世界と腐敗
電気が止まったのだから、エアコンも使えない。
8月上旬で気温はまだまだ上がっていく。
和久と瑞希は寝苦しい夜を過ごして、朝を迎えた。
朝食に菓子パンを齧りながら、スーパーマーケットへと向かう。
簡単に食べられるものが無くなりかけていたからだ。
「今日で3日目……誰とも会わないなんて、おかしいよ……。」
スーパーへ向かう途中で瑞希が呟く。
「そんなことないって、きっと何かがあったんだよ。」
自分を励ます意味でも声に出して元気づけるように和久は言う。
「でも……こんなに暑いのに、夏なのに……蝉の声もカラスも何も見ない……」
「わ、わかんないけど……あ、ほらスーパーが見えてきたよ!!」
目の前には大型スーパーマーケット。
24時間営業の店も電気がなければ窓から入る光のみだ。
自動ドアをこじ開けて中へと入っていく。
「こんにちは~……誰かいませんか~?」
「あのー!!誰かいないんですかああ!?」
そろそろーっと声を出すのは瑞希。
大声で自分たちを知らせているのは和久。
レジカウンターを横切り、雑貨コーナーを過ぎる。
「普段、絶対に誰かがいる場所に誰もいないって……怖いね」
ぽつりと瑞希が呟く。
「うん……」
和久も答えるだけで精一杯だった。奥に進めば進むほどに薄暗くなっていく。
それに伴って閑散とした雰囲気が2人の背中をぞわぞわと撫でる。
空調も何もきいていない中は、蒸し暑くじめじめとしており、2人の汗や気力をも奪っていく。
「うっ……」
「なにこれ……」
入った時からどことなく感じていた異変。奥の精肉コーナーへ近づくたびに鼻につく臭い。
「腐ってる……」
精肉コーナーに並べられた牛肉、豚肉、鶏肉。
夏の夜に空調機能が停止し、密閉した店内に置かれた大量の食材はすでに傷み始めていた。
手で鼻と口を押さえ、普段は店員のみしか入ることの出来ない調理場や裏へと2人は足を進める。
朝の準備で出されたままの肉、品だし途中の魚、割りかけの卵、多くの食材が乱雑に並べられている。
様々な臭いが混ざりそこから店内へと悪臭を放ち始めていた。
「これは……。」
誰もいないことは分かり切っていた。
こんな場所に居るくらいならば、どこかへ行くだろうと和久は考えていた。
「ねえ……」
悪臭に顔を顰めながら和久に話しかける。
「どうしてこんなに臭いのに蝿の一匹もいないの……?」
「だって、入口はしまってるし……」
「でも、奥の搬入口は開いているみたいだよ」
卸業者が出入りする場所は戸が開いている。
「おかしいよ!!虫が集らないなんて!!蝿とか、ネズミとか、いてもおかしくないじゃない!!なんなのよ!!!一体!誰かいないの!?ねえ!!」
「うん……」
ヒステリックに叫ぶ瑞希とは正反対に、和久はこの異常な光景にただ呆然としていた。
一体何が起こっている?この状況はどうして起こっているのか。
2人残されて何をさせたいのか。
「とにかく……必要な物を持ち出してここを出よう。」
2人は分かれて持ってきたリュックに各自必要な物を詰め始めた。
互いに日持ちのする食材や、怪我をした際に使う応急処置の道具、下着やタオルなど必要最低限の物を入れて店を出る。
「これから、どのくらいこの状況が続くか分からない。
行く先々で必要なものを補充しよう。」
「うん……。」
「お金どうしよっか……」
思い出したように和久が言う。
「今は手持ちのお金で良いかもしれないけど……、これから先は足りないかもしれないね。」
「ATMも下ろせる状態じゃないしな」
「とりあえず、書置きしておかない?払いに来ますって。後は行く方向を書いておけば見つけた人が後を追ってきてくれるかもしれないよ」
「そうだな、そうしよう」
スーパーで得たノートとペンで書置きを残すと、その場を後にした。
置き去りにされた紙はその内黄ばみ、誰にも読まれることなく風化していく。
そして、肉や魚はこれから一切食べられなくなった。