールデンウィークにやることになっている。


 長崎港に内外問わず、多くの帆船を展示するといった催しで、毎年それなりの外国人観光客も見に来るそうだ。その折、一つのゲームイベントがあって、早食い対決とかクイズ大会も一緒に開催されるそうだ。


 このプリントは、うちの学校の生徒でオリエンテーションとして参加者を募集するといった内容だ。

 費用は二千円。行き帰りには送迎バスが出る。

 少しでも多くの人や客寄せをしたいのだろう。

 若い人たちが積極的に祭りに参加すれば活気も色づくだろうという考えで高校生のみを対象にしたがコレだ。


 祭りは四日間あり、学生が行けば三泊四日の旅館を格安で泊まることが出来る。さらに祭りに参加している間は、市内を走る電鉄のフリーパスが貰えるという特典付きだ。


「だけど……、リア充……多すぎ……」

「ま、まあな……」


 豪華なホテルにも泊まれるし美味しい料理も出るには出るんだが……、行く人は少ないと行って良い。ほとんど行くのは高校生カップルばっかだし彼女、彼氏なし(ソロ)で行くのは中々に辛い。

 勿論、友達同士で行くのも良いんだが、イチャイチャする二つの物体を横目で見ていなければいけないという拷問に耐えられれば、それも悪くはない。 

 豪華なホテルを安く泊まれるとはいえ、そんな苦痛に耐えられるほど鋼の精神を持つ人は少なく、参加者はいまいち少ないのだ。


 他にもゴールデンウィークは、『受験勉強』や『家族と旅行に行く』とか『毎回行って飽きたから』などと言う人もいる。


 火織や静奈は生徒会役員として行くんだし、もしかしたら蒼珂と進も行くかもしれない。それと‟あいつ”も誘えば来るかもしれない。


「そんじゃ……、オレも行こうかね……」

「……え?」

「……え?」


 相槌を打つように聞き返す二人。

 オレ何か変なこと言ったか?


「そ、そう……。行く……んだ」


 それとも行ってはまずいのだろうか?

 先程ガン見してた静奈が視線を逸らして、少し慌ててる。 


「なぁ、静奈……お前もしかして――」


 そう言いかけたとき、窓の外が一瞬光り、その刹那雷鳴が轟く。

 かなり近くに落ちたのだろう。耳元が少しジンジンしていた。

 静奈なんか驚きのあまり「きゃっ」と可愛らしい悲鳴を上げて身体も軽く跳ね上げ椅子からズレ落ちた。


「か、雷か」

「あ、う、うん。雨……、さらに強く降って……来たね」


 悲鳴を上げたのを恥ずかしかったのか、静奈の頬が赤くなる。

 思えば静奈が驚く姿を見るのは初めてかもしれない。

 いや、初めて――だったか?


 小学校から一緒にいるんだろうが。

 驚く姿を何度か見ていたはずだが、あそこまで驚いた姿は初めてかもしれない、という意味だ。

 そうだ。きっとそれだ。


「う? ……どうした……の?」

「いや、忘れたことが多くてな。オレももう年かもな……と思っただけだ」


 十七年も生きていれば、過去の記憶も薄くなっていくだろう。

 というより忘れてしまったことが多いような気がする。


「おじいちゃん……みたい……」


「佑汰、終わったー!?」


 そこでちょうど帰ってきた火織は、勢いよく生徒会の戸を開けオレたちを見る。

 ちゃんと生徒会の仕事はしていたようで、ボールペン付きクリップボードを手に持っていた。

 それなのにオレは、静奈と雑談をしているばかりで作業をやることが頭から抜け落ち、すっかり忘れていたのだ。


「――あと五百枚くらい?」

「…………」


 その時の火織は笑顔で、オレを追いかけ回したのがオチである。

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