プロローグ 〜S〜
チョキ チョキ チョキ チョキ チョキ チョキ
静かに、そして時計にも似た正確な音だけが、場を制している。
正確に作られた時計が一寸の狂いも無く動いているように、この音もまた、リズミカルに動いてる。
リズムは大事だ。
そう、リズム=法則。
観ている人には、ただの作業にしか思えないこの一連の流れには決まりがある。
この世の全てに法則が在り、決まりが有り、ルールが存在するように、これらの動作によって作られる物にも黄金律が存在する。
梳かしして、挟んで、切る。
やっている事はシンプルだが、シンプルだからこそ奥が深い。
この一連の流れを数回繰り返しているうちに、形のほとんどが完成する。
腰まで有った髪も気付けば、肩に当たるか当たらないくらいの長さまでに。
仕上がりのヘアスタイルは、本当に綺麗だ。
チョキ チョキ チョキ チョキチョキチョキ
三拍子にも似たリズミ。
僕はこのハサミが開閉する音が好きだ。
ハサミを握って髪を切っている時は、まるで指揮者のように演奏している気分になるし、髪を切り終えて喜んでもらえた時のあの笑顔は今でも好きだ。
だからこそ、また君の髪を切っている時に想い……そして思い出す。
櫛を通して分かる滑らかな髪の質感、何気ない会話、開閉音、クラスの事や仕事の愚痴を言って怒る君・笑う君。
全てがあの時の君を構成するパーツ。
人にはそれぞれ、自分の人生の意味や生きる意味を感じる瞬間があると思うが、多分僕にはこの瞬間がそれだと思う。
この瞬間が……
僕の生きる意味なら……
僕はいつだって君の髪を切るよ。
きっとこんな事を言うと君は「ウザい〜」って笑いながら言うよね?
天真爛漫な君。
怒ると誰と構わず噛み付く君。
泣く時は所構わず子供の様に泣く君。
ツンデレな時の君。
ツンドラな時の君。
そんな君に恋をしてしまったんだと、今なら想う。
特に君の「分かんない〜」って言ったあとにする、その小さな口をぷっくら膨らます顔が好きだ。
君はいつもしていないと否定はするけど、無自覚にいっぱいしてるよ?
僕は前の仕事柄、細かく相手を観察している。
どんな仕事もまずは真似る事から。
真似るには、相手を観察する事。
観察していると観えてくる相手の細かい仕草・表情・癖。
これらを覚え・真似て練習する事が一つの技術取得に繋がるのだが、今ではその観察から得た各学生達の仕草・表情・癖がモノマネになり、一つのネタになってる。