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未成年共  作者: めんこ
1/2

ゲーム少女

ゲームを楽しむ少年少女の話

「人を殺す事なんて、簡単な事だよ。」


ポッキーをくわえながら、カナは言った。


「この世には、沢山の殺人方法があるじゃないか、刺殺、銃殺、絞殺、圧殺、殴殺……それに武器もいっぱいある。包丁、拳銃、はさみ、なわとび、シャーペン、その辺の石、水、手……パッと思いつくだけでこんなにも。ようはね、決断するかしないかだよ。人を殺す決断をするのに躊躇するのであって、人を殺す行為自体は、とってもとっても、まるでお菓子の袋を開けるくらいに、簡単なんだ」


そう言いながらカナは、まだポッキーをくわえたままなのに、近くに置いてあったポテトチップスの袋を開けた。


「……そうじゃなくて…今考えてるのは、「何故、人は人を殺すのか」だろ」


高校の卒業課題『何でも自由にレポート』の題材に、僕とカナは『殺人』を選んだ。


それを選んだ理由は特にない。最近のニュースで残酷な殺人ニュースが流れてたから、くらいの軽い気持ちだ。


さっそく手始めに、僕とカナで「人が人を殺すときの心境」を予想、想像して、レポート用紙にまとめることにした。


そしたらカナは、「殺人なんて簡単だ」とか言い出した。僕が話を戻そうとしたら


「何故かって、そういう気分になったからだよ」


と言って、口にポテトチップスを放る。


「何故、殺すかなんて、理由なんて人それぞれだよ。「憎たらしくなった」「嫌な事をされた」「邪魔になった」「頼まれた」「楽しそうだった」十人十色って言うでしょ?同じ思考の持ち主なんて、この世に誰一人として居ないんだ。だから、人が人を殺そうと思うときの心境はただ一言「殺そうと思った」としか、表せないよ」


ポテトチップスをバリバリ食べながら言っていたカナは、ふいに手を止め、またポッキーをくわえた。


「ね、ね、そんな事より、ポッキーゲームやろうよう」


夕日が差し込む教室、その窓際の席に向かい合って座る僕達は、残念な事に、恋人同士ではない。





茶色のショートヘアをふわふわゆらして、カナは僕の隣を歩く。夕日に照らされたその髪は、普段のそれより赤色だ。


二人の間に、これといって会話は無い。時々カナが何か呟いて、それに僕が返答して、それがちょっと続いて、また沈黙…みたいな感じ。


今日もまた、カナは呟く。


「ポッキーゲームって面白いのかなぁ」


カナは、何と言うか、知能が低い。


だからカナにとって「ポッキーゲーム」とは「やったことがないゲーム」「名前しか知らない遊戯」であって、テレビゲームやカードゲームが好きなカナにとって、「面白いかどうか、実際にやってためしたい」ものなのだ。


「……前にも説明しただろ。あんなの、ゲームって名前がついてるだけで、ゲームじゃないんだ」


「でもゲームって名前ついてんじゃん。ねぇ、やってみたいな、ポッキーゲーム」


「……僕以外の人に頼んでくれ」


「ヤダ。ゲームの対戦相手はいつでもゆーくんって、決めてるの」


ポッキーゲームは対戦ゲームじゃあない気がする。





僕達の関係を説明するのは少し難しい。


簡単に言えば、盗む者と、追う者。


ニュアンスは少し違うけど、ルパンと銭形。


カナの家は代々、盗みで家計を補っている。カナは、高校三年生ながらに、いわば怪盗なのだ。


僕の家は代々、カナの家の盗みを邪魔する、セイギノミカタ(うわぁ何これ恥ずかしい)。でもカナの家が現代まで普通に生活しているあたりで、僕の家の活躍の様子が窺い知れる。ちなみに現在両親は警察官。僕は仕事を引き継ぎ、御先祖様と同様、それほど活躍していない。


そんな面倒臭い家柄に生まれた僕達は、本来なら一緒に宿題をやったり、下校したりしないはずだけど……何故か、カナはいつも僕に纏わりつくのだ。


僕達の家の仲が悪いのは事実。それでも、僕達が一年生のときからつるんでいるのも、れっきとした事実。


複雑?いやいや単純。僕達は友達と呼べるかわからない程度の仲だし、僕達の両親は僕達に無関心だから、学校でのことなんて聞きもしない。何も知らない。


興味があるのは、盗みが成功したかどうか。


興味があるのは、盗みを阻止したかどうか。


そんなことばっかり考えている両親だから、「学校でカナと仲良く課題をやってきた」なんて言ったら、きっと僕は家を追い出され路頭を彷徨うだろうが、さっき説明した通り、その心配は必要ない。カナも同じ。


そもそも、別に僕とカナは「仲良く」課題をやるなんて、「仲良く」なんてするほどの仲ではない。決して、違う。


……そう。僕達は別に、友達じゃないんだ。ただの、


「そうだ、ゆーくん。今日も『ゲーム』をやるから。後で時間と場所をメールするよ」


ただの、ゲームの対戦相手だ。





夜の九時。上下真っ黒なジャージ(内側に小道具を沢山仕込んでいる)に着替えて、今日の「ステージ」に向かう。


その時、弥生ちゃんからメールが届いた。


弥生ちゃんの家は、代々僕の家の仕事をサポートしてくれている。だから弥生ちゃんと僕は、仲の良い幼馴染だ。


でも、さっきも説明した通り、僕の家の実績は少ない。つまり、弥生ちゃんの家のお手伝いも、ちょっと……あれなのだ。


現に今届いたメールには「今日、カナリアが鳴く」とだけ書いてあった。


メールや電話、手紙……データとして残る物で連絡を取る時、僕達は簡単な暗号を使う。一応、表向きは普通の高校生だから、何かの拍子に知られる訳にはいかない。このメールの「カナリア」とは、そのまま「カナ」の事を意味していて、「鳴く」とは、まあつまり、「盗み」をやるという意味。ひねりもなんにもない。


でも、説明した通り、弥生ちゃんの実績もちょっと、アレ。弥生ちゃんからのメールの一時間前に「九時半から第二中学校でゲーム開始。マトはサイン色紙」と書かれたメールが、カナから直接届いている。弥生ちゃんより情報が早い上に、詳しい。


「……おつかれ、弥生ちゃん」


僕はそう呟いて、一つ年下の幼馴染に「リョーカイ」と返信した。





今日の「ステージ」………第二中学校


今日の「マト」………サイン色紙


サイン色紙とは、この学校の卒業者……アイドルの川崎敦士が、何年か前に学校にやって来て、書き残していった物だ。売れば、そこそこの値段になるだろう。


それを今夜、カナが盗みに来る。


それを今夜、僕が、止める。


知らない人からしたら、「なんておかしな人達だ」とか思うかもしれない。でも、僕達はそうは思わない。


これは、ただの、仕事だから。


いや、それ以前に。


僕達にとって、これはゲームでしかない。


捕まえるか、逃げ切るかの、ゲーム。


僕は一応、仕事の意識を持っているけど、カナは完全にゲームのつもりで、楽しんでいる。そして、僕も、実は少し、楽しんでいる。


そう、これは、ゲームなんだ。


「さて……」


僕はとりあえず、校長室の扉のその隣。サイン色紙が入っている額縁。その目の前を陣取ってみる。時々、美術館等の大きな所でゲームをやる時は、裏の裏の裏の侵入経路から阻止を始めるが、今日みたいなステージの時は、堂々とマトの前で迎え撃つ。


「…九時、二十九分……」


呟いて、少しすると、人の気配。


「…………ゲームスタートだよ、ゆーくん」


途端。後ろからカナの左踵が、僕の左耳のあたりに高速で向かってくる。


それを僕は左腕で払い、そして、今日のゲームが始まった。


いきなり後ろ回し蹴りを叩き込んできたカナは、一度僕から離れ、構えをとった。


軽く握った両の拳を腹の前に置き、少し腰を落とす、カナ独特の構え。


「えへへー。先制攻撃は失敗だぜ」


全く悔しそうも無く、むしろ柔らかい笑顔で、カナは言った。


「……お前、日に日に力増してないか?」


「毎日スマブラやってるもんね」


それテレビゲームじゃん。そう言おうとしたら、カナが突進してきた。


突進というより、体重移動とすり足を使った高速移動。そのスピードに乗せた正拳突きを、僕のみぞおちにくらわせる。


少し油断した僕は、腹筋だけでその衝撃をこらえようとする。でもカナは、強い。そこそこのダメージをくらってしまった。


「ホラホラゆーくん。反撃しないと、ボクちんの勝ちになっちまうよ」


カナは左の掌を上にして、そのまま四本の指をクイクイと二回、曲げて伸ばす動作をした。ブルース・リーが敵を挑発するそれに似ていた。


「…ボクはいつも、自分から暴力は振るわないだろう?」


「さぁっすがゆーくん。ヒューヒューいい男!だからボクちんはそんなゆー君が大好きだぜ」


そう言って、カナがまた、殴りかかってくる。


右手でのラリアット。それを左手で止める。次に左下からみぞおちに向かってくる拳。それを右手で払った瞬間、その払った方向の流れに従うように、左膝が僕の右太腿に。さっき使った右手を勢いはそのままに、肘を軸に半時計方向に回し、膝を受け止める。するとカナは頭突きを仕掛けてきた。でも僕は、頭の固さには定評がある。逆にこちらからぶつかりに行ってやった。鈍い音が脳に広がる。


「うにゃー、くらくらする。ゆーくんも充分強いじゃない」


頭突きしたままの……お互いの額をぶつけ合った状態で、カナは笑う。


「…ガンダム無双やってるからな」


「それ、関係ないよ?」


お前もさっきこんなこと言ったじゃないか。


僕は一度、手でカナを押し飛ばす。手を伸ばせば色紙に触れられる位置まで、カナが近づいていたからだ。


「おっとっと。中々に乱暴だなゆーくん。でもそんなゆーくんも大好きだぜ」


さっきから何を言っているんだろうか、この不思議ちゃんは。


「僕も、いつも本気で殴りかかってくるカナが大好きだぜ」


ジョークと皮肉を込めて言ってやった。そしたらカナは


「やったー!ボクちゃん達、両思いだ!」


とか言い出した。


「冗談だバカ」


「あ!あ!ヒッデー!乙女の心を踏みにじったなゆーくん!正義の鉄拳をくらえッ!!」


そう言ってカナが飛び掛ってくる


と思った。


カナは、僕に向かって来る途中、倒れた。


倒れる寸前、「あっ」という顔をして。「あっ」という声の代わりに、乾いた破裂音を残して。


僕の目の前で、倒れた。


「……え」


そして、カナの右の肩の辺りが、どんどん赤くなっていく。


「……え」


カナが苦しそうに、顔を上げる。


「ゆ…ゆーくん…」


「カ…カナ…!」


僕はカナに駆け寄った。


「ゆーくん、ボクちん…」


「待て、待て、喋るな、大人しくしてろ。」


カナに言ってから、僕は自身にも言い聞かせた。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。


何があった?カナが倒れた。何があった?乾いた破裂音。何があった?カナが血を流している。何があった?あの音はきっと、銃声。


何があった?


カナが、撃たれた。


「……………」


廊下の向こうの暗闇から、かすかに呼吸音が聞こえた。その音の主の姿は見えない。


「だ…誰だ!」


僕は問う。でも返事は無かった。音の主の気配が、小さな足音と共に遠ざかっていく。


追うことも出来る。でも相手は、帯銃している。今追いかけても返り討ちにあう可能性がある。そして何より、カナ。


僕はカナが着ているジャージ(僕が着ているものと同じだ)の上着を脱がし、中に着ているTシャツの右肩の部分を破く。そして露になった肩の、血が流れ出てくる傷口に、自分のジャージに仕込んでおいたガーゼをあてる。僕には知識が無いからこれくらいの事しか出来ない。


「ゆーくん…」


「頼むから、喋るな。大人しくしててくれ」


そしてこれ以上、僕を動揺させるな。


僕はジャージのポケットから、携帯電話を取り出した。


「……もしもし、父さん。カナが、撃たれた。」





学校の図書室に、僕は居た。


一人で。


昨日のように、レポートの資料を探しに来たのだ。


一人で。


カナは、入院している。


致命傷ではない…むしろ軽傷なカナは、銃弾も無事に取り出し、完全に回復するまで病院で安静…ということらしい。


見舞いには、行っていない。

ゲームに部外者が…しかも、害を与える者が現れるなんて、予想もしなかった。


あの後、僕は携帯電話で父さんに電話をかけた。でも父さんは、そうか、とだけ言って、通話を切った。なんとなく予想はできていたから、僕は大人しく救急車を呼んで、その後は僕にはもう何も出来る事は無いと判断し、救急隊員に任せて帰った。


その日から、僕は家族と一切、会話していない。


元々、家族はあまり好きじゃなかったが、より一層、好きじゃなくなった。


僕とカナは便宜上、あの仕事をゲームと呼んでいたけれど…それは、親たちも、かわらないのか?


僕達は、ゲームの駒、なのか?


「もう、やめようか―」


そんなことを、一人の図書室で、呟いてみる。


こんな僕じゃ、カナに会えない。こんな、情けない僕じゃ、会うことなんて出来ない。


「……いや、カッコイイ感じに言ってるだけで、逃げ帰ったのが恥ずかしくて会う勇気が無いだけか」


また呟いて、僕は資料探しを再会した。そもそも学校の図書館に、「殺人」のレポートに役立つ資料なんて、あるのだろうか。


「おや、何をやっているんだい?」


扉から、優しい声。その扉からは、声にピッタリな優しい作りの顔が、こちらを覗いている。


「…レポートの資料探しですよ、先生。」


「そうかそうか、勉強熱心で、何よりだ」


そう言って僕に優しく微笑むのは、僕の担任教師。佐藤教師だ。誰にでも優しく、人気がある教師。


「でもそろそろ、学校を閉める時間だ。今日はもう切り上げよう」


「…そうですね、また明日にします」


「最近の学生にしてはめずらしいくらいに、勉強熱心だ」


「学生は勉強するから学生なんですよ」


そして僕は、佐藤教師と共に、学校を出た。





佐藤教師が使う電車の最寄り駅が、たまたま僕の通学路と重なっているようで、僕と佐藤教師はしばらく一緒に歩いていた。


「……そういえば、先生は病院に行きましたか?」


「いや、まだだよ。明日にでも行こうと思っているよ。一緒に来るかい?」


「いえ、遠慮しておきます」


「そうかい。それにしても、銃に撃たれるなんてね…」


「………」


「さすがに僕も、聞いたときはびっくりしたよ。でも本当、軽傷で良かったよ」


「……えぇ、僕も安心です」


「それじゃあ、僕はこっちだから。また明日」


「さようなら、先生」


「レポート、頑張れよ」


そして佐藤教師は、十字路を右に曲がっていった。


僕はそのまま真っ直ぐ進み、家に向かう。


家に着き、ただいまも言わずに自室へ。そして畳の床に寝転がり、携帯電話を開く。


電話帳から一つの番号を探し、電話を掛ける。三回のコールで繋がった。


「もしもしもしもしもしもしーッ!!こちら弥生、ゆーたん、ひっさしぶりだねー!!」


昔から変わらない、甲高いアニメ声が聞こえる。少し耳を痛めつつ、僕は言う。


「やぁ、弥生ちゃん。「ゲーム」やろうぜ。」





二十二時、海辺の廃工場。


いつもの黒いジャージで、僕は立っている。


電気はつけていないから、真っ暗だ。でももう、目が慣れているから、どこに何があるかくらいならわかる。


少し大きめの声で、僕は言う。


「出て来いよカナ。そろそろゲームの時間だ」


工場に僕の声が響いて、すぐに消える。


それから少しして、僕の前方に積み上げられたコンテナの、その後ろから、人影が現れる。


「…よし、じゃあ、ゲームを始めようか―」


そして僕は―後ろを振り向き―それと同時に、ジャージに仕込んでいたナイフを投げた。


「―!」


『僕の後ろに居た』もう一つの人影は、間一髪の所でナイフを避けたみたいだ。ナイフが床に落ちる軽い音が、工場に響く。


「よく、この暗い中で避けられましたね、先生」


僕が声を掛けると、壊れた機械の山から、佐藤教師が姿を現した。


「……ナイフに月光が反射したからね」


いつも通りの、穏やかな声。でもどこか、冷たい印象をうける。


「遠回りして色々聞くのはぶっちゃけ面倒くさいんで、率直に聞きます。カナを撃ったのは、あなたですね?」


「……あぁ、そうさ」溜息をついて笑う、佐藤教師。「いつ気付いたんだ?」


「今日。一緒に歩いている時。僕が「病院に行ったか?」と尋ねた時、あなたは「銃に撃たれたなんて災難だ」と言った。僕は「カナの見舞いに行ったか?」と尋ねていないのに、あなたは最初からカナの事だと決め付けて話をしていた。そもそも、あなたがそれを知っているのは、おかしいんです。「カナが銃に撃たれた」という情報は、カナの家が止めている。たとえ担任教師だとしても、僕らの関係を知らない一般人が、カナの家の情報ストップの壁を潜り抜けるのは不可能だ。つまり、一般人は、カナが銃に撃たれた事はおろか、入院していることも知らない。でもあなたは、知っていた。この時点であなたは『一般人』のカテゴリーからはずされる。今回の事件で一般人以外のカテゴリーは『身内』か『犯人』。でも、僕達の関係を知る身内に、佐藤なんて苗字の人はいない。だから、残った『犯人』のカテゴリーに、あなたは入るわけです」


「……すごいね。じゃあボクが今、ここにいる理由はわかるかな?」


「カナを完全に殺す為ですね」


「……あぁ」


「僕と弥生ちゃんのメールを、横から受信したんでしょうね。きっと、僕とカナのメールを受信したのと同じ方法で。実はその前に、全ての事情を弥生ちゃんに、電話で話してあるんですよ。「カナを撃った犯人を捕まえる方法」としてね。その時から、僕と弥生ちゃんは偽の『ゲーム』の情報をメールでやりとりしていた。あなたが、僕のメールを覗くことを前提にして。そして僕の予想通り、あなたはメールを見て、カナがまだピンピンしていると思い込み、「今度こそ」「完全に」「完璧に」「殺してやる」そんなことを思って、メールにあったこの場所に、メールにあったこの時間に、やって来た」


「……まるで、心の中を見られている気分だよ。じゃあ、そこにいるのは…」


佐藤教師は、コンテナの近くの人影を指さす。


「残念!弥生ちゃんですのだー!」


その人影は、その場でピョンピョンと跳ね回る。栗色の毛の『カツラ』が、フサフサと揺れた。


「……はは、してやられたね」


「僕としては、あなたに馬乗りになって、自分の手が骨折するぐらいまで、あなたの顔を殴りってやりたい気分です」


「ボクとしては、拳銃で撃ち殺してやりたい気分だ」


そう言って佐藤教師は、懐から拳銃を取り出した。ベレッタM1951。


「……カナに恨みが?」


僕は尋ねた。


「…家宝を、盗まれた。御先祖様から受け継いだ、とても大切な物だ。それをあいつは、売った。その辺の石ころを拾うみたいに盗んで、ブックオフにでも出すかのような軽い気持ちで、売った。ボクの親父の形見を、簡単に捨てやがった。ボクはたまたま、盗まれたそれを、博物館で見つけた。館長に問い詰めた。「どこで手に入れた」。そしたら『秘密のルートで手に入れた』と言った。その『秘密のルート』を聞き出し、そこの商人に言った。「誰から買った」右手の指を三本切り落としてやったところで吐いた。「このガキから買った」と言って、写真を見せてくれた。それは、ボクの生徒じゃないか。商人は「そいつともう一人のガキが、時々『ゲーム』をやって、その戦利品を持ってくる」という話をした。カナの携帯電話の電波を拾って調べたら……そいつもボクの生徒。ボクの生徒がボクの宝物を。恨めしい。恨めしい。殺してやりたい。殺してやりたい。殺してやる。殺してやる。ボクの気持ちを思い知れ。あとは、君の推理通りだね」


「はぁ……そうですか。」


「本当、ビックリしたよ。何でもない高校生二人が、こんな悪いことをしているなんて…だからボクは教師として、担任として、君達を、教育する」


佐藤教師が、ベレッタM1951を僕に向ける。トリガーに、指をかける。


「教育だ。」


「はぁ…教育ねぇ……」


少し溜息をついてから、僕は、普段誰にも見せないような笑顔を作り、こう言った。


「ショッボい壷ごときでピーピー鳴いてんなよ、ファザコン。」


途端―佐藤教師の目の色が変わり、トリガーが、引かれる。


僕はそのタイミングを読み、それと同時に、体を右に反らす。


そして更に、ジャージから拳銃―ワルサーPPK―を抜き出し、佐藤教師の手めがけて弾を、放つ!


二つの銃声が、廃工場内に響く。


結果、砂糖教師が放った弾は、僕の左のもみあげを掠めて、後ろのコンテナへ。僕が放った弾は、佐藤教師が拳銃を握っていた右手に命中し、佐藤教師の手から、ベレッタM1951と血が落ちる。


ベレッタM1951が弾を放ってから、床に落ちるまでの時間は、推測で、〇,八秒。


「…ッ」


佐藤教師が右手を押さえる。そこに待ってましたとばかりの弥生ちゃんが「いっただきー!!」と言いながら、ベレッタM1951を走って回収する。とてててっ!と走る弥生ちゃんは、もうカツラをはずして、真っ黒なポニーテールを揺らしている。


「…で、先生、教育が何でしたっけ?」


佐藤教師が僕を睨む。何もしてこないところを見ると、もう武器は無いみたいだ。


「…君は…凄いね、人間離れした動きだ」


「大したこと無いですよ」


「そうそう、大したこと無いよ、センセー」


コンテナの後ろから声。出てきたのは、カナ。


佐藤教師に驚きの表情が広がる。


「僕が連れて来たんですよ。あなたが誰かを使って、カナを殺さないようにね」


まぁ、それは取り越し苦労だったようだけど。


「弾避けぐらい、スマブラやってれば、誰でも出来るよ、センセー」


カナはまた、訳のわからない事を言った。


「それと、センセー、ごめんね」


カナは突然そう言うと、ペコンと頭を下げた。


「センセーの物…しかも、とっても大事な宝物を盗ったなんて、思いもしなかったよ。でも、ボクちん達も、やらなきゃいけない事なんだ。仕事なんだ。だから…許してね」


佐藤教師の驚きの表情が、徐々に無気力の表情になっていき…目に、涙を浮かべ始める。


「………ボクは…………」


「でもね、センセー。一言だけ、言わせて」


カナの言葉に、俯き始めた佐藤教師が、顔を上げる。


「ベレッタを使う教育なんて、教育って呼ばないぜ」


カナが手で銃の形を作り、指先を佐藤教師に向ける。


「それにボクちん達は、拳銃ごときに従わないし、変えられもしないよ。だってそれ、結局は鉄の塊に火薬とちっちゃい鉄入れて爆発させるだけのものでしょ?そんなちゃっちいもので、ボクちん達を教育なんて、ちゃんちゃらおかしいってもんだよ。「教育」なんかしたいなら、自分も死ぬ気で、出直してくるといいよん」


そんなことを言われた佐藤教師は、呆然として固まってしまった。僕は呆れた。この怪我人はいったい、何を言っているのだろうか。


「ゆとり教育をなめんなよ。」





桜の、下で。


僕がのんびりと読書をしていると、彼女はやってきた。


どこかで見たことのある彼女は、突然、寝転がっている僕のすぐ隣に腰を下ろす。


僕がそれを無視して読書を続行していると、彼女は言葉を発した。


「大槻ケンヂなんて読むんだ」


それが僕に向けられたものだと解釈したので、僕はそれに返答する。


「まぁね」


「普通の高校生は読まないよ、大槻ケンヂなんて」


「普通の高校生の定義を知りたいもんだ」


「ねぇ、君、昨日ボクちんを捕まえようとしてたでしょ?」


僕は言葉に詰まる。


「君、弱いねぇ」


そう言って彼女は、きゃらきゃらと笑う。


「……悪かったね。先祖代々、僕達はマヌケなんだ」


「でも諦めないんだね」


「諦めたらそこで試合終了だろ」


「勝負を諦めるような、なよっちい選手は試合に出ることすらできないよ」


「人間、どんなやつでも、絶対に無理と感じたら「諦め」って選択肢を作るもんだ」


「違いないぜッ」


そして彼女は僕の隣にぽふっと寝転がる。


「ねぇ、これってさ、ゲームだよね」


「ゲーム?」


「君がボクちんを捕まえるゲーム。ボクちんが君から逃げ切るゲーム」


「なんだそら」


「次から勝敗決めよっか。負けたほうがプリンおごるの!」


「お、おい……」


「今日から君はゲームの対戦相手だッ!!」


「……」


「ケントーを祈るよん。ボクちんはカナ。君は?」


「……僕は。」


こうして僕に、不思議な『対戦相手』ができた。


ただそれだけの、お話。





「対戦相手は、常に共にあるべきだよ」


居眠りから目覚めた僕に、カナは言った。


「勝負って言うからには、文字通り「勝」と「負」があるわけだよ。でも、基本的に人間は、生き物は、不平等で、勝負を始める前に、ある程度の「勝」と「負」が決まっているんだと、ボクちんは思っているんだ。これじゃあまるで「勝負」なんて成り立たない。そこで、ボクちんは考えたのさ。出来るだけ対等な関係を作って、出来るだけ対等な条件で対戦を始める手段。それは「常に共にある」こと。共に食べ、共に行き、共に帰り、共に働き、共に休み、共に寝て、共に起きる。全く同じ生活をすれば、ある程度対等な関係になれると思うんだ。まぁそもそも「対等」なんて不可能なんだけどね。でも、対戦するからには、できるだけ有利不利が無い方が、ゲームとして面白いと思わない?」


そう言いながらカナは、さっき開けたばかりのポッキーをくわえる。


「…つまり、カナが僕にまとわりつく理由はそれだと」


「正解!」


随分となめられたものだ。そもそも、そんな簡単な方法で平等に近付けるなら、人種差別やいじめを無くすのに人は頭を抱えたりしない。


「それにしても。ゆーくんの推理、凄かったねぇ」


椅子の背もたれに両肘を乗せ、更に両の掌にあごを乗せるカナ。栗色の毛が、開いた窓から入る風にフワフワと揺れる。


「あれは推理なんかじゃないよ。僕の臆病な性格が、保険をかけまくってただけだ」


「臆病すぎでしょッ!でもカッコ良かったぜ」


またポッキーをくわえて、カナは笑う。


「お前、食ってばっかいないで手伝えよ」


僕は机の上のレポート用紙を、シャーペンで示す。


「そんなことより、やろうよ!」


「あ?何を」


「ポッキーゲィームッ!」


…………。


「じゃ、今日は帰るわ」


「病院から無理やりボクちんを連れ出したの、誰だっけかなぁー」


あぅ。


「あのあとボクちん、無茶苦茶怒られたんだよなぁー」


おぅ。


「どうにかして償ってもらわないと…」


「あぁうるせー!」


僕はシャーペンを机に叩きつけて、顔を上げる。視界いっぱいにオレンジの光。


「やればいいんだろ、やれば」


「さっすがボクちんの対戦相手だ!」


そう言ってカナは、くわえていたポッキーを一気に食べる。ポキポキポキッ。


「じゃあ、ハイ」


そしてカナは、新しいポッキーを袋から出し、口にくわえた。


「…マジか」


「マジだ」


カナの目がキラキラしている。買ってもらったばっかのゲームを始める子供のように。


…やるって言っちまったからなあ……


「………ホラ」


僕はポッキーの、カナがくわえていない方の端をくわえた。


「よっしゃー。じゃ、ゲームスタート」


そう言って、カナがポッキーを一口、ポキッ。


「……」


僕も一口、ポキ…


一・五秒に一口食って、時間を稼いで、ぶつかる直前に離そう。そこそこの時間がかかれば、カナもゲームとして満足するはずだ。そんな事を思っていた僕だが。


ポキポキポキッ。


カナの顔が、一気に、迫って、来る。


そして。


「…ッ!」


僕の唇と、カナの唇が、ぶつかった。


薄い皮膚を通して、カナの体温が伝わる。その刹那。


「―!?」


口の中に、ぬるりとした感覚。


それは、僕の中を暫く徘徊し、そしてすぐに出て行った。


カナの体温も、もう感じない。カナは、さっきと同じ位置に戻っていた。


「……お前………!」


僕は思わず口を拭う。顔が熱い。


「で?」


「で……って?」


「勝敗。ボクちんが聞いた話だと、より多くポッキーを食べたほうが勝ちらしいケド」


「…それ、誰情報?」


「佐藤センセー」


………してやられた。


「あれ、違った?」


「…いや、あってる。カナの勝ちだよ」


「ホント?やったよワーイ!」


カナは素直に喜んでいる。自分がゲームに勝利したことに。自分が一体、世間で何と呼ばれている行為をしたのかも知らず。


こいつは不幸や災難や負の感情を知らないのか。と、僕は時々思う。でも、それの考えはきっと間違っているのだろう。


逆に、きっと、この世の不幸を、災難を、しっかりと、認識しているのではないか。


認識しているからこそ、些細な幸福を、平常な日常を、いつも楽しんでいられる。大きな不幸に比べたら、多大な災難に比べたら、今の自分は凄く楽しくて、かなり平凡で、とても幸せだ、と。


「じゃ、ボクちんが勝ったから、プッチンプリンを買っておくれよ。」


ただ単に、何も考えずに何も知らずに生きているだけなのかも知れないが。





「それと。ゆーくんとの初キッス、すっごく嬉しかったよっ」


「…嘘だろ。」


「嘘だよ。」


夕日が差し込む教室、その窓際の席に向かい合って座る僕達は、残念な事に、恋人同士ではない。






{END}

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