世界と指針
それから2ヶ月。
初めの一週間は瑞希の家を拠点にし、周りの捜索をする。
その後は他人の車を乗り、ガソリンが無くなればまた違う他人の車で動く。
夜は知らない人の家に入り過ごす。
その繰り返しだった。
知り合ってからずっと24時間一緒に行動し、寝食を共にしている2人だが体を合わせるようなことは一切なかった。
理由は二つある。
一つはお互いにその気がなかったのもある。そんな場合ではないからという気持ち。
そしてもう一つは和久の問題だった。
勃起不全、Erectile Dysfunction、通称ED。
EDは生活習慣病や怪我、加齢によるもあるが和久の場合は心理的な要因。
過度なストレス、緊張、不安、それらの原因がある。
けれども和久は特に問題とも思っていなかった。
それは今、必要なことではないから。
他人のものを使うという罪悪感も、すぐに消えた。
びくびくと過ごしていたのも最初だけだった。
暫くすると居心地のいい家を探した。
いろいろな事へ精神をすり減らしてきた2人はその罪悪感すら重荷になった。
だから放棄した。罪悪感を捨てた。
自分たちを見つけて不法侵入者だと、犯罪者だ、泥棒だと罵ってくれてもかまわなかった。
むしろそうして欲しかった。
あちらこちらで事故のあとや人の生活していたあとを見かけるたび、2人の気分は沈む一方だった。
「誰も……いないんだね。」
出会ったときと同じように河原に立って瑞希が呟く。
違うのは2人の手が繋がれていることだけ。
「まだこれからだよ……」
あの時と同じ、和久が答える。
「……ううん、どこへ行っても同じな気がする」
和久はそういう瑞希の方へちらりと目線を向ける。
泣いているのだと思った。
「瑞希……」
彼女は笑っていた。
穏やかな顔で。
流れる川を見つめながら。
ふわりと風が吹く。
瑞希は繋がれていない方の手で耳に髪をかき上げる。
「この世界には誰もいない」
和久は何も言えなかった。
気付いていた。
2人は。
お互いに口に出さなかっただけで。
薄々、気付いていた。
認めたくなかっただけだ。
「ねえ、死んじゃおうか」
瑞希が和久の顔を覗き込んで問いかける。
「……え」
「2人だけじゃ辛いよ」
瑞希は変わらず穏やかに笑っている。
「この川に入って死んでもいい。一緒に首つりでもいいし、睡眠薬をいっぱいのんでもいい、ビルから飛び降りてもいい、練炭自殺でもいいよ…………でも、死ぬ時は離れないように紐で2人の体を縛るの。
死んでも体は一緒にいるの。バラバラになって1人になるのは嫌。
どちらかだけが死んで孤独になるのも嫌。
和久と私、一緒に死ぬのよ。
――ねえ、死んじゃおうか?」
「瑞希は……死にたい?」
無言。
「俺は……生きたい」
「例え世界で2人だとしても、生きたい」
「俺……やっぱり死ぬのは……怖いよ」
「私も……っ怖い……」
泣いた。
2人で。
子供のように泣きじゃくった。
「生きよう……2人で」
嗚咽混じりの声で瑞希に言う。
「生きよう」
首を何度も縦に振り和久の言葉を肯定する。
「生きたい」
「私も……生きたい」
強く強く手を握り合う。
「……ごめんね……私……」
「もういい、いいから……」
それ以上、会話はなかった。
ただ2人、河川敷に座り込み暗くなるまで泣き続けた。