12.友人が会いに来たので、会ってみよう。
「マルちゃん、あなたに会いたいという人がいるよ」
私がそんなことを言われたのは、当たり前の日常を過ごしているある日のこと。立ちっぱなしで働いていたり、健康的に動いているので少しずつ痩せられている。
とはいえ、まだまだ一般的に見ては太っているのでダイエットするための努力が必要だけれども。
それにしても私に会いに来た人って誰だろうか。不思議に思いながら向かったら……久しくあっていなかった昔の友人が居てびっくりした。
その姿を見た時、一瞬近づくことを躊躇してしまった。なぜかって……今の私があまりにも以前と異なるから。それに長い間、会っていない友人だったから。隠れて、深呼吸をする。
……私はあの頃より、太っていて、身なりを整えられていない。あの頃の私を知る人の前……それも貴族夫人として生きている彼女の前に出ていいのだろうか。
息が荒くなりそうになる。不安で仕方がなくて、泣きそうな私も居る。でも前世の記憶があるからこそ、私はまだ正気を保てているのだ。
そうじゃなかったらとっくに、逃げ出している。
大丈夫だと、自分に言い聞かせて、それから彼女の前に立つ。
「久しぶりね。グリターラ。……グリターラ様と呼ぶべきかしら?」
なるべく平然を装って、私はそう問いかけた。近づいた私を見て一瞬彼女が驚いた顔をしたのは、昔と私が違うからだろう。
「いえ、前と同じで構いませんわ。マルグレッタ様」
グリターラはそう言って、昔と変わらない柔らかい笑みを見せた。
……こんな風になってしまった私を見ても、笑いかけてくれるだなんて思っていなかった。私は……彼女のことも突き放してしまっていたのに。
私が引き籠ってから散々、手紙も書いてくれた。会いにも来てくれた。
それらを全て拒絶したのは、他でもない私だった。
会うことから逃げてしまった。喋ることを拒絶してしまった。
――そしていつの間にか疎遠になった。私の昔からの友人。それこそ、一番古い記憶だと五歳ぐらいの頃だろうか。
寧ろ昔から私を知っている友人にだからこそ、私は引きこもってしまった自分を見せたくなかったのかもしれない。
プライドがあった。貴族令嬢としての秩序もあった。
今考えるとそんなものを気にせずになりふり構わずに行動した方がずっと良かったのに。
それが昔の私は出来なかった。
「様付けなんていらないわ。今の私はただのマルグレッタだもの。えっと、奥で話す? 場所を借りるわ」
私はそう言って、グリターラを誘った。
グリターラの笑みを見ていたら、彼女が私を嘲るために来たわけではないというのが分かったから。寧ろ、昔と変わらない笑みだった。
わざわざ会いに来てくれたのも、悪意があってものじゃないとよく分かった。
だから店主夫妻に声をかけてから、奥のスペースを借りた。
「えっと、久しぶりね。グリターラ。私も随分変わってしまったから、少し恥ずかしいけれどまた会いにきてくれて嬉しいわ」
少しだけ目を合わせることを躊躇してしまった。グリターラは私と違って、あまり昔と変わらなかった。
もちろん、大人になったからこそ以前との違いはあるけれど……幼いころに想像していた大人になったグリターラがそこにいたから。私とは大違いだなと苦笑しそうになった。
私と、グリターラ。
少しの身分差はあれど、互いに貴族令嬢として学園に通っていた身だ。それなのにこんなにも、どんな生活をしているかに違いがあることに不思議な感覚になった。
「マルグレッタさ……いえ、マルグレッタ……」
私の名を呼んで、グリターラはなぜだか泣き出しそうな顔をする。私はそれにぎょっとした。
「え? ど、どうしたの!? 私、何か気に障ることを言ってしまったかしら?」
グリターラを泣かせたいと思ったわけじゃなかった。それに私が何かしてしまったのではないかと心配になってしまった。
「いえ、違います……。私は、マルグレッタが笑っていることにほっとしたの。あの出来事から、あなたと全然会えなくなって……会えた時もいつも暗い顔をしていたから。ジンティン様から、マルグレッタが屋敷を出たと聞いてびっくりしたの。ずっと屋敷から出てこないんじゃないか、それとも公爵家から決められた道にだけ進むんじゃないか……ってそう思っていたから。でも今のマルグレッタは、良い笑顔をしているからほっとしてしまって……」
そう言われて、私は驚く。それと同時に、胸がじんっとなった。
グリターラはずっと……それこそ私が彼女のことを頭の隅において、思い出さないようにしていた頃から心配してくれていたんだというのが分かったから。
……私はやっぱり恵まれていて、私を心配してくれている人が沢山いて。それなのにこれまで私は、周りを本当に見れてなかった。
でも過去に見れていなくても、今はそう……こうしてグリターラと会話を交わすことが出来る。その事実だけでも私にとっては大きな進歩だとそう言える。
「ありがとう。グリターラ。それにごめんなさい。これまでずっと、私は……昔の知り合いに会うのを恥ずかしいって思っていたの。私自身のことを情けないって思っていて、拒絶していたの。バカみたいなプライドだなって今なら分かるわ。そんな風に自分勝手だった私にあなたが会いにきてくれたこと、それにこんなにも心配してくれることが私は嬉しいの」
私はそう言って、グリターラに向かって笑いかけた。




