第8章 建て売り住宅
隣の空き家が売られて新築住宅の建築が始まったのを見て、家主の勝本善雄は知り合いの不動産屋に頼んで買い手を探してもらった。だが、不動産屋は自分の会社で買い取って建て売り住宅として売ると言い張り、結局勝本は空き家を手放した。父親の代に使っていて築五十年以上だったので、建物の評価をしてもらえず、隣家の土地の売買価格に気持ち上乗せする形で取引は成立した。隣は売価が二十八万三千円程度だったので交渉の結果坪三十万円にしかならなかった。
「この辺りじゃ駅に近いし坪五十万が相場だと聞いてますが」
「勝本さん、土地と言うのはね、相場なんてあって無いようなもんですよ。坪五十と言いますが、あんなもんは参考になりません。参考になるのはこの土地の周囲の取引実績です。取引があればいくらで売買されたかちゃんと分かるんですよ」
結局隣の土地の売価を口実に押し切られてしまった。
不動産屋の柳田は勝本から四十七坪の土地を仕入れると早速解体屋を連れてきて空き家を撤去して更地にして、建て売り住宅を建てた。柳田は解体屋に百二十万円支払ったので、その費用も含めて土地代を坪三十五万円で計算して、建物と合わせて三千二百万円で売り出した。
売り出して直ぐに三人の買い手が現れた。是非買いたいと柳田の店まで来た夫婦は、鷺沼次郎と奥さんの昌代だった。
「旦那様はどちらにお勤めですか?」
「わたしですか、わたしは市内の東西プレス工業です」
「へぇーっ、あの大手の自動車部品会社ですか?」
「はい。自動車がメインですが、会社では色々な製品を作っております」
「そうでしょうな、所で具体的なお仕事は?」
「生産技術のエンジニアです」
「購入資金は銀行ローンですか?」
「もちろん。銀行の方にも相談してあります。そちらの見積書があれば具体的に相談に乗ってくれるそうです」
「なら安心ですね。私どもは早く買ってもらいたいので条件の良いお客様と契約させて頂くつもりです」
「と言うと他にも買い手がおられるんですか?」
「はいはい、今日だけでもそちらさんを含めて三名ほど」
「困ったな。じゃ他の方に売ってしまう可能性が高いってことですね」
「それは分かりません」
「現地の看板に書いてあった価格より高くないとだめですか?」
「いや、あの価格で即決して下さるならどなたでも構いません」
鷺沼は席を立って妻の昌代とひそひそと相談してから席に戻った。
「すみません、今手元に現金五万円しか持っていませんが、手付金として置いて行きます。これで何とかうちの方に売ってもらう約束をしてもらえませんか?」
柳田は一応困った顔をして見せたが、
「いいでしょう。鷺沼さんにお売りしましょう。但し一週間以内に銀行さんの融資の確約を取ってきて下さい」
鷺沼は背中に汗をびっしょりかいていた。今まで黙っていた妻の昌代が突然、
「柳田さん、約束ですよ」
と言ったので柳田も次郎も驚いて昌代の顔を見た。昌代はきっとした目で柳田に念を押した。柳田の約束しますと言う言葉を背に二人は店を出た。
「手元の貯金をかき集めても三百五十万しかないわよ。大丈夫よね」
「ん。買値の一割以上頭金があれば何とかなるよ。銀行も一割は必要だと言ってたな」




