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壇上にて

 王都に戻ったアルシンドの部隊は一個中隊だけである。中隊の規模は千、小隊で五つに分かれており、二百が小隊の人数だ。その他にアルシンド隊は四つの中隊を持っていたが、それは前線に任せてきた。今、その前線にいるのはアルシンドの弟二人と、王弟である。


 現在、帰還したアルシンド隊は一個中隊の半分を王の近衛隊に吸収され、前線へは行けぬ負傷者を除くと、残りは二百に満たない。辛うじて一小隊である。


 アルシンドの部屋を出たジャンヌは、その小隊に向かう。向かうのは練兵所だ。


 王都近郊には練兵所が点在している。王都内には王の近衛の練兵所だけで、他は近郊にある。その一つ、第三練兵所がアルシンド隊の駐屯地であった。いや、ジャンヌ隊となったが。


「ディアス、先に行き小隊に出陣の許可が出たことを伝え準備せよ。夕刻、私は壇上に上がるぞ」


 ディアスは、『はっ』と応じると駆けていった。


「皆も一旦下がれ。家族に伝えてこい。私には闇の騎士が着いている」


 騎士らはジャンヌに一礼し下がった。


 ジャンヌの口調は淑女のそれとは違い、隊の長のそれに変わっている。それを咎める者はいない。


「ジャンヌ様」


 下がったはずの騎士がジャンヌの元に戻った。


「どうした?」


 戻ったのはあの眼帯の騎士である。


「全て失いました。もう私に家族はおりません。出陣を伝える家族も、処分する財産もなく、残ったのはゴラゾンの騎士たるこの身体のみなのです。お側にいてもよろしいでしょうか?」


 眼帯の騎士は肩をすくめた。


 この騎士からすれば、アルシンドのあれは失望しか与えなかったであろう。ジャンヌも騎士と同じく肩をすくめる。


「私は全て捨ててきたわ。さっきあの部屋に捨ててきちゃったわ。残ったのは、ゴラゾン王太子の名代たる私だけよ」


 二人は微笑みあった。


 ジャンヌは歩む。城で与えられた部屋に行き、着替えなければならない。スカートで騎士らの前には立てない。壇上で、スカートをなびかせて号令などできようか。


 部屋に着くと、眼帯の騎士を扉の前で立たせ、緊急ならかまわず扉を開けよと命じた。部屋に入ると、すぐさま衣服を脱いでいく。衣装部屋に脱いだ服を投げ入れた。下着のまま部屋を横断し、テーブルの上に出して置いた箱を開ける。そこには、二ヶ月前に帰還したアルシンドが着用していた血の着いた軍服が収められていた。左袖が血に染まっている軍服だ。鮮血は褐色変わっている。


「これを着ることになるなんてね」


 ジャンヌはその袖を切り落とす。そして羽織った。袖の長さはちょうどよくなったが、丈は長いままだ。


「まあ、これはこれでいいわ」


 それから、ズボンを取り出してこれもザックリとハサミを入れた。履くと少し切りすぎたのかくるぶしが出ている。


「……ええ、お愛嬌と言うことで」


 しかしズボンは腰回りがゆるく落ちてしまう。ジャンヌはバタバタと衣装部屋に走り、先ほど投げた服を取り出した。スカートの端に切り込みを入れると、ビリビリビリと布を裂く。その布でズボンを固定した。


「よし!」


 鏡の前で確認したジャンヌは、扉を開け眼帯騎士を呼んだ。


 眼帯騎士はジャンヌの出で立ちに動揺している。


「髪を整えてくれないかしら?」


 あろうことか、ジャンヌは未だ動揺を隠せない騎士に有無を言わさずハサミを持たせた。


「お、俺が切るんですかあ?」


 騎士はジャンヌに押しきられ、恐る恐るジャンヌの髪を切り整えていく。散切りだった髪は思いの外綺麗になり、笑顔になったジャンヌに騎士はホッと息をついた。


「戦が終わったら、理容室を開いては?」


 それには騎士も笑い出す。ジャンヌはにんまり笑って、騎士の背を叩いた。




 夕刻、第三練兵所は二百ほどの騎士が広場に召集されていた。


「ジャンヌ様、準備ができました」


 ディアスはジャンヌの衝撃の姿に動揺している。それは他の騎士も同様で、ジャンヌと眼帯の騎士はその様が面白く笑っている。ジャンヌと眼帯の騎士との距離が近いような気がして、ディアスは少し不満だ。眼帯の騎士を押し退けるように、ジャンヌに呼びかけジャンヌの隣を確保した。


「さて、行くか」


 ジャンヌの声が変わる。淑女のそれから隊長のそれに。ジャンヌに忠誠を誓った騎士らは、一斉にジャンヌの前に膝をついた。


「壇上で、私が言ったこと、することに異議を唱えるな。行くぞ」




 夕刻の茜がジャンヌを紅く染めている。白銀の髪は紅くきらめいてなびいていた。


 壇上に上がったジャンヌに、二百もの騎士が息をのむ。帰還後、慰問に訪れたジャンヌとは違っていたから。懸命に騎士らに労いの言葉をかけていたあの清楚な女性が、このジャンヌなのかと。袖が切られ、ほつれた軍服は、体にそぐわぬのに堂々と着こなしている。くるぶしが見えるまで切られた裾は、ハーフブーツによって隠れていた。麗しく長かった白銀の髪は、肩先で短く切り揃えられていた。真っ黒な軍服と、決め細やかな真っ白な肌は、対比の美しさを讃えている。濃紺の瞳が二百もの騎士を見渡していた。何もつけていないのに、淡く桃色の唇が口角を少しあげ微笑みを見せる。どこか中性的であった。


「アルシンド隊を任されたジャンヌだ」


 その口調にも騎士らは目を見開いた。労いの言葉をかけていた優しく労る声とは違っている。場がざわめいた。


「副隊長はこのディアスだ」


 ざわめきを気にもとめず、ジャンヌは続けてそう言った。


 ディアスが返礼する。ざわめく隊を一睨みしてジャンヌの脇に立った。ざわめきはディアスの睨みで落ち着いた。しかし、困惑していることが目にとれる。


「ああ、皆の戸惑いもわかる。王太子の婚約者とは言え、小娘の指揮下に入るなど納得いかないだろう」


 騎士の困惑も想定内といったように、ジャンヌは言葉を紡いでいく。


「安心せよ! 隊を二分する。本隊はディアスが率いる。遊軍隊は私だ。皆は望む方に動け。ディアスの前と私の前に分かれよ!」


 ジャンヌはディアスに指示し、少し離れてもらった。眼帯の騎士がジャンヌとディアスの境に線を引いていく。騎士らは困惑が続いていた。


「さっさと分かれよ!」


 ジャンヌが叫んだ。


 騎士らはジャンヌに気を遣いながらも、ディアスの前へと移動する。騎士ならば、本隊に入ることを望むだろう。ジャンヌもそこはわかっている。そのつもりの分隊であるのだ。ジャンヌの前には、王太子の部屋にいた騎士らと、二名の者。見事にディアスの前に騎士らは集まった。隊長であるジャンヌの前にはたった九名である。


「どっちがタスクで、どっちがレイだ?」


 ジャンヌは笑っている。ジャンヌ側に着いた二名の者にジャンヌは問うた。


「バレましたか。私がレイで、こっちがタスクです」


 闇の騎士の二人である。


「ジャンヌ様を守るが役目にございます。戦場で顔を見られず動けませんので、晒しました」


「そうね、王城や街中でしたら闇になれますが、戦場では無理ですものね」


 結局、ジャンヌの側にはディアスを省き、あの部屋の九名ということだ。ジャンヌに忠誠を誓った者だけである。ジャンヌはディアスと頷き合った。これにて分隊が終了という合図だ。


「よし! これで決定である。以後、異議申し立ては出来ぬ!」


 そこでジャンヌは瞳を閉じて深呼吸した。皆がジャンヌを見つめている。


「本隊はディアス隊とする! 先陣、しんがりをジャンヌ隊が担う!」


 あろうことか、ジャンヌは一番危険な先陣としんがりを自身の隊に決定した。ディアス隊の騎士らは思わぬ決定に震撼した。ジャンヌの遊軍隊は、ジャンヌの護衛隊であると認識していたし、戦場には出ずディアス隊がそれを担うと思っていたのだ。先ほどとは違うざわめきがおこる。


 ディアスとて、同じく。だからこそ、ジャンヌは壇上に立つ前に、言ったこと、することに異議を唱えるなと言ったのだ。ディアスは歯噛みした。この三ヶ月、一番身近で守ってきた存在が遠くになった。


「ディアス!」


 ジャンヌがディアスを呼んだ。ディアスはすぐに駆け寄る。


「ジャンヌ様」


 強い口調のディアスにジャンヌは苦笑いした。異議は受け付けないとの言葉であったため、ディアスはジャンヌに何も言わないが、その瞳に不満があるのは明らかだ。


「わかれとは言わない。従え」


 ジャンヌはフンッと笑って隊を見渡した。


「ディアス隊百八十、ジャンヌ隊九で決まりだ。先に言ったように異議は受け付けない。ディアス隊は個隊六十の三個隊とする。ディアス頼んだ」


 ディアスは従った。ジャンヌが従えと言うのなら、そうせざるはえないだろう。ディアスは百八十の騎士に前に立ち、未だざわめく騎士らを一喝し隊を編成していく。


 ジャンヌはそれを確認すると、九人の前に向き直った。ジャンヌが指示を出す。


「ゴラゾンの騎士の誓いを捨てよ!!」


 ジャンヌのその言葉で、再び場が静まった。


「たった九人しかいない。たった九人で本隊と同様の役目を果たす。意味がわかるな? 一人で二十人分の働きをせよ! 左手一本さえも敵に差し出すのは惜しいわ!! このジャンヌ隊、誓いはただ一つ。


失っていいのは、左手の小指のみ。他はいっさい失うな!


それでも差し出すなら、私に捧げよ。お前たちの体は私である。私の体を自由にしていいのは私だけだ!」


 込み上げる熱きものとは何なのか。それを実感することができる自分を誇りに思うだろう。ジャンヌにしか許されぬ発言であった。九人の騎士のみならず、百八十の騎士らがジャンヌのその言葉に胸が震えた。


「はっ! この身体、小指以外はすべてジャンヌ様のもの。ジャンヌ様に忠誠を誓います」


 九人が正式な騎士の誓いをジャンヌにたてた。


「私を置いていくな」


 ディアスが九人の前に行く。ジャンヌは壇上で立っている。


「ジャンヌ様」


 ディアスも正式な騎士の誓いをジャンヌにたてた。大きなうねりがおこる。ディアス隊の騎士らもジャンヌに誓っていく。


 茜が終わる頃、立っている者は壇上のジャンヌだけであった。

次話12/14(水曜日)予定です。

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