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行き先

「皆、よく聞け! この出兵は公表されていないものだ。よって、周りに知られぬよう夜半の出発とする。この人数での移動は目立つ。先ほど分けた個隊で警らを装って移動せよ! 行き先は……孤立無援のリガ山だ」


 ジャンヌが行き先を告げた。


 それによって、騎士らは表情を引き締めた。向かうは孤立無援のリガ山であり、アルシンドが進路を切り開こうとして、窮地に陥り指を失って帰還せざるをえなかった戦場である。


 この戦はゴラゾンの隣国、今や敵国であるドラド国との国境争いだ。ゴラゾンとドラドの国境は、二国を隔てる山脈であった。大きく三つの山が連なっており、その山脈自体が国境となっていた。山の所有はどちらにも属さず、その恩恵を両国が受けていた。平和的国境であった山脈に、ドラドが侵攻をはじめたのが三ヶ月前である。続けざまに二つの山を統治下におかれ、残るリガ山を何とかゴラゾンが治めた。それを待っていたかのように、ドラドはゴラゾン領内へと侵攻した。リガに削がれた兵士で、前線が手薄になり一気に攻め込まれたのだ。ドラドが山の所有だけに止まらず、ゴラゾンまで侵攻するなどと思っていなかったゴラゾン側の甘さであった。


 しかし、ゴラゾンもそれに甘んじているわけではなかった。真っ向勝負とゴラゾンの騎士隊を対峙させている隙に、ドラドの背後へと進行し敵を挟み込んだ。山脈から続いたドラド軍を分断することに成功する。ミルフィーユのようにゴラゾン軍とドラド軍が層になった。両国は敵に挟まれると同時に、敵を挟んでいる状況となった。つまり身動きができないのだ。攻めれば背後を突かれ、挟まれた味方が犠牲になる。


 その拮抗を崩さんと、リガ山への進路を切り開こうとしたアルシンドは失敗した。リガ山は今や孤立無援である。周りをドラドに囲まれている。ゴラゾン領内のドラドを攻めればリガは奪われる。リガに留まれど、孤立無援で幾ばくかの食糧では、あとどれほどもつというのか。


 そこに、ジャンヌ隊は赴こうとしていた。それも小隊でである。皆、バラバラにリガ方面へと進んでいる。落ち合うのはリガから少し離れたリャンの森。リガ周辺で唯一侵攻を免れた森である。いや、ドラドは侵攻さえもしていない。リャンの森は猛毒の森とも言われている。森の奥の腐敗した湖から立ち込める臭気によって、リャンの森は不可侵状態であった。




「まさか、リャンの森とは考えましたなジャンヌ」


 そう言ったのは眼帯の騎士である。


「だが、あの森では一刻も持たねえ」


 頬の騎士は鼻を摘まんで嫌そうな表情だ。


「俺は一刻どころが瞬殺で逝かれちまう」


 耳の騎士が白目をわざと見せた。


 ジャンヌは笑い出す。この三人とは治療のときからの付き合いだ。負傷者をジャンヌは診ていたのだから。よって口調もお互い砕けている。


 それをしかめ面で見ているのは警護騎士らである。ジャンヌへの言葉遣いに苦言を呈したいのだ。コホンとわざと咳払いするも、まったく三人は気づかない。


「ねえ、喉をやられている? ちょっと診せて」


 終いには、ジャンヌにあらぬ方向へ気遣われてしまった。警護騎士に躊躇せず手を伸ばしたジャンヌに、騎士の方が躊躇する。ジャンヌは構わず、騎士の喉に触れ熱を持っていないかと確認している。ジャンヌの細く可憐な指先が喉に触れ、頬に触れ、額に触れる。濃紺の瞳が自身の体を見つめ、吐息が肌に触れる距離で診られてしまっては、騎士の心臓は瀕死になるだろう。


 例の三人の騎士らはニヤニヤと診られている騎士を見ていた。


「あんちゃん、わかるぜ。俺らもそれやられたから。まあ、なんだ。心臓強化の修行だと思えばいいさ」


 騎士は真っ赤になりながら、ジャンヌに平気でありますと告げた。


「あ、そうそう。丁寧な言葉は止めてね。丁寧な言葉は時間がかかる。戦いにおいて不利になることはいっさいしたくないの。『待て』と『待ってください』では瞬時の判断で誤差がでるわ。あと、誰が長か敵に知られてしまうしね」


 騎士らはその内容に驚愕した。騎士道からは反するが、まったくもってその通りであったからだ。


「あ、でもこれはこのジャンヌ隊だからよ。本隊では統率も踏まえるし、仕方ないけれどね。そう、時と場合によるということ。この隊では必要ないわ。ジャンヌと呼んでね」


 ジャンヌは小首を傾げ、上目遣いで騎士を見た。騎士は固まっている。ジャンヌはまた「ね?」と騎士をうかがった。騎士は辛うじて、「はい」と答えたのだった。


 リャンの森に向かう途中、一寸の休憩をとったときのことであった。




「ジャンヌ、思った通りだった。リャンガに敵はいない」


 偵察のレイとタスクが戻ってきた。先回りは闇の騎士の十八番だ。リャンの森を侵略していないなら、その奥のリャンガの町にもドラドは侵攻していないはずだとジャンヌはふんでいた。それをレイとタスクに確認してもらったのだ。


 それにリャンガはドラドとは別の隣国との国境間近にある町である。ここをドラドが落とせば、ゴラゾンだけでなくその隣国とも合間見える状況になろう。よって、リャンの森とリャンガにドラドは侵攻しなかったのだ。


「では、一旦リャンガに」


 ジャンヌ隊は一路リャンガに向けて出発した。騎馬だけで構成されているジャンヌ隊が一番乗りになる。本隊は歩兵も含まれており、リャンの森での合流は練兵場出発から四日後としていた。




 ジャンヌ隊がリャンガに到着したのは、翌朝である。リャンの森を大きく迂回し、町が見えた時には皆、一様にほっとしたものだ。大きく迂回したが、風下で強烈な異臭の中を進んだためであった。


 リャンガの民はゴラゾン王都の騎士を見て目を丸くさせた。その目が歓喜に変わった瞬間、ジャンヌはホッとした。


「どうか、王弟様をお助けください!」


 さらにリガ山で孤立無援となっている王弟の救出を願った民に、ジャンヌは心から感謝した。もちろん、ジャンヌだけでなく騎士らもであるが。


 リガ山で指揮をとっているのは王弟である。王弟の名はシャルド。ジャンヌが到着したリャンガ周辺及びリガ山麓の国領主である。ドラドとは別の隣国との国境を守っていたとも言えよう。


 四日後までに、ジャンヌ隊はリャンの森に到着した。皆、しかめっ面なのは異臭のせいであろう。幾人かはしゃがみこみ顔を太股に押し込めている。臭いのだろう。


 ジャンヌはクスクス笑っている。だが、その笑いは皆には見えていない。ジャンヌの顔半分は大きな布に覆われている。


「皆に配って」


 ジャンヌ隊は本隊に大きな三角巾を渡していった。それを鼻を覆うように後ろで結び、残りの部分を軍服の首に差し込めば、鼻と口を覆うことができる。さらにジャンヌはその布にラベンダーの香りをつけていた。


 本隊の騎士は生き返った。死んではいなかったが。


 ディアスは四日ぶりのジャンヌを目で追った。そのジャンヌがディアスを見つけると、ふんわりと笑った。例え顔半分を隠していても、ディアスにはジャンヌの瞳だけでその笑みがわかった。ディアスの芯がトクンと音をたてた。


「ディアス。ディアスのは特別よ」


 ジャンヌはディアスに布を渡した。


「何が特別ですか?」


 ジャンヌが布を広げる。三角の端にDと刺繍されている。ディアスはDを見つめる。


「隊長と副隊長ぐらいはしるしがないと、格好つかないでしょ」


 ジャンヌは自身の三角巾の端を見せる。Jと刺繍されている。ディアスは二つの刺繍を交互に見つめると、次第に顔を赤くしていった。


「こ、こういうのはですね!」


 (愛し合う男女がするものです)などと続くことはなかった。ディアスは口をパクパクとした。そして、あまりの異臭の吸い込みで卒倒したのだ。




 リャンガに一旦駐屯したジャンヌ隊は、数日をかけて臭いに慣れていった。と同時に現状を確認している。リガ山の山頂にはシャルドが短期で築いた山城がある。二千ほどの兵士が籠城していた。そのリガ城への路は主に三つ。その三路線の入口を全てドラドが支配していた。兵糧攻めの様相で、ドラドは麓で胡座をかきながら山城の陥落を今か今かと待っているのだ。


「レイ、ゴラゾンからの路でなく、ドラドからの登山路はどうなっている?」


 ジャンヌのまさかに質問にジャンヌ隊の面々は面食らった。


「まさか、ジャンヌ。ドラド側から行こうとでも言うのか?」


 レイはあり得ないとあきれている。レイだけでなく皆もである。


「ドラドはほぼ全軍をゴラゾンに投入していないか? ドラド国内の兵士の配置を確認したいのだ。盲点はそこだろう」


 ジャンヌの発想に、騎士らは舌を巻いた。まさか、攻めいられている状況で敵国内の盲点に考えが及ぶなどとは。


「守っているだけでなく、攻めたいのだ。ドラドは、まさかゴラゾンがドラド国内のリガの麓に出没すると思っていないだろう。そこをやってのけたい。私の案は無謀だろうか?」


 無謀である。誰もが思ってはいる。しかし、その誰もがジャンヌの無謀に一縷の光の筋を見た。正攻法ではアルシンドと同じ結果になるだろう。騎士らには考えが及ばぬ無謀な作戦が例え同じ結果になったとしても、後悔はしないかもしれない。敵に一矢報いることができるのだから。


「でね、あの湖の腐敗臭を生かせたらいいかなって」


 ジャンヌはニコニコしながら、これまた騎士らが考えもしなかった奇抜な作戦を口にしたのだ。


「密封した腐敗臭袋を作ってこっそりドラド軍に置くわけ。で、矢を射る。一気に立ち込める臭気にドラド軍は精神的に瀕死になる。そこで一気に攻め込むっていう作戦。うん、『乙女の匂袋作戦』ってどうかしら。うっふっふ」


 ジャンヌは冗談のように言った。騎士らは作戦を思い浮かべただけで身震いがした。


「それ、精神的に瀕死どころか廃人寸前だって」


 レイがぼそりと言った。真っ青な表情の騎士らの中で、うっふっふと桃色の頬で笑っているジャンヌであった。

次話更新12/17(土)予定

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