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舞う髪

 ジャンヌは目に力をこめる。泣いてなるものかと強い瞳でアルシンドを見つめた。


「レイ! 連れてきて!」


 ジャンヌは命じた。王が怒声を発するより前にと。


 王はもとより、この部屋の騎士らは知っている。この部屋に来たかったのに、来れなかったジャンヌの境遇を。すべてを投げ出して、本当はここに来たかっただろう。民や臣下のことなど捨て置いて、アルシンドの傍に寄り添っていたかったであろうと。


「ジャンヌよ、すまぬ。わしの知るアルシンドは消えたようだ」


 王も目に力をこめていた。充血した赤い目は、ジャンヌと同じく何かを堪えている。


「何をおっしゃっているのです、父上。私は消えてなどおりません」


 と、アルシンドはエレンを抱きながらも、身を乗り出して言った。


「何度言ったらわかるのだぁぁ! お前の目にあの戦の煙が見えぬのか?! お前が甘えや我が儘、泣き言を言える父という存在は、開戦をもってして持つなと、捨てよと宣言したではないか!!」


 王はもう止まらなかった。アルシンドにしがみつくエレンを剥ぐと、アルシンドを西方の戦の煙が見える窓へと引きずる。


 アルシンドは下着はつけて寝ていたようだ。ただ、辛うじて腰を覆っている程度だが。


「あれが見えぬのか?! この城とてあの前線と一緒であるのだぞ! お前はあの前線でそのような姿で寝ておったのか。人の気配に気づきもせず寝ておったのか。お前はあそこで何を見てきたのだ?」


 アルシンドは西方の煙から目を反らす。左手を右手で覆っていた。苦し気な表情で呟いた。


「失ったんです。指を失った……」


 王はアルシンドをポイと離す。


「失ったのは指ではないぞ、アルシンド」


 王は硬く拳をつくり、西方の煙を見つめた。


「ジャンヌ様、例の者らが到着しました」


 ディアスがジャンヌに伝えた。ディアスは床に放り出されたアルシンドをちらりと見る。共に育った幼なじみの姿がそこにあるのだ。


ーーアルシンド、その喪失は……騎士が最初に背負う試練だ。お前だって知っていたではないか。そう、知っていただけだ。俺たちのように体現していないからなのかーー


 ディアスは心の中でそう思った。騎士であるなら体の一部が欠損することも多々ある。体に一生の傷を背負うことも。最初の訓練で上官にこれでもかと言うほどに伝えられるのだ。その現実を直視し、怯えなく乗り越えなければ騎士にはなれない。


「連れてきて。この窓の前まで」


 ジャンヌは王とアルシンドの方に進んだ。王は無言で西方の煙を見つめ続けている。アルシンドは胡座をかき床を見つめている。王の瞳には戦が、アルシンドの瞳には虚無感が映っているようだ。


「王様、アルシンド隊のしんがりを勤めました第四小隊の騎士でございます。どうか、お声をかけてくださいませ」


 王は振り返り、アルシンドは顔をあげた。そこに、体の一部を欠損した三名の騎士が入ってくる。


 一人は耳をなくし、一人は頬に酷い傷あとを負い、一人は眼帯をした騎士らである。


 ジャンヌは耳をなくした騎士の耳を丁寧に診る。頷き、騎士の耳近くで『ありがとう』と告げた。次にジャンヌは頬に酷い傷あとを負った騎士を診る。『まだちゃんと塞がっていませんが、もう大丈夫ですね。ありがとう』。そして、眼帯の騎士へ。ジャンヌは眼帯を取った。騎士らとて目を背けたくなるような赤く染まったそれを、ジャンヌは丁寧に拭き取っていく。『すごいわ。これぞ、ゴラゾンの誇る騎士よね。ありがとう』。


 騎士らは唇を噛みしめて堪えるものを留めている。


「王様、お願いいたします」


 王は、ジャンヌの意図をわかっている。アルシンドに見せるためであると。


「ゴラゾンが誇る騎士よ! 再び戦場を目指せ! ゴラゾンの騎士の誓いを述べよ!」


「例え左腕を斬り落とされようと!」

「例え右足を斬り捨てられようと!」

「例え左足を斬り刻まれようと!」


「「「右腕一本だけで敵を倒せ! その視界が死の闇に染まる最後のときまで、ゴラゾンを守る騎士であれ!」」」


 三名の騎士がゴラゾンの騎士の誓いを発した。


「どうか、第四小隊に出陣の許可を」


 眼帯の騎士が赤い涙を流しながら王に直訴した。


 王は黙して頷く。三名の騎士らを立たせ、力強く抱擁した。


「アルシンド様、彼らに言うことはないのですか?」


 ジャンヌは冷淡にアルシンドを見つめる。冷淡であるが力のこもった瞳だ。


「失ったと彼らの前で言えますか? 温もりや癒しなど求めず、ゴラゾンの騎士として誇り高く戦場へ赴く彼らに……、愛おしい者を守るため、右腕以外をすべて捧げる彼らに!!」


 ジャンヌはこの部屋に入ってはじめて感情的に発した。ジャンヌこそがすべてを圧し殺し耐えていたのだ。


 王はもはやアルシンドに一瞥もくれない。


 アルシンドは未だに座り込み、小指を落とした左手を右手で隠すように握っている。西方の煙も、目前の騎士らも見ようとせず、その視線は逃げるようにエレンへと向かうのだ。


「そうですか。わかりました」


 ジャンヌは屈むと、足首に隠していた短剣を取り出した。


 ディアスは慌ててアルシンドの盾になった。他の騎士らもジャンヌを取り囲む。皆、ジャンヌがアルシンドに剣を向けると思っているのだ。


「王太子アルシンド様の婚約者として、アルシンド隊を率いることの許可をお与えください!」


 ジャンヌはそう発言すると、腰まで伸びた白銀の髪を無造作に掴み短剣で切った。


 取り囲んだ騎士らは驚愕の表情だ。


「ジャンヌ?」


 王が呼ぶ声で、騎士らは囲いを解いた。


「な、なんということだ」


 王は散切りになったジャンヌの頭に嘆く。


 ジャンヌは王の前へと進んだ。そして、騎士のように膝をつき頭を垂れる。短剣と切った髪を差し出した。


 王は床に出されたそれをじっと見る。まだ信じられないのだろう。言葉を発することもできない。


「王様、王太子アルシンド隊を率いる許可を私にお与えください」


 シーンと静まった部屋にジャンヌの声が響いた。


「なん、だと?」


 ジャンヌは顔を上げた。床に置いた白銀の髪を掴み宙へと投げ払う。部屋に白銀が舞った。ジャンヌはフッと笑った。


「常に寄り添えなかった罪深い私にございます。その罰として、常にアルシンド様と居られるように髪を置いて行きます。そして、アルシンド様の婚約者として、今まで名代を勤めて参りました故、隊が出陣するのですから、私も名代の役目を続行したく思います。私にアルシンド隊を率いる許可をお与えください」


 決意である。この部屋に入るジャンヌが胸にしていた決意である。ジャンヌは最後まで望んでいた。アルシンドが目覚めることを。勇敢なアルシンドに戻ることを。だから連れてきた、酷い傷を負う者らを。それが、最後の賭けであった。それでもダメならば……とジャンヌはこうすることを決めていたのだ。


「ジャンヌ、お前は……」


 決めていたのか? そう王の瞳が問うている。


 ジャンヌはまた笑んだ。王のそれに応えるように。王は迷う。アルシンドにはもう目もくれたくはない。前線へと送るなど今のままでは不可能である。だからとて、ジャンヌを送れようか。いや、ジャンヌに従う騎士などいようかと、王は軽く首を横に振る。


「ジャンヌ様! 貴女に恥じない私であることを誓います!」


 ジャンヌの背に、ディアスは発した。ディアスはあの廊下での会話を思い出していた。ジャンヌは確かにディアスに誓ったのだ。恥じない主であることを誓うと。であるのに、ディアスはジャンヌを心底信じていなかったのだろう。短剣を取り出したジャンヌの行動を見誤った。主であるジャンヌが、アルシンドを傷つけると思ってしまったのだ。だからこそ、自身を恥じた。もう迷わない。間違いはしないと、ジャンヌの決意に連なる。


「ジャンヌ様! 同じく誓います! ゴラゾンの誇る騎士であることを!」


 王の前にいた三名の騎士もジャンヌに誓った。


「ジャンヌ様! 誓おう! 私たちの首は貴女の前でしか繋がらないと」


 王太子の警護騎士であった二名と、闇の騎士二名が誓う。王の命はジャンヌに首を預けよであった。それに従ったのか……いや、心の底よりジャンヌに誓ったのだ。その瞳はそう言っている。


 王はジャンヌに連なった騎士らを見つめた。従う騎士がいたのだ。騎士らは自らジャンヌに従った。王はハッと息を天井に吐いた。コツンコツンと天井からも合図がある。ジャンヌの闇の騎士も誓うと示したように。


「いいだろう。隊長はジャンヌ、副隊長をディアスとする。アルシンド隊を任せたぞ、ジャンヌ」


 ゴラゾンの奇跡のはじまりであった。

次回更新は数日後になります。

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