第一章3 百奇病日記チョコ
「――『会話』とは我々、人類において最も重要なツールである。相手の真意や気持ちを知り、意思を汲み取れるからだ。我々が住む日本の発展には数知れないその土地の風習、文明を知る必要があったのだ。今日我々が使われている世界各国の交友関係は、言語への解読という弛まぬ努力の上で出来ていたものであるからこそ言えよう――」
一人の女子生徒が、教科書を手に持ち朗読している。
漢字の読み方に注意しつつ、間違えない様に尚且つ噛まないように、しっかり読み上げる。
「――であるからして『会話』というコミュケーションを我々は決して忘れてはならない。そして、人と人の意思疎通の大切さを改めて再確認しなければいけない」
「はい、ありがとうございますわ」
読み終えた女子生徒は失敗せずに読み終わたからか、少しホッと肩を下ろすと席に座り、女教師が背を向け黒板に書き始める。
女教師は黒の手袋にチョークを持ってバランスよく、しかも実に丁寧な字で書いていく。
「今日の現代国語の課題は、『会話によるコミュニケーションの大切さ』となります。では、こちらの作者の方はコミュケーションを何だと仰っていますでしょうか? えーと、文式ふみしきさん」
「人との意思疎通に欠かせないツールだと思います」
指名された女子生徒は、一度咳をしてから声を出して答える。
その答えに女教師は『ありがとうございます』と言って軽く頷き再び黒板に書き出す。
「コミュニケーションというのは、ラテン語が語源でして『分かち合う』という意味です。人は思いや感情または物事を生物的に表現するとき、言葉を使って表現致しますわ。虫や動物たちは、鳴き声で意思を伝達していると言われています」
ゆっくりと喋りながら女教師は、黒いヒールを床に鳴らしながら教室内を歩き始める。
「人間の中には、言葉で理解し合えないとき暴力を使う者もおりますわ。それは動物も同じ、互いに理解し合えない部分は衝動的に、そして本能的に絡みあってしまうものですのよ。ときには許し合い、ときにはいがみ合う。コミュニケーションは確実にプラスばかりになるとは限りません。例えば――」
女教師はある生徒の席の横で足を止める。
その生徒はあろうことか、教科書を立てかけ壁にして授業中にお弁当を食べているのだ。
今時いるかどうかわからない『早弁』だ。
「灰熊くん。今は授業中でお昼はまだですわよ」
女教師は、丁寧にゆっくりと優しく早弁生徒を諭す。
しかも、ちゃんとお弁当の蓋を閉めて持っていてしまった。
「ふふっ、これはお昼まで没収ですわ。さて、皆様このお弁当はコミュケーションを使って正当に取ったものでしょうか? それとも強引に取ったものでしょうか?」
「僕のお弁当がぁ~」
オレから見れば校則に則って正当な理由で取り上げたわけだし……。
灰熊という生徒は、半泣きで取られたお弁当に手を伸ばすが、女教師はするりとかわして教卓に戻る。
「普通ならわたくしは校則に従って正当に取ったと言えますわ。ですが残念、これは強引に取ったと言っていいでしょう。コミュニケーションに必要なのは互いに『分かち合う』ことと申し上げたはずです」
――それ、泣いている本人の前でよく言えるな……。
自業自得だけど。
「灰熊くんは、了承もしていないのに関わらず取り上げてしまえば、強奪になってしまうのですのよ。会話はとても重要です。皆さんも心掛けるように……」
そこでチャイムが鳴り、女教師は教卓の前に戻り「今日はここまでに致します」と言って教室の戸を開け去ってしまった。
もちろん、早弁生徒灰熊のお弁当を持って……。
「あ、あ、あぁ~~……」
その後、早弁生徒灰熊は女教師のもとへと行き謝ってお弁当を返してもらったそうだ。
*** *** ***
「ただいまぁ~」
オレと蒼珂が席を向き合い話し合いながら昼食を食べている最中、横からノンビリとした声で話し掛けてきたのは、少し小太りをした先ほどの早弁男子生徒だ。片手にお弁当とビニール袋を持ちオレたちのもとへとやってきた。
灰熊進。
幼馴染みの一人、二号――、二番目に仲良くなった友人だ。
言い忘れたが、蒼珂が第五号。
好きな物は食べ物全般。まぁ、外見通りの大食いキャラ。
地元では、ちょっとした有名なカステラ店の息子で、子供の頃からカステラばっかり食ってしまったばっかりに、あんなに肥えてしまったのだ……。
その進の早弁は月に十五回はやる。こってりと国語担当の女教師に叱られ、帰ろうとした矢先、購買部に行きお菓子を買って来たらしいのだ。
――いやいや、普通叱られた直後に買うか?
進らしいとえば進らしいが。しっかり反省もしてくれると死屍縅先生(先ほどの国語担当)も毎回毎回怒らずに助かるのにな……。
「今日もよう買ったんじゃの。わしにも分けてくれないかの~?」
「え~~~~~~~! いいよ。持って行きな」
「良いのかよっ!」
「良いんかいっ!」
ゆる~く長めに拒否感だしていたのに、あっさり許可だしやがった。おかげで蒼珂と一緒にツッコミをいれてしまった。
しかも進は変なところでイケメンボイスなのだ。
「この玩具入りのお菓子はねぇ~。いっぱいあるからさぁ~二人に分けてあげるよぉぅ~」
進は、『百奇病日記チョコ』と書かれた箱をコンビニのビニール袋から五つ取り出して机の上に置いて見せる。その一つを早速開けると小さな手のひらサイズの本のキーホルダーが出て来た。
「『百奇病日記チョコ』か」
「へぇ、これが噂のあれじゃなぁ。一箱に一冊入っていて、別売りしているホルダーに入れられるようにしているらしいんじゃ」
「『百奇病日記』シリーズって、集めると百奇病博士になれるとか聞いたことあるんだが、嬉しいのかそれ……」
「僕はぁ~、“香雅里ちゃんの病気”がどういうのかぁ~、知りたいだけだしぃ~」
『売上上々の人気商品!』
そうパッケージに書かれているが人気の……食玩なのか?
「うわぁ~≪石低化≫かぁ~、ボクもう持ってるやぁ~」
「『せきていか』って?」
「はて、何じゃったっけ?」
「え~とぉ、発作が起きると少しづつ足から石化していく病気でぇ~、二十四時を過ぎると戻るらしいよぉ~」
「歩けなくなるのは……不便だな」
そういう場合は、車いすとか使っているのだろうか?
百奇病≪石低化≫の本を置き、もう次の箱を開けようとする進。
それを見ていたオレは、その病気がどういうものなのか無性に気になっていた。
前回話したが、他者の病気は訊かないようにしている物のやはり、気になるものは気になってしまう。
まぁ訊かなければ良い話だし、これは玩具だからと自分に言い聞かせる。
進が置いた小本のキーホルダーをオレは拾い、書かれている内容を見る。それは絵日記形式で書かれていた。
百奇病日記≪石低化≫――。
朝起きると足首がいやに重く、見てみると硬くなっていた。
神経が麻痺するとかの云々で硬くなっているわけじゃあない。
石になっていた。
文字通り『石化』だ。
石化するのならせめて、裸のミケランジェロの石像のように石化しよう(笑)
ああ、これで僕は多くの人に彫刻モデルとして見られるようになれるんだね。
昼になると腰のあたりまで石化していった。
あぁ、ヘソから下はもう全部石だ。
夜になると首まで石化していった。
苦しいよ。
少し苦しいよ。
このまま僕は死ぬのだろうか。
夜の零時前には、僕は髪まで石になっちゃった。
何も感じない。
何も見えない。
苦しいよ。
暗いよ。
怖いよ。
だけど気が付くと、僕は裸でミケランジェロのポーズで立っていたよ。
どうやら深夜零時過ぎると戻るようだ。
良かった。
僕は生きている。
僕はそのまま裸で眠った。
次は考える人で固まりたい(笑)
――おい、これは笑えるのか?
というか意外とポジティブだな……。
ホラーっぽいのに意外とユーモラスに書いてある。こういうのをブラックユーモアとか言うんだっけ?
(ちょっと困惑中……)
まあ、要は発作が起きると身体の低い部分から徐々に石化していくのが『石低化』か。時間が経つにつれて頭までいき深夜零時になると戻る。
坂井〇二『零時〇子』のようなものだ。
「あぁ~、≪舞問化≫だ。新しいのげっと~」
「なんじゃそりゃ? ぶとうか?」
≪舞問化≫読みは『ぶとうか』らしい。
また珍妙なものが来たな。
舞台演舞でもやるのか?
「≪舞問化≫は、突如踊り出してクイズの問題を出すちゅー病気じゃ。ほれ、ずっと前に路上で踊っていたJK(女子高生)が、わしらに問題をふっかけったじゃろ?」
「あぁ、あれか。……って、あれってストリートパフォーマンスか何かのイベントじゃなかったのか!?」
二年ほど前、中学三年の夏の下校途中。
派手にダンスステップ『スリラー』をしながら、オレと蒼河と進にいきなりクイズをしてきた女子高生のことだ。
「何言っとるんじゃ。普通あんな人の往来で、パンツ丸見えになりながら踊ってクイズを出すJKはおらん……。あれは目のやり場に困った」
「佑くんはぁ~。写メ撮るのに夢中だったからねぇ~。ナイスREC」
「軽く空中で二回転に、バック宙三回もする超人的アクロバティックな動きをするからストリートパフォーマーかと思ったが……」
「まあ、結局あまりの高速ダンスでパンツを撮れず悔しがっておったの」
「だがあれが病気だとすると確かに頷ける……、確かに何か言ってたな『真っ赤な母さんの名はなーんだ?』と」
「違う違う。『マッカーサーの妻の名はなーんだ?』だったはずじゃ……」
紛らわしいな。
ところでマッカーサーって誰だっけ?
「あのときの僕たちに訊かれてもぉ~。わからなかったからぁ~、お姉さんずっと踊り続けていたねぇ~」
ケータイで検索して調べれば、すぐに解ったろうに二人も見ていたな……。
オレは溜息を吐いて、進が持っていた小本キーホルダーを取り上げる。
百奇病日記≪舞問化ぶとうか≫――。
美しき舞問家とは誰か!
そう、それは私!
鈴木!(以下略)
「そこはいいや。えーと……、症状は……」
発作が起こると突如、踊りだしクイズを出題する病気。
クイズ内容はまちまちで相手が答えて正解するまで、その踊りは止まらない。もしくは個人の持つ体力が尽きるまで踊り続ける。
そういや、あの女子高生も体力が尽きたあとは病院に搬送されたな……。
たしか時間的に約二十分ほど踊ってた気がする。
あの女子、意外と体力があったんだな。
スポーツでもやっていたのだろうか?
しかも、どこかで見たような……まあ、いいや。
「さぁてぇ~、次の開けよぅ~」
進が三つ目の箱を開けようとしたとき。
オレたち三人組が昼食を食べている席に割って入って来た女子生徒がいた。
「ちょっと、佑汰!」
「――あ、あ?」
「あ? じゃないわよ。何やってるの?」
そこにいたのは、またしても幼馴染みの一人。
文式火織。
腰まであるくすんだ茶髪をツーサイドアップにして赤いリボンで留めている。顔の造形が美しく、胸もそれなりにあるという容姿端麗。一見どこかのアイドルのような美少女だが……、性格は時々おそろしく変貌し凶暴になるときがある。幼馴染みの間では傍若無人。
幼馴染み四号――四番目に仲良くなった友達。
その美しい容姿とは裏腹に、学校内では『暴虐姫』、『暴君』と呼ばれている。
「あら、美味しそうなお菓子持ってるじゃない、寄越しなさいよ。クマブタ(進のこと)」
「あぁ~、僕のお菓子がぁ~」
進は、蜂蜜を取られたディ〇ニーランドのクマの〇ーさんのような泣き声で、火織の手からお菓子の袋を取り戻そうとしている。だが、動きの遅い進では全くと言っていいほど、素早く軽やかにかわす火織の動きについてこれない。
「かぁえしてぇ~」
進が火織の不意をついて、お菓子を取り返そうとする。
――が、火織は熊のごとく襲い掛かる進を強烈な回し蹴りを与え悶絶させる。
「ぐふぅ~~! ありがとうございますっ」
腹に直撃を食らった進は、その場で倒れるもしっかりとお礼まで言う紳士と華麗な蹴りを見せる火織。
相変わらずの火織の粗暴に蒼珂とオレは慄く。
「あんたのものはあたしのもの。あたしのものもあたしのもの。あんたのものはあんたのもじゃないもの。あんたはあたしにあげるだけで、あんたは我慢しなさい」
早口言葉的なイントネーションで言う火織。
というかお前はジャイ〇ンか!
「……さすが、一年のボス。『暴虐姫』や『暴君』と呼ばれるだけあるな……」 「進のやつ、嬉しそうに身もだえているぞ。羨ましいぜ」
「ぱねぇ……、文式さんマジぱねぇ……」
「やべぇよ……、やべぇよ」
「我がキックボクシング部に入ってくれないだろうか」
「美しい足。素晴らしかった」
それでもクラスメイトたちにとって――いいや、全校生徒にとって火織は、かくも美しき‟副生徒会長”として見られ人気が高かった。
「はぁ……、オレたちはその食玩で……“香雅里”の病気を探していただけだ」
「ふぅん、“香雅里”を……? もぐもぐ……、だけど病気を商売に使っているなんて、もぐもぐ……お菓子業界も大変ね」
進のお菓子を食べながら、≪舞問化≫のページを手に取り見ている。
それでも全く取り返せそうもない進は――ショボーンとした顔をし落ち込みながら席に座り、諦めてしまった……。
――気持ちは分かるが諦めるの早いぞ。進。
「そもそも百奇病ひゃっきびょうをネタにするなんてね」
「あ、おいっ!」
火織ヤンキーは、食べ終えたお菓子の袋を進に優しく返すと、進が開けようとしていた三つ目の『百奇病日記チョコ』の箱を無断で勝手に開けた。
「≪せりふか≫――? ≪競詞化≫を発病した者は強者、弱者関係なく、競い合うようなセリフばかりを吐くようになる――まぁ、大抵はケンカになっちゃうアレね。買い言葉に売り言葉とは、よく言ったものね」
進は、火織が箱を勝手に開けたことにショックを受けて挫折していたが、開けた中身は進が既に持っていたものらしく安堵していた。
「よくこんなもの売ろうとするわね。香雅里のこともそうだけど、この病気で困っている人だっているのに、病人に対して少し不謹慎じゃあないかしら?」
そう、この食玩の“百奇病”とはゲームや漫画などのコラボで作られたものではない。
本当に――。
本当にこの世界で蔓延している病気なのだ。
「一理あるが進を蹴って、お菓子を取り上げて食ったお前も相当だからな。――あ、いえ、何でもありません。スミマセン」
オレの反抗声明は一瞬の輝きで終わる。
オレは火織に「あ? 文句あるの?」と言われ睨まれてしまったので大人しくした。勝てない相手に挑もうとしない主義なのだ。
あとで火織に見えない場所で『校内暴力反対』の旗を掲げておこう。
「というわけで、生徒会副会長として、こんな不謹慎な物は没収だから」
「えぇ~~~」
本日、二度目の没収を食らった進。気の毒に……。
こういうときに出る火織マジメは、四つ目の箱を開けようとする進から『百奇病日記チョコ』の残り二つを取り上げる。火織の言葉も確かにそうだが、横暴にもほどがある。
「せ、せめてぇ~、中身の日記を取ってからぁ~」
「ひおりん、変わらずきっついの~。折角の可愛い顔が台無しじゃよ?」
「うっさい! あ、それと佑汰」
火織が、泣きつく進と蒼珂を一喝すると、何かを思い出したかのようにオレに振り向く。
「なんだよ?」
「放課後。いつもの場所で」
火織のその暗号のような言葉は、オレだけにしか分からない。それはオレと火織が放課後、ある場所へと向かうための待ち合わせの合図でもある。
オレは「いえっさー」と一言返事をすると火織は、華麗なステップターンで教室を出て行ってしまった。
そこで『ゲッツ!』と言ったら面白かったのに。
おそらく没収したお菓子を、生徒会室か職員室に持って行ったのだろう。
「ふぃ~、すごい気迫じゃ。こわかったのう」
「僕のおやつがぁ……」
「泣くなよ進。まぁ、おまえらも知ってるとおり、あいつも昔はあんなんじゃ無かったんだけどな」
泣きながら別のお菓子を食べている進を慰める。とりあえず、お前は泣くか菓子食うかのどっちかにしろよな?
「前々から気になっていたじゃが、放課後二人で何をやっているのじゃ?」
「何でもないよ」
「ほほう。怪しいのう。アヤしいのう。あやしのう!」
蒼珂は、ニヤニヤ顔をしているが下校デートとかそんな嬉しいものじゃあない。むしろ誰かオレと変わって欲しいくらいだ。
なにせ、やることは雑務なのだから。