4.職場を選んでみよう。
「どこで働こう……」
私は今、お兄様の持ってきてくれた職場の一覧に目を通している。お兄様は仕事が早い方で、私が働ける場所を探してくれた。
――この中から探すといい。
そう言い放ったお兄様は、相変わらず冷たく見えて優しい人だった。だってその書類に書いてある職場は、どれも悪いものではなかった。
貴族令嬢相手に斡旋するのはどうかと思うような平民の働く職場だった。でも私は長年引きこもっていて、貴族令嬢としての価値は皆無なのだから問題ない。
というか私は平民になるとお兄様に宣言した。それなのにお兄様が探してくれた平民としては良い職場環境の仕事を「やりたくない」などというのは覚悟がなさすぎる。
……お兄様は甘ったれている私ならば、どの仕事も出来ないと喚くかもしれないと思っていたのだとは思う。これはお兄様が私の覚悟を問うために、用意した職場たちだ。
本当にお兄様ってば……やっぱり私に甘すぎる。
中には魔力を使うような仕事もあった。そう、この世界には魔法がある。……ただ私はある時から魔法は一度も使っていない。
子供の頃は魔法を使うことが大好きだった。私には有り余る魔力があって、魔法を使う才能もあった。
幼い頃の私は、魔法を披露して無邪気に笑っていた。将来的に引きこもりになることなんて考えてもいなかったのだ。
――私が引き籠った理由の一つに魔法がある。
学園に通っていた頃の私は、魔法を使った実技に関しても良い成績をおさめていた。友人だっていたし、将来に希望を抱いていた。
ただショックを受ける出来事があり、その後に……重要な場面で魔法が使えなかった。当時の私の自尊心はそれはもう高かった。高位貴族としてのプライドもあった。
それなのに自慢の魔法が使えなかった。
思えばあの頃、不自然なほどに色んなことが重なっていた気がする。一つ一つなら立ち直れたのに、片手で数え切れないほどのことが起こって、私は……引きこもったのだ。
それ以来、また失敗したらというのが怖くて魔法を使わなくなった。
でも今の私は、魔法は使ってみたいとは思っている。ただし、それを仕事にはしたくない。責任のある場所で魔法や魔力に纏わる仕事はやめておこう。
……前に魔法が使えなかった時と同じように上手く出来なかったらと考えると今でも恐ろしくなってしまう。
大事な日に、公爵令嬢としての立場で魔法を失敗した。
嘲るような視線も多かった。悪い噂も更に出回った。
――私はあんな目で見られるのはもう嫌なんだ。頑張ろうって、立ち上がろうって、そう決めた。
なら、普通の仕事を探す。私がもう二度と立ち上がれないような目に遭わないように、自衛は必要だ。人によっては逃げだって言われるかもしれないけれど……、それでも私は自分を守ることはしなければならない。
他でもない、私自身のために。
今の私は、前世の記憶を思い出しからちょっとしたことではへこたれることはない……と自分では思っているけれど、これまで生きてきた中でのトラウマとか、嫌だった気持ちとかは消えてなくなったわけじゃないから。
「……このあたりかしら」
職場一覧の中から選んだのは、人と関わる仕事だった。やると決めたならば、まずは行動をしたかった。
誰とも関わらずに、喋らずに……ただ作業だけをする仕事もあったけれども、敢えてそれは選ばなかった。それで誰とも話さずに淡々と過ごすのは、どうかと思う。
それに元々の私は、喋ることが好きだった。人と接することも、嫌いじゃなかった。
前世も人と関わる仕事をしていた。
今は……引きこもって、周りの視線を恐れて、どうしようもない感情に苛まれている。それでも私はもっと明るく生きたい。
過去の私に近づきたいなんて、周りから見たら手遅れだと嗤われるかもしれない。
それでも、私はそうありたい。そう望むのならば、どうにかしたいの。
「給与面や住み込みが出来るかなども考えないとね……。いつまでもここでお世話になるわけにもいかないもの」
お兄様が選んでくれた仕事の中には、仕事が楽な分、少しだけ給与が低いものもある。
お兄様は私のことを思って、色んな選択肢を残してくれている。どうしようもない妹のために。
きっとお兄様は私がどれを選んだとしても、冷たい言葉を言い放ったとしても……何だかんだ私が引きこもりをやめようとするのを手助けしてくれるだろう。お兄様からしたら、私が働こうとしているだけでも進歩だろうから。それに折角働こうとしている私がこのまま何か辛い目にあって、また逆戻りするのも迷惑だとは思ってそう。
だから、ちゃんと仕事は選びたい。
そして厳選した結果、私は一つの職場を選んだ。
……その報告をしにいった時、お兄様には「出来るのか?」と聞かれた。人と沢山関わる仕事で、それも住み込みの仕事を私が選んでいたから。
それにこの公爵邸から離れた街の職場にした。
……あまりにも近くに屋敷があって、お兄様達が居たら、甘やかされてしまうから。




