第18章 丘淑惠(邱淑惠)の恋Ⅲ
家に戻ってシャワーを済ますと、二通のメールが届いていた。一通は淑恵からで電話もあったようだ。二通目は垂井からだった。太郎はベッドに潜り込むとスマホのメールを開いてみた。
淑恵からは、
「今日はお寿司とても美味しかったです。あんな高いお店でなくて結構ですので是非また連れて行って下さい。太郎さんのことを思い出しながら休みます。おやすみなさい」
垂井からは、
「今晩は。淑恵とちゃんとお話ができました? 近い内にまたデートに誘って下さい。太郎さん好きよ♡♡♡ おやすみなさい。 萠」
「困ったなぁ。どう返事をすればいいんだろ」
それで太郎は丘にも垂井にも、
「おやすみ」
とだけ書いて返信した。
太郎は性格的に二人の女性と同時に二股をかけて付き合うなんて器用な真似はできないから悩んでしまってなかなか寝付けなかった。垂井も丘もどちらも魅力的な女性だ。だが付き合って疲れないのは明らかに垂井の方だ。丘を案内した渋谷の寿司屋は勘定が三万五千円だった。太郎の小遣いではこんな贅沢を続けたら先が見えている。垂井だったらあんな高そうな店に入ったら多分最初に別のお店にしましょうと言っただろうなどと想像してしまう。だが、丘の伯母の話が本当なら丘と結婚すれば将来金で苦労することはないだろうなどと考えてしまう。そんなことを考えているうちにいつの間にか眠ってしまった。
翌日の夜、太郎は大阪に居る妹の真由美に電話をかけた。
「お兄ちゃんからかけてくるなんて珍しいわね。なんか元気がない声だけど、どうかしたの?」
「ん。今悩んでいることがあるんだ」
太郎は最近付き合い始めた丘と垂井のことを真由美に詳しく話して相談した。
「お兄ちゃんとしてはどっちの女性が好きなの?」
「両方。でもさぁ、恋人にするなら一人しか選べないから悩んでるんだ」
「当たり前でしょ。二股かけるなんて最低。どっちかに決めなさいよ。あたしがお兄ちゃんの立場なら丘さんを選ぶわね」
太郎はやはり真由美も自分と同じ考えなので少し安心した。
「お兄ちゃん、丘さんと垂井さんは仲のいいお友達だと言ったわね」
「ん。丘さんは垂井さんが紹介してくれた人なんだ」
「じゃ、この話すごく難しいよ。あたしの仲良しが仮にあたしの好きな人を好きになったなんて言われたら、あたしは耐えられないなぁ」
「じゃ、どうするの?」
「あたしなら自分の方から好きになった男性をお友達に譲るな」
「つまりぃ、真由美が身を引くってこと?」
「そうよ。仲のいいお友達関係を続けたいならそうするしかないもの。でも実際にどうなるかは分からないけど、お友達の方も遠慮して結局男性の方は好きになってくれた人を二人とも失うことになりそうだわね」
太郎は妹との話を引きずっていて、どちらを選ぶか心を決めかねていた。それで色々考えなくて済むように仕事に打ち込んだ。
一般のサラリーマンは土日が休日の所が多いが、垂井は旅行会社に勤めているために、土日は休みじゃない。それで週末太郎は丘に電話をかけた。
「土日はお休みですか?」
「はい。もしかしてデートして下さるの?」
「じゃ、明日の土曜日ドライブに行きませんか?」
「嬉しい。あたしどこでもいいけど、お花がいっぱいある公園がいいな」
太郎は女の子と公園を散歩するなんて初めてでどこに連れて行けばいいか分からない。それで職場の女の子、圭子に電話を入れて聞いて見た。
「へぇーっ、芝山さんがフラワーパーク? 意外だなぁ、似合わないよ。もしかして女性同伴だったりして」
「圭子、からかわないで教えてくれよ」
「誰と行くのか白状したら教えてあげる。もしかして孝子と行くの?」
「ももいいよ。教えてくれないなら孝子さんに電話して聞いて見るよ」
予想外の反応に圭子は戸惑って、
「横須賀のくりはま花の国がいいんじゃない。コスモスが咲き始めて綺麗だそうよ」
とあっさり教えてしまった。
「ねぇ、あたしがついて行っちゃダメ」
「今回はダメ。今度にしてくれよ」
太郎は一方的に電話を切ってしまった。おしゃべりの圭子に余計なことをしゃべったら後の始末が悪い。あっと言う間に尾ひれが付いた噂を職場中に流されてしまう。
教えてもらったくりはま花の国をネットで調べたら横浜からはそう遠くなくて丁度いい。翌日土曜日の朝、太郎はレンタカーを借りて丘に教えてもらった三春台の丘の自宅に迎えに行った。行って見てびっくり、丘の家は豪邸だ。チャイムを鳴らすとお手伝いさんらしき女性が太郎を見て、
「お嬢様から伺っております。芝山様ですね。どうぞお入り下さい」
と玄関に案内した。太郎はなんだか落ち着かなくなってきた。
丘家の玄関に入ると応接間に案内された。シャンデリアのある豪華な作りになっている。、そこに綺麗な婦人が入って来て太郎を見て微笑んだ。
「初めまして。淑恵の母です。今日は娘をよろしくお願いします」
と深々と頭を下げた。
「芝山太郎と申します。こちらこそよろしくお願い致します」
太郎はすっかり雰囲気に飲み込まれてしまっていた。そこに先ほどのお手伝いさんがトレイに茶を載せて入って来た。
「芝山さん、中国茶はお嫌いですか?」
「いえ、大丈夫です」
太郎が茶碗に手を伸ばした時、淑恵が入って来た。淡い花柄の短めのワンピースの下から出ているすらっとした綺麗な脚が太郎の目を射貫いた。太郎も男だ。それを意識するかのような仕草で淑恵は太郎の隣に座って脚を組んだ。露わに出た綺麗な脚を見ないようにしようとしても太郎の視線はついそちらに向かってしまう。
「淑恵っ、女の子は人前で足を組んではいけませんよっ」
淑恵の母親はきつい目で淑恵に注意した。淑恵は慌てて組んだ脚を元に戻し、太郎に目を向けてちょっと舌を出した。そんなところがとても可愛らしいと太郎は思った。
「今日はどちらへ?」
母親の問いに、
「淑恵さんが花のある公園に行きたいそうですので、横須賀のくりはま花の国にお連れする予定です」
と太郎が答えると、
「ママ、あたし一度行ったことあるけどとてもいい所よ」
と淑恵は喜んだ。お茶が終わって、太郎は淑恵と一緒に門を出た。淑恵の母親とお手伝いさんが並んで見送ってくれた。
「緊張したなぁ」
と太郎が呟くと、
「アハハ、太郎さんママの前でコチコチだったわよ」
と淑恵は笑った。横須賀に向かってドライブ中淑恵はポツリポツリと自分のことを話し始めた。




