世界と電池
通勤途中だったのか、鍵が挿しっ放しの車に乗り込み瑞希の実家へと向かう。
国道などの大きな道は無人の車が敷き詰められており、通ることが出来ない。
なるべくすいている道を探し走る。
運転中に消えたのか前の車に衝突している車、焼け焦げた車、路肩に止まっている車、壁に激突して炎上したような車、スピードを出していてぶつかったのか横転している車、そんな車を避けて道を進んでいく。
「ひどいね……」
道で事故を起こしている車を見て瑞希が呟く。
和久は時折クラクションを鳴らしては人がいないかを確認する。
「瑞希さん、実家は石川県でしょ?」
「うん、石川県の金沢市にあるの」
2人が住んでいたのは東京都。
瑞希は20歳で上京してきた。
「そうかあ、石川県には行ったことなかったなあ」
「観光には良いんだけど、住むとなったら遊ぶ場所も少ないしつまんないよ」
そう言って地元の話などをして互いに気を紛らわせていった。
朝に出発して休憩などを挟みながら向かって夕方に到着。
静まりかえった道路にエンジンの音が響く。
「ここ……私の家」
家の前には車が2台停められる駐車スペース、端は花壇になっておりひまわりや朝顔などが植えられている。
隣は滑り台とベンチだけの公園になっている。
「公園って、昔は箱ブランコとか結構いろんな遊具があったよね」
「うん、危ないって理由で撤去されちゃったけど……楽しかったなあ」
遊具もほとんどないガランとした公園が夕陽に照らされて少し寂しく見えた。
「和久さん、家に入ろう?もう夜になるから」
キーケースから家の鍵を出して挿しこむ。
「いらっしゃい、新堂家へ!」
ドアを開けて冗談っぽく和久を迎え入れる。
「じゃあ、お邪魔します。」
靴を脱いで中へと入る。
左には靴箱、その上には猫の写真が幾つか飾られている。
「これ、瑞希さんちの猫?」
「うん、小学生の頃に飼ってた子。ムムとミミだよ。ムムは足が悪かったんだけど大人しくていい子だった。ミミは真っ白な猫で可愛かったよ」
そう言いながらリビングへと続く扉を開く。
「おかあさーーん?おとうさーん??おにいちゃんー?」
台所、風呂場、物置、トイレ、2階の部屋、ありとあらゆる場所の戸を開き、声をかけていく。
「ルル~?メメ~?ミケ~??」
猫の名前を呼びながら棚や布団を探す。
瑞希の家もまた、朝の状態から時間が止まったままだった。
テーブルの上に出されたままの麦茶ボトル、かぴかぴに乾いたお米、食べかけの焼き魚、卵焼きの横には箸が転がっている。
台所には味噌汁が作られていて、鍋にお玉が入ったままだ。
猫の餌もついさっきまで食べていたようなくぼみが出来ていた。
「誰も……いない。」
和久はそう言うとボスンとソファに体を預ける。
反動で猫の毛がふわりと舞う。
「お゛どぉざぁぁん……、お゛がぁざぁん……、お゛にぃぢゃぁぁぁん……」
一通り見て誰もいないと分かると瑞希は涙を堪えることが出来なかった。
子供のように泣きながらも声をあげて家族を探す。
その光景を見て、和久はどうすることも出来ず行き場のない焦燥感にかられていた。
「いない……ヒッ……いないよ……。ごめんね、せっかく来てもらったのに……」
まだ泣きやまない瑞希はしゃっくりをあげながら謝る。
家族がいないのは自分だけではないのに……、自分ばかりが甘えてしまって申し訳ない、そんな気持ちとこみ上げる不安な気持ちが入り混じり、瑞希はなかなか涙を抑えることが出来ない。
「いいよ、そんなこと。どうせこれからあちこち行くんだからさ」
「ぅヒック……ん……ありがヒッと……」
しゃっくりと同時に喋りうまく話すことが出来ない。
お互い顔を見合わせて数秒たってから笑う。
「なんだよ、その返事」
「わっ、笑わなくヒック……たっていいじゃない、止まらヒックないんだもん!」
ようやく瑞希も落ち着いてきた。
2人で食事の準備に取り掛かる。
「ねえ、CD聞こうよ!私のお薦めのCD部屋から持ってきたから」
「コンポ動かないじゃん」
「じゃーん!」
そう言って取りだしたのはCDラジカセ。
「乾電池で動く優れもの!」
にこにこしながら電池を入れてCDをセットする。
ラジカセから流れてくるのは有名女性アーティスト。
失恋ソングを歌うこの歌手は、切ない声に色気を乗せた声で若い女性に大人気となった。
「もっと明るい曲かければいいじゃん……」
瑞希もまた、その声と歌詞にハマった一人だった。
「いいじゃん!好きなんだから!お薦めって言ったでしょ?」
自分たち以外の人間の声。
例えそれがどんなに悲しい恋の歌であろうとも、2人の気持ちを落ち着かせてくれた。
2人が主に使っている電気は乾電池。
しかし、その乾電池も食品と同じように消費期限がある。
使わずとも少しずつ乾電池内の電気が放出、自己放電をする。
マンガン乾電池は製造してから約2年、アルカリ乾電池は約5年、アルカリ乾電池エボルタは10年程と言われている。
現在は困ることのない電池、これから先どんどんと不便になっていく環境に果たして2人は耐えられるのであろうか。