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望んだ未来

 名代返上は滞りなく終わった。ジャンヌはアルシンドを満足げに見る。小指を失った左手で国旗を握り立つ姿に。


「ジャンヌ、この後はどうするのだ? 一緒に」

「いえ、名代は返上しましたので、一緒に参るわけにはいきません。私は、シャルド様と共にリガに向かいます」


 アルシンドの"一緒に"をジャンヌは拒んだ。アルシンドの瞳は悲しさを宿す。ジャンヌは、アルシンドを上官として接しているだけだ。そこに婚約者の姿はない。


「そうか、ならば何人か着かせよう」


「いいえ、何人も必要はありません。一人だけ頂けますか?」


「そういうわけには」

「いきます」


 ジャンヌはアルシンドの言葉を止めた。


「本当は一人でもいいのですが……約束があるのです。だから、どうしても眼帯だけは連れていきます」


 いきなりの指名に眼帯騎士は"ふへっ"と奇妙な声を出した。そして、自身で自身を指差して『俺ですか?』と問う。


「アンジーと約束したでしょ! 私に嘘つきになれと言うの?」


 眼帯の周りの騎士らは『そうだそうだ』と眼帯を押した。皆、眼帯騎士を妹アンジーにの元に向かわせたい気持ちである。


「……すまねえ。戦線を離脱することを許してくれ」


 眼帯騎士が騎士らに頭を下げた。


「いや、眼帯。そうじゃない。ジャンヌを頼むんだ。一番重要な役割だ」


 レイが眼帯騎士の肩をポンポンと叩いた。


「ああ、わかったよ」


 眼帯騎士はジャンヌの横に立った。ジャンヌは頷く。


「では、アルシンド様これにて失礼いたします」


 ジャンヌと眼帯騎士は騎乗した。馬上で、騎士らに最後の言葉をかける。


「ゴラゾンに勝利を!」


 騎士らは『はっ』と声に出し、胸に右手をあてた。


 ジャンヌの背が遠くなる。騎士だけでなく、アルシンドもその背が見えなくなるまで見送ったのだった。




「ジャンヌ、嘘ついただろ?」


 眼帯騎士は馬上で、叫んだ。ジャンヌはアッハッハと笑って答える。


「この道、シャルド様の方に行かねえじゃねえか!」


 先頭をジャンヌがリリィに乗り駆けている。眼帯騎士は道を反れていくジャンヌに大声で発し、ジャンヌは笑っていた。


「巨石群に行くぞ、眼帯!」


 ジャンヌと眼帯騎士は巨石群へと馬を走らせた。やがて巨石群に着くと、ジャンヌは坑道の入り口に首を入れる。


「居るか?」


 ジャンヌの呼びかけに、ムカデが一人姿を現す。ディアスらをここまで送って、帰らず待っていたようだ。


「父上にこれを頼む」


 ジャンヌは文をムカデに渡した。後ろで眼帯騎士がその様子を見ている。辺りを警戒しながらであるが。


「中は、生き残った民の報告と私からの報告、それと王家への文が入っている。必ず届けてくれ」


 眼帯騎士は『王家への文』に体がビクンと反応した。ジャンヌが頭を出す。眼帯騎士と目が合った。


「気になるか?」


「……いや、俺が気になるのはジャンヌの幸せだ」


 ジャンヌは眼帯騎士の思わぬ言葉に顔をキョトンとさせた。だが、次第に優しく穏やかな笑みに変わっていく。


「眼帯、私はアンジーが眼帯に抱き上げられ笑顔になる未来を見たいんだ。それが私の幸せだ。……ディアスと約束した未来なんだ」


「ふーん、そうか。なら協力しなきゃなんねえな」


 眼帯騎士がニッと笑った。


「それよか、ムカデはどうやって王都に文を届けるんだ?」


「坑道の出口は三つあっただろ。一つは王都郊外の森に続く」


「だが、人は通れないと言っていたじゃねえか」


「ああ、人は通れないが文は通れる。森にムカデがいるんだ。父上との連絡に使っているとテツに教えてもらった。だから、内緒で待ってもらっていたんだ。夜までに来なきゃ帰っていいと言っておいたしな」


「なるほどな。それで、報告と王家への文か……まあ言えねえわな」


 アルシンドの前でそうは言えないだろう。巨石群への寄り道がわかれば、なぜかと問われてしまうのだから。元々アルシンドは巨石群の坑道のことを知らない。言えるはずもなかった。眼帯騎士はジャンヌを思い、そこで話しを終わらせた。


「ジャンヌ、リガに行こう」


 そう言って。




***




「にぃちゃ!」


 アンジーが眼帯騎士に飛び付いた。眼帯騎士はアンジーを抱き上げる。


「いい子にしてたか、アンジー」


「うん、テッチャンの言うことちゃんときいて、アンはほうたいまきまきがんばった!」


 リャンガに置いてきた三十名の騎士らは怪我をしている。大半はそれなりに治りリガ城砦の建設にあたっているが、まだ重症の者もいる。アンジーは、小さい看護婦になっていたようだ。


「お! そりゃすごいな。アンジーの包帯を巻いたらきっとすぐに治るぞ」


 眼帯騎士は親ばかならぬ兄ばかだなと、ジャンヌは二人を見て笑った。


「嬢ちゃん」


 テツがジャンヌに声をかけた。


「俺らは新しい村に帰りますぜ」


「ああ、わかった。……ムカデに父上への報告をさせた。村に行く前に、ドラドの人質を王都に連れて行ってくれ。父上が和平交渉の材料にするだろう」


「了解だ。もうほとんどドラドはいねえだろうが、ムカデの道で行かせてもらう」


 ムカデの道とは、絶壁等の危険な道のことだ。ムカデ一族はその異様な様で、民が普通に通る道は避けている。


「ああ、頼んだ」


「アン、俺は村に帰るぜ。兄ちゃんと元気に暮らすんだぜ」


 テツがアンジーの頭をグリグリと撫でた。


「テッチャンいっちゃうの?」


 アンジーは今にも泣きそうだ。


「にぃちゃ、テッチャンのむらがいい……うぇっ、うぇっ……うぇーん」


 泣き出してしまい、眼帯騎士は慌ててアンジーをあやしたが泣き止まない。


「眼帯、二人で住むなら何処だっていいんじゃないか? 私はシャルド様と合流するし、もう眼帯の役目は終わりだ」


 ジャンヌは眼帯騎士の背中をおした。眼帯騎士はジャンヌをじっと見る。ジャンヌは笑っていた。


「一番大切なものを間違えるな」


 ジャンヌは笑みを止め、眼帯騎士をじっと見る。にらみ合いの様相にテツが割って入った。


「っとに、騎士ってやつは厄介だよな。忠誠の誓いってやつだろ。兄ちゃん、一旦アンと一緒に村に来てくれや。そんでまた言えやいいだろ、『ちゃんといい子に待ってりゃ、必ず会えるってな』仕方ねえから、俺がアンを預かってやるよ」


 仕方ねえなどと言いながら、テツは嬉しそうだ。異様な様のせいで、いつも怖がられていたムカデらは、アンに求められて嫌なわけがない。


「嬢ちゃんの小さい頃を思い出すぜ」


 テツはアンジーに手を伸ばした。アンジーは眼帯騎士からテツに渡った。




「ジャンヌ、お転婆もほどほどにな」


 眼帯騎士とアンジー、ムカデらとドラドの人質、動けるようになったゴラゾンの騎士数名がリガを出発していった。ジャンヌは大きく手を振り見送った。


「さよなら……」


 (もう会えないでしょうがどうかお元気で)遠く人影になった眼帯騎士らに、ジャンヌは別れの言葉を送った。ジャンヌはしばらくそこに佇んだ後、ゴラゾンに背を向けるように歩み出す。




 ジャンヌはその日を境にゴラゾンから姿を消した……

次話更新2/1(水)予定

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