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国王の認可を得た翌日、ケンジは物流ギルドの長・ドランの執務室で、一通の免状を机に置いた。
そこにはグランヴェール王の印章と共に、「特定品目の戦略的輸出に関する全権委任」と記されている。
「……ケンジ殿、これはいったい?」
「ドラン殿。あなたに儲け話を持ってきました。……アルザス平原で採れる雑穀をガレリア帝国に売っていただきたい。我が国では二束三文だが、ガレリア帝国の都市部では高く売れるはずだ」
ドランは一瞬、息を呑んだ。
「……敵国に食糧を売れと。……正気か!?」
「もちろん正気です。前線に流せば敵を強くするだけですが、ガレリアの中央市場に流せば、彼らの食糧事情は我が国の供給に依存することになる。……略奪で一時的に奪うより、安定して買い続ける方が、ガレリアのメリットになる。そう思わせるんです」
ケンジは、さらに踏み込んだ条件を提示した。
「これは『国が認めた闇貿易』です。ガレリア側の物流ギルドと繋ぎ、アルザスの雑穀を向こうの相場で売り捌いてください。……利益の七割はギルドの取り分でいい。残りの三割を国に納めてもらう」
「……七割だと? そいつは、とんでもない額になるぞ」
ドランの目が商人のそれに変わった。敵国への密輸という背信行為が、王の免状によって「合法的な商売」へと変わった瞬間だった。
「交渉は俺に任せろ。ガレリア側のギルド長とは昔馴染みだ。……『一儲けしようぜ』と持ちかけてやる」
(マスター。ガレリア中央市場への流入シミュレーションを開始。……供給開始から数カ月で、ガレリアの物価指数はグランヴェールの雑穀相場に連動すると考えられます。……そうなれば彼らは原因を調査し、我が国から食料が輸入されている事実を把握し、我が国との敵対が経済的自殺行為であると認識するでしょう)
ノアの分析を聞きながら、ドランがソロバン勘定をしている様子を見る。
「ありがとうございます。実はもう一つお願いがあります」
「こんなうまい話の後だから怖いな。何だ?」
「身構える必要はないですよ。魔族との交易品も売って欲しいんです。その際に、グランヴェール王国が魔族と停戦して交易まで始めた、という噂話を流してください。」
「儲かる話ばっかりじゃないか。そんなことでいいのか?」
「そんなことでいいんですよ。がっぽり稼いでください」
数日後、夜のアルザス平原を、ドランが手配した大規模な荷馬車隊が、静かに、しかし力強く進んでいった。グランヴェールでは価値の低い雑穀が、ガレリア帝国をグランヴェール王国に依存させるための「武器」として闇に溶けていく。
ケンジは砦の窓から、遠ざかる車列を見送った。
「……まずは胃袋を掴み、次に財布を掴む。それに加えて魔族の香辛料は麻薬だ。一度味わったら止められない。そして、グランヴェール王国が今までとは違うことを知り、疑心暗鬼になる。そうなればガレリアの方から声をかけてくるはずだ。あとはドランに任せてレムリアの方に着手するか」




