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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

TKP参加作品

Blood money‐Outsourcing warfare‐

作者: Ghost SAF

マイナージャンル応援企画 The Killer's Project

通称、TKP参加作品です。

 時計の針が午前1時を指そうとしていた頃、どこにでもありそうな薄暗いバーのカウンター席では引き締まった身体つきの30代後半と思われる白人男性が1人で酒を飲んでいた。

 しかし、彼から漂ってくる雰囲気は店内に流れる落ち着いたテンポのBGMや気心の知れた友人とテーブル席で飲んでいる客達とは異なり、今にも自殺するのではないかと誤解されてもおかしくないほど思い詰めた表情で空になって氷しか入っていないグラスを見つめていた。


「もう一杯、入れてくれ」


 いま彼の眼前にあるグラスの中身を飲み干してからどれくらい見つめていたかは分からないが、彼は時々思い出したように顔を上げると、こうしてカウンターを挟んだ向こう側にいるバーテンダーに空のグラスにウイスキーを注いでもらう事を何回か繰り返していたのだ。

 ただ、さすがに何時間も1人で必要最小限の言葉しか発せずに同じ酒ばかりを飲んでいたからなのか、少しだけバーテンダーは躊躇うような仕草をしたものの最終的には言われた通りにウイスキーを注ぐと自分の仕事に戻っていく。

 ちなみに、この後も彼はウイスキーの追加注文をする時以外は自分の世界に閉じ篭ったままで1時間以上も同じ席に座っていたのだが、やがて大きく息を吐くのと同時にポケットから取り出した数枚の皺だらけのドル紙幣をカウンターの上に無造作に置き、先程までとは打って変わって強い意志の力を感じさせる瞳で前を見据えてバーから出て行った。

 そして、そんな出来事のあった2日後に彼は自身の所属部隊が司令部を設置しているノースカロライナ州フォート・ブラッグ陸軍基地内の目立たない部隊施設で退役願いを提出すると、微かな驚きと心底残念そうな表情を浮かべた上官の説得にも逡巡する事なく粛々と必要な手続きを行って軍を去り、その週の内にランディ・マクフォード退役少尉となっていた。


   ◆


 数ヶ月後、自らの意志で軍を去って民間のSWGS(スティールウェッジ・グローバルセキュリティ)社へと再就職を果たしたランディ・マクフォードはアリゾナ州にある本社を訪れていた。

 より正確に言えば突然の呼び出しを受けたのだが、未だに数える程しか本社を訪れた事のない彼には呼び出しを受けてまで叱責されるような大きなヘマをした憶えは無いし、連絡を寄越してきた人物が人物なだけに解雇通知や契約更新に関する話とも違うと感じていたので残された可能性を頭に思い浮かべて酷く憂鬱な気分になっていた。

 もっとも、契約社員として会社に雇われている彼の身分では命令に逆らえず、こうして気乗りしないまでも指定された時間には確実に間に合うよう充分な余裕を持って車を走らせてきたのだ。

 そして、優に100台以上は駐車できそうな広さのある平面駐車場の一角に愛車のフォード『エクスペディション』を停めると、白く無機質な外観の建物に入ってすぐの所にある自動改札機みたいな機械に監視カメラの前で社員証をかざすのに続いて彼自身もX線検査装置を通過して何も問題が無い事を証明して初めて施設への入館が正式に許可される。

 ちなみに、SWGS社は本社以外にも州内に関連施設があって契約している社員の数も多いのに施設内で働く人数は少ないという特徴もあるが、それよりも彼からは直接見えない場所に『M4A1』カービン(標準的なアサルトライフルよりもバレルを含めた全長を短くし、取り回しの良さを重視したモデル)で武装した複数の警備員が24時間態勢で待機している事の方が普通の民間企業と大きく違う点だろう。

 なぜなら、このSWGS社は2000年代に盛んに叫ばれた「対テロ戦争」を契機に急激に市場規模を拡大して存在感を増したPMSC(民間軍事警備会社:主に国家や紛争地域で活動する企業と契約を結び、かつては正規軍のみが担っていた軍事活動の一部まで通常の業務として遂行するライセンスと能力を有する民間企業。また、契約する社員の中でも戦闘行為に直接携わる要員をプライベート・オペレーターやコントラクターと呼ぶ)だからだ。


「ランディ・マクフォードです」

「入れ」


 指定された時刻よりも幾分か早く目的の部屋に到着したにも関わらず、ランディが扉を軽くノックして声を掛けると中から返事があった。

 しかし、彼は自分を呼び出した相手が既に出社していた事には驚く素振りなど微塵も見せずに扉を開けて中に入ると、椅子から立ち上がったばかりの頭髪は薄くなり始めているものの中年太りとは無縁だと思われる50代半ば頃の白人男性の出迎えを受ける。


「こんな時間に呼び出してすまないな。まあ、掛けてくれ」


 ここでランディを出迎えたSWGS社作戦部長(実働部隊であるプライベート・オペレーター達を統括する役職。権限は正規軍における任務部隊司令官に近い)のブリッグス元中佐は、最初に社交辞令を述べると彼に部屋の中央にあるソファに座るよう促し、その間に自身は2人分の熱いコーヒーを用意してからテーブルを挟んで向かい側にあるソファに腰を下ろした。

 そして、普段は電話かメールで済ますところをわざわざ本社にまで呼び出した理由については彼に勘付かれているのを承知で、作戦部長はテーブルの上に置いてあった資料に目を通すよう極めて事務的な口調で告げる。


「君に片付けてもらいたい急ぎの仕事がある。まずは、そこにある資料に目を通してくれ」

「分かりました」


 その所為で暫くは2人とも無言になり、ランディの指が資料の紙をめくる音だけが早朝の室内に響いていたが、内容を読み進めていくうちに彼の表情は険しくなっていき、最後まで目を通した後で資料をテーブルの上に放り投げるようにして置くと作戦部長の事を少しだけ睨みながら口を開いた。


「自分には無理です。はっきり言って、これは我々の手に余る依頼です」

「残念だが、もうクライアントとの契約は完了している。だから、こちらの一方的な都合でキャンセルすれば2度と彼らとの契約は結べず、そう遠くない未来に我が社は最大の顧客を失って全社員が路頭に迷う事になるだろうな。だが、何も悪い事ばかりではないぞ? その分、報酬はいつも以上だ」


 ランディとしても最後は彼自身の個人的な理由と会社の命令で引き受けるしか無いと分かった上での不可能発言だったのだが、あまりにも予想通りの返答だったので食い下がる気力も失って契約内容の詳細についての話を進める事にした。

 ちなみに、作戦部長が白々しい態度で明言を避けた今回のクライアントとはアメリカ政府の軍事方面での窓口とも言える国土安全保障省か国防総省で、SWGS社を始めとするアメリカに本社を置く有力なPMSCs(PMSCの複数形)とは大抵、なんらかの大口契約を結んでいるのが現在では公然の秘密となっていた。


「なら、契約書にサインする前に依頼内容と報酬について再確認しても?」

「もちろんだ。納得するまで確認してくれ」


 すると、まとまった現金を必要としているランディが絶対に断らないと分かっているからなのか、作戦部長は含みのある笑顔で彼の提案を承諾した。

 そして、彼らの間で交わされた契約内容を要約すると以下の通りとなる。

 今回の依頼における主目的はイラクとシリアでテロ活動を行っている過激派組織ダーイシュ(ISIL:イラク・レバントのイスラム国)の支援者アブバクル・ザーヒルの抹殺であるが、この人物がリビアで率いる組織は資金面でダーイシュを支援している関係から資金調達ルートや保有資産にも打撃を与える事がオプションとして追加されている。

 また、依頼を受けられる人数はSWGS社の支援体制の都合で最大でも8名という制限があり、抹殺対象の次の行動を阻止する必要がある事から契約を交わした日より2週間以内に実行しなければならない。

 報酬については依頼完了を確認した後に1人につき2万ドルがSWGS社より支払われるが、壊滅対象組織より保有資産を強奪する事も許可されており、その行為によって得た追加収入は全額の40%をSWGS社が取得した後に参加メンバー全員で均等に分配され、依頼を果たせなかった場合は当社の規定に則った日数分の賃金と手当を帰国後に支払う。

 それと、現地での活動に必要となる費用とエジプトまでの往復の旅費は原則として会社側が全額を負担するが、特殊な事例を除いて50ドルを超える場合は領収書が必要で、無駄な支出と認められれば支出分を参加人数で等分した金額が各個人の報酬より自動的に徴収される。

 最後に資金面での支援を除いてSWGS社は契約要員が現地で取る行動の一切に関与せず、治安当局による身柄拘束や地元武装勢力の人質となった場合の交渉も含め、いかなるトラブルに遭遇しても会社側にモントルー文書(紛争地帯で活動するPMSCsの行動に関して定めた文書。ただし、この文書に法的拘束力は全く無い)で示された範囲を超えて責任を負う義務は生じない。


「こちらでも確認した。これで、契約は完了だな」

「それはそうと、他のメンバーはどうなっているんですか?」


 ランディから受け取った数枚の契約書に記入洩れなどの不備が無い事を確認した作戦部長が満足気な表情でそれをフォルダに収納していると、しごく当然の疑問がサインを書くのに使ったボールペンを握ったままの彼の口より発せられた。


「ああ、それなら参加可能な要員をこちらでリストアップしてあるから君の方で自由に選んでくれ。ただし、契約内容にも書いてあった通り、今回の仕事は時間の制約が厳しいから今日の午前中に決めて必要な書類を提出するのが条件だ。そうすれば後は、こちらで連絡して明日には全員が揃うようにしておく」


 そんな調子で作戦部長は疑問に答えつつも静かに立ち上がると執務机のある所へと向かい、契約書を収めたばかりのフォルダと入れ替える形で執務机の目立つ場所に置いてあった色の違うフォルダを持ってきて彼の眼前に差し出した。

 なので、彼も条件反射で差し出されたフォルダを手に取り、まずは中身に一通り目を通して簡単に人物像を把握してから個々の能力や経験を考慮して参加させる人間を絞り込んでいく。

 だが、これは自分自身を含めた全員の命に直接関わる事柄の1つだったので彼は充分な時間を掛けて慎重に選んでいた。

 そして、熟慮の末にチームを組む残りの7人を決めると結構な枚数の書類を作成してそれぞれにブリッグス部長の確認とサインを貰い、ようやくランディが久々に本社へと呼び出される原因となった用事も片付けて帰れるようになったので形式的な挨拶と共にソファから立ち上がって部屋を出ようとすると、今度は少しだけ同情するような口調で作戦部長に声を掛けられた。


「では、自分はこれで失礼します」

「それはそうと、例の裁判があるのは来月なんだろう? 私も家庭問題で苦労する特殊部隊員を何人か知っているが、まさか君が同じ目に遭うとはな」

「確かに、あれは人生でも最悪の裏切り行為でした。でも、ご心配には及びませんよ。ちゃんと対抗策は考えてありますから」

「なら良いが、何か困った事があれば遠慮せずに言ってくれ。一応、私も経験者だからな。君の抱えてる問題は分かるつもりだ」

「覚えておきます」


 こうして部屋から退出したランディは駐車場に向かって早足で歩きつつ周囲に人の気配が無い事を確認すると、小さな舌打ちをした後で作戦部長に対する悪態を声に出さずに吐き捨てた。


『アンタの場合は自業自得だろうが! しかも、自分から家族を捨てた癖に20歳以上も年下の不倫相手と再婚しておいて俺の何が分かるってんだ!』


 この内容からも想像できるように彼も家庭崩壊の危機を現在進行形で迎えている訳だが、その事情は作戦部長のケースとは全く違う。

 なぜなら、彼が離婚にまで踏み切ったのは妻の浮気が原因だというのに、自分の罪を棚に上げて嫌がらせをしたいだけの元妻は資産家の浮気相手を言葉巧みにそそのかし、その男に優秀な弁護士を雇わせて2人いる子供達(息子と娘)の親権まで奪おうとしているからだ。

 つまり、ランディが親権を巡る裁判で勝利する為には浮気相手の雇った弁護士に対抗できるだけの優秀な弁護士が必要なのだが、そうなると高額な人件費に加えて裁判の長期化に備えた資金も必要になってくるので国家公務員に過ぎない軍人の給料では足りなかった。

 だから彼は、地獄のような選抜試験をクリアして入隊した末に数多くの極秘任務を文字通り命懸けで遂行してきたデルタフォース(アメリカ政府が未だに存在を公式には認めていない対テロ特殊部隊)を辞め、福利厚生や保険の面で正規軍よりもリスクは高いものの纏まった現金を直ぐに手に入れられるPMSCに鞍替えするしかなかった。

 もっとも、特殊部隊の隊員ともなれば家族にさえ所属部隊や任務に関する一切の情報を口にする事が出来ないのは常識で、長期間に渡る海外派遣で死傷率の高い任務に従事したり想像を絶するストレスに晒されたりする関係で帰国後に元通りの生活に戻れないケースもあり、また本人よりも家族の方が秘密ばかりで数ヶ月も家を空けるのさえ日常茶飯事という生活に耐えられずに結婚生活が破綻する場合もあるので、彼らが離婚にまつわる訴訟問題に悩まされるのは一般部隊の兵士に比べると多いのが現実である。

 ただ、PMSCに入社する理由については個人差も大きくて管理体制の整った会社で採用時に行われる面接を除けば自分から積極的に話す事は無いものの、ランディのようにやむを得ない事情を持つ者、ギャンブルや投資の失敗による借金の返済に追われる者、事件や事故を起こして多額の損害賠償の請求に頭を抱える者、昇進に伴うデスクワークの増加が嫌で刺激を求めて異動してくる者など実に多種多様だった。

 しかし、実際には個人で買い揃えなければならない装備品に加えて税金や積立金などの名目で給料から天引きされる金額も多く、意外と自由に使える金額というものは管理職とかにならない限りは正規軍の兵士が受け取る給料と比較しても格段に増加する訳では無い。

 そういった事情を踏まえれば、2週間という短期間で成功報酬の2万ドルに加えてボーナスまで獲得するチャンスのある今回の仕事というのは、たとえ大きなリスクを抱えていても抗いがたい魅力があると分かるだろう。

 こうして半ば作戦部長の思惑通りに契約を結んだランディは翌日の同じ時刻に改めて本社施設に顔を出すと、最低限の自己紹介を済ませた後にSWGS社の所有する屋外訓練施設に移動して作戦行動に関する動きを一通り確認して自分の選んだメンバーがチームとして機能している事を把握している。

 ちなみに、メンバーのそれぞれが過去に最低1回はチーム内の誰かと組んで海外の紛争地で職務に就いていた経験があり、いちいち細かい指示を出さなくても自分の役割を果たしてくれたお陰で作戦行動のリハーサルは順調に進み、出国までの限られた時間内に全ての項目を確認する事が出来た。

 そして、現地へ飛ぶ準備をしてくるよう会社から全員に通達があった事からも分かるように顔合わせをした日の夕方には、彼らはアメリカ軍との契約に基づいて軍需物資の空輸まで実施しているSWGS社所有の『B767-200ER』輸送機に自分達の使う装備品と共に便乗する形でアメリカ本土の空港を離陸するとエジプトに向かったのだった。


   ◆


 機体そのものは大手旅客機会社などで使われている旅客機と同じでも中身はSWGS社の航空機運行部門が運用する貨物輸送機という事もあり、アリゾナ州の空港を離陸した直後から快適さや充実した機内サービスとは無縁の状態で15時間を優に超える飛行に耐え、ようやくエジプト第2の都市アレクサンドリアの郊外に新設されて間もないボルグ・エル・アラブ空港へと辿り着いた彼らだったが、一息つく暇もなく次の行動に取り掛からなければならなかった。


「メンバーの振り分けとかは上で話した通りだ。着いたばかりで悪いが、時間がないから今すぐ取り掛かってくれ」

「分かった。こっちは任せてもらおう」


 ここには正規軍の部隊と違って明確な上下関係や階級に応じた指揮権などは無いのだが、それだと不便な場合もあるのでチームの代表者として登録してあるランディが必要に応じて大まかな指示を出している。

 なお、彼らが立っているのは着陸後に空港の貨物機専用エリアにある駐機場へと移動してきて危険物を扱う専用の駐機スポットにいる機体の傍らで、先程エンジンを停止して車載式のタラップが接続されたばかりの機体から降りてきたところだった。

 しかし、ここまでの強行スケジュールにも誰一人として不平不満を口にする事はなく、ごく自然に了承の旨を伝えると早くも作業に取り掛かっていた。

 なので、ランディが同行者に指名したレンジャー連隊(第75レンジャー連隊:他のアメリカ軍特殊部隊よりも純粋な軍事作戦部隊としての性格が強い陸軍特殊部隊)所属だったタイラーに目線だけで移動する事を伝えて歩き出すと彼も即座に反応し、そんな2人の後方からも別の2人(この2人は、明らかに欧米人とは異なる顔立ちをしている)が追い掛けるような格好で続いていく。

 こうして彼らは少し特殊な空港利用者の敷地内移動用に各所に配置してあった4人乗りの電動カートを目ざとく発見すると迷う事なく乗り込み、決められたルートで旅客用ターミナルまで一気に移動して所定の場所に電動カートを停車させた後は一般の利用客と同じように同ターミナルを抜けてタクシー乗り場を目指した。

 そして、外国人観光客やビジネスマンなども多く利用する国際空港らしく車体に『英語OK』の文字を掲げて客待ちをしていたタクシーの集団に近付いて別々のタクシーに2人ずつ乗り込むと、ランディが乗り込んだ車両では行き先を尋ねられた彼が予めブリッグス作戦部長から渡されていたメモを運転手に見せ、そこに書いてある住所へ向かうよう告げる。


「どちらへ?」

「ここへ向かってくれ」

「分かりました」


 一応、ランディ達は彼らを普通の観光客だと侮って運転手が何かしらの詐欺を働く可能性も考えて警戒していたのだが、それは杞憂に終わる。

 しかも、空港から目的地までの道程は大部分が立派なバイパスだった上に交通量が少なかった事もあって50分程で到着し、大仕事の前に余計なトラブルに巻き込まれなかった点にも少しだけ安堵した彼は相場通りの料金を支払ってタクシーから降りると、綺麗に磨き上げられた多数の外国産車がショールーム内に整然と並ぶ自動車販売店を静かに見据えるのだった。

 ただ、それも一瞬の事で直ぐにSWGS社の本社を訪れた時のような雰囲気を身に纏わせると、大股で規則的に足音を鳴らしながら歩いてタイラーと共にガラス扉を開けて入店する。


「いらっしゃいませ。本日は、どのようなご用件で?」


 すると、いかにもな営業スマイルを浮かべたスーツ姿の男性店員が小走りに近寄ってきてお決まりの台詞を口にする。


「スティールウェッジ・グローバルセキュリティ社の者だ。ここで車を受け取るよう言われて来た」

「失礼ですが、何か身分を証明できる物はお持ちですか?」

「ああ、それならここにある」


 ところが、ランディが会社の名前を出した途端に店員は表情を硬くし、素人目にも分かるほど警戒感を露にした低めの声で尋ねてきた。

 もっとも、彼の方も店員の警戒するような応対は想定済みだったので、車両受け取り時に提示するよう指示されていたICチップ付きの社員証をズボンのポケットから取り出して手渡す。


「少々、お待ち下さい」


 こうして社員証を受け取った店員は再び小走りで店の奥へ向かって彼らの視界から消えると5分と経たずに戻ってきたものの、相変わらず緊張感を隠そうともしない表情で社員証を返却しながら付いて来るよう彼らに告げる。


「お待たせしました。こちらへどうぞ」


 それでも店員に促されるままに後を付いて行くと表通りからは直接見えない位置に車両の整備や簡単な修理を行う工場があり、そこでは案内してきた店員よりも年配の店長と思しき男性がルーフトップに荷物を載せる大型の金属製バケットを装着した2台の白い日本製SUV『ランドクルーザー(アフリカ仕様)』の傍らで彼らの到着を待っていた。

 今回、彼らが作戦で使う車両を日本製SUVにしたのには現地の情勢を踏まえた正当な理由があり、リビアでは政権寄りの武装勢力もダーイシュを始めとするテロ組織も日本車を即席の戦闘車両に改造して運用するケースが極めて多いので、銃火器で武装した彼らが使用していても多少は目立たない上に前述の理由から強盗やカージャックなどの余計なトラブルに巻き込まれる危険性まで減らせるからだ。

 そして、店長が無言で目配せしてランディ達を案内してきた店員を店内に戻らせて3人だけになったところで説明を始める。


「どうぞ、こちらへ来て実際に見て確かめてください。そちらからご依頼のあった通りに主要部分を全て防弾鋼板で覆い、AKシリーズで使われる7.62mm弾の連射に対しても充分な防弾性能を獲得しております。ただ、準備期間の都合で防弾ガラスが用意できなくてオリジナルのままになっていますので、それだけはご留意いただけると幸いです。その代わりにランフラットタイヤ(空気が抜けても内部構造のお陰で一定の距離なら多少は速度が落ちるものの走行可能なタイヤ)をサービスさせていただきました」


 2人は店長から改造箇所についての解説を聞きながら自分の目で車両の各部を確認していくが、運転に関係のない内装の大部分が剥がされていた上にくすんだ灰色の防弾鋼板が至る所でむき出しになっている車内は、アメリカ国内で売られている同型車とは似ても似つかない強烈な印象を見る者に与えた。


「それと、オリジナルに比べて車体の重量が1.5倍に増加したのに合わせてブレーキや足回りも強化してありますが、制動距離やバランスが変わっているので運転の際はお気を付けください」

「そうか。だが、他に何も無ければ直ぐにでも引き取りたいのだが?」

「ありがとうございます。それでは、こちらの書類にサインをお願いします」


 ランディが事務的な口調で契約の成立を申し出ると安心したのか、ようやく店長は営業スマイルを浮かべて片方の『ランドクルーザー』の車内に置いてあったクリップボードを持ってきて挟んであった書類にサインをするよう求める。

 ちなみに、改造するのに掛かった費用も含めた代金の支払いはSWGS社の方で全てを処理してくれるので、彼らは現物を直接確認して完成度に納得しさえすれば書類にサインをするだけで車両を受け取れる手筈になっていた。


「では、こちらがキーになります」


 ランディがサインを書いてクリップボードを返却すると店長は必要な書類にサインが漏れなく記入されている事を丁寧に確かめた後、ズボンのポケットから金属製のリングに1本の予備キーが付いたメーカー純正のイグニッション・キーを1個ずつ取り出して彼へと手渡す。


「タイラー」


 なのでランディは今まで車両の状態を確認する時も終始無言だったタイラーに声を掛け、受け取ったばかりのイグニッション・キーの片方を彼が反応して振り向いたのに合わせて小さく放り投げるようにして渡した。

 その後、2人は自分の持っているイグニッション・キーがどちらの車両のものなのかを最初に確かめてから乗り込んでエンジンを掛けると、本来なら大幅な改造によって扱いが難しくなっているのを感じさせないスムーズな動きで車列を組んで走り去った。

 こうして予定通りに車両を受け取った彼らは物資調達の為にタクシーで別の場所へと向かっていた2人を途中で拾うと、ボルグ・エル・アラブ空港に引き返してSWGS社の用意した許可証を提示する事で空港敷地内へ車両を乗り入れて会社が賃貸契約を結んだ空港内倉庫まで直接移動し、そこでリビアに向かう準備を完璧に整えて彼らが帰って来るのを談笑しながら待っていた他のメンバーと合流している。

 なお、車両以外で現地調達しなければならなかった物資というのは彼らが持ち込んだコンバットレーション(長期保存が可能な軍用の携行糧食)以外の食料と水、リビア国内で現地人に混じって活動する際に必要な目立たない衣服などで、これらは諜報機関のようにアラブ人組織への潜入活動も任務に含まれているサイエレット・マトカル(イスラエル国防軍参謀本部直轄の特殊部隊)の元隊員イツハクや正規軍でありながら外国人で構成されたフランス軍2eREP(外人部隊第2パラシュート連隊)での経験があるチュニジア出身のハーミドが担当した。


   ◆


 ここでランディ達が空港を離れ、市街で車両や物資の調達を行っていた頃にまで時間を遡る。


『パーティの準備は順調に進んでるみたいだ。だから、僕はディナーが出来上がる頃合を見計らってルーシーを車で迎えに行くよ』


 その人物は1人になったタイミングで素早く物陰に隠れると手にしたスマートフォンを操作して何の変哲もない文章を書き上げ、そこに登録してある幾つものダミーのEメールアドレスの中から本命のアドレスを迷う事なく選んで送信したのである。

 そして、2秒程で送信が終わると送信履歴と共に自分が作成した文章も削除してスマートフォンをズボンのポケットに戻し、まるで何事もなかったかのような表情で物陰から姿を現して自分に与えられた仕事を続けるのだった。


   ◆


 こうして受け取ったばかりの車体の各所に武器や野営用の装備など彼らが現地で必要だと考えている物を満載した上で4人ずつ分乗すると、途中で車両本体の燃料タンクと装備品の1つとして航空機で持ち込んだ複数のジェリカン(軍用の燃料携行缶)にガソリンを限界まで補給してからエジプトとリビアを隔てる国境の検問所へと向かった。

 一応、エジプト領内の移動では同国の国内法に従わなければならないので装備は各人とも『USP45 TACTICAL』ハンドガン(H&K社のハンドガン『USP』の45ACP弾仕様を特殊部隊向けにカスタマイズしたモデル)のみを身に付けていたが、多数の銃火器を車両に積んだ欧米人が主体の集団という事情もあって検問所の通過には時間が掛かるかと思いきや、何らかの根回しがしてあったようでSWGS社から指定されていたゲートでは驚くほどスムーズに手続きが進んで装備を没収される事もなく全員がリビアに入国できた。

 しかし、ここから先は一切の油断ができないので少し走って人目に付かない所まで移動すると路肩に停車し、それぞれが『KTR』アサルトライフル(『AK-47』系アサルトライフルに『M4』系カービンのパーツを組み込んで性能向上を図ったカスタムモデル)や『RPKM』SAW(分隊支援火器:戦闘単位の1つである分隊を火力面で支援する機関銃。『AK-47』系アサルトライフルをベースにしたSAWの最新モデルが『RPKM』)といった個人装備の銃火器をいつでも撃てるように準備万端整えた上で再出発する。

 さらに、リビア各地で勢力争いを繰り広げる彼らに対して友好的とは言えない幾つかの武装勢力からの襲撃を避ける手段として車両での移動は可能な限り100km/h以上を出せるルートを選択し、前政権が崩壊したリビア内戦において最後まで激戦の続いたシドラ湾沿岸の都市スルトを必要最低限の補給と休息だけで目指したのだ。

 そして、スルトに到着すると市街には入らずに少し離れた場所で偶然見つけた高さ5m程の小さな岩山の陰に車両を隠し、その傍らに全員で協力しながらカムフラージュを施したテントなどを設置して即席の拠点とする。


「全員、そのままで聞くように。まずは、二手に分かれて情報収集を行う。俺とカイルが抹殺対象のザーヒルの拠点を偵察するから、イツハクとハーミドは街へ潜入して情報を集めてくれ。残りの者は襲撃の準備をしつつ待機だ。ここまでで何か質問はあるか?」

「ありません」


 拠点が出来上がったタイミングでランディが最初に全員の注目を軽く集めた上で今後の方針を手短に伝えると、暫く様子を窺った後で皆を代表して元グリーンベレー(アメリカ陸軍特殊作戦コマンド指揮下にある特殊部隊群の愛称)隊員のサイモンが簡潔に答える。

 なのでランディは、入社前は第10山岳師団(アメリカ軍の緊急展開戦力として編成と装備を通常の空挺師団以上に軽量化した歩兵師団)の所属だったカイルを促して偵察活動に必要となる装備を選別して車両に積み込むと自分達も乗り込み、GPS座標を頼りに砂漠を走破して予め目星を付けておいた監視ポイントの第1候補地点へと向かったのだが、そこは想像していた以上に周囲に遮蔽物が無くて相手からも発見される危険性があったので第2候補地点に潜伏して偵察を行った。

 ちなみに、ザーヒルの拠点というのは旧政権の幹部が所有していた豪邸を彼が勝手に占拠したものを指すのだが、高い塀に囲まれている上に正門を始めとする各所に『AK-47』アサルトライフルで武装した見張りまでいる事から典型的な悪の独裁者の屋敷を連想させた。

 もう1つの特徴としては、スルトの市街地から離れた砂漠地帯にぽつんと建っていて周囲にも建物や起伏のある地形などが無い所為で敵に発見されずに接近するのは不可能だったが、それは裏を返せば周囲への被害を気にせず戦闘が行える事を意味するのでデメリットとは断言できないだろう。

 こうして市街地で情報収集をしているイツハクとハーミドを除いたランディ達6人は途中で交代しつつ3日間に渡ってザーヒルの拠点に対する偵察活動を続け、敵情について可能な限り多くの情報を集めて精査した上で全員が参加しての襲撃計画の立案に取り掛かったのである。


「本当はもっと時間を掛けて偵察したかったんだが、契約の都合で今回は時間が無いから今ある情報だけで作戦を立てるぞ」


 周囲に光が洩れないように簡単な細工を施した電池式の携帯ランプの灯りを8人で囲むと、このチームの形式上の纏め役であるランディが全員の顔を見回しながら作戦会議の開始を力強い口調で宣言した。


「まずは最重要ターゲットであるザーヒルだが、それと思しき人物が拠点にいるのを確認した。ただし、そいつは見た限りだと1日中拠点の中に引き篭もっているから街への移動中に襲撃するといった作戦は使えない。つまり、俺達の方から拠点に攻撃を仕掛けるしかない訳だが、周囲に身を隠せる場所が無い所為で迂闊に近付くと直ぐに見付かって面倒な事になるのは確実だ」

「ですが、正面突破は……」


 ランディの話を聞いたタイラーが咎めるように呟く。


「こちらが想定したよりも敵の数が多かったのを気にしてるんだろう? イツハク達が聞いたところによると、1週間以内にデカい武器取引があるそうだ。おそらくは、その警戒の為に増員したんだろう。付け加えるなら、俺達に仕事を依頼した連中は取引を阻止したいらしい」

「報酬に釣られて参加したが、とんでもない貧乏クジじゃねえか」

「だが、良い話もあるぞ。イツハク、説明してやってくれ」


 かなり厄介な状況になっている事に対してアメリカ陸軍第82空挺師団の所属だったロジャーが大げさな仕草も交えて冗談を飛ばすと、それで場の雰囲気が少しだけ持ち直したのを察したランディが間髪入れずにイツハクに話を振った。


「実は、街で内部事情に詳しい男から話を聞く事ができたんだ。その男は前政権時代から例の拠点に出入りしていただけでなく、ほんの2週間ほど前まで中で働いていたらしい」

「それが事実なら最高の情報源だが、本当に信用できるのか?」


 すると、サイモンがイツハクの話を遮るようにして当然の疑問を口にするが、情報の信憑性については現地の習慣などに精通するハーミドが答えた。


「その点は心配いらない。なぜなら、あの屋敷の元の持ち主の一族に彼の家系が古くから仕えてきた事に誇りを持っていたからな。そして、仕える相手がいなくなった後も敢えて留まっていたのは本当の主が帰って来る場所を守りたいという強い想いがあったからなんだ。なのに、問答無用で追い出されたら庇う理由は無くなるだろう?」

「話を遮って悪かったな。続けてくれ」

「彼によると、建物の構造や部屋の配置は昔とほとんど変わってないそうだ。しかも、パニックルーム(緊急避難用の簡易シェルターみたいな部屋)や脱出用の隠し通路の類も設置されていないから標的を取り逃がす心配はしなくて良いだろう。ただし、あの正面ゲート以外に出入りできる場所も無いが……」


 その最後の一言を聞いた途端、誰かが溜息を漏らす音が聞こえた。なぜなら、未だに秘密裏に潜入する方法が見付からないからだ。


「とりあえず、その男の話を基に簡単な見取り図を作ったから見てくれ」


 だが、イツハクはポケットから1枚の紙を取り出すと大きく広げ、まるで溜息など聞こえなかったかのような口調で全員に書いてあるものを見るように言った。


「ザーヒルがいるとすれば、ここの可能性が最も高い。2階の南西の角にある書斎だ。ここには奴しか入れないそうだから、おそらく資産や資金調達に関するデータなんかもあると思う」

「しかし、そこへ向かうには中央ホールの奥にある階段を使うしかないが、こんな風に2階の廊下がホールを囲んで見下ろす形になってる時点で目的地へ辿り着く前に全滅するのがオチだな」


 イツハクが見取り図の一部を指差しながら説明をすると、すかさずロジャーが建物の構造に起因する攻撃の難しさを指摘する。

 さすがに旧政権の幹部が所有していた建物だけあり、1階と2階の全ての部屋が吹き抜けの中央ホールと長方形をした2階廊下を囲むような配置で自然と侵入者を迎撃し易い形になっていた。

 事実、玄関から見て途中で丁字型に分かれた階段で2階へ上るには、例え1階にある部屋の窓から侵入しても最後は何の遮蔽物もないホールと階段を通過しなければ辿り着けないのだ。

 一応、2階にある広めのテラスからなら階段を使わずに目的の書斎へ向かう事も可能だったが、肝心のテラスに行くのに敵の銃撃に晒されるのが明らかな外壁に梯子を掛けて上るぐらいしか方法が無いのでは本末転倒だった。


「いや、そうでもないんだ。聞いたところによると、中央ホールを見下ろす2階廊下の柵はAKシリーズのライフル弾なら貫通できる厚さの木製で、こんな風に隙間の空いた装飾が等間隔で並んでるらしい」


 だが、その問題に関してはイツハクが見取り図の描いてある紙に装飾の形を書き足して補足の説明を行った事で一応は解決する。


「つまり、銃撃戦における遮蔽物としての機能はない訳か……。だが、それなら連中だって補強してるんじゃないのか?」

「少なくとも2週間前までは何も手を加えていなかったとの事だ。さすがに100%の保証まではできないが、その手の噂すら流れてなかったから多分、今も変わってないんだろう」

「なるほどな……」


 ところが、今度はJTF-2(対テロ戦闘もこなすカナダ軍特殊部隊)の元隊員だったマットが神妙な面持ちで新たな懸念を伝えてきたのだが、それについても一定以上の合理性を伴った仮説がイツハクによって示されたので彼を含めた全員が即座に納得した。

 ただ、こうして状況を分析していくと確かにザーヒルの拠点は地上から侵攻して陥落させるには厄介な構造をしているのが分かるが、それならアメリカ軍が得意とする空爆で拠点ごと吹き飛ばしてしまった方が遥かに簡単でリスクも少ないのは素人目に見ても明らかである。

 なのに、わざわざ手間と予算を掛けてまでPMSCという外部の組織に委託した背景には各国が抱える裏事情みたいなものが深く関わっていた。

 まず、テロ組織が実効支配する地域ではテロ組織とは無関係な民間人を暴行や脅迫などの手段によって人間の盾(人質)として利用するのが常態化しており、軍事介入した相手との戦闘の巻き添えになるのを誘発しつつ実際に犠牲者が出れば発達した情報通信網を使って声高に非難する事で自分達の悪行の責任を転嫁した上で憎悪も煽ってくる。

 実際、これだと各種メディアを通じて事件を知る人々の何割かには軍の攻撃によって民間人に無用の犠牲者が出たとの錯覚が起き、その怒りの矛先が軍事介入を行った国家へと向かって激しい抗議デモや反戦運動に繋がるケースは後を絶たない。

 さらに厄介なのは、こうした地域では事実上の無政府状態が原因で生活費を稼ぐには取引相手を選んでいる余裕のない者が少なからずいる為、いくらテロ組織の資金源を断つという大義名分があっても戦争状態にない国の民間人に対する攻撃になるので、実行に移すのが困難な状況が生まれている事だった。

 ちなみに、ザーヒルの拠点でも多数の民間人が人質も兼ねた奴隷として人権を無視した扱いを受けているし、ここへ水や食料を始めとする生活必需品を始め、自分達で使う為のガソリンなどを運び込んでいるのも基本的に民間人だった。

 後は現地で活動するのがPMSCに雇われた人間だった場合、たとえ彼らが何らかの犯罪に関与しても国家に責任は及ばず、また戦死者の数にカウントされないので国内の世論対策にもなるという依頼する側の政府にとっても好都合な側面があるからだ。


「いま思いついたんだが、普段から中に出入りしてる連中の車両を奪えば怪しまれずに侵入できるんじゃないか?」


 その時、これまで黙って話を聞くだけだったカイルが初めて意見を述べる。当然のように他の7人の視線が一斉に彼へと集中するが、それに構わず淡々とした口調で話し続けた。


「ほら、意外と車両の出入りが激しくてゲートの所でも細かくチェックしてる様子は無かったし、中には明らかに日用品を積んだ民間のトラックも混じってたから少し偽装すればいけるような気がするんだ」

「だが、そうそう都合よく車両なんて奪えるはずが……」

「そこは何とかなるかもしれないぞ。連中が頻繁に利用する店がある」


 ようやく見えてきた拠点の攻略法に水を差す形でロジャーが根本的な問題点を指摘するが、それを遮ってハーミドが有益な情報を口にする。結果、この案が一気に現実味を帯びて議論が加速する事となった。


「それでは、作戦開始は明日の1300時とする。他に何も質問が無ければ話は以上だ」


 そう言ってランディが皆の顔を順繰りに見ながら締め括った事で作戦会議は終了となり、そこで使用した物を全員で手早く片付けると最初の見張りに就くサイモンとマットを除いた6人は、それぞれに自分の使う武器や装備品の点検を入念に行ってから見張り役が回ってくるまでの短い眠りについた。


   ◆


 最初に見張りをする事になったサイモンはマットの目を盗んでスマートフォンを取り出すと、ありふれた文章に偽装したものを素早く作成する。


『パーティの始まりは明日の午後1時になりました』


 そして、これまで情報を流してきた時と同じ要領で多数のダミーの中から目的のアドレスを探し出して送信し、その痕跡を消した後は何食わぬ顔で見張りへと戻るのだった。


   ◆


 作戦開始時刻が刻一刻と迫る中、それぞれに自分で用意した軍の放出品であるデザートカラー(砂漠地帯で周囲の景色に溶け込みやすい色)のカーゴパンツと砂漠用のコンバットブーツ、同じく軍の放出品と思しきTシャツに私物を含む各社のタクティカルベスト(近年では各種ポーチ類を使用者が自由に組み合わせて装着する事を前提に設計されたベストを指す)を装着し、予備のマガジンや各種グレネード(手榴弾)など戦闘に直接関わる物から通信機に至るまで様々な装備品を専用のポーチに入れてタクティカルベストの各所に固定すると、車両での移動を考慮してハンドガンは敢えてヒップホルスター(腰の周囲)に収める格好でメインとなるライフル系を持っていない事を除けば完全な戦闘スタイル(北米出身メンバーの一部は市販品の帽子とサングラスも着用)で全員が集合していた。


「よし、今から時計を合わせるぞ。5・4・3・2・1、マーク!」


 ランディが自分の左手首に着けた腕時計を見つめながら残りのメンバー全員に向かって声を掛け、初めに作戦開始時刻を基点として彼のカウントダウンに合わせて他のメンバーも自分の腕時計の時刻を秒単位で同期させる。


「さあ、行くぞ!」


 それが終わるとランディの一言を合図に4人ずつに分かれて防弾仕様の『ランドクルーザー』に銃を抱えた状態で乗り込み、不意の遭遇戦に備えてドライバーを除く各人が戦闘態勢を整えた上でダーイシュの連中が使う車両を強奪すべく街へ向かった。

 そして、常に周囲を警戒しながらも可能な限り目立たないように移動して目的の場所を少し離れた位置から視界に収めると、おそらくは駐車場と思われる空き地に複数のトラックやテクニカル(違法な改造によって市販のピックアップトラックなどに武装を搭載しただけの即席の戦闘車両)がハーミドの言った通りに停まっていた。

 ただ、この時点では『AK-47』アサルトライフルなどで武装した5人程の戦闘員が空き地で警戒するような仕草をしていたので、彼らは大きく遠回りをして背後の死角となる位置にまで車両を移動させてからイツハク・ハーミド・サイモン・カイルの4人が徒歩で身を隠しながら慎重に接近していく。

 すると、4人の接近途中で車両の遠ざかる音が聞こえてきたのと同時に空き地にいた戦闘員の数も2人にまで減っており、僅かに残った戦闘員も自分達が乗り込む予定の『GAZ66』トラック(軍用としても使われる旧ソ連製の4輪トラック)の傍らで彼らに背を向け、手にした銃の銃口が地面を向いているという警戒態勢を微塵も感じさせない格好で呑気に煙草を吹かしていた。

 そこで、イツハク達は音を立てないようハンドシグナルだけで各人の役割分担を即座に決めると実行役のイツハクとサイモンが手に『モデル74バヨネット(AK用の銃剣)』を対人戦闘用のタクティカルナイフとして使う為に持ち、残った2人は主に中~遠距離を警戒する目的でハーミドが『KTR』アサルトライフル、カイルが『SVDS(空挺部隊仕様のドラグノフ)』マークスマンライフル(遠距離からの監視と狙撃がメインのスナイパーとは異なり、状況によっては接近戦も実施するチーム内で普段は遠距離射撃を担当する要員の使うライフル)を構えて静かに接近していく。


「ぐふっ……」


 そうして必殺の距離まで近付いた2人は、ほぼ同時に背後から殺害対象の口を左手で塞ぎつつ右手に持ったナイフで喉を深く切り裂き、その後も間髪入れずに突然の激痛にもがき苦しむ相手を口は塞いだままで素早く後ろ向きに地面へ引きずり倒すと、改めて心臓のある辺りにナイフを深々と突き立てて今度は絶命するまで拘束状態を維持した。

 ちなみに、奇襲を受けた2人はくぐもった悲鳴みたいなものを微かに漏らしただけで抵抗どころか周囲に危機を報せる声すら発せずに死亡し、万が一の事態に備えてハーミド達が警戒していたものの結果的には誰にも気付かれる事なく障害の排除に成功している。

 そして、邪魔者を排除した後は車両の強奪が発覚する事を少しでも遅らせる為に2つの死体を強奪したばかりのトラックの荷台に載せ、続いてサイモンとカイルも荷台に上がると、ここでも現地人に近い顔つきのイツハクとハーミドが運転席側へと乗り込んで挿したままだったイグニッション・キーを回してエンジンを掛けた。

 そうして怪しまれる危険性の少ない車両を手に入れた彼らは車道へ出ると、途中でランディ達の運転する2台の『ランドクルーザー』の先頭に立って怪しまれないよう出来るだけ人目に付かないルートを慎重に選んで走り、事前の偵察情報からザーヒルの拠点の防備が最も手薄になる時間帯を狙って速度を調整しながら向かうのであった。


「ここからが本番だ! 全員、気を抜くなよ!」

「ああ、分かってるさ!」

「こっちは任せろ!」


 その結果、誰にも疑われる事なくザーヒルの拠点を目視できる距離にまで接近できたので気を引き締めようとランディが声を掛けるが、それは杞憂で各メンバーが口々に頼もしい返事を寄越してきた。

 当然、その間も車列は一定のペースで接近を続けており、車外からは分かり難いものの全員がいつでも攻撃態勢に移行できるよう万全の状態で周囲に眼を光らせていた。

 そして、ほんの数分後には先頭のトラックが正面ゲートに到着して警備に当たっている『AK-47』アサルトライフルで武装した4人の戦闘員の1人から停止を求められたので一応は従う。


「おい、あいつはどうしっ――!」


 だが、その人物は本来の運転手の顔を知っていたらしく、僅かに警戒するような仕草を見せたのを見逃さなかったイツハクが即座にサプレッサー(銃口から出る燃焼ガスによる空気の振動を拡散させて発砲時の音を軽減する装備で、飛翔時に音速を超えない亜音速弾と組み合わせるとより効果的。ただし、あくまで軽減するだけで発砲時の音を完全には消せない)付きの『USP45 TACTICAL』ハンドガンを片手で構え、近距離だった事もあってダブルタップ(立て続けに2発の弾丸を撃ち込む射撃方法)で相手の顔面に45ACP弾を叩き込んで射殺する。


「ん、なに……、がっ!?」


 そんなイツハクの行動にハーミドも戸惑う素振りすら見せずに反応し、同じようにサプレッサー付きのハンドガン『USP45 TACTICAL』を即座に取り出して異変に気付いた別の戦闘員の胴体を狙ってダブルタップで弾を撃ち込んで最初に動きを止め、その上で少しだけ時間を掛けて慎重に狙いを定めると頭にも1発撃ち込んで確実に射殺した。

 さらに、突然の出来事に対応できずに困惑し、射撃の的みたいに立ち尽くす状態になってしまった残り2人の戦闘員にもそれぞれが容赦なくハンドガンの連射を倒れるまで浴びせて殺した。

 もっとも、ここで交戦になる事は想定の範囲内だったので派手な銃声を発生させずに敵を殲滅できただけで成功と判断しても良いだろう。

 なお、正面ゲートとは言っても実際には門扉の類は内戦時の混乱で失われたまま放置されており、自家用車ぐらいのサイズなら2台が並走して通過できる程の幅がある場所を4人の武装した戦闘員が警備しているだけの代物になっていた。

 だからなのか、こうして警備していた4人が相次いで殺された段階でも拠点内には襲撃に気付いた兆候は一切なく、ランディ達は予定通りに偽装に使った『GAZ66』トラックを正面ゲートの所に横向きに停めて即席のバリケード代わりにする事にし、そこの防衛はトラックに乗っていたイツハク達4人に任せて2台の『ランドクルーザー』は正面ゲートをそのまま通過して敷地内の道を一気に走り抜けると屋敷の玄関前で急停車する。

 そして、各人が『KTR』アサルトライフルなどの武装を構えて周囲を警戒しながらも素早く降車し、まずはタイラーを除いた3人が建物へ突入する準備に取り掛かった。

 なぜ彼だけが突入の準備に加わらなかったかというと、他の3人とは形状が大きく異なる兵器を両手で抱えており、それを使った先制攻撃の役目が与えられていたからだ。


「攻撃を始めろ」


 そうして正面ゲートの所で防衛態勢に就いている4人にも状況が分かるようにランディが通信機を通して攻撃開始を告げ、それに呼応して最初に動いたのは1基だけ持ち込む事が出来たサーモバリック弾頭(固体の化合物から瞬間的に気体爆薬を合成し、それを起爆させる事で破壊効果を得る弾頭)搭載の肩撃ち式多目的ロケットランチャー『SMAW-NE』を構えたタイラーだった。

 そこで彼は最初に周囲の安全を確かめると慣れた手つきであっという間に発射準備を整えて片膝を付いた射撃態勢を取り、この時間が事実上の休憩時間と化しているのを知った上で多くの戦闘員が休憩のたびに集まる本邸から少し離れた場所にある床面積100㎡程の平屋の小さな建物を狙い、右肩に載せるように構えた『SMAW-NE』を発射した。

 すると、派手なバックブラストと共に発射機を飛び出した弾頭が標的へと吸い込まれるように飛翔していき、建物の外壁に着弾して弾頭部分が貫通すると僅かに遅れて内部で強烈な爆発が起きて標的となった建物を内側から吹き飛ばして破壊し尽す。

 当然、気体爆薬の特徴によって建物内部の酸素は爆発で瞬時に消費されるので中にいた人間は窒息死するか、それを運良く免れても爆発で生じた熱風が呼吸器系に侵入して気管支や肺を焼かれて死ぬかの違いしかなく、この一撃だけで10人以上の戦闘員が自分の身に起きた事を理解する暇もなく死んだ。


「突入するぞ! やれ!」


 タイラーが建物を吹き飛ばすのに合わせてランディがマットに命令すると、彼は手元の小さな機器を操作して観音開きの重厚な玄関扉に仕掛けたパネル状のコンポジション爆薬(基本となる爆薬成分に様々な化合物を加え、形状を粘土みたいに自由に加工できるようにした爆薬)に付けた信管に起爆信号を送って屋内に向かって吹き飛ぶように破壊する。

 いわゆるドアブリーチングという隠密性を重視しない際の突入方法で、人質などに被害が及ばない状況下で突入口を作りつつドア周辺の敵も同時に排除したい場合には有効な戦術だった。

 そして、建物の外壁を上手く遮蔽物として利用しながら扉を挟んで左右に分かれて待機していたランディ達がアサルトライフルを構えて突入し、最後尾からは弾頭を撃ち終わって空になった発射機を自分達の乗ってきた車両に放り込んだタイラーも武器を『KTR』アサルトライフルに持ち替えて同じように突入していく。

 しかし、いくら敵が満足な警戒態勢を敷いていなかったとは言っても、ここまで派手に音を立てる攻撃を立て続けに実行すれば気付かれて当然で、2階のテラスに『AK-47』アサルトライフルで武装した戦闘員が現れて大声で叫びながら柵の方へと駆け寄って下を覗き込もうとした。

 だが、その戦闘員は正面ゲートにいながらも屋敷を含めた後方を監視していたカイルの『SVDS』マークスマンライフルに狙われ、自分に何が起きたのかを理解する暇もなく直線距離で300m以上は離れた場所から音速を超える高速で飛来した7.62mm×54R弾で頭を撃ち抜かれて即死した。


「おい、どうした――、がはっ!」


 それどころか、いきなり仰け反るようにして倒れてから動かなくなった味方の姿を目にして思わず駆け寄ろうとした別の戦闘員も『SVDS』の餌食となり、初弾で腹部を撃ち抜かれて激痛で動きの鈍くなった数秒後には止めの1発を頭に受けて死んだ。

 確かに、『SVDS』は遠距離射撃における純粋な命中精度で言えばボルトアクション方式(1発撃つごとに手動でチェンバーに弾を送り込む方式)に劣るが、今回のようなケースだとトリガーを引くだけで射撃を行えるセミオートマチック方式(発砲時のガス圧で次弾をチェンバーに送り込む方式)の利点を存分に発揮する事が可能だった。

 ここで話をランディ達に戻すと、彼は玄関扉に対して右側に待機していた状態で爆破箇所から突入して1階ホールの正面と左側を警戒するように階段を目指して進んでいく。

 当然、1階ホールにも武装した複数の戦闘員がいたのだが、扉を爆破した衝撃で混乱していたらしくランディ達の突入に対応できずに『KTR』アサルトライフルの短い連射から放たれる7.62mm×39弾を次々に浴びて射殺された。


「ぐはっ!」

「ぎゃああっ!」


 さらに、ロジャーが玄関扉に対して左側に待機していた状態で爆破箇所から突入して1階ホールの正面と右側を警戒するように進み、その後に突入したマットは待機場所も含めてランディと同じようなルートを辿りつつも警戒範囲は後方と2階右側の廊下で、最後に突入したタイラーはロジャーの後ろを後方と2階左側の廊下を警戒しつつ発見した敵の戦闘員には容赦のない銃撃を浴びせて射殺しながら奥へと進む。

 これは突入直後に実施する掃討戦における基本的な動きで各人には予め担当する警戒範囲が割り振られており、自分の警戒範囲内に敵を発見した場合には倒れるまで銃弾を浴びせて無力化しながら移動して制圧する方法だった。

 しかも、今回の参加メンバーは全員が正規軍の精鋭部隊に所属して厳しい訓練と実戦を幾つも経験してきた猛者揃いなので、移動しながらの射撃も目線と銃口の向きを完璧に一致させて1本の線を描くように動かして敵に重なった時だけトリガーを瞬間的に引いて最小限の弾薬消費で確実に敵を殺していた。

 その結果、奇襲の効果とも重なって計画段階で懸念された2階廊下からの攻撃も問題なく処理して全員が無傷で階段の所まで辿り着き、丁字の交差した箇所で二手に分かれて玄関のある方向から見て左側の廊下をランディとマット、反対側の廊下をロジャーとタイラーが互いの死角をカバーするように全周を警戒しながら残敵を掃討しつつ目的の書斎を目指す。

 もっとも、時間の経過によって奇襲の効果は失われて最終的には人数の多い勢力が圧倒するようになるので、こういった彼らの素早い行動には自らの生存率を上げる意味もあった。


「クソが――! 死……、がはっ!」


 そして、ある戦闘員は無謀にも潜んでいた部屋から勢いよく廊下へと飛び出し、酷く興奮した様子で叫びながら右手に持った9mmマカロフ弾を使用するチェコ製の『Vz65』サブマシンガンを目線の高さに持ち上げて撃とうとしたが、それよりも早くランディが『KTR』アサルトライフルの弾を連続で戦闘員の心臓付近に撃ち込んで射殺した。


「ひっ!」

「ちくしょう!」


 また、ロジャーとタイラーは2人の戦闘員が潜んでいた部屋に互いに1個ずつロシア製『RGD-5』フラググレネード(破片手榴弾:爆発時に周囲へ飛び散る無数の破片によって相手を殺傷する事を目的とした手榴弾)の安全ピンを抜いてから投げ入れると扉を閉め、逃げ場を失った2人の敵が絶望に満ちた悲鳴を上げた直後に爆発が起きて全身を無数の破片に切り裂かれて死んだのを確かめた上で移動を再開している。

 他にも遮蔽物のない1階ホールに無防備に身体を晒した5人の戦闘員を一応は高所にあたる2階廊下からの一斉射撃で瞬く間に殲滅したり、横倒しにした調度品の硬そうな木製テーブルが銃撃にも耐えられる遮蔽物になると勘違いした戦闘員をグレードの低い防弾ガラス(貫通を阻止できる銃弾の種類に応じてグレードが細分化されている)程度なら余裕で貫通可能な7.62mm×39弾の連射で射殺したりして次々に敵を殲滅して制圧を着実に進めていった。


「奥に1人いるぞ!」

「任せろ!」


 こうして最後は戦闘員の1人が壁を挟んだテラス側に潜んでいるのに気付いたランディが警戒を促すのに続き、あえて敵が隠れている遮蔽物に弾切れにならないペースで銃撃を断続的に命中させて狙われている事を意識せざるを得なくする牽制射撃によって動きを封じる。

 すると、すかさず応じたロジャーが中腰の姿勢を保ったままガラスの割れた出入り口より素早くテラス側へと身を乗り出して射線を確保し、牽制射撃で身動きが取れなくなっていた敵に狙いを定めて10mにも満たない近距離から『KTR』アサルトライフルの短い連射を浴びせて射殺する事で建物内を事実上の制圧下に置いた。

 ちなみに、1階には奴隷扱いの人質が監禁されている部屋もあったのだが、彼らの目的に人質救出は含まれていないのと建物内を勝手に動き回られても戦闘の邪魔になるだけなので無視していた。

 その後、必要な者は残弾の少なくなったマガジンを銃から外してタクティカルベストに取り付けた大きめのポーチに入れ、空になったものと区別する為に専用ポーチに収納しておいた装弾済みのマガジンを新たに取り出して銃へと装填する。

 それから4人は周囲を警戒しながらも素早く書斎の入口の扉近くに集合し、まずはランディが単独で接近して扉の下の隙間から鏡を差し込んで室内の様子を窺った。

 そして、室内にいる唯一の人間で背格好からザーヒルと思しき人物が扉に背を向けてしゃがみ込み、何かを必死に床へ置いたスポーツバッグのような物の中へ詰め込んでいるのを確認すると全員にハンドシグナルで状況を伝えて直ちに突入態勢へ移行した。


『3・2・1、やれ!』


 そうして全員が配置に就いたのを最終的に確認したランディがハンドシグナルで攻撃のタイミングを伝えると、すかさずマットが進み出て『KTR』アサルトライフルから持ち替えていた『SAIGA12クレブスカスタム(『KTR』と同じメーカーによるロシア製『SAIGA12』のカスタムモデル)』ショットガンを撃って扉の上下2箇所にあった蝶番を立て続けにスラグ弾(一般的な銃器の弾薬に相当するショットシェル内に装填されているのが散弾ではなく1発の大型弾)で破壊する。

 それから彼は素早く扉の前から後退し、代わってタイラーが身体を晒さずに半壊した扉を手で押し開けると追い詰められたザーヒルが予想通りの反応を示して応戦してきた。


「クソ、クソ、クソッ!」


 彼は酷く焦った様子でしゃがんだ姿勢のまま上半身を扉の方に向け、大声で喚き散らしながら右手で握ったチェコ製の『Cz75』ハンドガンの後期型を唯一の出入り口に対して連射していたが、結局は1発も命中させられずに速攻で弾切れを起こしてトリガーを引くだけの虚しく乾いた音を響かせるのだった。

 しかし、それでもランディは不用意に身体を晒すような真似は決してせずに壁を遮蔽物として利用する事で最小限の露出だけで狙いを付け、その状態から短い連射を何度か繰り返して『KTR』アサルトライフルの7.62mm×39弾を相手が倒れるまで撃ち込んだ。

 さらに、彼らは敵を見落としていた場合に備えて充分に警戒しつつセオリー通りの戦術で書斎へと迅速に突入して隅々まで確認してゆき、室内の脅威を完全に排除したのを確かめたところで静かに銃口を下ろして臨戦態勢を解除した。


「オールクリア!」


 だが、すぐに次の行動に取り掛かる。


「タイラー、マット、2階に上がってくる敵がいたら殺せ。ロジャーは俺と一緒に後で換金できそうな物の捜索だ」

「了解!」


 このランディの指示に全員が即座に応じ、タイラーとマットは互いを援護できるようフォーメーションを組むと『KTR』アサルトライフルを構えて書斎から出て行った。

 そして、ロジャーが室内を物色し始めたのを横目に見ながらランディはザーヒルの殺害を証明するべくスマートフォンを取り出して何枚か顔写真を撮り、その場にあった適当な紙に死体の両手の指を押し当てて血をインク代わりに指紋を採取し、最後にDNA鑑定用にナイフで死体の手の指を1本だけ切断してビニール袋に入れると指紋の付いた紙と一緒にポケットに放り込んだ。

 それから室内を見回して組織の資金源に関する手掛りを得ようとしたが、彼らの突入と同時にザーヒルが処分したらしくパソコンは物理的に破壊されて床に転がっていたし、紙の資料や記録メディアの類は直径が30cmはある小さなドラム缶みたいな形の金属容器の中で燃やされていた。

 しかし、ここへ来た時のザーヒルの行動に違和感を覚えたランディが僅かな可能性に賭けて足元に転がっていた死体を丁寧に探ると、液晶画面の壊れたスマートフォンと1本のフラッシュメモリが見付かったので回収した。


ブラザー(戦友)、ボーナス発見だ」


 すると、そこへ黒いスポーツバッグを掲げたロジャーが久々に嬉しそうな顔をして声を掛けてきた。なので、その言葉の意味を確かめようとランディが彼の発見したバッグの中身を見せてもらうと、中にはドルやユーロなど大量の現金にダイヤモンドと思しき宝石、さらには見た事もない金貨まで入っていたのだ。

 ちなみに、彼らは知る由も無かったが、ザーヒルは資産が凍結されるのを警戒して銀行へは預けずに宝石や金貨などの品物に換えて手元で保管しており、テロ組織の資金源の1つとしてアフリカなどの紛争地では宝石は“紛争ダイヤ”とも呼ばれて人権を無視した違法な採掘方法や大量殺人も厭わない奪い合いが横行していた。


「それだけあれば充分だな。撤収するぞ」

「賛成だ」


 目的を果たした以上、長居は無用と考えたランディが撤収を提案して賛同したロジャーと共に書斎を出た瞬間、正面ゲート付近で未だに続いていた激しい銃声に混じって派手な爆発音が轟いた事で彼らの顔に緊張が走った。


   ◆


 彼らを警戒させた爆発音の正体を知るには少しだけ時間を遡り、正面ゲート付近での出来事を把握しておく必要があるだろう。

 一応、邸宅の方が主戦場になった後も正面ゲート付近に敵の戦闘員が姿を現したケースは3回あったのだが、いずれも単独での接近だった為にカイルが即座に『SVDS』マークスマンライフルで急所を撃ち抜いて殺したので脅威にはならなかった。

 しかし、襲撃に気付いたザーヒルがスルトの市街地など拠点近郊の各所に散っていた手下の戦闘員を全て呼び戻す連絡をした事で彼らを取り巻く状況が一変したのである。


「敵が来たぞ! 迎撃準備!」


 サイモンが全員に警戒を促しつつ『RPKM』SAWを構え、それに倣って他の3人も『KTR』アサルトライフルや『SVDS』マークスマンライフルを構えて迎撃態勢を整えていく。

 そして、充分な強度と厚みのある遮蔽物の陰で低姿勢を取る事で銃撃戦に対応した迎撃体勢を整えた彼らの視線の先には、テクニカルを始めとする複数の車両が多数の武装した戦闘員を載せて60km/h前後の速度で向かってきている光景があった。

 だが、先に攻撃を始めたのは素早い行動で接近中の戦闘員よりも迅速に迎撃態勢を整えたサイモン達ではなく、道路の幅いっぱいに広がって走る車両群の先頭にいたテクニカルに搭載された『DShKM』重機関銃(旧ソ連製の『DShk38』重機関銃の改良型)を構える男だった。

 もっとも、いくら路面がアスファルトで舗装されていても60km/hもの速度で走る車両の上から人間の目を頼りに照準を行って射撃をしたのでは命中弾など期待できず、交戦を開始した距離も相まってテクニカル上の『DShKM』重機関銃から吐き出された12.7mm×108弾は見当違いな場所に着弾するばかりである。


「攻撃開始!」


 それに対してサイモンは自分達の持ち込んだ銃の有効射程も把握した上で相手を充分に引き付け、まさに完璧ともいえるタイミングで攻撃の指示を出していた。

 事実、その判断の正しさを証明するかのようにカイルは『SVDS』マークスマンライフルで『DShKM』重機関銃の射手の頭を1発で撃ち抜いて殺し、サイモンの使う『RPKM』SAWは『GAZ66』トラックの運転台に乗っていた2人を射殺してコントロール不能にすると車両そのものを横転させ、イツハクとハーミドは射手を失ったテクニカルのフロントガラスに『KTR』アサルトライフルの連射を同時に浴びせて運転手を殺す事で車両を路外へと弾き出す。

 しかし、ここの敵の最大の武器は圧倒的な人数と死を恐れない(ドラッグで興奮状態になっている所為もある)突撃で、10人や20人が殺されても次々に合流してくる仲間と共に銃を乱射しながら前進を続けて次第に距離を詰めていった。


「リロード!」


 ハーミドがマガジン交換の為に射撃が一時的に出来なくなる事を伝えると、すかさずサイモンが彼の抜けた穴を埋めるように『RPKM』SAWで弾幕を展開して勇み足で突っ込んで来た4人の戦闘員をあっという間に射殺する。

 もっとも、その程度で敵の攻撃が衰える筈も無く、今度は旧ソ連製の『RPG-7』携帯式対戦車ロケットランチャーを構えた複数の戦闘員が現れて攻撃態勢に入っていた。


「クソッ、RPGだ! カイル、いますぐ殺れ!」

「もう狙ってる!」


 なので、素早いマガジン交換によって僅かな時間で戦線復帰したハーミドが珍しく焦りを滲ませた声で自身も『KTR』アサルトライフルでRPG射手を狙って射撃を行いながらカイルに命じるが、既に行動を起こしていた彼は苛立った返事を寄越すだけだった。

 だが、今回に限っては敵も頭を使った攻撃を仕掛けており、機関銃陣地の要領で増援部隊の所有していたテクニカルの『DShKM』重機関銃が弾幕射撃を展開してハーミド達の行動を妨害する。

 その為、なんとか2人は殺したものの全員を仕留め切れずに『RPG-7』対戦車ロケット弾の発射を許し、その内の1発がバリケード代わりに停めていた『GAZ66』トラックを直撃して最後は燃料タンクを誘爆させて破壊した。

 この攻撃でトラックが誘爆を起こして火達磨になった時の音がランディ達の耳にした爆発音なのだが、トラックのエンジンブロックを遮蔽物にしてテレスコピックサイト(遠距離射撃用の光学照準器。スコープとも言う)を使った精密射撃を行っていたカイルは対応が遅れ、爆発で生じた衝撃波をまともに受けて負傷したところに鋭い金属片が首に突き刺さって死んだ。


「――カハッ!」

「畜生! カイルがやられた!」

「今すぐ後退しろ!」


 地面に倒れて何度か痙攣を繰り返した直後に微動だにしなくなったカイルを目撃したハーミドが叫び、この場所に留まって現有の戦力で防戦を続けるのは不可能だと判断したサイモンが後退を告げる。

 そして、彼がイツハクとハーミドの後退を援護する為に『RPKM』SAWで激しい弾幕を張って敵を釘付けにすると、その隙に2人は『RGD-5』フラググレネードをそれぞれ1個ずつ投げつけて複数の戦闘員を死傷させた上で後退していった。

 だが、イツハクは5mほど、ハーミドも10mほど走って後退した所で振り返って片膝を付いた姿勢で射撃態勢を取ると『KTR』アサルトライフルを構えて射撃を行って敵を牽制し、この時点で最も敵との距離が近かったサイモンが射撃を停止して立ち上がると援護を頼みつつ中腰の姿勢で後退していく。


「Cover!」

(援護してくれ!)


 そんなサイモンはイツハクの横を通過する際に彼の肩を叩き、最終的にハーミドから5mほど離れた場所で振り返って片膝を付くと援護射撃を始め、今度はイツハクが3人の中で最も敵に近くなったので射撃を停止してサイモンと同じように途中でハーミドの肩を叩いて後退すると最後尾で援護射撃を実施する。

 このように敵に近い人物が支援要請と次に後退する人物に合図を行いつつ後退して隊列の最後尾にまで移動し、残りの者が援護射撃を実施するのは敵と交戦しながら部隊の全員が安全なエリアまで脱出する際の基本戦術だった。


   ◆


 爆発音を耳にしたランディとロジャーは互いに険しい表情を浮かべて建物2階で警戒に当たっていたタイラーとマットの2人と合流すると、彼らが殺した敵の死体から警戒中に回収しておいた『AK-47』アサルトライフルのマガジンを幾つか受け取り、縦一列の隊形を組んだ上で1階に下りて玄関へと向かった。

 なにせ、正規軍と違って弾薬なども自分達で調達しなければならない彼らにとっては殺した相手から弾薬を補給できるのは大きなメリットで、ドラッグで痛覚の麻痺した連中の突撃や交戦距離が長くなりがちな事への対策も必要になる今回の作戦ではAK系の銃を選ぶのが最善だった。

 そして、扉の破壊された玄関から外を覗いて敵と交戦しつつ自分達のいる方へ後退してくる3人の姿を目にして状況を把握した後は素早く外に出ると、ロジャーだけは戦利品の入ったバッグを車両に放り込む動作を間に挟んだものの4人全員が射線を確保できる遮蔽物の陰で即座に射撃態勢を整えて『KTR』アサルトライフルによる弾幕を展開する。

 こうして人数が増えた事で必然的に弾幕も厚くなり、自分達が優勢だと早合点して前に出すぎた敵の戦闘員が7.62mm×39弾の餌食になって次々に倒れていく。だが、これだけ倒しても人数的には敵の方が圧倒的に多いので、いずれは弾切れになって全滅するのは目に見えていた。


「誰でもいいからエンジンを掛けろ!」


 だからランディは、まだ自分達に主導権がある内に脱出するべく自らも射撃を続けながら大声で『ランドクルーザー』のエンジンを掛けるよう叫んだ。

 すると、それぞれの車両に近い位置で応戦していたロジャーとタイラーが駆け寄って運転席に乗り込むとエンジンを掛け、その様子を視界の隅で捉えていた他のメンバーも射撃を続けながら遮蔽物から遮蔽物へと移動して車両の近くに集まっていく。


「急げ! 急ぐんだ!」


 そうやってランディは必死に叫びつつも車両の傍らで片膝を付き、運転席にいるロジャーと連携して『KTR』アサルトライフルによる射撃を続けていたが、そんな彼らの見ている前で移動を開始しようと射撃を止めた直後のハーミドが敵の戦闘員の持つ『AK-47』アサルトライフルから発射された3発の7.62mm×39弾で胸を貫かれて地面に仰向けに倒れる。


「グウッ!」

「ハーミド! 立て、立つんだ! 早くこっちに来い!」


 まずはハーミドを撃ったと思われる敵に容赦のない連射を浴びせて殺し、他の敵に対しても片っ端から銃弾を撃ち込んで射殺していくランディが必死になって呼び掛けるが、彼は急速に広がっていく血溜まりの中で僅かに反応を示したものの直ぐに動かなくなって死んだ。

 それどころか、もう1台の車両の方では後少しで辿り着けそうなタイミングでサイモンが左の太腿を撃ち抜かれてバランスを崩すと転倒し、それでも痛みを必死に堪えながら立ち上がって歩き出そうとしたところを脇腹に銃弾を受けて再び転倒してしまう。

 幸いにも彼は、タイラーの援護射撃を受けたマットが引き摺るようにして車両の助手席まで連れて行って押し込んだので多少は安全になったが、太腿の動脈を損傷したらしくカーゴパンツが瞬く間に血で真っ赤に染まっていくのと対照的に顔からは血の気が急速に失せていった。


「サイモン、しっかりしろ! ほら、これで傷口を押さえるんだ!」

「なあ、聞いて……、くれ……。グウッ! 俺は……、どう……、しても……、お前た……、ちに……、伝えなきゃ……」

「後でいくらでも聞いてやるから、今はしゃべるな!」


 ありあわせの物で止血をしようとしたマットの腕をサイモンは咄嗟に掴むと、息も絶え絶えの状態なのに力を振り絞って何かを必死に伝えようとする。


「もう少し……、で……、援……、軍が……、来る……」

「援軍?」


 重傷を負った彼の口から想像もしていなかった単語が発せられた所為で今の状況すら忘れて思わずマットが訊き返すが、それに答える前にサイモンは緊張の糸が切れたのか意識を失った。

 だが、これ以上のやり取りは状況が許してくれず、あまりにも心許無い応急処置を終えたマットは急いで後部座席へと乗り込んで運転席にいるタイラーに向かって叫んだ。


「全員、乗ったぞ!」


 もう1台の車両に集うランディ達も似たような状況で、助手席に掠り傷程度のイツハクが乗り込んだのを確認したランディは自分も急いで後部座席に乗り込むと運転席のロジャーに指示を飛ばした。


「いいぞ、出せ!」

「しっかり掴まってろよ!」


 まるで、その言葉を待ち焦がれていたかのようにロジャーは右足でアクセルを思い切り踏み込むと、防弾装甲を追加した関係で重量の増した『ランドクルーザー』を力技で急発進させつつ豪邸特有の玄関前のロータリーで方向転換し、同じく急発進したタイラーの運転する『ランドクルーザー』を引き連れて敵の銃撃を車体に施した装甲で防ぎつつテールゲートを開けっ放しの車内から応戦したり、時には車両の体当たりで敵を弾き飛ばしたりしながら正面ゲートに向かって加速していく。

 ちなみに、彼らも本心では、たとえ死体であっても仲間は1人残らず連れて帰りたかったのだが、そんな余裕が無いのも明らかだったので断腸の思いでカイルとハーミドの死体は置き去りにした。

 ただ、それ以前に彼らが脱出するには自分達で設置した即席のバリケードを突破するという大きな課題が残されていたのだが、通路部分を塞いでいたトラックが『RPG-7』対戦車ロケット弾の攻撃で誘爆を起こした際に位置がずれて辛うじて通過できそうな隙間ができていたのを知っていたのだ。

 だから、通過時に門柱や大破したトラックの車体で『ランドクルーザー』の車体を少し擦ったのと、未だに炎を上げているトラックの発する高熱が車内にまで伝わって熱かった事を除けば20km/h近くにまで減速しただけで敷地外へと脱出している。

 そして、ここまでの激しい戦闘で無数の銃弾を受けてひび割れ、視界を悪化させているだけのフロントガラスなどを加速する前に破壊して風圧が酷くなるのと引き換えに視界を確保した。


「追撃が来るぞ! 全力で飛ばせ!」


 道路に出て少しすると開きっ放しのテールゲート越しに『KTR』アサルトライフルを構えて後方を監視していたマットが後ろを向いたままで叫び、ほぼ同時に射撃を開始して追撃を仕掛けてきたテクニカルの1台のボンネットに7.62mm×39弾の連射を叩き込む。

 さらに、先行するランディ達の乗る車両も走行ラインを変えて射線を確保すると後部座席に陣取った彼が攻撃に加わった。

 しかし、敵のテクニカルは2人から銃撃を浴びても怯む事なく追走して荷台に設置した『DShKM』重機関銃で応戦し、威力のある12.7mm×108弾の何発かがランディ達の乗る『ランドクルーザー』の車体に着弾して火花と共に激しい金属音を響かせながら大穴を開けた。


「クソッ!」


 その所為でランディの口からは思わず悪態が零れるが、直ぐに気を取り直してテクニカルのフロントガラスに慎重に狙いを定めると『KTR』アサルトライフルの連射を浴びせる。

 すると、銃口を飛び出した7.62mm×39弾がフロントガラスを貫通して見事に運転手の顔面を捉えて潰れたトマトみたいにして殺し、運転手のいなくなったテクニカルはコントロールを失って横転すると後方を走っていた別のテクニカルにも衝突されて2台揃って追撃からは脱落していく。

 だが、今度は荷台に重機関銃の代わりに『AK-47』アサルトライフルで武装した戦闘員を2人乗せた車両が追撃部隊の最前列へ飛び出し、車体の軽さを生かして一気に速度を上げて距離を着実に詰めながら2人の戦闘員による猛烈な連射を浴びせてきた。

 もっとも、距離が縮まればランディ達の射撃も精度が向上するので最初に戦闘員の1人がランディの放った銃弾を胸に受けて死に、続いてマットの放った銃弾が車両のラジエターを破壊したらしくエンジンルームから盛大に白煙を噴き上げると急減速して脱落していった。

 ここで少し敵の攻撃が小康状態になったので、その僅かな時間を利用して彼らが『KTR』アサルトライフルのマガジンを交換していると、60mほど前方にあった左の横道から車体を右に傾けながら1台の『GAZ66』トラックが猛スピードで飛び出してきて2台の『ランドクルーザー』の進路を塞ぐような形で同じ方向に向かって走行し始める。

 しかも、剥き出しになったトラックの荷台には『AK-47』アサルトライフルや『RPG-7』対戦車ロケットランチャーで武装した戦闘員が10人以上も乗っており、2人の戦闘員がロケットランチャーで攻撃したのを皮切りに手当たり次第に撃ってきた。


「加速して左右から挟み撃ちにしろ!」


 それを後部座席から見ていたランディは、出来るだけ速度を殺さないよう巧みなステアリング操作を行って最初の攻撃を回避したロジャーに対して叫ぶ。

 すると、この一言だけで彼が咄嗟に思いついた作戦まで理解したロジャーは手振りで並走するタイラーに合図を送ってから一気に加速して距離を詰めるとトラックの右側を並走し、僅かに遅れて速度を上げたタイラーの運転する車両も急速に距離を詰めてトラックの左側を並走して2台の『ランドクルーザー』で挟み込む状況を短時間で作り上げた。

 当然、彼らが接近する間も敵は射撃を続けているので被弾を示す金属音が鳴り止む事は無かったが、撃ってきているのが『AK-47』アサルトライフルの7.62mm×39弾ばかりだったので全て防弾鋼板によって防いでいた。

 こうして双方が所定の位置に就いた頃にはランディ・イツハク・マットの3人は『KTR』アサルトライフル、タイラーは右手でステアリングを握りながら左手だけで器用に『USP45 TACTICAL』を構えており、最後はランディの合図で一斉に攻撃を開始する。


「殺れ!」


 車高は真ん中に挟んだ『GAZ66』トラックの方が少しだけ高く、やや上向きの角度での射撃になるので同士討ちの心配をせずに4人はマガジン内の全弾を撃ち尽す勢いで立っている戦闘員にありったけの銃弾を浴びせ続けた。

 勿論、トラックの荷台には銃撃戦に耐えられる遮蔽物などは無いので一瞬にして屠殺場へと代わり、血の海に多数の死体が折り重なる地獄絵図が出来上がる。

 ただ、敵も射撃訓練の的ではないので車両の重量と頑丈さを武器にした体当たり攻撃を最初は左、次に右へと仕掛けて2台の『ランドクルーザー』を路肩まで弾いて銃撃を一時的に中断させたが、すぐに態勢を立て直されると逆に運転席に両側から集中射撃を受けて蜂の巣になった運転手は絶命し、その衝撃で足がアクセルペダルからも離れたようで走り去る『ランドクルーザー』とは次第に距離が開いていった。

 しかし、いつの間にか新たな敵の車両部隊が後方から迫ってきており、彼らが生き延びる為には今すぐリロードを行って次なる標的に狙いを定めてトリガーを引き、戦って切り開くしかなかったのだ。

 ところが、そうやって高速走行をしながらの銃撃戦を延々と続けていると、ふいに敵の車両部隊が減速して彼らとの距離を空け始めた。


「諦めたのか?」


 なので、少し不審に思いつつもランディは希望的観測を口にする。だが、それはイツハクの絶叫で瞬時に絶望へと変わった。


「畜生、待ち伏せだ! 避けろ!」


 敵は彼らの進路を封鎖する形で道路上に数台のテクニカルとコンクリートブロックを並べてバリケードを築いていたのだが、そこには『GAZ66』トラックの荷台に水平射撃も可能な23mm連装機関砲『ZU-23』を搭載した簡易自走機関砲の2両も含まれていたのだ。

 ちなみに、この『ZU-23』連装機関砲は1960年代に旧ソ連で開発された旧式の兵器なのだが、発射される23mm×152弾は威力に定評のある重機関銃弾すら凌ぐ凶悪な破壊力を発揮する。

 つまり、後方にいた敵の車両部隊は巻き添えを恐れて離れただけで、何も知らずに敵の仕掛けた罠の中へと飛び込む形になった2台の『ランドクルーザー』は見事に23mm連装機関砲の水平射撃による連射を浴びる事となった。

 そして、不気味な発射音を周囲に響かせて砲口からは薄い灰色をした発射煙と共に毎分400発という発射速度で吐き出された無数の23mm×152弾は、音速の2倍を優に超える速度で飛翔して発見の遅れが回避行動の遅れに繋がったタイラーの運転する『ランドクルーザー』を的確に捉え、車体に施されていた防弾装甲など関係なしに貫いて中の人間ごと車体をズタズタに引き裂いて洩れ出た燃料に引火させると燃え盛る鉄屑に変えてしまう。


「Jesus……」


 そうして次は自分達が殺される番だと悟ったロジャーが小声で嘆き、ランディとイツハクも死を覚悟した瞬間、2両の『ZU-23』連装機関砲ごと敵の設置したバリケードが大爆発を起こして盛大に吹き飛ぶと後には原型を留めていない残骸だけが残され、バラバラになった車両の破片や戦闘員の身体の一部は燃えながら周囲に飛散して彼らは何もしていないのにバリケードが完全に破壊された。

 そして、太陽光を一瞬だけ反射した飛行物体が高速で上空を通過したのに続いて彼らの耳には懐かしくも聞き慣れた轟音が届き、その正体が機体をグレー系塗装で塗り分けたアメリカ空軍所属の2機の『F-16Cファイティングファルコン』戦闘機だという事を理解する。


「This is Viper36.Targets destroyed」

(こちら、ヴァイパー36。攻撃目標を破壊した)

「Good job,Viper36.I uploaded the grid of next targets.Continue deep air support」

(よくやった、ヴァイパー36。次の攻撃目標の座標をアップロードした。遠距離航空支援【事前に指定された区域の敵勢力に対する空爆】を続けろ)

「Wilco」

(了解)


 命令を受けてから出撃準備を整えてイタリア北部にあるアビアノ航空基地より飛来したのに加え、周囲に被害の及ばない場所でないと大規模な爆発を伴う攻撃を行えなかった所為で支援が遅れたが、2機の戦闘機の参戦によって形勢は一気にランディ達の方へと傾いて今度はダーイシュの連中が逃げ場の無い状況で地獄を見る羽目になった。

 事実、随分と前から彼らの動向を高空より監視し続けていた『RQ-4Bグローバルホーク』無人偵察機やアビアノ航空基地内に設置された作戦司令部とも戦術データリンクによってリアルタイムでの情報共有が可能な『F-16C』戦闘機は、1機が最初に2発の『GBU-54』LJDAM(『Mk82』500ポンド【約227kg】低抵抗汎用爆弾にGPS誘導キットとレーザー誘導装置を取り付けた誘導爆弾)を投下してバリケードをピンポイントで破壊すると、もう1機と共同で後方にいた敵車両を画像赤外線誘導方式の空対地ミサイル『AGM-65Gマベリック』で次々に破壊していったのだ。

 その結果、ランディ達を後一歩のところまで追い詰めていた敵部隊は瞬く間に殲滅されて周囲には黒煙と死体の焼ける臭いが充満したが、こうして全ての脅威が取り除かれたお陰で彼らは生きて安全地帯へと脱出する事に成功する。

 実は、この空からの援軍を間接的に呼び寄せたのはサイモンで、彼は正規軍時代にCIA(アメリカ中央情報局)の作戦に関わった経験から以降も協力者として活動を続けていてSWGS社への入社もCIAの意向に沿ったものだったのだが、それを知るのは本人とCIA内部の限られた関係者だけなので本人が死んだ今となってはランディ達が真相に辿り着く事はないだろう。

 そして、安全を確保した後で作戦の完了をブリッグス作戦部長に伝えると、リビアからの出国手続きやアメリカ本土へ帰国する航空機(SWGS社所有の貨物機)の手配などが迅速に行われ、多大な犠牲を払ったもののランディ・ロジャー・イツハクの3人は生きて報酬を受け取る権利を得た。


   ◆


 後日、今回の仕事の報酬が銀行口座に振り込まれたとの連絡をメールで受け取ったランディは直ぐに残高照会を行い、その金額に最初は驚きつつも見間違いでないと分かると体の奥底から徐々に喜びが込み上げていって表情も少しだけ明るくなった。

 なぜなら、SWGS社ではトラブルを避ける為に作戦に参加した者には生死に関わらず、契約書に記載された通りの報酬を受け取れるよう定めてあるので追加ボーナスの金額には期待していなかったのだが、彼の口座には9万ドルを超える金額が振り込まれていたからだ。

 確かに、今回の仕事では多くの仲間を失ったが、そこは正規軍でもPMSCでも変わらないと割り切っていたので彼は早速、お目当ての優秀な弁護士に電話を掛けるのだった。


イメージソング『Bull's Eye』(ナノ)


最後まで読んでくださり、どうもありがとうございます。

イメージソングから連想した銃撃戦に殺人で報酬を得る殺し屋要素を加えたんですが、作中に登場させたい銃が増えていく内に現代戦になっていました。

しかも、現代戦を扱う以上は妥協ができず、いつものように細かすぎる描写となったのもお約束ですね……。

ちなみに、タイトルは『殺しの報酬‐外注される戦争‐』って意味なんですが、海外作品の邦題みたいに『テロ資金を強奪せよ』にした方が分かりやすかったと後で思いました。

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― 新着の感想 ―
[一言] Ghost SAF様の作品を連続して三作拝読させていただきましたが、俯瞰気味の淡々とした描写の果てに辿り着くラストに清涼感があり、非常に好みです。 登場人物達の事細かな心境が書かれてなくて…
[一言]  お邪魔します(^^)  短編とはいえ、いつもながらにリアリティを追及された文章でハードボイルドが滲み出していました!  ()でしっかり詳細説明もつけて頂けて助かります。  ランディさん、…
[良い点] 非常なリアリティを感じる知識に裏打ちされた作品でした。 テキパキと計画を進めていく中で、現地でのサイモンの内密連絡付近から暗雲が立ち込めだし、ハラハラしながら読み進めました。 文体も読みや…
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