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毛玉とゆうしゃ


 わたしは洞窟の黒い水たまりに自分の姿を映して、ため息をこぼす。


 水たまりに浮かぶ大きな姿は、丸みを帯びていて、全身は白い毛でおおわれている。


 生まれたときは小さくてよく風に飛ばされていたけれど、今は風くらいではびくともしないほどにふくれてしまった。


 ――なんて大きいの。毛もくじゃらなの。また、太ったんじゃない。だから、手も足も毛に隠れてしまって、転がるしか移動手段がないのよ。


 自分を叱っても、お腹はすく。わたしの食料はこの世界のちりやほこりだ。吸いこむことでわたしのからだの栄養となる。魔界はとっても汚くて、食料がいっぱい。そのため、わたしは太り放題なのだ。


「今日もいっぱい食べちゃおっかな」


 なんて、誰も聞いていないのに、ひとりごとが出ちゃう。


 おじいちゃんが旅に出てから、わたしの話し相手はいない。だから、ひとりごとが多くなったのかな。やだな。


 わたしは深くため息をついてから、洞窟の入り口に向かって勢いをつけて転がることにした。



 家でもある洞窟を出たときだった。ちょうど、勢いがついてきて段差も何のその。


 ゴロゴロ転がっていたら、頭上から何かが降ってきた。洞窟の上は崖になっていたし、小岩がぶつかったのかなと思った。でも、小岩にしては衝撃がすごかった。


 毛におおわれた瞼を恐る恐る開けば、目の前に人が倒れている! 人って確か、人間で、魔族を滅ぼそうとしているんじゃなかった? どうしよう。でも、うめき声を上げる人間はとっても苦しそう。


「さり……あ」


 それだけを言い残して、人間は動かなくなってしまう。目元は真っ赤になっていて、たぶん、魔王様の毒攻撃(魔王様が使う特別な毒)をまともに食らってしまったのだろう。毒を抜かなければ、人間は確実に死ぬ。


 だけど、人間は魔王様と対立している。いくらわたしが中立な立場といっても、敵を助けていいのかな? おじいちゃんだったら……。と、考えれば、迷うことはなかった。おじいちゃんなら、絶対に助けるはず。


 わたしは人間の反対側に回って、頭突きするように押した。あんまりびくともしないから、毛のなかから口を出して、人間の足首に噛みついた。ちりしか吸わないから歯なんてないけれど、どうにか引っ張れた。


 人間は岩みたいにとっても重かった。それでも、わたしは諦めなかった。人間を洞窟のなかに引っ張りこんだ。


 洞窟のなかに毛布があったのでその上に人間を寝かせると、わたしは覚悟を決める。


 ちりやホコリを好むわたしたちは、汚いとされているものを吸いこみ、お腹のなかで中和することができる。つまり、人間に入った毒の気を残さず吸いこめばいいというわけ。


 見たところ、人間は目をやられているから、ちょっとその周りを吸ってみようとと思った。



 吸っているうちに気分が悪くなってきた。さすがに魔王様の毒だ。並大抵の汚染物質じゃない。あんまりおいしくないなと洞窟の壁にもたれかかっていると、むくっと毛が逆立ちはじめた。成長の証だ。


「はあ……また、大きくなっちゃったな」


 毛玉が大きくなりすぎると、わたしのからだは破裂する。おとうさんもおかあさんもそうだった。破裂して、後には何にも残さない。あっという間にひとりぼっちになった。


 おじいちゃんはひとり毛玉族じゃなかった。だから、長生きもできたし、旅にも出られた。


「絶対にわたしを死なせないって」


 おじいちゃんは言い残していったけれど、いまだに果たされていない。今頃、どこでどうしているのだろう?


「おじいちゃん……」


「ん……」


 わたしのつぶやきに反応したかのように、人間の声が聞こえた。目が覚めたのだろうか。近づいても大丈夫? 考えていたら。


「こ……」


「こ?」


「ここはどこだろうか?」低くかすれた声が聞こえた。人間は見えない目で辺りを見渡していた。


「洞窟」


「洞窟?」


「うん、洞窟」


「その洞窟に、なぜ、いるのだろうか? できれば、詳しく教えてほしい。あと、目がまったく機能していない理由も聞きたい」


 人間は早口だった。いっぺんに2つも質問をされたことがなくて、わたしは混乱しつつも、あなたが空から降ってきたこと、魔王様の毒の話をしてあげた。


 人間は黙って聞いたあとに「ありがとう」と落ち着いて言った。ふるふるとからだを横に振ったけれど、人間には見えていないはずだ。わたしは慌てて「いいの」と言い直した。


「きみは、女性なのか? あるいは、雌なのか?」


「じょせい、めす……」それって性別というものでしょ。人間は性別を気にしているらしい。


「いや、声が高いから女性なのかと」


「わたしたちには性別はないよ。ただ、おとうさんになれるか、おかあさんになれるかってだけ」


「きみはどちらになれるのだ?」


「おかあさん」


「そうか」なぜか、人間が笑ったような気がした。わたしがおかあさんになれると変なの?



 人間の手がさまよいはじめる。きっと、何かの感触を求めているんだ。それならとわたしは人間に近づいた。人間の手がわたしの丸い体に触れる。ちょうど、お腹より上の部分。そこは少しだけ丸みが大きい。人間はその丸みに触れたとき、慌てたように手を引っこめた。


「す、すまん」


「なぜ、謝るの?」


「きっと、さっきのは、その、きみの胸だったのだろう」


「うん」


「すまん。俺にはこういう免疫がないのだ。勇者として生きてきたばかりに普通の男が経験することをいまだに未体験で……」


 人間はぶつぶつと変なことを言っていたけれど、わたしはもっと大事な話に驚いていた。


「あなた、人間。そして、勇者?」


「あ、ああ、勇者なんてものになったおかげで、愛しいサリアにも愛を告げられなかった。相手は神子で、愛を告げたとしても結ばれることはなかっただろうが」


「なんて!」


「おい、どうした?」


「わたしったら、なんてことをしてしまったの! 人間を助けただけでも大変なのに、魔王様と敵対する勇者を助けてしまっただなんて! この罪は大きい。わたしのからだのように膨らんで破裂して後に残さなければいいのに!」


 どうも、心の声を口に出していたらしい。勇者はなぜか、落ち着きもなく、拳を握っていた。


「きみはからだがふくらむのか? そして、破裂すると、消えてしまうのか?」


「そうよ。おとうさんもおかあさんもからだが破裂して死んだの。大きくなりすぎてね。でも、悲しいことじゃないの。生まれた物質はいずれ消える。魔王様もそうおっしゃってる」


「きみは本当に、破裂してから後に残さないと言えるのか」


「え?」


 そんなの、残るわけがないと断言できるはずだ。わたしのおとうさんもおかあさんも何にも残してはくれなかった。勇者はわたしの毛に手を伸ばし、軽く触れた。


「きみは俺を救ってくれた。女神だ。きみは残る、少なくとも俺の心のなかに」


 勇者の言葉は嬉しかった。わたしが消えても誰かが覚えていてくれたら、後に残るってことだから。たとえ、今、勇者がわたしの胸を掴んでいたとしても、許さなければならない。


「勇者、ありがとう。でもね、そこ、胸だからね、わたしの」


 そう教えたあとの勇者はおかしかった。目が見えていないはずなのに、自分の手元に顔を向けたあと、「うわっ」と飛び上がった。そんなに驚かなくてもいいと思うけれど。


「あ、そうそう。毒が完全になくなるまで、ちゃんと吸ってあげるからね」


 わたしは善意で言ったのに、勇者はなぜか気絶してしまった。


おわり

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