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第八話 「三度目の口づけ」

(うん、でも良かったんだ)


 だって昨日の今日で、恋が芽生えかけた時点で、その恐ろしい事実に気づけたんだもの。

 ライナスへの自分の想いは、まだまだ全然取り返しがつく。

 これがヒメネス公爵と両想いとかになっていたら、絶対諦めるのは無理だった。


(私は運がいい!)


 そうだ私は死なない。

 なぜならもうライナスの事は諦めちゃうのだから。


 と、いうか、要するに彼も私の魅了スキルの被害者じゃないか。


 私自身が好きな訳じゃない筈だし、傷が浅いうちに終わらせる方がきっと良いんだ。

 そう、彼の事は諦める。

 絶対、絶対諦める。


 ライナスの事なんかもう考えない。

 忘れちゃうんだから。


『君は死なない』

『……ああ……俺が守る』

『俺はレティアに対しどんな種類の責任でも取る覚悟がある』

『好きでしている事だ』

『俺はでも苦労するのは嫌いじゃない』

『もう泣くな……』


 ――忘れようと思えば思うほど、相手のことばかり考えてしまうこの現象を、なんと呼ぶのだろう。


 たった二日のうちなのに、ライナスには名言が多過ぎる。

 思えば、出会った時から彼は素敵過ぎた。

 正直、このまま、できるなら、彼と熱烈なる恋愛を繰り広げてみたかった。

 唇をぎゅっと噛んで、胸を覆うような甘い痛みに堪える。


「姉さん、どうしたの?」


 けげんな顔でルーゼがこちらを覗きこんでいる。


「ううん、何でもないの!

 今まで色々ごめんね。ルーゼ。

 今後はあなたを苦しませないよう気をつける!」


「……本当に?」


「うん……」


 すでに私の中ではルーゼへの恐怖より、同情心が勝っていた。

 

 そして、命惜しさ以上に、自分の中にはこの世界に対する反抗心、怒りが生まれつつあった。

 だっておかしい。

 「息をするように男性を魅了する」という設定なんか全く恋の敗北者であるレティアには必要ない。


(物語にとって必然性の無い無駄な設定じゃない)


 その設定から私が感じるのは不条理なまでの悪意だけだ。

 こうしていても、残酷な作者が今も自分を見下ろしているような気さえしてくる。

 まるで私を苦しめる為だけに、物語の中に生み出したとしか思えない意志が――


 ならばその意志に私は負けない。

 負けないで今度こそ19歳より長く生きてみせる。


 その為には始まりかけの恋ごときは踏み潰してみせる。


 前世の私は切りかえが早くて負けず嫌い。

 逆に言うと、深く悩んだりしない単細胞な性格だったのだ。

 ついでに言うと今生ではヒメネス公爵一筋だったが、生まれ変わる前の私は惚れっぽかった。

 ゆえに恋を長く引きずらないタイプとも言えた。


「はぁっ……疲れた」


 ぱったりと後ろ向きにベッドに倒れ、溜息をつく。

 今日はもう泣きすぎたし、色々あって疲れ過ぎた。

 考えるのはこれぐらいにしよう。


「疲れたんだったら、夕食、部屋で食べる?」


 ルーゼが上から顔を覗き込んで訊いてきた。

 相変わらず気がきく義弟だ。


「あー、それいいかも」


 答えながらルーゼの甘い蜂蜜色の髪と、天使のように美しい頬から顎へと流れるライン、濡れたような唇をぼーっと眺める。

 こんなに麗しいのに、苦しい片想いに悩むなんておかし過ぎる、と、つくづく思う。

 ルーゼもまたこの世界の被害者なんだ。


 だけどルーゼにはリーネがいる。

 そのうち、運命の少女に出会うんだ。


 彼女に会えば物語通りに私から解放される? 

 あなたにかかった呪いは解除されるの?


 その後なら私も自由に誰かを好きになってもいいのかも。


 うとうとと考えているうちに、意識が急速に眠りの中へと吸い込まれて行った……。



 

「姉さん、おはよう」


「おはよう、ルーゼ」


 翌朝の朝食の席はルーゼと二人きりだった。

 昨夜遅くまで外出していたみたいなので、両親はまだ寝ているのだろう。


「今日も運動するの?」


「うん、天気もいいし、走ってこようかな」


「……じゃあ、付き合うよ。

 ――ところで姉さん運動もいいけれど」


「なあに?」


「たまに刺繍とかしないの?」


「うん」


「ピアノも弾かないし」


「一応習ってたから弾ける事は弾けるのよ」


「何か家庭教師をつけて教養を身につけた方がいいかと思うのだけれど」


 暗に教養が足りないとでも言うようなルーゼの口振りに私はむっとして言い返す。


「ルーゼだって、何も勉強していないじゃない」


「私は幼い頃から英才教育を受けて、既にあらゆる課目の家庭教師から『もう教えるべき事は一つも無い』というお墨付きを13歳の時に頂いているんだ」


 はい、はい、優秀でいらっしゃるんですね。


「私だって、王都にいる時にヒメネス公爵に嫌ほど家庭教師つけられたのよ」


 ぞっとするほど嫌な思い出だった。


「せっかく田舎に引っ越したんだからのんびり生きたいの」


 昨日の今日なのに、なんでこんな呑気な会話を交わしているんだろう。

 そう思ったらなんだかおかしくなってきて、ちょっと笑いながら答えてしまう。


「何だったら私が家庭教師をしましょうか?」


 そんなルーゼの提案に私は閃いた。


「だったら、馬の乗り方を教えてくれない?」


「馬ですか?」


「私、乗馬を習った事が無いの!」


「馬に乗れる必要はないと思いますよ。

 馬車に乗ればいいし……」


「なんでー、ルーゼだって乗れるのにズルイ!」


「勝手に……遠くに行かれたら困るから……必要無いよ……」


 ルーゼがぼそっと呟く。


「じゃあ他の男性に習おうかな」


 平和過ぎる会話の流れに、つい調子にのって、そんな意地悪を言ってしまう。

 さすがに、ライナスに習おうかな、までは言えなかったけどね。


「……それは」


 エメラルドの瞳が動揺に揺れるのが見えた。


「私に乗馬を教えたい人は幾らでもいると思うんだけど」


 これは、もう一押ししたら、落ちそうな感じがする。


「……わかりました……」


 ルーゼは長い睫毛を伏せ、神妙な面持ちで、うつむいて答えた。

 勝った……けどなんだか可愛そう?



「うーん、今日も天気が良くて運動日和!」


 とりあえず乗馬は後日という事にして、さっそく朝食後、運動するために私達は戸外に出た。

 今日も空は爽快に晴れ渡り、夏の終わりの朝の空気と風はこの上なく気持ちが良い。

 

 私は今日もルーゼから服を借りていて、着心地のいいシルクのベージュのチュニック姿だった。

 下にはやはり借りた長ズボンに、貧乏貴族時代から足になじみのある自前のブーツをはいている。

 金持ちになってからこっち、お洒落靴ばかり新調してたから、運動できそうな靴がこれだけしかなかったのだ。

 最近、走ってばかりいるせいか、なんだか靴がよれてきている。

 靴屋に行って、もっと走りやすいスポーツシューズみたいのをあつらえて貰おうかしら。


「姉さん、今日はどこまで走るの?」


「そうねー、じょじょに距離を伸ばして行きたいよね」


 なんて会話しながら、ふと、門の外の道の方へ視線を向けた私は、直後、心臓がどきりとする。


 黒馬に跨った黒髪の男性――ライナスがこちらへやってくるのが見えたからだ。


 そっか、昨日あんな別れ方をしたから、また気になって訪ねて来てくれたんだ。

 だけど困った。

 ルーゼと一緒だし、昨日熱い口づけをかわした後に、あんな別れ方したし……。

 非常に気まずいので出来たら今は話したくないかも!


 しかし逃げ出すにも門をくぐらないと道に出る事が出来ないし、家に入っても、訪ねて来られては無視出来ない。


 ここを切り抜ける妙案は、もうこれしかない!


 私は意を決してルーゼの顔を見据えた。


「どうしたの? 姉さん」


「ルーゼごめんね」


 断わるように謝ると、その顔をがしっと両手で捕まえて、一気にぐいっとこちらに引き寄せる。


「んっ……!」


 もう後は野となれ山となれ。

 目を瞑りながら思い切ってルーゼの唇に口づけする。


 ――強引に重ねた唇は滑らかでやわらかな感触で、ほのかにいい香りがした――


 ルーゼは最初びくっと身体を硬直させた後、おずおずと両手を私の肩へと乗せ、探るようなためらいがちなキスを返しながら、どんどん唇を強く押付けてきて、より口づけを深めていった。


(きゃーーーーーーーーーーっ!)


 初めて味わう義弟とのキスの味に、思わず私は心の中で絶叫していた――




……。

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近日(ざまぁ追加の)番外編公開予定→完結済作品:「侯爵令嬢は破滅を前に笑う~婚約破棄から始まる復讐劇~」
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