第2章 マイスィートホーム
製鉄会社の本社に勤めている夫、芝山太郎と結婚して五年になる芝山萌、旧姓垂井萌は念願のマイホームを持つことができた。今日は引っ越し日だ。引っ越し荷物は全部引っ越し業者に頼んで、今日は夫と一緒に一足早く新しい家に向かった。
JR横浜線の相模原駅で降りて300mほど歩くと遠くに新築の家が見えてきた。その家は周囲の家に比べてひときわ大きく立派なものだった。近付くにつれて、萠の胸はドキドキして初恋の人に会った時のような心のときめきを覚えた。
「萠、どうかしたのか?」
「いいえ、なんだかあたし嬉しくて」
萠はそっと夫の腕に手をかけた。多分夫の太郎も希望と期待に溢れているんだろうと思った。結婚してからいずれ夫と暮らす素敵な一軒家を持ちたいと夢見て頑張ってきた。その時は自分たちが住む一軒家を手に入れるなんてずっと先だと思っていたが、政府の金融政策で住宅ローンの利率がすごく下がったので実家からの応援資金を合わせて土地付きの家を手に入れることができそうになって、頑張ってお金を貯めた。
夫は今三十五歳、自分は三十二歳だから、三十五年ローンを返し終わる頃には夫は七十歳になるから借りるなら今だ。夫の会社では定年延長になり今では六十五歳まで働けるから残りの五年間は何とかなりそうに思えた。
新しい家は駅から600m少しだったので、ぶらぶら歩いていても直ぐに着いた。夫が家の周囲を見て回っている間に、萠は初めてテンキー式の錠を触ってみた。暗証番号は六桁、萠の母親の誕生日にセットしておいてくれと頼んでおいた。萠は501107と入力して最後にEボタンを押した。すると、カチッと音がして解錠した。
「すごっ」
母の誕生日は一九五十年十一月七日だ。[これいいな]で覚えやすい。もちろん電気錠の他に普通の錠も二カ所にあった。萠は持って来た鍵を差し込んで上下共に施錠、解錠をしてみてうまくいくか確かめた。
「こんにちはぁ……でなくてただいまぁだな」
と自分で笑ってしまった。玄関を上がると各部屋の扉を開けて室内を見た。
「どうだ?」
背後で夫が声をかけた。
「どの部屋も広くて素敵だわ。天井が高いのがすごくいいよ」
萠は上機嫌だ。一番気になるのはやはりキッチン。新品のシステムキッチンを見て萠は満足した。特注したビルトインタイプのガス式スチームコンベックスオーブンレンジや食器洗い乾燥機もちやんとセットされていた。
「こんにちわ、お邪魔します」
玄関に大手不動産会社の担当営業マンがにこにこして立っていた。
「どうですか? ご満足頂けましたでしょうか? お風呂場やトイレもご覧になって下さい。どれもご希望通りの最新型を入れてあります」
家具はまだ買ってない。萠の頭の中には冷蔵庫や洗濯機、掃除機、ダイニングのテーブル、ソファーなど理想のイメージがくるくる回っている。
各部屋の壁面収納家具は全て良く取り付けられていた。萠は北側の小部屋のウォーキングスルークローゼットを覗いてみた。
「これはいいな。思った通りだ」
ウォーキングスルークローゼットは萠の夢の一つだった。アクセを入れる引き出しもちやんと着いていた。
「芝山様の新居はなんたって土地が平地で八十五坪、建て売りなら二軒建てられる広さですからねぇ。カーポートに五坪ほど取られましたがこれだけの面積があればお庭も広いでしょう」
不動産会社の営業マンは太郎に向かって良い家を建てたと賞賛した。
「リビングの引き戸は一枚ガラスで四ミリの厚さです。開放感があっていいでしょう」
太郎と萠が家の中の点検をしていると、引っ越し会社のトラックが到着した。一通り運び込んだ後で、
「すみません、ベッドを組み立てますので置く部屋を教えて下さい」
と言った。ベッドは太郎と結婚後クイーンサイズのを使っていたがこれは気に入っていて新しい家でも使うつもりで運んでもらった。組み上がったままでは搬入するのが大変なのでフレームをバラバラにして運んできたのだ。萠は二階の寝室に作業者を案内した。
「ここが寝室ですかぁ。広くていいですね。置く場所はどこがいいですか?」
「ここにして下さいな」
「分かりました」
作業員は工具箱からドライバーを取り出して早速組み立てに取りかかった。
引っ越し荷物は一通り運び込まれて段ボール箱がリビングの片隅に積み上げられた。
「では失礼します」
引っ越し屋は早々に引き上げて行った。続いて不動産会社の営業マンも、
「何か必要なことがあれば何でも言いつけて下さい」
と言って引き上げて行った
太郎と萠は広いリビングの床に座り込むと、
「これから家具を入れたり荷物を片付けたり一仕事だなぁ」
と二人で辺りを見回した。
「萠、ちょっと」
太郎は妻を引き寄せると軽く接吻した。
「萠、頑張ったね。これからはここで楽しく暮らして行こう」
「ん」




