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快進撃

 百名ものゴラゾンの騎士は、ドラドの兵服が地に落ちる前に目前のドラド兵を切り捨てていった。


 下衆な将の顔が衝撃に変わる。


「命乞いでもする?」


 ジャンヌがぽつりと発した。下衆な将の首にはレイの剣が押しあてられていた。『ひっ』と悲鳴を上げ尻もちをつく。それをタスクが素早く拘束し、縄をかけた。


 ジャンヌは自身を縛っていた縄を解き、下衆な将に顔を寄せた。


「さて、くくられてね」


 レイとタスクがジャンヌがくくられていた木を引抜き地面に突き刺すと、下衆な将をくくりつけた。その間にもゴラゾンの進撃は止まることはない。シャルドの隊も思わぬ援軍に勢いが増していた。


「ジャンヌ、いいか。やるぞ!」


 眼帯騎士が馬車から顔を出す。


「ああ、頼んだ」


 ジャンヌは馬車をよじ登った。


 ーーズボッ!!ーー


 幌が破れ眼帯騎士の上半身が出てくる。馬車によじ登ったジャンヌは眼帯騎士の肩に立った。眼帯騎士はジャンヌの足首をがっちりと掴んだ。


「タスク、中に入れ。レイ、馬車を動かせ! ザイード様の元に向かうぞ」


 ジャンヌは馬車の上でゴラゾンの旗を大きく振った。ザイードからもよく見えるだろう。


「シャルド様、お先に行ってますね!」


 ジャンヌはわざと大声でシャルドを煽った。


「なんの! 先に行くのは儂じゃあ! 続け、ゴラゾンの泥臭い兵士よ!」


 シャルドの隊は騎士でなく兵士である。それも地方の兵なのだ。言い得ている泥臭い兵士たちは、シャルドの激励にまたも勢いが増した。


 たった百名ほどの援軍であったが、ドラドとの均衡は見事なまでに打ち破られた。馬車を中心に波紋のようにゴラゾンが進撃していく。広がった波紋にはドラド兵が横たわっていた。ジャンヌは大きく旗を振って号令を出す。


「総大将を捕らえよ!」


 馬車が動き出す。大きな円陣は一気に小さくなり、馬車とともに定めた獲物に向かっていく。


 怪我をしたゴラゾン騎士は、馬車に回収されタスクに治療を受けていた。幾人かは戦場に復帰する。


「まだ動けます!」


 包帯を巻かれた重傷の騎士は必死で戦場への復帰を訴えるが、タスクはそれを許さなかった。


「中でもできることがありますから。さ、あの盾と弓を持ってあっちに。ジャンヌの号令に従ってください」


 騎士は少し考えて、答えがわかったのか頷いた。同じような騎士が馬車の中に少しずつ増えていった。


 外ではディアスを先頭としたゴラゾンの円陣が敵をなぎ倒している。ドラドの層が破られようとしていた。しかし、敵とてゴラゾン進軍を指をくわえて見ているわけではない。反撃はジャンヌ隊の前に現れた。敵の弓の連射隊である。


 ジャンヌは馬車の上からいち早く察知し号令を出す。


「レイ、馬車を横にしろ! 円陣、馬車の背後で半月陣を組め! 準備しろ幌の盾騎士よ!」


 幌の中で騎士らは盾を幌にあてた。連射に備えている。


「来るぞ! 身を守れ!」


 ジャンヌは叫んだ。敵の矢がジャンヌ隊に飛んでくる。


「ジャンヌ、降りろ! 眼帯、引っ張れ!」


 ディアスが切羽詰まった声を上げた。ジャンヌは矢が幌に到着する寸前で、眼帯騎士によって幌に収納された。矢は馬車を集中的に攻撃してきた。しかし、矢は幌を通しはしなかったし、隊は幌の背後に陣を組んでいたため被害は出ない。


 連射が止まる。幌の中でジャンヌは口角を上げた。それを騎士らも見ている。同じように笑って応えた。騎士が一斉に弓を構えた。


「矢を射よ!」


 幌の中から矢が飛んでいく。まさか中から攻撃されると思っていなかった敵隊は、防ぐ間もなく矢を受けた。


「レイ! 進め!」


 レイが馬車を動かす。ザイードの陣営に向けて、勝利の道を駆けていく。


「ディアス! 両羽の陣!」


 馬車の左右に羽を広げるように陣が組まれた。まるで、それはユニコーンのようであった。ゴラゾンの国旗、盾の両脇のユニコーンである。そして、ジャンヌは再度幌の上に立った。白銀の髪は国旗の盾のようである。掲げた剣は黄金。


「ゴラゾンよ! 勝利を掴め!」


 ドラドの層が真っ二つに分かれた。ジャンヌ隊はドラド陣営を切り裂いたのだった。




 ザイードはジャンヌとシャルドの戦いを見ていた。歯痒い思いをしながらただ見守っていた。


「クソッ」


 ザイードは拳を強く握りしめた。目前の戦いに参戦したいが、それを察知されれば背後を突かれる。ゴラゾンとドラドの力は均衡である。隊を分けて戦には挑めない状態だ。ザイードは、馬車の上で勇敢にも戦っているジャンヌを見つめるのみだ。


 と、そのとき。新しく砂煙が上がった。ジャンヌやシャルドが進軍したのとは別の方向からだ。それは突風のように前線まで迫ってきた。


「あれは……」


 ザイードの目にその存在が映った。


「総攻撃の準備をしろ!」


 ザイードは間髪入れず叫んだ。そして、踵を返す。目指すはゴラゾン側のドラド陣営である。




「ジャンヌ! このままこのドラド陣営を駆逐するぞ!」


 シャルドはジャンヌにそう発した。ジャンヌは手を上げ応えた。目前のザイードの隊が動いたのだ。もちろん、こちらへの援軍でなく、ゴラゾン側のドラドに向かって。


「よし、レイ! 関まで行くぞ。あの将を手土産にする。眼帯頼んだ!」


 ジャンヌは馬車を降りた。眼帯はあの下衆な将がくくってある木の棒を担ぐ。それも軽々しく、槍でも持つように。


 ジャンヌはディアスの横に立った。ドラドは関の方にじりじりと退いている。


「手勢は少ないですが、ドラドを分けた場所が良かった。敵の精鋭部隊の大半はシャルド様の方にあります」


 ジャンヌは振り返りシャルドの方を見た。砂煙が二つ上がっている。ドラドは逃げ惑っているようだ。


「よし、行くか」


 ジャンヌは首の三角巾を軽く握る。ディアスはそれを横目で見ていた。ジャンヌが小さく何かを呟いた。ディアスには聞き取れないほど小さな声だった。


「準備はいいか?」


 ジャンヌは騎士らを見つめる。ディアスはジャンヌの足元で膝を着いて頭を下げた。騎士らも『はっ』と返答し膝を着く。


「ゴラゾンの勝利は目の前だ! 私に続けええ!」


 圧倒的な勢いは数をも超越していく。


 レイは馬車で先陣をきり、中の騎士は矢を射った。眼帯騎士はあの木の棒を振り回し、敵をなぎ倒していく。縛られている下衆な将はすでに気絶している。ディアスら騎士はジャンヌを中心とした両羽の陣で、進む足元にドラドの兵を置き去りにしていった。


 関が見えてくる。皆が肩で息をしていた。


「あと少し……はぁはぁ……あと少しだ!」


 ジャンヌは剣を振り上げた。


 ジャンヌ隊、最後の戦いは実に呆気なく終わる。関の兵士は戦うことなく投降した。なぜなら、数で勝るドラド兵を百名程度の少数で倒し関までたどり着いたゴラゾン騎士の有り様は、黒の死神のようであったから。黒の軍服と、赤に染まる顔と手、鬼気迫る眼差しはドラド兵を縮み上がらせたのだ。




 ジャンヌはリリィに跨がった。関に騎士らを残しシャルドの隊へと向かう。関は眼帯騎士に任せた。ディアス、レイ、タスクがジャンヌに従った。


「ジャンヌ、無理せず戦況を見るだけにしろよ」


 眼帯騎士は心配そうにジャンヌに言った。


「ああ、わかっているさ。任せたぞ、眼帯」


 ジャンヌはリリィを蹴って駆け出す。眼帯騎士はその背が小さくなるまで見送った。




 シャルド隊を遠目でもわかるほどまで来たとき、その異変にジャンヌは真っ先に気づいた。遠目だからこそわかったのだ。そして、それはディアス、レイ、タスクも気づく。


 四人は懸命に馬を疾走させる。


「シャルド様! 右背後、敵残兵!」


 倒したはずのドラド兵は、虎視眈々と機会をうかがっていたのだ。悪いことに、敵は複数人。互いに身を寄せあって死人のふりをしていたのだろう。


 シャルドは素早く反応し、敵を確認すると応戦した。ジャンヌらも馬を降り、駆け寄って敵と対峙する。しかし、敵の数が圧倒的に多かった。シャルドは部下を含め三名、ジャンヌらはジャンヌを含め四名。たった七名である。ジャンヌは頭打ちに入れられない。実質六名であった。だが、皆激戦後で疲労していた。死人のふりをして寝ていた敵兵とは、残っていた力が違う。


「クソッ、何人いんだよ!」


 レイは吠えた。かなりの数のドラド兵が死人のふりをしていたのだ。戦況をよく見ていたとも言える。ズル賢いとも。


「すまん、ジャンヌ。儂の落ち度じゃ、逃げてくれ!」


 シャルドは数人に囲まれていた。ジャンヌはレイとタスクに守られている。ジャンヌのせいで、二人は敵とまともに戦えていない。ジャンヌを守っているのだから。


「レイ、タスク、シャルド様の所に! 私は一人で退却できる!」


 ジャンヌはリリィに飛び乗り、リリィの前足を高く上げさせ敵を威嚇した。レイとタスクはそれを確認すると、シャルドの方へと向かっていく。


 視界が高くなったジャンヌは、またも気づいてしまった。遠くに弓を構えた敵兵に。その弓は一人で敵をバタバタ倒しているディアスに向けられていた。


 弓が引かれた。


「ディアス!」


 ジャンヌは矢の軌跡を目で追いながら、リリィを走らせた。そして、自身の体をディアスの盾とした……ジャンヌは目を瞑った。これでいい、これでいいのだと思いながら。


 ーーバシューー


 しかし、ジャンヌに痛みは訪れなかった。


「遅くなってすまないな、ジャンヌ」


 ジャンヌはその声の主を知っている。目を開けなくともわかっている。


「アルシンド様……」


 掠れた声であった。ジャンヌは目を開けた。


「後は私が請け負う。ジャンヌはリリィの上で見物していてくれ」


 アルシンドの足元に真っ二つに切られた矢が落ちていた。ジャンヌは状況を理解する。


「やっとお出ましですか、アルシンド様。長い道草でしたね」


 ディアスはそう言ってアルシンドに拳を突きだした。アルシンドも拳を突きだし、互いの拳が重なった。そして、二人はジャンヌを見る。


 ジャンヌは笑った。


「おかえりなさい、アルシンド様」

次話更新1/26(木)予定

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