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森の奥は、光が届かないほど木々が密集していた。 突き当たりにある開けた場所に出た瞬間、強烈な殺気が肌を刺した。
「グルル……」
そこにいたのは、さっきまでのザグとは体格も雰囲気も違う怪物だった。 引き締まった巨体に、知性を感じさせる鋭い眼光。その手には、使い古された鉄の斧が握られていた。
「……上位種か。ケンジ、下がっていろ。こいつは今までのとは格が違うぞ」
リィザが剣を構え、低く重心を落とす。怪物が咆哮を上げ、重斧を振り回しながら突進してきた。
「はあああ!」
リィザが真っ向から迎え撃つ。 鋭い金属音が森に響き渡る。リィザは怪物の力強い一撃を剣の腹で巧みに受け流し、即座に懐へ潜り込んで鋭い刺突を繰り出した。
「ギッ!?」
怪物の脇腹を刃が裂く。だが、怪物は怯むどころか、返り血を浴びてさらに狂暴さを増した。リィザは流れるような動きで次々と斬撃を叩き込んでいく。
俺は怪物の足元を狙って魔法を放った。怪物の足がわずかに沈み、バランスを崩す。リィザはその隙を逃さず、怪物の足首を深く斬りつけた。
「よし、いける……!」
一瞬、勝利を確信した。だが、怪物は信じられない反応を見せた。 沈んだ足を強引に引き抜き、崩れた姿勢のまま斧を横になぎ払ったのだ。
「……っ!?」
リィザは間一髪で剣を盾にしたが、その衝撃で大きく後ろへ弾き飛ばされた。怪物は咆哮しながら、今度は俺の方へと狙いを変える。
「ケンジ! 逃げろ!」
リィザが叫び、再び怪物の背後から斬りかかる。俺も必死に土の壁を作って突進を阻もうとしたが、怪物の怪力はそれを容易く粉砕した。
戦いは次第に泥沼化していった。 リィザは怪物の攻撃を的確にかわし、着実に傷を増やしている。だが、決定打が足りない。怪物の皮膚は恐ろしく分厚く、魔法による足止めの効果も、相手が慣れるにつれて薄れてきていた。
(クソ、これじゃあ削りきれない。リィザの体力が持たない……!)
リィザの呼吸が荒くなっていく。彼女の防具には細かい傷が増え、太ももからは血が流れていた。一方の怪物は、体中から血を流しながらも、その生命力は衰える気配がない。
「……はぁ、はぁ……。なんて、しぶとい奴だ……!」
リィザが剣を構え直すが、その指先がわずかに震えているのが見えた。 怪物がニタリと笑ったように見えた。奴は再び斧を大きく振り上げ、リィザへと飛びかかる。リィザはそれを正面から受け止めたが、限界に近い彼女の体は、ついに怪物の重圧に押し負け始めた。
「……が、あああっ!」
斧がリィザの肩口をかすめ、彼女は地面に膝を突いた。怪物は勝ち誇ったように斧を高く掲げる。
(……やるしかない)
俺は、練習で身につけた「抑える感覚」をあえて捨て去った。俺自身の意思で、脳内の魔力回路を全開にする。
頭蓋骨の内側がカッと熱くなる。だが、不思議と意識は冴え渡っていた。俺は震える手を怪物へと向け、ありったけの魔力を一箇所に凝縮した。
「……燃えろ(フィア)ッ!!!」
指先から、バスケットボールほどの大きさをした、真っ赤に輝く火球が放たれた。それは初回の火球より大きな熱量を秘めていた。
「ギャアアアアアアアアッ!?」
直撃を受けた怪物が絶叫した。自慢の硬い皮膚が焼き焦げ、怪物が初めて大きな隙を見せる。
(……リィザ……いま、だ……!)
俺は声を振り絞った。
「おおおおおおおっ!!」
立ち上がったリィザは俺の魔法で作った決定的な隙を、決して逃さなかった。 渾身の力で跳躍し、がら空きになっている怪物の首筋へと、魂を込めた一撃を叩き込んだ。
どさり、という重い音が聞こえた。
怪物の巨体が地面に倒れるのを見届けた瞬間、俺の視界が急激に暗くなった。魔力を使い果たした脱力感が、全身を襲う。
「ケンジ……! ケンジ!!」
リィザが必死に駆け寄ってくる声を聞きながら、俺の意識は深い闇へと沈んでいった。




