第10章 挨拶回り
「あなた、ご近所の挨拶回りだけど、何軒分くらい用意すればいいかしら?」
「昔から向こう三軒両隣って言うからなぁ、五つもあればいいけど、町の自治会長さんとか婦人会の会長さんなんかには最初に出向いて挨拶しておいた方がいいと思うよ。この辺りの組長さんも入れて全部で八つってとこかな」
「分かったわ。それで何にすればいい?」
「昔からタオルとか手ぬぐいと決まってるらしいよ。オヤジから聞いたんだけど。最近はお菓子とか石けんなんかもあるよね。大体千円程度にしてよ。我が家の家計では厳しいけど、うちは子供が多いし何かあった時はご近所のお世話になる可能性が高いからケチらないでな」
こう言う時、夫の次郎は頼りになると昌代は思った。それで早速横浜のデパートに出かけて挨拶の時に持って行く物を八つ買った。驚いたのタオルは箱入りが多くて最低二千円もするのだ。仕方なく贈答用ではなくて日用品売り場で買って一つずつ包装紙に包んでもらい昌代は気を利かせて一つずつデパートの小袋に入れてもらった。ついでに丁度バーゲンセールをやっていたので菜未と菜桜用のブラウスを買った。
翌日日曜日に次郎と子供たち三人の手を引いて引っ越しの挨拶回りに出かけた。最初はお隣の新築の家だ。
「こんにちわぁ、隣の鷺沼ですけど」
昌代がチャイムを二、三度押したが応答が無い。
「お留守かしら」
帰ろうとすると玄関のドアーが開いた。
「お留守かと思いました。この度お隣に越してきた鷺沼と申します。今後よろしくお願いします」
デパートで買った小袋を差し出すと、出てきた奥さんと思われる女は一応小袋を受け取ってくれたが、
「こう言うのって迷惑なのよね」
と言って扉をバタンと閉めてしまった。子供たちには予め挨拶の仕方を教えてきたものの、昌代は子供たちに声もかけられなかつた。
次は道路を隔てて向かいの家に行った。
「こんにちわぁ、お向かいの鷺沼ですけど」
「あら、お向かいに引っ越されて来られた方ね。ご丁寧にありがとう」
年配の奥さんは子供たちを見た。
「三人もいらっしゃるのね。子育て大変でしょ」
「こんにちわ。初めまして。あたし菜未です。よろしくお願いします。妹の菜桜ちゃんです。」
菜未は妹の菜桜を指差した。
「子供たちが何かとご迷惑をおかけすると思いますが、よろしく」
子供たちは教えた通りちゃんと挨拶をした。
「みんな良く育ってるわね。困ったことがあったら遠慮無く訪ねて下さいな」
次は筋向かいの家に行った。挨拶が終わって、
「あのう、少しお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あら何かしら」
「町の町内会長様と婦人会の会長さんのお宅を教えて頂けませんか?」
「困ったわね。両方ともお宅に伺ったことがなくて知らないのよ。お隣の旦那様が多分詳しいと思いますから」
と言って夫人は、
「滝田さーんっ、滝田さんいらっしゃいますうっ」
と隣に大声をかけた。ややあって、
「梅村さんかぁ、何かあったのか?」
と旦那が出てきた。
「こちらお向かいに越して来られた鷺沼さんですって」
「鷺沼です。よろしくお願いします」
今度は次郎が挨拶して、昌代は挨拶の紙袋を手渡した。滝田は町のことに詳しいらしく、
「私がご案内しましょう」
と言って会長宅に続いて婦人会長宅も案内してくれた。昌代は隣組の組長が誰かを聞くと滝田が案内してくれた。残っているのは滝田の隣のお宅だけになった。
滝田の隣の家の藤村では年取った夫人と若奥さんと思われる婦人が出てきた。
「ご丁寧に恐縮です」
と若い方の婦人が頭を下げてから子供たちと話し始めた。同年代の娘と息子がいるからお友達になってと話している。年寄りの夫人が昌代に向かって、
「あんたとこの隣の人、何て言ったっけ」
「芝山さんです」
「ああ、あの芝山ねぇ、感じが悪い夫婦だね。うちに挨拶も来ないし、顔が合っても知らんぷりだよ。ありゃおかしな夫婦だね」
昌代はそんな風に言われても答えようがない。それで、
「隣近所ですもの、その内お話する機会がきっとありますよ。悪い方ではなさそうだし」
と答えた。
「やっと全部挨拶が終わったね。子供たちもちゃんとご挨拶できて良かったよ」
次郎はご機嫌だったが、昌代は藤村の大奥さんの言葉が気になっていた。




