残照 ~さまよえる魂の群像~
第一章 消 息
§Ⅰ 出欠ハガキ
「母、佐知代は長く病床にありましたが、昨年九月、永眠いたしました。いつも同窓会のご案内をいただき、ありがとうございました」
同窓会の出欠ハガキが返ってきた。前田理恵の署名があった。見事な字でしたためられていた。
小杉漣はもう五年、同窓会の事務局をやっている。関東からUターンし、それまでの不義理を償おうと、同窓会の幹事を引き受けたのだった。
半世紀の時の流れは、故郷を大きく変えた。
多くの村は消滅寸前であり、生家はすでに廃屋となり果てていた。古い市街地に土地を買い、家を建てた。
佐知代からの出欠の回答は、初めてだった。
佐知代はあの出来事をすっかり忘れ去っていたのか。それとも断片くらいは記憶にとどめていたのか。小杉には、もう確かめようがない。
§2 変化
一学年五〇人あまりだった。山あいの狭い校地に、幼稚園から中学校まで同居していた。そのころは、ベビーブームの余波で、漣のクラスにも子供たちがあふれていた。
漣の生まれ育った三足村は、全戸数が二一軒。村に同級生が八人いた。佐知代はとなり村だった。
佐知代は内気で目立たない子だった。これといった特徴のない子ではあったが、ある時、クラスは驚嘆した。教室の後ろに生徒の硬筆が貼り出されていた。
「何、これ! 印刷したような字やない」
佐知代の書いたものだった。印刷物と見分けがつかなかった。
中学を卒業すると、八割近くが就職し、残りが進学した。
三足村は街道から山深く入ったところにあり、漣の生家は村の最奥部に位置していた。両親は「どっちにしても下宿して高校に通うのなら」と、地元ではなく、一〇〇キロほど離れた都会の高校に進学させた。
慣れない都会生活だった。毎日、下宿と高校を往復するだけ。下宿で三足村のことを思い、涙を流した夜もあった。
寂しさを紛らわそうと、何人かの幼なじみに手紙を書いた。その中に、佐知代がいた。
(佐知代から返事がもらえたら、どんなに慰められることだろう)
漣は心からそう思っていた。
佐知代から手紙がきた。そこにはあの美しい字は見られなかった。何の変哲もない筆跡だった。二、三か月でこんなにも変わるものだろうか。漣の落胆は大きかった。
§3 訪問者
六月のある朝早く、漣の兄嫁は家の門に植わった大きな樫の木の横に、少女がたたずんでいることに気付いた。見慣れない子だった。
「どこから来たん?」
兄嫁が訊くと、少女は答えた。
「となりの村から」
「何の用?」
兄嫁の問いに少女は無表情の顔、抑揚のない声で応じた。
「漣ちゃんは?」
「漣はな、下宿して高校へ行っとるけん、夏休みには戻ん(戻っ)てくるよ。夏休みにまたおいで」
佐知代だった。
「うん」
と言って、佐知代は帰って行った。
翌朝も、佐知代は樫の木の横にたたずんでいた。
「家の人は? 心配しとらん?」
兄嫁は佐知代に訊いた。
「お父さんは帰らん。お母さんは朝早うから仕事に行っとる」
「漣はな、夏休みになったら戻んてくるけんな」
兄嫁の言葉に佐知代は
「うん」
とだけ答え、背を向けた。
これが、何度、繰り返されただろう。
佐知代の家と漣の家は、速足で歩いても一時間近くはかかった。それを毎日、通っていたのだった。
佐知代は目に見えて衰弱してきた。途中には深い谷があり、欄干のない土橋が架かっている。ふらふらと帰って行く後ろ姿を、兄嫁は心配そうに見送っていた。
高校が夏休みに入るのを待たずに、佐知代は近くの町の病院に入院した。
§4 見舞い
一学期の終業式を終えるとすぐ、漣は汽車で自宅に帰った。受験勉強から解放され、今年こそは夏休みを満喫したかった。はやる気持ちに水をさしたのは、兄嫁から聞いた佐知代の話だった。
自分の知らないところで、毎朝そんなことが繰り返されていた。漣の心は乱れに乱れた。いてもたってもいられず、佐知代を病院に見舞った。
病院には真夏の太陽が照り付けていた。
病室に通されると、外からの風がカーテンを揺らしている。大部屋に七、八人の入院患者がいた。
佐知代はベッドに身を起こしていた。
「やあ」
漣は努めてさりげなく声をかけた。佐知代の心の動きを読み取ろうとしたが、表情には何の変化もなかった。「来てくれたん?」
佐知代は能面のような顔で言った。
「うん。夏休みになったからな」
漣は思わず、佐知代の肩に手をかけそうになった。
「ふーん」
やはり、佐知代は現実との接点を失っていた。
それが佐知代を見た最後だった。
第二章 永 眠
§1 墓参
「お母様のご逝去、さぞかし心痛のことと存じます。是非とも墓参などさせていただきたく、命日と墓地をお教え願えましたら幸いです」
漣は、佐知代の娘、理恵に宛てたハガキの下書きをした。
何度か読み返し、「是非とも」の前に「近くにうかがいました折には」と挿入した。
理恵から、簡単なハガキが届いた。命日は九月一日、墓の場所は佐知代の生まれた村になっていた。
九月一日、漣は生地のとなり村の墓地に足を運んだ。
墓地は山や川が見渡せる小高い丘の上にあった。この村も消滅寸前であり、住民の多くは墓じまいをして、村を出ていた。残った墓も、世話をする者は少ないのか、荒れ放題だった。
§2 卒塔婆二基
佐知代のそれはすぐに分かった。しかし、ほかの墓と同じく、周囲は高い草に覆われていた。
二基の卒塔婆が立っていた。
ひとつは佐知代のもので、施主は山崎ハルとなっていた。山崎とは佐知代の旧姓である。
ところが、もうひとつの卒塔婆は山崎ハルのものだった。没年月日が前年の一二月二五日になっていた。こちらの施主は前田理恵。漣には事情が呑み込めなかった。
草を抜いて、墓を掃き清め、焼香した。
「いろいろ大変だったね。ゆっくり休むんだよ」
語りかけ、長い間、黙とうした。
§3 生き写し
「小杉さん…」
背後に人が忍び寄ったことに気付かなかった。肝をつぶされたように振り向くと、佐知代が立っていた。
漣は言葉を失った。思わず後ずさりした。
「びっくりしましたか。ごめんなさい。私、前田理恵です。佐知代の娘です」
それにしてもよく似ていた。
理恵は墓参りを済ませ
「ちょっと、よろしいですか」
と、ゆるやかな斜面に漣を誘った。二人は腰を降ろした。
「母は前田家の代々墓には入れてもらえませんでした」
理恵は語り始めた。
第三章 ファミリー
§1 出会い
佐知代が結婚したのは二〇歳の時だった。
健康を回復し、となりの県の縫製工場に勤めていた。仲間とショッピングセンターに行った際、後に夫となる博文に見初められ、猛烈なアタックを受けた。
博文は佐知代より二つ年上だった。
博文の家は地元の旧家だった。父は公務員をし、アパートも経営していた。博文が中学二年の時、父が他界した。以後、勉強に身が入らなくなり、遊んでばかりいた。
博文は高校を卒業後、東京か大阪の大学に進学するつもりだった。しかし、どこの大学にも受からなかった。仕方なく、父の友人の紹介で、あるメーカーの四国工場に就職した。
博文は付き合い始めたころ、一度だけ、父親のことを佐知代に話した。
父親は几帳面な性格で、役所の仲間には人気があったらしい。しかし、家では口うるさかった。気に入らないことがあると、すぐ母や博文を怒鳴りつけた。外で見せる顔とは別人だった。
博文には、父親に愛されて育ったという実感はなかった。
「親父の膝に座り一緒に写っている写真があるが、冷たい目をしとる。あの人の本心だったのや」
博文は押し殺した声で話した。
佐知代は聞きながら、自身の父親のことに思いを馳せていた。
§2 失踪
佐知代の父親は、この地方の多くの家がそうであったように、出稼ぎに行っていた。農家の次男に生まれ、ハルと結婚して実家の近くに家を建てた。
出稼ぎに出て何年か、盆と正月には帰省していたが、佐知代が小学校に入学した頃から、たまにしか帰らなくなった。
そのうち、仕送りが途絶えた。ハルが手紙を出すと、転居先不明で返送されてきた。
一緒に出稼ぎに行った近くの村の者に訊いても、何の手がかりも得られなかった。
ハルには夫の失踪の原因に、なんとなく想像がついた。
夫は結婚前、大阪のある工場に勤めていた。空襲が激しくなって田舎に疎開し、付き合っていた女性は大阪に残った。世の中が落ち着きを取り戻し、田舎の建設会社の日雇いになった。
ハルとは見合い結婚だった。夫は夫婦生活に不満だったのか、寝物語にその女性の話を聞かされたことがあった。
ある年、女の字で年賀状が届いた。大阪からだった。
佐知代が父親を最後に見たのは、冬休みの夜だった。
先に布団に入っていると、ハルの鋭い声が響いた。誰かを詰っている。起きて行くと、勝手口に父親が立っていた。
二人とも身動きしなかった。佐知代は土間に降りて、父親の手を取り、囲炉裏端に上げた。父親の手は石のように、冷たくてザラザラしていた。
二人はほとんど口を利かなかった。やがて、ハルが布団に入ってきた。ハルが一晩中、まどろみもせず息を殺しているのを、佐知代は背中で感じていた。
翌朝、父親の姿はなかった。
ハルは次第に夫の実家とも疎遠になった。
農協や病院の事務員として働き、佐知代を育てた。もっと稼げるからと、町のスナックを紹介されたこともあった。佐知代をおいて夜、働くことなどできなかった。
§3 もてなし
すっかり元気になって、佐知代が博文を連れて来た時、ハルは長年の苦労が報われた思いがした。
佐知代が恥をかくようなことがあっては、と事前に準備を怠らなかった。
「博文さん、いつもどんなもの食べとるの」
ハルが電話すると
「お母さん。土地の食材を使った手料理が一番よ」
佐知代は笑って答えた。
ハルにしてみれば、都会の人は豪華な肉や魚料理を毎日食べている、と思っていたのである。
精一杯のもてなしをした。食卓にところ狭しと並べられた手料理を前に、博文は佐知代に言った。
「コレ、オレが食べんといかんの」
佐知代は母を気遣いながら言った。
「ううん。博文さんが食べられるものだけでええんよ」
博文は二度とハルの家の敷居をまたがなかった。
佐知代から妊娠を知らされた。
博文の母親・トミは「堕ろせ」の一点張りだった。博文が家を出ると言い出し、結局、トミが折れた。ただ、出産前に簡単な式を挙げ、籍を入れることを条件に付けた。
出産予定日を過ぎても、前田の家からは何の連絡もなかった。ハルの方から電話を入れてみた。
「昨日、女の子を産みましたよ。出血が多かったようで、安静にしていると聞きましたよ」
トミは他人事のように告げた。
(佐知代は遠いところに行ってしもうた)
ハルはつくづく思った。待っているのは、寂しい未来だけだった。
(死んだら、村の墓地に葬ってもらい、きれいな川の水、四季たたずまいを変える山を眺めながら、ウチはゆっくり眠るんや)
そう決心したハルは、倹約の末、小さな生前墓を建てた。
§4 ハラスメント
結婚三年目に佐知代は第二子を妊娠した。
子煩悩だった博文は喜んだ。しかし、佐知代が夜中に激しい腹痛を訴えたので、産婦人科に連れて行くと、診察した医者は表情を曇らせた。
「今回は諦めてください」
佐知代は流産の後、よく体調を崩して寝込んだ。その頃から、博文は家にいることはほとんどなく、外泊することも多くなった。
気丈なトミは何かにつけて佐知代に嫌味を言った。
「まあ。最近の嫁は気楽でええなあ。一日寝とっても務まるのやから。博文が帰らんようになったのも分かるわ」
友達に電話する時でも、佐知代に聞こえるように大きな声で話した。
「そうよ。結婚相手だけは、ヘタなのに引っかかったら一生の不作よ」
理恵が二二の時にトミが亡くなった。博文が棺にすがり、嘆き悲しむ姿は、参列者の涙を誘った。
母がいじめられるのを見て育った理恵は内心、ホッとしていた。それも束の間、今度は博文が佐知代に暴力を振るうようになった。
博文は遅く帰り、大声をあげた。イラついている時の博文は手がつけられなかった。
ある日、風邪で寝ている佐知代に腹を立てて、ふすまを蹴破ってしまった。 怒鳴られて、怯える佐知代を、博文は執拗に小突き回した。顔をなぐることはなかった。妻への暴力が近所に知れると、体裁が悪かったのだろう。
第四章 残 像
§1 発症
「父との初対面の話は、山崎の祖母から直接聞きました。父は心配りができない人間なのです。ウチの祖母といい、前田家の恥をさらすようで、恥ずかしい限りです」 理恵は二、三度かぶりを振った。
漣にとって、佐知代の実家、山崎の家庭のことは初耳だった。狭い田舎のことであり、大人の間では話題になっていたとしても、子供たちにはあずかり知らぬ世界だった。
「母は五〇を過ぎた頃から、よく転ぶようになりました」
理恵は続けた。
「あちこちを擦り剝いたり打ったりして、青あざを作っていました。父にバカにされながら、『私、おっちょこちょいやから』と、母は笑っていました。ところが…」
理恵は県内の短大を卒業後、地元の銀行に就職した。
祖母が亡くなり、博文は以前にもまして、家庭をかえりみなかった。その分、理恵と佐知代は冗談を言い合ったり、料理の話に花を咲かせるなどして、穏やかな時間を過ごすことができた。
「ただいま」
佐知代が五七歳の時だった。理恵が勤めから帰り、玄関を開けると、家はシンとしていた。台所を探し、寝室に回ってみても、佐知代の姿はなかった。
「お母さん、出かけたんだ」
そんなことを考えながら、トイレに入ろうとすると、佐知代が倒れていたのだった。声をかけると、かすかに反応があった。足元には汚水のたまりができていた。
救急車を呼び、急いで体を拭いて着替えさせた。博文にメールし、山崎の祖母にも電話した。
搬送先の病院で何度も検査を受けた。そのうち、脳神経外科に回され、病名が分かった。
§2 昏睡
「脳に腫瘍があります。腫瘍のできている場所が悪い。脳幹なので手術はできません。薬と放射線療法しか治療法はありません」
理恵は博文とともに、医師の説明を受けた。
「妻は助かるんでしょうか」
医師は、博文の発言を最後まで聞かなかった。
「奥さんも、ああして頑張っておられるのだから」
容体が安定してきたので、佐知代を家に連れて帰った。理恵は勤めを辞め、母の看病に専念した。家に理学療法士が派遣され、一時は元気よく歩けるようになっていた。山崎の祖母も喜んだが、半年が過ぎた頃から、伝い歩きをするようになった。
理学療法士が歩行に着き添っていても、佐知代はよく膝からくず折れた。
そんな時、佐知代は
「もう、できんことはできんの」
と言っては、子供のように泣いた。
佐知代にウトウトとする時間が増えてきた。簡易トイレを使うことも難しくなり、おむつをした。
やがて、食事も摂らず、寝ているだけの状態になった。呼びかけにもほとんど応えなくなった。容体を担当医に知らせたところ、すぐ入院するように、という指示だった。 山崎の祖母も駆けつけ、交代で昼夜、看病した。その間、博文は一回、見舞ったきりだった。
博文は会社の帰りで腹が空いていたのか、ファストフード店でハンバーガーとコーヒーを買い、病室でひとり食事していた。山崎の祖母は何か言いかけたが、黙って病室を出て行った。
§3 納骨拒否
「母の葬儀は家族葬で行われました。そこで、父は絶対に許されないことを言い出したのです」
理恵は毅然とした口調で語った。
「『佐知代の遺骨は前田家の墓には入れられない』と言うのです。私も山崎の祖母も『なんで』と聞きましたが、父は何も答えませんでした。祖母は泣き崩れました。しばらくして『分かりました。佐知代は連れて帰り、私が建てた墓に入れます』と静かに言って、帰って行きました」
漣は固く拳を握りしめた。
「山崎の祖母は母の遺骨を持ち帰って納骨してから、やせ衰え、ついに年を越すことはできませんでした。きっと、母が呼んだのでしょうね。でも、これで良かったのかも」
理恵は自分に言い聞かせているかのようだった。
山の端を残照が赤く染め始めていた。
漣と理恵は、どちらからともなく立ち上がり、クルマを停めてある場所へと歩いた。
「この春からうちに、若い女性が住んでいます。私は間もなく、前田の家を出ます。故郷を離れて、遠くの土地で暮らします。このたびは、お参りいただき、本当にありがとうございました」
理恵は深々と頭を下げた。
クルマのドアに手をかけた理恵が、何かを思い出したかのように、振り返った。
§4 細密画
「つかぬことをおうかがいしますが、小杉さんの実家って、もしかして、門に、大きな木がなかったですか」
「ええ。ありました。それが、どうかしましたか」
理恵はクルマに乗り込んだ。ダッシュボードから何かを取り出し、漣にそっと差し出した。
クリアファイルに一枚の画用紙が入っていた。
「調子のいい時に母が描いていたようなのです。サイドテーブルを整理していましたら、見つかりました」
山の斜面に拓かれた農家の絵だった。
黒の鉛筆だけで描かれ、丹念に濃淡が付けられていた。
高く積まれた石垣の下を、右から左へと伸びた細い道。手前の田には苗が整然と植えられている。家の左手には大きな二本の樫の古木が、枝を張っている。
さらに左奥には泉があり、竹の樋から清水が注いでいる。
庭の生垣越しに玄関や勝手口が描かれ、今にも家人が姿を現しそうな雰囲気を漂わせていた。
「よろしかったら、どうぞお持ちください。母はさぞかし喜んでいることと思います」
理恵のクルマは、静かに山道を降りて行った。
この作品はフィクションです
登場人物等は実在のものとは関係がありません
[注]『作品集 疱瘡小屋/夜明け/残照』(Amazonペーパーバック・電子書籍 二〇二三年)の「残照」に加筆・訂正したものです




