第3章 新築の資金
サラリーマンが家を一軒持つのは大変だ。
太郎の父芝山太介は茨城県野田市に母と二人で住んでいる。野田市は海岸線よりずっと奥だったので、あの東日本大震災での津波の被害はなく、家屋の倒壊は福島、宮城に次いで多かったものの、家が平屋だったこともあり倒壊は免れた。
母の真理子は旧姓長沢で埼玉県春日井市から嫁いで来た。野田市と春日井市は距離にして十五kmくらいしか離れていないので隣町から嫁いで来た感じだ。
太介は妻の真理子と一緒に父、つまり太郎の祖父から引き継いだ僅かな田畑を耕して、最近は野菜を都心のスーパー向けに出荷して生計を立てていたが太郎と妹の真由美の二人の子供を大学まで行かせたので僅かな蓄えを使い果たし家計に余裕はなかった。
子供二人を大学まで行かせたものの、太郎は卒業と同時に東京の会社に就職、妹の真由美は大学を卒業後就職浪人でぶらぶらしていたが翌年どうにか地元の自動車部品会社の事務の仕事に就いた。しかし就職後三年も経たない内に彼氏を作り結婚、大阪に移り住んで年に一度くらいしか帰ってこない。
真理子の実家も農業で生計を立てていたが、宅地の開発で持っている畑の一部を宅地用に売却したため、太介の実家より家計に余裕があった。それで子供たちが学校に通っている時しばしば実家から教育費の足りない部分を援助してもらっていた。
「父ちゃん、近い内に土地を買って家を建てる予定をしているんだ」
「おめぇ、東京さで家を建てるんじゃ大層な金がかかるんだっぺ?」
「都内じゃ高くてとても手が届かないから神奈川県にしたよ」
「神奈川よりこっちゃから通えば楽じゃねぇのか? 内の土地さに家建でるなら土地代は要らねえがら一千万もありゃぁ何とかなるだっぺ」
太郎は父親の言い分は正しいと思った。つくばエクスプレスが開通してから通勤時間は野田から東京の方が短い。だが妻の萠が横浜に通勤しており、萠のことを考えると無理だ。それを父親に何回説明しても納得してもらえない。
「萠さんは仕事止めてあがんぼ(あかちゃん)さ産むのが先じゃねえのか」
「……」
太郎は痛い所を突かれた。とっくに子供を持っていても可笑しくないのだが、萌と話し合って子供は一生持たないことに決めていたのだ。
父親と議論をしている内に母の真理子が口を出した。
「内はあんたらの学費やなんやかや出費が続いたからお金がないのよ。少しは出してあげたいんだけどね」
翌朝、
「太郎、お父ちゃんと相談してみたんだけど、萠さんはお勤め変えられないんでしょ」
「ん。母ちゃん悪いね。萠はずつと今の仕事を続けたいって言ってるから無理だよ」
「そう? 分かったわよ。母ちゃんたちもいい年だから、少しでも老後の足しにしようと貯金している中から三百万、少ないけど出してあげるわ」
「母ちゃんすまないね。母ちゃんたちは出してくれても大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど、無きゃ無いで何とかするわよ」
それで太郎は自分の実家から三百万もらうことになった。だが萠と一緒に不動産会社に希望を伝えたところ、駅から歩いて行ける土地の坪単価は安い所でも四十万円はするので、八十坪欲しいとなると土地だけで三千二百万円もすると聞かされて驚いた。家は坪単価を下げれば安く建つが坪単価六十万円とすると六十坪で三千六百万円かかるから土地と合わせて六千八百万円は必要だと説明された。太郎と萠の収入ではとても手が届かない。それで萠も実家の両親に相談することにした。
妻の父親の垂井庄一は兵庫県の姫路で商店を営んでいた。萠は長女で妹の綾はまだ独身だ。母静子の旧姓は米山で遠く長野県から嫁いできた。
「お母さん、あたしたち近い内にお家を建てたいの」
「あら、突然ねぇ。どこに建てるの? まさか都内じゃないよね」
「ん。都心じゃ高くてとても手が出ないし、横浜も高いから相模原と言う所にしようかなと考えてるの」
「あら相模原? 将来中央新幹線、リニアが停まる駅ができるそうだから高いんじゃないの?」
「へーぇっ、お母さん良く知ってるね。不動産会社の方は将来土地が値上がりして資産価値が間違いなく増えるって言うのよ」
「それで予算はどれ位?」
「六千万」
萠は少し少なめに答えた。
「あなたたちのお給料じゃ無理じゃないの?」
「ん。全然予算立たないよ。お母さん少し応援してくれない?」
「どれくらい期待してるの?」
「千五百」
母は驚いた顔はしなかった。
「あなた明日帰るんでしょ?」
「そのつもりだけど」
「じゃ、お父さんと相談して明日渡すわよ」
「ほんとにぃ?」
「綾ちゃんのことも考えてあげないといけないから、沢山は出せないわよ」
萠は布団に潜り込んでから母は幾ら応援してくれるだろうかと考えているうちに眠ってしまった。翌朝、
「萠、お母さんから聞いたよ。思い切ったことするんだな。父さんの会社は見た目より厳しいから沢山は出せないが、一生住む家だから出来るだけ応援するよ」
昼過ぎに母は銀行から帰ってきて萠に封筒を渡してくれた。恐る恐る中を見ると千八百万円の銀行振り出しの小切手が入っていた。
「お母さんありがとう。恩に着るわ」
萠は母の首に手を回して抱きついた。
「帰りにお父さんの会社に寄ってちゃんとお礼を言っておくのよ」
「はい」




