表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/31

第二十五話 「あの日のように」

 リーネの面前で行われた、庭での公開ラブシーンの後。

 両親不在の、三人での気まずい夕食を終えると、ルーゼに促されて寝室へと移動する。

 色々なショックで脱力していた私は、今日はもう早くベッドで休みたい気分だった。

 

 出会ってから早くも二年数ヵ月。

 改めてルーゼを見てみると、いつの間にか私より10cmどころか20cm近く身長が高くなっている。

 以前より、手足も胸も硬くがっしりしていて、確実に少年から大人の男性の身体へと変化していた。


 ずっと一緒にいたから気がつかなかった。

 こんなに力の差が出来ていたなんて……。

 あなたがその気になれば、私の意志なんか関係なく、キスだって何だって好きに出来るのね……。



「レティア……さっきは庭でごめんね……」


 部屋に入って二人っきりになると、ルーゼが頭を下げて謝って来た。


「……」


「ずっとあなたに拒否されていたから……一度抱きしめると止まらなくて……。

 反省してるから……許して欲しい……」


 ルーゼが追い詰められると爆発する性格だと知っていたのに、完全拒否した私も馬鹿だったのだ。

 リーネとせっかく仲良く出来そうなムードだったのに……悔しくてたまらない。


「……リーネの前では二度とあんな事しないで!」


 恨みを込めてキッとした目で睨みつける。


「ああ……彼女の前では二度としないと誓う。

 あなたが私を避けている理由を分かっていたのに……足を引っ張るようなマネをして悪かった……。

 リーネが私を好きだから、わざと嫌われるように振舞い、距離を取ろうとしているのでしょう?

 今日言った言葉も本心じゃないと信じている……」


 ルーゼの発言はほぼ核心をついていたが、私は憎まれ口で否定した。


「何それ? ルーゼって案外おめでたい人なのね……!

 悪いけど、今日言った事は本心よ。

 私は自分を守る為に、ずーっと、あなたを好きなフリをしていただけ!

 愛した事なんて一度も無いわ……あなたの抱擁も口づけも、正直、虫唾が走るの。

 もうんざりよ!

 このまま我慢してあなたと結婚するぐらいなら、いっそ死んでしまいたいわ!」


「レティア……そんな言い方止めて……心臓が痛くなる……」


 ルーゼの美しい顔が痛ましいほど歪み、真っ青になる。


 直視するのが辛くて、私はフイと顔を背けると、ベッドまで歩いて行き、ゴロンと横になった。

 今日はなんだか酷く疲れたので、もう眠る事にした。

 

 いつものように布団に潜らず、無防備に上向きに横たわる。


「したければ、勝手に好きなだけ、石のような私にキスでも何でもすればいいわ」


 目を閉じて呟いた。

 

 また大事な場面で爆発されてはたまらない。

 今後はルーゼのガス抜きに、寝ている間にされる事は不問にする事にした。


 

 ――デリア家を訪問した三日後。

 今度はライナスの方から、ミュール伯爵邸を訪ねて来てくれた。

 両親は外出中で、使用人が来客者の名を告げると、リーネが大喜びで出迎えに飛んで行く。


 ルーゼからの無言の圧力を感じながら、私はメイドに庭にお茶の用意をするように頼む。

 先日のお礼に、今日はミュール伯爵家自慢の薔薇園にあるテーブルにて、お茶を振舞う事になった。


「まさか本当にそちらから、こんなに早く訪ねてくるとは思わなかったよ。ライナス。

 侯爵になったばかりで多忙な筈なのに、誰かの顔がよほど見たかったとみえる」


 ルーゼの嫌味ったらしい口調の挨拶に対し、ライナスは快活に答えた。


「忙しいといえば忙しいけど、全く暇が無い訳でも無いからな。

 君と俺の家は親戚だし、年頃も近い訳だから、もう少し親交を深めた方がいいと、かねてより母も、君の両親も言っている」


「つまり私と親交を深めてくれる気で、訪ねて来てくれたと、そう言うのだね。

 私はてっきり別の思惑があるのかと思ったよ。

 たとえば他人の婚約者に横恋慕するとかね……」


 かつての私なら冷や汗をかくような、雲行きの怪しい会話の流れだった。

 すかさず、リーネが口を挟める。


「まあ、ルーゼ! 横恋慕っておかしいわ。

 私は本当に想い合った男女が結ばれるべきだと心から思うの。

 最初の選択が間違っていたのを正す事が、そんなに悪い事とは思えないわ!」


 私も遅まきながら会話に参戦する事にした。


「リーネ、残念だけど、そんな簡単にはいかない事もあるの。

 私達の婚約がそのいい例よ。

 私から婚約を破棄した場合は、死を持ってお詫びすると誓わされているんだもの!」


 自分のせいで婚約に到った経緯も自ら誓った事実も伏せて、被害者面する厚顔さに我ながら笑ってしまう。


「まあ! それじゃあ、こういう事なの?

 あなたと結婚したい人は、まずルーゼに婚約を解消してくれるように、頼み込まないといけないのね!」


「そんな誓いをさせられているのか?」


 精悍な顔を曇らせて、ライナスが非難するような視線をルーゼへと向けた。

 ルーゼは不機嫌丸出しで口元を歪ませ、答える。


「頼むのは相手の自由だけど……そんな戯言を受け入れるぐらいなら、私は口から剣を入れて飲み込んでみせるよ」


「つまり、婚約解消するぐらいなら剣を飲み込んで死んだ方がマシだとそういう訳ね?

 無効にするにはどちらか一方が死なないといけないなんて、ある意味悲劇ね!

 うかつに婚約なんかするものでは無いという教訓かしら?」


 リーネの驚きに満ちた声に、全くその通りだと思いながら、私はお茶を飲み下す。

 目の前でライナスとルーゼの視線が激しくぶつかり合っていた。


 険悪なお茶会が一段落すると、リーネの提案で屋敷の裏手にある散策路を4人で歩く事になった。

 表の田舎道を走るのが好きな私と違い、木立の中を通る小道を歩くのが彼女のお気に入りらしい。


 先頭をリーネとライナスが並んで歩き、私はルーゼに肩を抱かれ、その後ろをついていく。

 ルーゼの監視はとても厳しく、ライナスとは常に一定以上の距離を保ち、それ以上は近づかせて貰えなかった。


 気のせいか、昨日からの流れで、私を見るリーネの視線が、敵愾心から憐れみを浮かべたものに変化している感じがした。

 ライナスも思うところがあるみたいで、私とルーゼの様子を、しきりに振り返っては観察している。


 頭痛がして気分が悪かったので、私の顔色も相当悪かったのだろう。

 悲しそうに俯いてそぞろ歩き、嫉妬深い婚約者に縛り付けられている憐れな令嬢、という役どころをそれなりに演じ切れていたと思う。


 

 その効果もあり、それ以降も、ライナスは頻繁に屋敷を訪ねて来た。

 明らかに私の事が心配で心配でたまらない様子だった。

 ライナスが訪れた日はルーゼの機嫌はすこぶる悪く、じっと暗い目で私の顔を眺め続けていた。


 私の方はすっかり役に嵌っていた。

 小さな事でもルーゼに対し言いがかりをつけ、感情の浮き沈みが激しく、何かというと死にたいと口にする。

 常に苛々とした一緒にいても気の休まらない神経質で破滅願望のある女を、ルーゼの前で演じ続けた。


 彼の愛が死ぬのが先か私の生命が尽きるのが先か。

 これはルーゼとの精神的な戦いだった。

 

 

 レーム地方は冬になっても雪が少ししか降らず、積もっても温かい日中のうちに溶けてしまう。

 ライナスは冬になっても定期的に馬に乗ってミュール伯爵邸に顔を出しに来ていた。

 病気の事を知らない彼は、日々私が弱っていくのが、精神的なものだと思い込んでいるようだった。


 ある日とうとう、ライナスはルーゼに面と向かってこう言った。


「ルーゼ、いい加減にしたらどうだ?」


「……何を?」


「レティアをそろそろ解放してあげたらどうなんだ?」


「……解放とは?」


「本当に彼女の事を想うなら、形だけの婚約に縛りつけず、自由にしてあげるべきだ。

 それが本当の愛では無いのか?」


「ライナス、あなたに本当の愛がなんたるかが分かるのか?」


 言い返したルーゼの表情は暗く苦しみに満ちたものだった。


「少なくとも君より分かっているつもりだ。

 相手の気持ちを優先させるのが愛なら、自分の気持ちを優先させて相手を縛りつける行為は、自己愛、もしくはただの執着だ」


 男らしく言い切ったライナスの台詞は、さぞやルーゼの耳には痛いものだろう。

 リーネもこの流れに目を丸くしている。

 私は効果的な機と見るや、とうとう大声で叫んだ。


「ライナス……止めて……私が悪かったの……!

 ルーゼに、他の男性のものになるのを見るぐらいなら、いっそ殺してしまいたいと言われて、ロウルの事もあって、私怖くって……。

 あなたに惹かれていたのに、もう殺されたくない一心で……死にたくなくて……婚約してしまったの!

 私が弱いからいけなかったの!

 ルーゼは何も悪く無いの!」


 真実を多少曲げての説明だったが、ルーゼは特に間違っている部分を訂正したりはしなかった。

 ただ、激情に耐えて、唇を噛み締め、暗い表情で私を見ている。


 私は台詞を言い終わるいなや両手で顔を覆い、バッと走り出した。

 途中でルーゼがきちんと追ってきている事を確認しながら。

 屋敷の中へ駆け込み、寝室へと飛び込んで、ベッドに伏せり、思い切り笑ってやる。


「あははははははははははっ……!」


 狂ったように笑っている私をルーゼが茫然と立ち尽くして見ている。

 

 愛の無い、嘘つきで、他の男に気のある女に、あなたはどこまで耐えられるのかしら?

 狂気に染まった高笑いをあげながらも、私が願っていた事はたった一つだけだった。


(お願いだから一刻も早く私を嫌いになって……!)


 少しでも早くこの苦痛の芝居を止めさせて欲しかった。

 大好きなあなたを痛めつける、という心を削る作業に、本当に頭がおかしくなりそうだったから。



 ――婚約理由の暴露は、同時にかつてのライナスへの想いの告白でもある。

 当然のように、その日を境に、私はルーゼによってライナスと会う事を一切禁じられるようになった。


 彼が訪ねて来ると裏口から外出させられたり、寝室へ閉じ込められて見張られるようになった。

 その間、リーネや両親がライナスの接待を担当してくれていた。

 こうなってみると、むしろ今まで彼に会わせて貰えていたのが不思議なぐらいだ。


 ライナスと会えなくなった事は寂しかったが、反面気が楽になった面もある。

 彼に醜態を晒す前に別れる事が出来たのだから。

 このまま行くと、私の体調はさらに悪くなり、夏になる頃には寝たきりに近くなるだろう。

 どのみち、そうなる前に彼には別れを告げる予定だったのだ。

 どうしても、ライナスだけには病気で弱って死にゆく自分の姿を見せたくなかった。


 

 冬が終わり、春が来て、夏が来ればこの寿命は尽きる。

 春を目の前に、私は朝ベッドから起きあがれるようになるまで、だいぶ時間がかかるようになっていた。


 

 冬の終わりのある日、体調がすぐれず、ルーゼと二人で寝室に篭っていた時の事。

 急にノックする音が響いて、扉を開いてリーネが顔を出した。


「ルーゼ、どうしても二人きりで相談したい大切な話があるんだけど、今大丈夫かしら?」


「……ああ、大丈夫だ。今行くよ」


 ルーゼは素直に、廊下へと出て行った。


 そのタイミングを見計らうように、すぐに窓をコツコツと叩く音がする。

 驚いてそちらを見ると、窓の外に黒馬に跨ったライナスの姿があった。

 駆け寄って窓を開くと、目の前にスッと彼の手が差し出される。

 手を重ねるとぐいっと掴まれ、あっという間に馬の上に引っ張りあげられていた。


「どうして? ライナス!」


 気がつくと私はいつかのようにライナスと一緒に馬に乗って草原を走っていた。

 まるで懐かしい場面の再現のようだった。


「どうしても君に会いたかったから、リーネに頼んだんだ!」


 流れる景色を見つめながら、がっしりとした彼の腰にしがみつく。

 もう一度ライナスとこんな風に馬に乗れるなんて、夢みたいだ。


 やがて思い出の丘の上で馬は止まり、ライナスが先に降りて、私を抱き下ろしてくれる。

 夏空のように爽やかな真っ青な瞳が、愛情を込めてまっすぐ向けられてきた。

 向かい合って立っているだけで、なぜだか胸が熱くなる。

 自然に目から熱い涙が溢れ出て、吹きこぼれるのを止められなかった。


「まだ何も言ってないのにもう泣き出すのか?」


 黒髪を風に靡かせて、ライナスが笑う。


「だって、また、あなたとここに来られるなんて……」


 そこで長身のライナスが地面に膝をついて、下からこちらを見上げて、長方形の箱を差し出してきた。


「今日はレティア……君に特別な話があって来た。

 まずはどうかこれを見て欲しい……」


「え? 何?」


 突然の流れにとまどっていると、彼が目の前で箱を開いて中身を見せてきた。

 緊張しながら中を覗き込むと、そこには有り得ないぐらい大粒の青い宝石のついたネックレスが入っている。


「凄いネックレス! これは?」


「代々、デリア侯爵家に嫁ぐ女性に贈られるネックレスだ」

 

「嫁ぐって? え?」


 びっくりしてライナスの顔を見ると、きりりとした真剣な眼差しが返ってくる。

 

「君がこれを受け取ってくれるなら、俺は決闘してでも、ルーゼとの婚約を無効にするつもりだ……!」


 それは紛れも無い、ライナスからの、私へのプロポーズの台詞だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
近日(ざまぁ追加の)番外編公開予定→完結済作品:「侯爵令嬢は破滅を前に笑う~婚約破棄から始まる復讐劇~」
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ