さよならを言う時
どうも。こちらには初投稿のい号潜です。
この話には艦魂が登場します。
苦手な方は180度回頭をお勧めいたします。
"艦魂"は付喪神のようなものです。
彼女達には喜怒哀楽があります。
もちろん悪戯をしたり、人に害を加えるようなことはしません。
ただ、そこにいるだけです。
これはそんな彼女達の話です。
必ずしも史実に忠実に基づいておりません。
一つの話として、お楽しみいただければ幸いです。
大正13年9月6日
帝都に程近い横須賀の軍港には、真新しい軍艦が2隻浮かんでいる。
既に灯火は消され、月明かりがぼんやりとその威容を浮かび上がらせていた。
「やあ、長門」
「これは・・・安芸・・!」
夜空を見上げて心の整理をしていた長門の耳に、聞き覚えのある声が入ってきた。
安芸だった。
薩摩型戦艦2番艦の彼女は、長門にとっては敷島、朝日、三笠と並んで大先輩にあたる。
安芸は、艦橋の端に腰掛けていた。
端正な顔と長い黒髪は、七日月の明かりでもよくわかった。
長門は驚愕を隠し切れない。
その様子が可笑しかったのか、安芸はクスクスと笑った。
「あなたもそんな顔するのね」
「当然だ。今夜は三笠のところにいると思っていた」
「朝日がいて五月蝿いのよ。だから久し振りに来たの」
安芸は朗らかに笑って、打ち寄せる波に目を向けた。
その横顔を伺ってみたが、寂しげな色や悲しげな色は微塵も感じなかった。
長門は悲しくなった。
姉妹が居なくなっていくなかで、感覚も鈍ってしまったのかと思った。
軍縮条約の影響で、先輩たちは次々に姿を消していっていた。
先日も、安芸の実の姉である薩摩が居なくなったばかりだ。
安芸自身、引退してから既に1年近くが経とうとしている。
以前見た時と比べると、服も所々破れていたりしていて、精彩が欠けたように見える。
「長門」
「は、はい」
安芸が唐突に名を呼んだ。
顔は見えない。
下を見たままだ。
「私、明日・・付き合うよ」
「っ!!」
あまりの衝撃に、言葉が出なくなった。
それが何を意味するのか。
多くを聞かなくとも、長門は悟った。
それは、前から聞いていたことだった。
乗組員や艦長の会話で、旧式戦艦を標的に砲撃演習をすると。
具体的な名まで聞く勇気がなかったから、今の今まで誰なのかは知らなかった。
「大丈夫」
安芸は、こちらを仰ぎ見て続ける。
「いつものように、やればいいよ」
そこでまた、優しく微笑んだ。
また"いつもの"だ。
長門は、込み上げてくる熱いものをなんとか押し込めて、力強く頷いた。
それを期待しているだろうと思ったからだ。
予想通り、安芸は満足そうに頷く。
込み上げてきたものが、すっと下りる。
なんとか堪え切れた、と安堵した。
突然、安芸がこちらに手を差し出した。
長門は戸惑った。
今まで、そんなことは一度もなかったからだ。
何をしてほしいのだろう?
その疑問が伝わったようで、安芸は恥ずかしそうに、ゆっくりと口を開いた。
「・・立たせて・・」
2秒経って、その意味が分かったとき、熱いものが一気に突き上がってきた。
戯れでも、安芸がそんなことを言ったことはない。
安芸は、もう自力では立てなくなっていた。
精神的なものか、あるいは肉体的なものか。
とにかく何かが、安芸の身体をそこまで蝕んでいたのだ。
涙は見せまい。
幸い、長門は月を背にしている。
ギリリと唇を噛んで、精一杯優しく彼女を立たせた。
すると、ふらふらと倒れてくる。
思わず抱き留めたが、腕の中の彼女は、驚くほど弱々しかった。
「ごめんね」
安芸は、すぐに私の腕を抜け出して、真っ直ぐに立った。
おくびにも出さないが、無理をしているのが伝わってくる。
そして、満面の笑みを浮かべて、自分の居場所へ戻っていった。
一人残された長門は、血が滲むほど拳を握りしめた。
自分は、今目の前にいた者を殺さなければならないのだ。
安芸を。
あの安芸を。
自分の誕生を誰よりも喜んでくれて、優しく接してくれて、励ましてくれて、誇らしいとまで言ってくれた、あの安芸を。
安芸の話が、頭を駆け巡る。
起工当初、世界最大・最強の戦艦といわれた薩摩と安芸。
しかし英国で弩級戦艦が登場し、就役と同時に旧式艦という烙印を押されてしまった。
彼女はどれほど悔しかっただろう。
連合艦隊旗艦になることも無く、数年後には金剛姉妹が来た。
扶桑、山城、伊勢、日向、そして長門、陸奥。
どんどん彼女は置いて行かれた。
それでも、彼女は恨み言一つ言わない。
自分達が恨めしくないのか?
いつか、長門は安芸に尋ねたことがある。
本心を知りたかったのだ。
知ってどうするのか、までは考えていなかった。
はたして、彼女は不思議そうに細い首を傾げた。
「どうして?そんなふうに見える?」
「いや、・・・・・ただ、聞きたかっただけだ」
ふぅーん、と興味の無さそうな返事をした。
それではぐらかすのかと思いきや、彼女はにっこり笑って答えてくれた。
「そんなこと思ったことないよ。だって、皆私のかわいい後輩だもの・・・・・私が何もできなかった分も、皆ならできる。果たせるだけの力も、強さもある。・・・長門。あなたは私の誇りなんだよ・・・」
「・・・・自分も活躍したいとは思わないのか?」
一旦、彼女は口をつぐんだ。
そして、噛み締めるように言葉を繋げていった。
「思うよ・・・この国の為に、身を捧げたいって。最前線で戦いたいって・・・・でも、私は運が悪かった。生まれたのが遅過ぎた・・・・それは誰かが悪いってことじゃなくて、仕方がないことなの・・・・あなたも、金剛たちも、扶桑や伊勢たちも悪くない。もちろん、私を生み出した人たちも悪くない・・・・だから私は、誰も恨まない」
彼女は長門の手をとった。
「私は・・・こうして皆と一緒に働けるだけで、とっても幸せだよ」
翌日、長門と陸奥は房総半島沖に向かっていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
どちらも無言だ。
無理も無い。
口を開いたら、自分の気持ちが折れそうだったから。心の悲鳴が出そうだったから。
陸奥にも、昨夜のことは話していた。
絶句した陸奥の顔が脳裏に浮かぶ。
あと10分で所定位置に着こうという時、
「やあ、二人とも」
「っ!!!」
「あっ!・・・」
艦橋上に寄り添っていた二人の目の前に、安芸が現れた。
被っているところなど見たことのない帽子を被り、眩しいほど白い、綺麗な盛装を着て、手には白い手袋をはめている。
「死化粧」・・・という言葉が頭を過ぎる。
「あなたは・・・」
「綺麗・・・」
「ふふふ、うれしい、ありがとう」
安芸は心底うれしそうに微笑んだ。
まるで、昨日の弱々しい姿は夢だったのではないかと思うほど、生き生きとしている。
こんな安芸を見るのはいつ以来だろうか。
長門は努めて平常心を保とうとした。
しかし、何時までもつかわからない。
「・・・暫くの、別れですね」
これまで何度となく言ってきた言葉だ。
こう言えば、先輩たちは満足してくれる。
熱いものも、堪えられる。
笑って、送ることができる・・・
しかし安芸は、ううん、違う、と首を振った。
「・・・・永遠の、別れだよ・・・・」
「っ!!!!」
あまりにも意外な言葉だった。
これまで先輩たちは、一切そんなことは言わなかった。
安芸ももちろんそのことを知っている。
「皆、こんなこと言わないよね・・・当たり前だと思う。だって、言った方が、言われた方より傷つくことだから・・・・後に残った者が一番、傷つくことだから。でも、言わなきゃいけない時も、あると思う・・・"さよなら"ってね」
笑顔を崩さずに、彼女はゆっくりと話す。
穏やかな眼光だが、長門は捕えられて目を離すことができない。
隣でカタカタと陸奥が震えている。
「"暫くの別れ"・・・つまり、会えないと決まったわけじゃない。もう一度会えるかもしれない。そういうことだよね。あ、別にそういうのが悪いってことじゃないよ・・・・でも、私は思うんだよね。そうやって自分を騙しつづけるのもよくない、って。ずっと、もう一度会えるっていう期待を持ち続けて、そのことが忘れられなくて、引きずっていって・・・・・それが重しになるのなら、」
安芸は、右手を自分の左胸に持っていった。
「私のことは・・・私のことだけは・・・・・・・忘れていいよ」
「っ!!!そんなっ!!」
思わず叫んだ長門の横を、陸奥がすり抜けていった。
「嫌!!忘れない!!忘れるなんて嫌!!」
「忘れなくてもいいよ。ただ、もう一度会えるかもしれない、っていう期待はしないで・・・・・キレイさっぱり諦めて、前へ進んでほしい」
手袋のまま、安芸は優しく抱き着いてきた陸奥の頭を撫でる。
盛装がどんどん濡れていく。
陸奥が泣いているのだ。
「そうそう、泣いてもいいんだよ。あんまり我慢するのもよくない。そのかわり、私の前だけにしてね」
ほら、と安芸は長門を手招きする。
首を振って俯いた。
最後の最後に泣いては、今まで笑って送ってきた先輩達に申し訳が立たない。
泣くわけにはいかない。
陸奥の嗚咽が、鋼の意志に亀裂をいれていく。
昨夜握りしめた拳をまた握った。
泣いてはいけない、泣いてはいけない、泣いては・・・・・
「長門」
はっ、と反射的に顔を上げる。
「おいで」
するとそこには、あの、別れ際に見た、満面の笑みがあった。
つーッと、頬を一粒の水滴が伝っていった。
「う・・・」
一歩踏み出す。
「う、う・・・」
もう二歩。
「うっ、ううぅ・・・・」
さらに二歩。
「うっ!、うううぅ!!・・」
着いた。
ドンッと安芸の左肩に顔を埋める。
しっかりと受け止めた安芸は、そっと長門の背に腕をまわした。
その瞬間、感情の栓が吹き飛んだ。
長門は泣いた。
肩を震わせて、慟哭した。
喉がちぎれるかと思うほど叫んだ。
一気に溜め込んでいた熱いものが噴きこぼれ、盛装を濡らしていく。
自分より頭一つ大きい二人を、安芸は優しく抱きしめた。
『主砲、撃ち方用意!!弾種、徹甲弾!!各砲門、1発!!』
砲術長の声が、朗々と響いてきた。
重厚な金属音が響いてくる。
安芸は手を離して、二人の肩を叩いた。
「さ、もう行かなくちゃ。薩摩も待ってるし」
散歩にでも行くように、安芸は優しく二人に告げた。
嫌だ嫌だ、と陸奥はグズッて離そうとしない。
長門も行かせまいと、さらに力を込める。
「痛いよ長門。潰れちゃう」
ポンッ、と頭を叩いても、離してくれそうにはない。
困った顔で、安芸は二人の頭を撫でた。
「苦しんでるところは・・・見せたくないよ」
ここで、見送ってほしいな
その言葉を聞いても、まだ二人はしがみついている。
やがて、音が鳴りやんだ。
もう時間が無い。
別れの言葉を掛けることもできなくなる。
それでようやく、長門が顔を上げた。
力ずくで陸奥を引きはがし、しっかりしろ、と枯れた声で励まして、安芸と向き合う。
切れ長の目を真っ赤に充血させて、思い切り鼻をすすった。
「安芸・・・ありがとう。これまでの分も、全部泣くことができた。だが、私はあなたも含めて、先輩たちのことは絶対に忘れない。これからも、この胸に抱いて・・・」
「そっか・・・」
微笑みながら決意の言葉を聞いた安芸は、しかし、少し悲しそうな色を浮かべた。
「・・・余計なこと言ったね。酷いこと言ったね・・・・ごめんね・・・・私、あんまり賢くないから、思ったことそのまま言っちゃって・・・上手く言えなかった・・傷付けちゃったかな・・・ああ、ホントにダメだな私・・・ごめんね・・」
「ダメなんかじゃない!!あなたは本当にいい先輩だ!・・・正直で、暖かくて、心優しい、・・・・」
『測的よぉーし!!』
『作業員の退避完了!』
「私たちが・・・大好きな先輩だ!!」
「・・・・・ありがとう」
安芸は下を向いて、自らに狙いを定めている巨大な主砲塔を見た。その中の砲弾は、間もなく彼女を貫く。
そして、左舷上方に浮かんだ雲を仰いだ。
その下には横須賀の街があり、三笠がいる。
「・・・そっか、心配する必要も無かったんだね。・・君達は・・強い。・・・うれしい・・・誇らしいよ」
『主砲、発射用意よし!!』
「・・ありがとう・・・長門、陸奥・・・」
『撃ち方始め!!』
「皆の先輩で、・・私・・・本当に幸せです・・・」
『よぉーーい、てぇー!!!!』
『よぉーい、弾着!!』
大正13年9月7日
戦艦安芸
房総半島野島崎沖に沈没