第13章 太郎の気持ち
太郎は垂井に二度も振られてしまったような気がした。
「俺って女性の扱い方、まだまだ下手だなぁ」
最近は女性社員の採用枠が増えて太郎の周りにもいい子が沢山いる。だが、太郎の中には社内恋愛に抵抗する気持ちがあった。しかし、社外で自分が気に入った女性を見付けるのは難しい。婚活や合コンなどの方法はあるがそこまでして彼女を見付ける気はなかった。
振り返って見ると、最初に異性を意識したのは中学一年生の時だった。机を一つ置いた席にいる戸田さつきと言う名前の女の子で、クラスの中でも人気があった可愛い系のその子には既に彼がいる様子だったので太郎の片思いと言って良かった。結局太郎は一度も告白するチャンスがなく中学を卒業してしまった。
「さつきは今どうしているのかなぁ」
太郎は高校に進んでもしばらくはさつきのことを引きずっていた。だが、高校に進んでから一流大学を目指して受験勉強に励んでいる間に次第にさつきの面影が薄れてしまった。
二度目は大学二年の時だ。夏休みに男女二十名ほど集まって山梨県の清里高原に二泊三日キャンプに出かけた時だった。
男たちはバーベキューの準備で忙しかった。炭に火を点けたり、テーブルをセットしたり、手分けして準備を進めていた。太郎は炭の着火に使う枯れ枝を探しに灌木の林の中にいた。その時少し先から、
「イタァーイッ」
と言う悲鳴が聞こえてきた。女の声だ。
太郎は集めた小枝を放り出して声がした方に走った。すると小さな穴に片足を突っ込んで倒れている女が泣き顔で太郎の方を見ている。太郎たちと同じグループの女の子ではなかった。
「大丈夫ですか?」
後で考えてみると大丈夫ですかなんて聞き方は可笑しい。相手は痛くて泣き顔をしているのに大丈夫なわけはないのだ。だが太郎はそこまで気が回らなかった。
近付いて見ると片足を穴に突っ込んだ時にくじいたか最悪は骨折しているような状態だった。
「僕の肩に腕を回して下さい」
そう言って太郎は女の両脚に腕を入れてそっと抱き上げた。
「痛いっ、ああっ、脚がちぎれそうに痛い」
太郎はどうして良いのか分からずにそのまま女を上に持ち上げた。
「イタァーイッ」
その時、女の脚がスポッと穴から抜けた。太郎はどうしたら良いのか分からず、女を抱きかかえて必死に走ってロッジに着くと、
「病院はどちらですか」
と聞いた。ロッジの管理人は、
「ここからだと車でないと無理です。車を出しましょう」
それで管理人に車に乗せてもらって診療所に女を連れて行った。
「レントゲン写真を見ますと足の甲の所の骨にひびが入っています。ギブスを当てて二週間程度固定すれば大丈夫でしょう」
医師の診断ではやはり骨に異常があったようだ。管理人は用があるからと帰ってしまったので、流れとして太郎が付き添うはめになってしまった。足の治療が済んだが、女は松葉杖を使わないと歩けない。仕方なく太郎はタクシーを呼んでもらってロッジまで戻った。
女は見た所太郎と同年代に見えた。
「あのう、まだお名前を聞いていませんよね」
女はどうやら落ち着いた様子で、
「ご迷惑をかけて済みません。あたし、村瀬敦子と申します。家は東京の吉祥寺です。母を呼びましたので来ましたら改めて助けて頂いたお礼をさせて下さい」
と言った。気がつくと太郎のグループのバーベキューはとっくに終わっていて太郎は急に空腹を覚えた。
「お腹、空いてませんか」
「空きました」
「どこかで食べませんか? 何が食べたいですか」
「特に嫌いな物はないですけど、麺類よりできればご飯」
太郎は診療所の受付の女性に聞いて近くのレストランに行った。村瀬は慣れない松葉杖をついてゆっくりと歩いた。レストランはメニューが思ったより豊富で村瀬がポークステーキを注文したので太郎も同じものにした。
「あたし、男の方にだっこして頂いたの初めて」
村瀬はちょっと顔を赤らめて上目遣いに太郎を見た。
「僕も初めてです。なんたって気が動転していて、あまり覚えてないです」
太郎もはにかみがちに答えた。村瀬の腕がしっかりと太郎のクビに巻き付いていて、彼女の太ももを支えていた時の女性の身体の感覚が蘇ってきて、太郎は何だか変な気がした。
「芝山さんはどちらの大学ですか?」
「W大の二年生です」
「あらあたしの方がお姉さんだわね。あたしはT女子の三年生です」
村瀬と別れた後、太郎は自分たちのロッジに戻った。友達は皆太郎が居なかったことに関心を示して色々聞かれたが、人を助けて病院に行っていたと言うこと以外に詳しいことは話さなかった。しかし、三日目に皆と一緒に帰り支度をしていると、村瀬が母親と思われる女性と一緒に訪ねてきて皆に知れ渡ってしまった。
敦子の母親はちょっと気取った感じで太郎を上から下までチェックする目で見た後で、
「この度は娘を助けて頂いてありがとうございました。これはほんの気持ちですが」
と持って来た菓子折を太郎に手渡した。太郎は辞退したが結局手土産を置いて二人は立ち去った。この時、太郎は改めて敦子を見て自分のフィーリングに合った可愛い人だと思った。別れ際に敦子とほんの一瞬目が合って、太郎は不思議な感覚に見舞われ、この時太郎は敦子に人見惚れしたと感じていた。
その後敦子とは連絡が取れず、いつの間にか太郎の心の中から敦子の面影が薄れてしまった。
垂井萠への感情は太郎にとっては三度目に訪れた異性への感情だ。垂井からはその後も仕事関係で何度か電話をもらったが、自分の気持ちを伝えるチャンスはなかった。




