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抜け道

 燃えゆ空を背にし、ジャンヌらは前線へ向けて出発する。と言ってもこのまま進めば、敵に見つかってしまうだろう。落ちたとわかっていても、それを確認するため敵兵はここに向かっているだろうから。


 ジャンヌらの利点はここがゴラゾンの地であることだ。ドラドには知らぬ道や地形を知っているからである。ドラドは所謂王道という正規の道で進軍した。王都に続く道は、誰でも知っている道である。戦を仕掛けたのだから、ゴラゾンの詳しい地図は入手しているだろうが、それは紙面上のもので実際に足を踏み入れれば、わからぬことの方が多いはずだ。


「私の記憶が正しければ、この先に新しい村ができたと聞いている」


 ジャンヌ隊は道なき道を進んでいた。ドラドが決して通らぬ道である。しかし、悪路である。沢を通る道故か、足はバチャバチャと水を受けブーツも裾も水浸しだ。少し前にはディアス隊を待機させてきた。悪路過ぎるのだ。


「なあ、ジャンヌ? 疑っちゃいねえが、村があるようには思えねえ道だな」


 眼帯騎士はぶつぶつと文句を言っている。眼帯騎士だけでなく、他の騎士も疑わしそうにジャンヌをうかがっていた。


「報告があったのは五ヶ月前だったと思う。ここは飛び地のザルクス領になるんだ。父上が許可を出していたのを覚えている」


「私も記憶にありますよ。珍しい石が出たんですよね」


 タスクのその発言に皆が一様に安心する。ジャンヌは口を尖らせてみせた。


「いやいや、ジャンヌ、疑っちゃいねえよ。疑っちゃいねえって」


 ジャンヌはプイッと眼帯騎士から顔を背ける。眼帯騎士は慌てて取り繕うが、ジャンヌはプイップイッと顔を背け続ける。二人のやり取りに皆が笑っていた。


 が、騎士らはある気配に気づき一気に顔が引き締まった。ジャンヌを庇うように眼帯騎士が前に出る。


「出てきてください」


 タスクが落ち着いた声を発した。敵ではないと判断したようだ。だが、騎士らは警戒を解かない。知らぬ場で警戒を解くことはないのだ。


「ゲラルがいねえのはなぜでぃ?」


 まだ姿は現さないが、問いがかかった。ジャンヌは眼帯騎士を押しのけ前へ出る。


「父上は、王様のお側ですわ。貴方は……ムカデでしょ?」


「おっ、嬢ちゃんかい? ハッハッ、ムカデちゅうのは俺ら一族の総称だ。俺は」


「テツね!」


 ジャンヌは嬉しそうに発した。


「嬢ちゃん、久方ぶりだな」


 前方の枯れ葉はガサガサガサッと波打ち、ジャンヌの足元に向かってくる。バサンとテツが存在を現した。騎士らは思わぬ登場にびっくりし反応が遅れている。


「おぉっと」


 ジャンヌの目前すぎて、テツは数歩下がった。眼帯騎士もジャンヌを引っ張る。


「嬢ちゃん、よく来てくだすった。にしても、なんだいその格好は?」


「あら、貴方に言われたくないわ」


 確かにテツの格好は、異様である。ジャンヌは見知っているだけに別段奇異さを感じてはいないが、騎士らにはそうではないだろう。


「すまんな、あんたらには不信な格好だろうが、許してくれよ。俺らムカデ一族は肌がただれているんだ。だから包帯ぐーるぐるってわけさ」


 全身黒装束で、肌が出ている手や顔を包帯で巻かれたテツは、騎士らに頭を下げた。目だけしかわからぬが、その目の周りもただれているのがわかる。


「俺らみてえのを使ってくれるのはザルクス侯だけさ。で、嬢ちゃんは……石を取りに来たってわけじゃねえな」


 テツはジャンヌの軍服姿と短くなった髪を見て判断した。


「さあ、村に案内する」


「テツ、実はこの人数だけじゃないの。全員で百五十程の小隊になるのだけど、村に入れるかしら?」


 テツは両手でばつを作った。


「実は今村に百人ほどいるんだ。元々ムカデ十人だけだった村には、戦から逃れてきた民が押し寄せてきてな。村はドラドに知られていねえから、皆命からがら村を頼ったって訳さ」


「ドラドの侵攻から逃れた民がいるのね!」


 ジャンヌはテツの包帯の手を握り、ありがとうと声をかけた。


「嬢ちゃん、村には入れねえが洞窟には入れるぜ。嬢ちゃんに贈る石を採掘してる洞窟は広いからな。ついでに言うと」


 テツはそこまで言ってから、ジャンヌに近づく。レイとタスクが警戒するが、ジャンヌは自らテツに耳を近づけた。ジャンヌにしかわからぬ小声で、テツはついでにの後を告げる。ジャンヌの目がとんでもなく見開いた。それから、二人で目を合わせニッシッシと笑っていた。




 テツの案内で小隊は皆洞窟に到着した。ジャンヌはその場をレイに任せ、ディアスとタスク、眼帯騎士を連れて村に向かった。


 村の入り口で、数人のムカデがテツを迎えた。そのムカデたちもジャンヌの見知った者たちだ。皆、ジャンヌの格好に驚きながらも、思わぬ主の娘の登場に歓喜している。


「婚礼までには間に合わせますんで、嬢ちゃん楽しみにしてくだせい」


 ジャンヌは困ったように笑った。婚礼とはアルシンドとのことだろう。珍しい石を婚礼時に身に付けさせるため、ゲラルはムカデをこの地に遣わせたのだ。ムカデ一族は穴ほり一族である。


「ふふ、その前にゴラゾンが勝利しなきゃね。さ、逃げてきた民に会わせて」


 ジャンヌは話を変えて足を進めた。


「嬢ちゃん、助かった。嬢ちゃんがいりゃ、ちゃんと話せるな」


 ムカデらはゴラゾンの民と距離がある。やはり、ムカデの出立ちは民にとって敬遠したいもので、村に逃げ込んだとはいえ上手く交流できていないとテツは説明した。


 村はムカデ集落と、ゴラゾンの民とで少し離れているらしい。ジャンヌらはまずムカデ集落に寄った。そこから民の集落へと行くすがら、小枝を拾う子供に出会う。


「……アンジー?」


 眼帯騎士は赤髪の少女を見つめていた。眼帯騎士の小さな声呼び名に少女がぴくりと反応する。


「にぃちゃ?」


 十にも満たないだろう赤髪の少女は、眼帯騎士を見るとぽろぽろと涙を流した。小枝を落とし、うわんうわんと泣き出して眼帯騎士に駆け寄っていく。


「アンジー!」


 眼帯騎士は少女アンジーをスッポリと抱きしめた。眼帯騎士はアンジーを抱き上げた。


「ジャンヌ、アンジーです。二番目の父ちゃんと俺の母ちゃんの子」


 アンジーは眼帯騎士の首に腕を回し顔を埋めている。


「アンジー、よく生きていたな」


「テッチャンがはこから出してくれたぁぁ」


 アンジーはそれだけ言ってまたわあわあ泣き出した。眼帯騎士はアンジーをよしよしと抱きしめる。ジャンヌとタスクはそんな二人を優しく見守った。少し経つとアンジーは泣き疲れたのと、安心したのとで眠ってしまった。


「アンは小屋の箱ん中にいた。隠れてろ、出るなって言われたそうだ。ドラドが村を侵略していく音を箱ん中で聴いてたんだろうよ。村で生き残ったのはアンだけだったみたいだ。俺らムカデが、ゲラルの旦那に頼まれて荒らされた村を確認しにまわった時に、アンを見つけた。箱にずっと入って出てこんかった。そのまま、箱のまま村に連れ帰ったさ。アンだけはムカデ集落でずっと預っとったぞ」


 眼帯騎士はテツに深々頭を下げた。『ありがとうございます!』と。もちろんアンジーをしっかり抱きしめたまま。


「良かったな、眼帯」


 ジャンヌはアンジーの頭を撫でた。


「ディアス、タスク、村人の名簿を作るぞ。ちゃんと生きてるって王都に知らせなきゃ」




 ジャンヌらが民の集落に着くと、騎士の姿を見た民らはこぞって集まってくる。ジャンヌは笑顔で皆を迎えた。


「よくぞ生き残ってくれた! 皆の名簿を作り王都に報告する。生き別れた者、今も生死もわからず皆を捜している者もいるはずだ。ゴラゾンの勝利は目前である。皆、それまで耐えてくれ」


 民の顔は涙と笑顔で崩れた。きっと不安だったに違いない。ジャンヌの言葉でやっと緊張の糸が解れたのだろう。


「皆から見たら奇異かもしれないが、このムカデ一族はザルクス侯爵に遣える優秀な者らだ。困ったことがあったら頼られよ。このテツは、昔私の木登りの師匠だったのだぞ」


 そう言って、ジャンヌはニッと笑った。民らはおずおずとテツを見て、頭を下げる。小さい声で『よろしくお願いします』と口々にしていった。テツは頭をぽりぽりと掻いて、『こちらこそですぜ』と答えていた。


「俺の妹もこのテツに助けられてたみてえなんだ。頼りになるぜ」


 眼帯騎士もアンジーの頭を撫でながら民に説いていく。これでムカデと民との間の敬遠がなくなるだろう。


「さあ、名簿を作るぞ。一列に並んでくれ」


 ディアスが指示を出し、タスクは早速名簿を書きはじめた。




「なあ、ディアス。少し耳を貸してくれ」


 タスクと眼帯騎士を村に残し、ジャンヌとディアス二人は洞窟へ帰っていた。前方に洞窟が見えた時だ、ジャンヌがディアスに耳を貸せと言ったのは。ディアスは少し屈んでジャンヌの背丈に合わせる。ディアスの耳は赤い。なぜ赤いかは言うまい。


『洞窟の孔は、前線近くに出る』


 ディアスの目が見開かれる。ジャンヌがテツからはじめて聞いた時のように。


「本当ですか?!」


 その声は洞窟の入口で二人を待つレイにも届いたのであった。

次話更新1/14(土)予定

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