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アマテラス≠アマテラス  作者: 大統領
2/14

1 桂と集中治療室の女

一、七月三〇日 午前一〇時〇〇分


「付き添いの方ですか?」

 声がした。

 桂がのろのろと顔を上げると、声の主――形がくずれた半袖の白ワイシャツと、くたびれた黒いズボンを身に付けた四十がらみの男――が、胸ポケットからつまんで出したパスケースを開いてみせた。それは身分証だった。

 上半身脱帽の写真の下に『警視庁巡査長 平瀬謙一』と印字されている。

 警察手帳――。

 警察官――。

 だけど警察官が何で――。

 ぼんやりと手帳を眺める桂に平瀬が言った。

「私、今回の轢き逃げ事件の担当です」

「……ひきにげ」

 椎奈が自動車にはねられて

 病院に運ばれて

 手術を受けている

「椎奈!」

 記憶が早回しで再生された。桂は一気に覚醒し、電流が奔ったようにベンチから立ち上がった。

 ドアの上で手術中の赤ランプは点灯したままだった。手術は終わっていないのだ。いったいどれくらい時間が経ったのだろう。あんなに首が曲がって、あんなにたくさん血が流れたら、きっと。

 きっと無事ではない――。

 あふれ出す感情を抑えられず、桂は口を覆って嗚咽した。

 平瀬は、鳥の巣のようなおさまりの悪い頭髪をばつが悪そうに指でかき混ぜ、桂の咽び泣きが収まるのを待ってから、立ったままで事情聴取を開始した。

「あなたと被害者の女性との関係は?」

「……妹です」

「ああ、それは。保護者の方に連絡はしましたか?」

「……まだ。……まだです。……旅行中なので。……八月二日まで。……四日後まで」

「四日後」

 平瀬が怪訝そうな顔になる。気を取り直したように訊ねた。

「妹さんをはねた車ですが、ナンバーや車の色、車種は覚えていますか?」

「……」

 桂は黙り込んでしまった。

 道路に横たわる妹の強烈なイメージに頭の中を占拠されてしまって、その前後に何が起きたのか、車の色どころか風景も何もかも、まったく思い出せなかったのだ。

 まだ話ができる状態ではないと判断したのだろう、桂の手に名刺を握らせると刑事は去って行った。


 手術中のランプが消えた。

 金属製のドアが開いて、ストレッチャーに寝かされたまま手術室から運び出されていく妹の、全身を包帯で覆われ、管を何本もつながれた無惨な姿を目の当たりにした桂は、血の気が引いてベンチに座り込んでしまった。

「手術は終了しました。患者さんの意識が戻りませんのでICUでしばらく経過を観察しようと思うのですが」

 顔の半分をマスクで隠したままで、執刀医がくぐもった声でする説明はほとんど頭に入ってこない。

 桂は看護師に付き添われて、妹が運ばれた集中治療室の前室へと案内された。

「何かあったら呼んで下さい」

 年配の看護師は、壁に立てかけてあったパイプ椅子に桂を座らせると、事務的口調でそう言って足早に病室から出て行った。


 ガラス一枚隔てた集中治療室のベッドに妹が寝かされている。

 真っ白な包帯と、鉛色の管と、たくさんの医療機器に覆い尽くされて、妹が寝かされている。

 前室から見える妹は、術衣の襟と首に巻かれたギプスの隙間にのぞく、鎖骨のくぼみだけで、そんな僅かな場所ですら機械の陰ではっきりしない。

 もしかしたら――。

 もしかしたらと桂は念う。

 ガラス越しに見えるあれは、妹ではなくて見知らぬ誰かなのではないか。

 だがそんな祈りにも似た念いは、ガラスに映った自分の姿を見た途端、跡形もなく消し飛んだ。

 サックスブルーのキャミソールワンピースの上に、キャメルカラーのサマーカーディガンを羽織って、ボブカットの前髪を額にべったり貼りつかせた桂自身が、目の下に隈をつくって桂のことを見つめていた。

 心臓が厭な音をたてる。

 思い出した。

 思い出してしまった。

 そうだ。自分だ。自分のせいだ。自分のせいで妹が――。

 堪えられず、ガラスに映る自分から視線を逸らした桂の隣に。

 誰かが座っていた。

「意識が戻らないそうですね」

 その誰かが、低く静かな声で言う。

「仮に意識が戻ったとしても、脊椎と腰椎の神経が傷付いているので一生歩くことはできないとか」

 心ない物言いに、桂は土気色の顔を上げた。

 女だった。

 彫刻刀で彫ったような鋭い目をした女が、桂を静かに見下ろしていた。

 深紅のライダースーツに身を包み、軽く波打つ黒髪を後頭部で無造作に束ねたその恰好は、病院の集中治療室にはあまりにも不似合いだった。

「……なんですか?」

 桂は眉間にしわを寄せた。女を睨みつける。

 不快感を露わにした桂の態度に気付かなかったのか、気付いた上で無視したのか、女は眉ひとつ動かさない。静かに言った。

「あなた、何か隠していますね?」

「!」

 心臓が口から飛び出しそうになった。冷たい汗が背筋をするりと滑って落ちる。

「正直に話して頂ければ、きっと力になれると思いますよ」

 その丁寧な口調とは裏腹に、女の瞳はその中心に桂をしっかり囚えて放さず、桂の意志とは無関係にその口を押し開かせていく。

「夏休みだったので……」

 喘ぎながら桂が答える。

「両親が留守で……、妹も出掛けたので……、妹のクローゼットから服を……」

「服を?」

「服を借りて……、だけど妹と鉢合わせして……、驚いて逃げようとしたらブレーキの音がして、それで……」

 歯を食いしばって口を噤んだ桂のあとを女が続ける。

「交差点で、走ってきたバイクが妹さんを避けたのです。だけどその後から走ってきた車に」

 はねられた――。

 目の前が真っ暗になった。

 バランスを崩して椅子から転がり落ちそうになった桂を、女は合皮に包まれた大きな胸で抱きとめた。

「あなたのせいではありません。妹さんをはねた車が悪いのです」

 桂の耳元で低く囁き、そして。

「妹さんを元通りにしてあげましょうか?」

 信じられないことを言った。

 理解できず、桂は女の顔を見上げたままで固まる。

「事故がなかったことにできたらいいと思いませんか?」

「それは……、でもそんなこと……」

「できますよ。できるけれど」

 女は弾力に富んだ胸で、桂の顔をばいんとはねのけて立ち上がった。

 幸運が指の隙間をすり抜けてしまうような感覚に、桂も慌てて立ち上がる。

 立って並んで初めて気付く。女は背が高かった。百八十センチ以上はあるだろう長身で桂を見下ろしながら言う。

「何が起きても後悔しないと約束できますか?」

「……妹が本当に治るなら」

 後悔なんてするわけがない。桂はすがるように答える。

「むしろ以前よりも健やかになるかもしれませんよ」

 女はそう言うと、背負っていた硬質素材のバックパックから、薄い木の箱を取り出した。蓋をそろりと持ちあげて囁く。

「聞いていらっしゃいましたよね……? ただいまから〈御魂降り〉の儀を執り行います」

 誰に、何に話しかけているのだろう。桂は女の手元を覗き込んだ。

 それは円盤だった。

 箱には直径十センチばかりの円盤が一枚収められていた。ところどころに緑青が生じたそれを女は恭しく捧げ持つと、集中治療室のドアを躊躇なく開いた。

「なっ! 何をして!」

 桂は慌てて女の腕をつかんで止めた。重体患者の病室に入ろうとするなんて、いったいどういうつもりなのだ。顔色を変えた桂に。

「妹さんを助けたいのでしょう?」

 むしろどうして止めるといった風情で女は首を傾げた。

「そ、そうだけど……」

「なら黙って見ていなさい」

 困惑する桂を置き去りにして集中治療室へと足を踏み入れた女は、室内をぐるりと見回すと、薬品や替えの包帯が乗せられたキャスター台をベッドの脇まで引っ張り寄せて、台の上の一切合切を、勢いよく払い落した。空っぽになったキャスター台に古びた円盤を静かに置く。

 居ても立っても居られずに、集中治療室に飛びこんだ桂の前で、女はライダースーツのファスナーを臍の下まで一気に下ろした。

 V字に裂けた紅色の亀裂に、鮮やかな肌色が現れた。

 女はライダースーツの下に何も着けていなかった。体にぴったりフィットしたスーツに寄せられた大きな胸が、脂身の薄い平らな腹筋が、蛍光灯に照らされて艶やかに光る。

「ろ、露出狂……」

 変質者に遭遇してしまった。病院で。よりにもよって妹の病室で。

「だ、誰か……」

 人を呼ばねば。ベッドの枕元にぶら下がったナースコールに手を伸ばし、ボタンに指をかけた瞬間、女が桂を羽交い絞めにした。尖った目をキッと吊り上げて。

「…………!」

「…………?」

「…………!」

 聞こえない。

 その代わりと言っては何だが、温かくて滑らかな存在を両耳に感じるのだが。

「わあっ!」

 聞こえないわけである。女の豊かな両胸が、桂の頭を左右からむぎゅっとはさんで音を遮断していた。女が腕と胸の戒めを解くと、桂は顔を真っ赤にして壁の際までじたばた逃げた。

「妹さんを助けたいのでしょう?」

 女が声を荒げた。口調に合わせるようにして大きな胸がゆさりと揺れる。

「いっ、妹を助けるのと、あなたがむむむ、胸を出すのと何の関係がっ」

 視線をあちこち泳がせながら桂は反論する。

「日神は丸いものを好むのよ。丸はもっとも単純な太陽の象徴でしょう? あなたでは」

 桂のなだらかな胸の平原を一瞥してから、

「あなたのでは足りないわね」

女は己のヒマラヤ山脈を、人差し指で示してみせた。

「古来、女の乳房は豊穣を司り、子を育むもの。大地と人に恵みを与える太陽の象徴でもあるのです。いいから黙って観ていなさい」

 女と巨乳の迫力に、桂は圧倒されてしまう。

「私だって好きでやってるわけじゃないのよ。まったくもう」

 何やらぶつぶつ呟きながら、女は円盤を捧げ持ってベッドの上の妹に向けた。

「……鏡」

 なのだろうか。

 その錆びた円盤には、意匠化された人や動物、幾何学模様が細かく彫り込まれていたが、妹に向けられた面にそれらは見当たらず、湯気で曇っているように輪郭しか確認できないものの、ベッドに横たわった妹の姿が映し込まれていた。

「う、ぅん。あーあーあー」

 いきなり女が発声練習を開始する。ぎょっとして女を見ると。

「――高天原に神留りまし坐す 皇親神漏岐 神漏美の命以ちて――」

 女の紅い唇が、聞きなじみのない言葉を紡ぎ始めた。

「――天津神は天岩戸を押し披きて 天八重雲を伊頭の千別きに千別きて 聞こし食さん――」

 唱なのだろうか。

 女が紡ぐ言葉には旋律があった。

 古めかしい言葉たちが、五線譜には置き換えられそうにない節にのって、舞い踊るように集中治療室に満ちていき。

「――吾天宇受売命 八百万の神等共に聞こし食せと申す――」

 しばらくするとふわりと消えた。

「…………」

 これが奇跡の始まりならば、どんな願い事でも叶えてくれる神か悪魔か神龍が、鏡から現れるのだろう。

 だがしかし、身じろぎせずに待つこと数十秒、そんな奇跡が起こる気配はまったくなく。鏡を持った姿勢のままで、頬をぴくぴく痙攣させている半裸の女に声をかけるべきか、それとも通報すべきなのか、桂が逡巡していると。

「ちょっと! ここまでやったんですからちゃんとして下さいよ!」

 女は鏡にむかって怒り始めた。

「……」

 鏡と喋っている。

 やっぱり危ない人だった。

 桂は女に気付かれないよう、そろそろドアの方へと移動する。ドアノブに手を掛けた、次の瞬間。


 鏡が強烈な光を放った。


 集中治療室はおろか、前室の隅まで白く塗りつぶす光の眩しさに、桂は思わず頭を抱えた。

 光はすぐに衰えて、病室は元の明るさを取り戻す。

 何かが。

 何なのかは分からないが、何かが起こった。

 期待と不安を抱きながら、おそるおそる瞼を開く。

「…………」

 背の高い女が裸の胸を晒したままでベッドサイドに仁王立ち。

 妹が包帯と機械に埋め尽くされたままベッドに横たわっている。

 人工心肺装置が酸素を供給する耳障りな音と、心電図が波形を描くたびに鳴る甲高い電子音が、無限に繰り返される病室――。

 そこに桂が見たのは、さっきと何も変わらない光景だった。

 桂は脱力した。

 初対面の、得体のしれない女の言うことなんかを、どうして信じてしまったんだろう。

 己の馬鹿さ加減に腹を立てつつ、押し込み変質者がいることをナースセンターに通報しようとドアノブに手を伸ばした桂の背後で。


 妹が勢いよく跳ね起きた。


 口腔内に挿入された心肺装置の管を引き抜き、腕に射された点滴針を抜き捨て、首のギプスをべりべりと剥がして、体中に貼り付けられた心電図の電極を払い除けると、赤くなった皮膚を指先でぽりぽりと掻く。

 異常を感知した医療機器たちが、一斉に警告音の合唱を開始した。

「し、しいな……?」

 昏睡状態だった妹が、二度と自力では歩けないと言われていた妹が起き上がった。差し伸べた桂の手を、しかし妹はパシリと払った。

「へ――?」

 空気が漏れたような音を出して困惑する桂を、ベッドの上にすっくと立ちあがった妹が冷淡に見下ろす。

「気安く触れるでない」

 聞きなれない、普段よりも幾分高めの声で言う。

「下郎。まず足元に額ずくのじゃ」

 鼻息荒く上半身をふんぞり返らせて、ぐいっと開いた妹の足がベッドの縁を踏み外した。

「じゃっ?」

 バランスを崩した妹がベッドの上でぐらりと傾く。

「あぶないっ!」

 もう怪我をさせるものか!

 ベッドから床にむかって落下する妹を、桂はしっかり抱き止めた。――までは良かったが、成長期真っ只中な妹の体重に桂の腰はあっさり負けて、高価な医療機器を背中で薙ぎ払いながら床の上に倒れ込んだ。

「無礼者! 吾に触れるなと……!」

 ヒステリックに怒声を上げた妹の下で、機械の角に背中を強打した桂が痛みに呻く。

「下郎、大丈夫か?」

 妹が心配そうな顔になる。

「椎奈こそ……。痛いところは無い……?」

 顔を歪めながら妹を気遣う。妹の目に薄らと涙が滲んだ。

「お、おお、吾は大事ないぞ。なれ、身を呈して吾を……」

 感涙に目を潤ませて桂を見つめる妹を、長身の女が背後からひょいと持ち上げて床に立たせた。

「千年ぶりの御降臨、恐悦至極に存じます」

「おお宇受売か。久しいのう。息災でなによりじゃ」

 妹の手が女に気安く上げられる。

 宇受売と呼ばれた女は、スーツのファスナーを襟元まで上げ、床に両膝をついて深々と頭を垂れた。

「宇受売。吾は供物を所望じゃ」

 妹が宣うと、女は畏まりましたと病室から躙り出て行く。

 なんというか、女王陛下と侍従長みたいな会話だった。こういうごっこ遊びが女子中学生の間では流行っているのだろうか。二人は知り合いなのだろうか。

 妹が妹ではないような気がして、桂は妹を注意深く観察した。

 くっきりとした眉の下で利発そうにくりくりと動く目。

 笑うとちょっとだけくぼむ頬。

 剥きたてのゆで卵のようにつるんと形の良いおでこ……は、包帯に隠れていまは見えない。

「どうした? 吾の顔に何かついておるか?」

 妹が不思議そうに桂を見遣る。

「椎奈……、頭の傷は痛む?」

「頭の傷?」

 すると妹は、頭に巻かれた包帯をつかんで無造作に引っ張った。

「あっ!」

 静止しようとした桂の指先をかすめて、包帯とガーゼがはらはらと床に落ちる。

「あ……」

 桂は妹の頭を穴が穿くほど、否、実際に穿かれては困るのだが、ともかくじろじろ見回した。

 頭蓋骨と脳の間に溜まった血液を抜くために、頭骨に穴をあけたと執刀医が言っていた。だが妹の頭には穴はおろか、かすり傷ひとつ見当らない。そして。

「傷はないけど」

 毛もなかった。手術のために剃ったのだろう、妹の頭には毛髪が一本も生えていなかった。

「おお! 生えておらん! つるつるじゃ!」

 つるんと剃られた己の頭にぺたぺた触れて、あるべきものが無いことを認識した妹が素っ頓狂な声をあげる。

「仕方ないよ。頭に大怪我をしたんだから。一年もすれば元の長さに……」

 慰める桂の声が聞こえないのか、つるつるじゃあと連呼して、

「出家もしておらんのに坊主頭など胸糞悪いわっ」

髪のない頭を両掌で覆うように押さえると、妹は、ぬあーと奇妙な声で力み始めた。

 桂は目を疑った。

 すでにここまで目を疑うべき現象のオンパレードではあったのだが、つるつるだった妹の頭からざわざわと毛髪が生えて伸びていく様は、真夏の怪談を連想させるグロテスクさで、薄弱な桂の神経をこれでもかとばかりに逆撫でた。

「とりあえずこんなものかの」

 毛先が肩につく程度まで頭髪が伸びると妹は力むのを止めた。生え揃った柔らかな黒髪を指でさらさらとすきながら桂を見る。

「どうじゃ? 汝の妹はこんな感じか?」

「そ、そうだけど……。自分の髪でしょ。こんな感じかって聞かれても」

 困惑の度合いを深める桂に。

「肉体は汝の妹のものじゃ。じゃが吾は――」

 何かを説明しかけて止め、妹は集中治療室のドアに振り返った。

 看護師が立っていた。

 病室に桂を案内したベテラン看護師は、整然としているべき室内の惨憺たる有様と、立ち歩いている重篤患者を目の当たりにして。

「せ、せせ、せせせ、先生ええ! かかか患者さんぐああああああ!」

 発狂した阿波踊りダンサーのような手振りと足取りで、ばたばたと部屋を出て行ってしまった。

「騒がしい奴じゃ。ところで汝、名を何と言う?」

「……桂だけど」

 ごっこ遊びの続きなのだろうか。困惑しながら桂が答える。すると。

「では桂、ここを出るぞ。今すぐにじゃ」

「えっ? だってさっきの人は? 宇受売さんは? 待ってなくていいの?」

「ここは駄目じゃ。そこらじゅうに死穢が漂っておる。気分が悪い」

 妹は言うが早いか、すたすたと歩いていってドアノブに手をかけた。

「鏡を忘れるな。汝の妹に体を返せなくなるからな」

 首だけ振り返らせて桂に言い、病室の外に出ようとして。

「お?」

 出られなかった――。

「おおお? この扉は押しても引いてもびくともせんぞ。閂がかかっておるのか? 桂、この扉はどうしたら開くのじゃ? 桂っ?」

 ドアノブを両手でしっかり握り締め、がっちゃがっちゃと押し引きを繰り返す妹の姿を見て、何かとんでもないことが妹の身に起きたのだと、桂はこのときはっきりと自覚したのだった。

 そのドアは横にスライドさせるタイプだから……。

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