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カッセル砦にリィザが「特訓」を宣言してから、一週間が経過した。
その間、ガストンらを失ったレムリア王国側は、目立った襲撃を控えていた。地平線の向こう側に時折偵察の騎兵が見えるものの、深く掘られた外堀と、リィザという「死神」の存在が彼らの足を止めているようだ。
砦の広場では、今日もリィザの鋭い声が響いている。
「動きが硬いわよ! 鎧の重さに振り回されないで、体幹を制御しなさい!」
兵士たちは泥にまみれ、息を切らしながらも、その目はかつての絶望から一転して、リィザへの深い崇拝と熱意に燃えていた。
リィザの指導は、ただ振り回すだけの剣術に留まらなかった。
「……食事も訓練のうちよ。肉ばかりじゃなく、野菜も食べなさい」
リィザがカレンベルクで兵士たちを鍛えた経験を活かした「リィザ’s ブートキャンプ」は訓練だけではなく、栄養管理から休息にいたるまで兵士たちに叩き込んだ。見違えるほど精悍な顔つきになった彼らは、リィザの言葉一つで火の中にでも飛び込むのではないかというほどに心酔している。
一方、ケンジは連日、地下の雑居房へと足を運んでいた。
そこではレムリア兵たちが、ケンジが提供した「普通の食事」を囲みながら、故郷の家族の話や、レムリア王国の内情をぽつりぽつりと話し始めていた。
その様子を遠巻きに見ていた守備隊長が、耐えきれずにケンジに問いかけた。
「……ケンジ殿、失礼ですが。なぜ、捕虜どもと親しく言葉を交わすのですか? 奴らは我らの敵、情報を引き出すなら拷問という手もありましょうに」
ケンジは手帳の手を止め、静かに隊長を見据えた。
「……彼らとは、いずれまた戦場で相まみえることになるでしょう。だからこそ、相手のことを深く知っておきたいのです。彼らが何を重んじ、何のために命を懸けているのか。それを知らなければ、この戦いの本当の『終止符』は打てません」
「終止符……。しかし、事務官殿は以前、我々は戦争をしに来たとおっしゃった」
「ええ。戦争はしますよ。ですが……」
ケンジは窓の向こう、訓練に励む自軍の兵士たちと、捕虜の騎士たちを交互に眺めた。
「……人が死なずに済むのであれば、それに越したことはありません。甘い考えだと言われるかもしれませんが。それに、私はまだ人を殺したことが無いのですよ」
隊長は絶句した。
「戦争をする」と断言しながら、その本質で「不必要な死」を拒絶する。目の前の男が抱える、冷徹な合理性と奇妙な慈悲の同居に、隊長は底知れぬ恐ろしさを感じずにはいられなかった。
(マスター。レムリア人の思考パターンを構成できました。次のステップへ進めますか?)
「……ああ、準備は整った。始めようか」
ケンジが静かに立ち上がる。




